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 すっかり冷めてしまった食事を片付け、デザートを食べながら、よーへいさんのタブレットからヨーコちゃんのデータを見せてもらう。

 ログインし直してもらったわけではなくて、公式で公開されてるデータだ。

 持っている称号、現在乗っている機体とその武器データ、戦績の三つが他人が見られる情報で、今見ているのは戦績だった。

「すごい。登録日が去年の冬なのに、もう200回近く戦ってるんだ」

「ほとんど、毎日行ってましたから……」

「勝利80、敗北103、引き分け12……野良で悪いのに当たると負けが多くなるよね」

「あ、いえ……ランクが上がりそうになると、どうにも負けが続いて……」

「そのランクの上位にいるってことだから、強い人も増えて勝てないことはよくあるよ。でも……おかしいね。Cランクはそこまで苦労しないんだけど」

「そう、なんですか……?」

 不思議そうな彼女に俺たちは頷く。実際、Cランク帯はほとんどチュートリアルに近いので、チームを組まなくてもこれだけ戦っていれば勝ち上がれるはずだ。

 不思議に思いながらも戦績を見て、ある項目で俺は目を剥いた。

「撃墜された数が357、内味方からが319!?」

「あ、私が間違えて味方を撃つ度に、チームメイトに墜とされて……」

「いやいやいや、それは明らかにおかしいよ!」

 ヨーコちゃんがBランクに上がれない理由が分かった気がする。

 ランクはポイントを溜めれば勝手に上がるし、勝手に下がる。

 ポイントの条件は勝利すれば5、負けたら0、引き分けで1。敵味方関係なく機体の撃墜で2、アシストで1、敵味方関係なく墜とされると-1だ。

 そのことを説明すると彼女は信じられないと首を振った。

「……味方に墜とされても、ポイントに変動は無いように変更されたって……」

「それ、来月の大会の後だよ。まだアップデートされてない。騙されてるね」

「そんな……」

 聞けば聞くだけ、彼女がどれだけ劣悪な環境でプレイしていたのか分かる。

 本当にごく稀なのだが、負けが確定すると味方機を墜と(フレンドリーファイア)して少しでもポイントを稼ごうとする奴らもいる。引き分けのポイントが低いのと、味方機でもポイントが付くのが原因だ。

 今度のアップデートでは味方同士での撃墜は増減なしになり、引き分けのポイントも2に引き上げられることになった。

 紅蒼が稼働して一年半。一年様子見、半年の間に会社内で議論して、今回のアップデートだと思えばそれなりに早い対応なのでは無いだろうか。

「クズだ……」

「よーへいさん、これどうにかアカBANできない?」

「うーん。やっても本人達には大してダメージがないだろうね。たぶんだけど、彼女とプレイするときは別アカを使ってると思う」

「あ、はい。最初は一緒だったんですけど、彼らだけ先にBランクになったので、新しいカードを渡して、ゲストアカウントでランク上げの手伝いをお願いしてました」

「…………新しいカードを、渡して?」

 おーっと。なんかヤバい話が聞こえたぞ?

 紅蒼のカードは一枚500円だ。それをチーム3人に渡したとなると1500円。かなりの痛手である。

「カツアゲじゃん!!」

「え? いえ、私がお願いしたことなので、これくらい当然だと彼氏が……」

「カツアゲだよ!! まさかプレイクレジットも払ってる!?」

「い、いえ。それは自分で出してくれてます。あ、でもその分、本アカには武器ポイント付かないので、それは支払ってました」

「ポイント譲渡は上級者が初心者を支援するための機能! 手伝ったお礼とかで渡していいものじゃないよ!!」

 黒だ。完全に黒だ。よーへいさんが無表情でタブレットを叩いて色々と調べ始めた。長くなると踏んで俺は彼と席を交代し、飲み物を取ってくる。

 なんでわざわざ新しいカードを使うのか。そんなもん、足が付かないためだ。

 ランクが変わってもチーム登録しているなら、使用武器や機体に制限がかかるだけで低ランクの人に合わせて一緒にゲームが出来る。それをゲストアカなんて、チーム戦績には負けを付けたくないという思惑が見え見えだ。

 その上で筐体にクレジットを入れたら必ず貰える、武器を整えるためのポイントを彼女から巻き上げ、クレジット分の損をしないようにしている。

 さらにヤバいことに気づいた。これ、彼女をBランクにしないためにわざと撃墜してる。

「……タイ君。ゲストアカで味方撃ちってさ……」

「うん。そういうことだと思う」

 ヨウタさんも気づいて俺に確認を取ってくる。よーへいさんも、鬼気迫る様子でタブレット用キーボードを使ってまで何かを打ち込みながらも頷いた。

「縁を切ろう。今すぐに。リーダーさんに連絡して」

「リーダーの連絡先知らないです……」

「じゃあ彼氏に連絡」

「は、はい……」

「もうチームを抜けたいです。いいですかってだけ送るんだよ」

「はひ……」

 ヨウタさんに強制されてヨーコちゃんは怯えながらも文面を打つ。そして間違っていないかの確認をヨウタさんに見せた。

「……メールなの? ロイン使ってないの?」

「あ、そんな情報漏洩アプリ入れるなって怒られて……」

「…………そう」

 クズだ。クズ過ぎる。情報漏洩アプリってなんだ。ロインが浸透してもう五年。その間に情報漏洩のニュースなど一度も流れたことは無い。

 主流の連絡手段を使わせないことで、他の人に気軽に相談できなくしているのだろう。

 この分だと、彼女に新聞やニュースなど一切見せてないし、友好関係やバイト先まで干渉しているに違いない。

 メールを送信したら少しして返信があった。

 ヨウタさんが許可を取って覗き込み、目が据わる。

「……よーへいさん。作業は後でも良いかしら?」

「うん。運営に報告した」

 カチリとキーボードを外し、よーへいさんはタブレットの電源を切った。

「タイ君。時間ある?」

「もち」

 一人暮らしだし、今日はバイトも無い。いくらでも時間はある。

 ヨーコちゃんはオロオロとしていた。

「『不許可。風邪もらったから来るな』ですって」

「処す」

「殴る」

「だめですっ!」

 彼女の罪悪感を煽って、不安にさせた上で言うことを聞かせる。精神的DVと言う奴だ。

 それでも奴を庇うように俺たちを止めたヨーコちゃんは、静かに首を振って、泣きそうだけど笑った。

「お見舞い、行こうと思います。そこで、ドア越しでもチーム抜けられるか、聞いてみます」

「……わかった。でも、私たちも付いていくからね」

 来るなと言われているところに行くのだ。もしかしたらとても傷つく事を吐かれて、また死にたくなってしまうかもしれない。

 今日、ついさっき会ったばっかでおかしいかもしれないが、彼女を放っておくことは俺たちには出来なかった。

 スナイパーが欲しいのもある。でもそれ以上に、目の前でボロボロになった人間を放っておくなんて、人道に反する。

「……お願いします」

 俺たちの決意が固いと見たヨーコちゃんは、泣きそうに顔を歪めて、頭を下げた。


 そこからの行動は早かった。

 さっさと会計を済ませて店を出る。電車で二駅移動して、駅前のスーパーで簡単に調理できるうどんと簡易出汁を買って、歩いて十分。

 単身用のアパートの二階奥が奴の部屋だ。

 俺たちがいると話がややこしくなりそうだから、階段下で待機。ヤバそうな気配がしたら駆けつけることにして、念のため彼女の携帯と通話をオンにしたまま向かわせた。

 よーへいさんが持っていた集音マイクを付けているので、鞄のサイドポケットに入っていてもかなり音が拾える。

 そこで俺たちは、最悪な音を聞いた。

『も~。まだごはんできてないよぉ』

『そんなの後で良いだろぉ?』

 甘ったるい、恋人同士のような会話だ。


 ****


 予想は出来ていたはずだった。

 換気扇なんて無いから、換気のために薄く開けたキッチンの窓。

 静かな夜に響く甘い会話に心が逆に冷えていく。

(……不思議だ。怒ってるはずなのに……)

 今日はたくさんの出来事が起きすぎて、ついに心が容量オーバーで停止したようだ。

 カード破壊。アカウント削除。自殺未遂。

 そして拾われた命。自分の能力を評価してくれる人たち。身に起きていることは当たり前ではないと、怒ってくれる人たち。

 自分を認めてくれる人が彼以外にもいるなんて思わなかった。

 そして、ここまで親身になって付いてきてくれた。それがたとえゲームのためでも、面倒臭がること無く来てくれた。

「……いきます」

 決意を込めて呟き、ベルを鳴らした。

 ビーという音が響く。

「はいはい、誰……」

「こんばんは。風邪引いたって言ってたからお見舞いに来たんだけど、必要なかったかな」

 努めて明るく声を出す。笑えているだろうか。いや、笑えているだろう。

 だって、出てきた彼は悪いことがバレたときの弟と同じ顔をしていた。

「あ~……そうだな。そういうことだから、別れよう」

 そのまま別れを切り出されても、全然心が痛まなかった。

 むしろ、心が晴れた。

「うん。別れましょう。チームも抜けて良いよね? 流石に気まずいよ」

「ああ、もちろんだ。俺からリーダーに伝えておく」

 頷いて応え、身を翻す。

 その背に声がかかった。

「ごめんな」

 初めての謝罪に彼女は振り返る。

 彼は場違いなほどに真剣な顔をしていた。

「お前のことは、一年前から妹のようにしか見ていなかった」

「……そう。ああ、私の私物は面倒掛けるけど捨てちゃってね。使える物は彼女さんにあげるわ」

「わかった」

 今度こそ、彼女は振り返らずに去った。

 泣くこと無く。真っ直ぐに前を向いて、背筋を伸ばして。


 ****


 会話は始終穏やかなまま終わった。激昂することもなく、彼女は声を震わすことも無く、毅然とした態度のまま別れて、その声の通りの姿で階段まで来た。

 声を掛けようとした俺たちに、人差し指を口に当てて声を出すなとジェスチャーして、音を立てないようにゆっくりと階段を降りてくる。

 おそらく、いつも通りに。

 目の前で電話を切って、集音マイクをよーへいさんに返すと、無言のまま駅の方へと指差した。俺たちも頷いて歩き出す。

 駅にたどり着いたところで、先導していた彼女が振り返った。

「皆さん、今日はありがとにゃああ!?」

「ヨーコさん! 飲もう!」

 お礼を言おうとしたヨーコちゃんに、みなまで言わせずヨウタさんが抱きつく。

 絶対にショックが大きかったはずだ。ずっと彼氏だと思っていた相手に妹だと思われていたなんて、酷いという言葉では足りない。階段を駆け上がって殴りにいきたかったぐらいだ。

 このまま一人にしたくない。一人にしちゃ駄目だ。

「今日は私たちのチーム結成祝いだよ!!」

 いいよね! と振り返るヨウタさんに、俺は力強く頷き、よーへいさんはにこりと微笑んで頷いた。

「え、えええ!?」

 ヨーコちゃん、悪いが諦めろ。

 俺は――俺たちは、キミを仲間にすると決めたんだ。

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