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野良で一戦した後、チームで一戦して今日は終わった。
「やっぱりスナイパーほしー!」
「同感ー」
帰り道の長い橋を渡りながら、今日の戦いで痛感したことを叫ぶ。
ヨウタさんが最前衛、俺はその少し後ろの前衛、よーへいさんが中距離と大体のバランスが決まっているのだが、遠距離攻撃が足りない。
遠距離から攻撃する手段がないので、相手にスナイパーがいると前衛の俺たち二人が上手く進めずに負けるのだ。
特に遮蔽物の無いところでコンボ中に横から撃たれると、たとえかすり傷でも強制キャンセルがかかり、動きが止まってしまう。
「あのさー。今日見たロックオンしないで砲撃する人。あの人うちに欲しいねー」
「……確かに、ロックオンできない位置でも明らかに狙って撃っていた節があるし……なにより、敵の攻撃では一度も撃墜されていない。
あの腕ならもうちょっとランク上げ手伝って、スナイパーライフルを持たせれば面白いことができるだろうね」
「でしょー」
ヨウタさんの提案を、よーへいさんが冷静に分析して頷く。
俺もちょっと思った。あの砲撃型に乗っていた人はかなりの腕だ。仲間に引き入れたい。
「だけどあの腕前なんだから、チーム解散してても誰かと組んでるだろうな」
「それな」
よーへいさんの言葉の通りである。射撃センスがある人間は、上に行けば行くだけ重宝される。
Cランク帯だとスナイパーライフルがないので、どうしても接近戦がメインになってしまい霞むのだが、Bランクに上がれば解禁されて一気に花開く。……人もいる。
個人的な感覚だが、距離が遠すぎて当てるのが難しいのだ。
「でも一度で良いからあの砲撃型の人と組んでみたいなー」
「私もー」
「僕も。あの腕なら、いくらでも面白いこと思いつくよ」
「例えばー?」
「そうだな――」
よーへいさんの作戦を聞きながら歩いてて、通った車のライトに何かが反射した。
キラリと目に入ったそれは灯りと灯りの間にある何かで、それを目で追った俺は咄嗟に駆けだした。
「タイ君!?」
「どうした!?」
二人を置いてけぼりにして、とにかく駆ける。
光ったのは黒いリュックに付いてるなんかのグッズ。それを背負った人は、欄干から身を乗り出していた。
「ダメだ!!」
「ッ!?」
リュックをひっつかんで無理矢理後ろに引き戻す。
勢いが付いて尻餅をつかせてしまったが、欄干から離すことには成功した。
「……あ、えと……?」
当人は痛そうに顔をしかめながらも俺を見上げてくる。困惑した様子だがそれはこっちも同じである。
えーと、自殺しようとしている人に自殺するなって言うのは確かタブーだよな。
だから、そうだ。
「し、死ぬくらいなら俺と飯食おう!」
そう言って手を差しだした俺に、その子――ゲーセンで見たぽっちゃり系少年は怖がって身を引いた。
****
今渡っている長い橋は、あまり人通りも車通りも少ない。秋で日が落ちるのが早いのも相まって薄暗かった。
自殺するにはぴったりなくらいに。
彼女は欄干から川を見た。真っ黒な水面は、このまま全て飲み込んでくれそうだ。
(……ここは、ダメだ……)
ここは確か飛び込みが出来るほど深かったはずだ。夏休み中、この橋から飛び込む小学生を見た覚えがある。
水温が相当低ければそのまま体が動かずに溺れ死ねるかもしれないが、まだ秋になったばかりで寒いと言ってもダウンを着るほどではない。
生き残る可能性の方が高い。
(……死ねなかったら、また怒られる……)
何を言われるだろうか。人の迷惑を考えろが一番ありえる。
確実なのは、彼女を心配した言葉はないということだ。風邪を引いても、インフルエンザで高熱を出したときでさえ、体調管理を怠るな。のメールだけで、お大事にの一言も無かった。
当然だ。体調管理は社会人の常識。大学生の頃から徹底するのが常識。常識に従わない者は捨てられる。
(……捨てられるのは嫌だ……)
彼しかいない。彼を独りにしてはいけない。かつて彼は言った。俺を愛してくれるのはお前だけだと。
だから愛さなければならない。側に居なければならない。助けなければならない。
(…………わたしが、たすけないと……)
だけど、体はもう動かなかった。
欄干から乗り出した体を戻すだけの気力が無かった。
(あ……おちる……)
それもいいかもしれないと。目を閉じた。
次の瞬間。彼女を襲ったのは尻の痛みだった。
「……あ、えと……?」
痛みに顔が歪む。後から肩が痛くなってきた。どうやらリュックを引っ張られたらしい。
助けてくれたのは誰だろうと見上げたら、焦った様子の見覚えのある人物――大学の先輩だった。もっとも、向こうは彼女の事に気付いていないようだが。
困っていると彼は勢いよく右手を差し出してきた。
「し、死ぬくらいなら俺と飯食おう!」
勢いが怖くて思わず身を引いた。
****
互いに少し固まってしまったが、追いついてきたヨウタさんが間に入ってくれた。
「大丈夫? 怖かったよね」
しゃがみ込んで手を差し出した彼女に、少年は差し出された手と彼女の顔を交互に見るだけで動かない。
「……あ、えと。すいません。自分で立てます」
その手の意味が分かってなかったらしい。数秒ほどしてハッと気づいたように頭を下げ、言葉の通り自分で立ち上がった。
訂正しよう。少年じゃ無くて女の子だった。ぽっちゃりなのと服装が男物っぽかったので勘違いした。髪の毛を括っているのに少年だと思うとは。
女の子は青い顔のまま笑って見せた。
「すいません。ちょっとぼーっとしてました」
「ぼーっとって……」
出てきた台詞に俺たちはなんと言って良いのか言葉を失う。
そういえば、自殺志願者はぼーっとしたままホームや踏切を越えてしまうのだと聞いたことがある。彼女もそんな状態だったのかもしれない。
「そっか。ぼーっとしちゃったなら仕方ないね」
ヨウタさんの明るい声に女の子は意外そうに目をぱちくりさせた。
「この時間だ。腹も減るよね」
続いたのはよーへいさんで、二人から次はお前だと圧がかかる。
「ええっと……良かったら、一緒に飯食いに行かない?」
なんて言ってみたが、これは下手なナンパでは無いだろうかと我に返る。
案の定、女の子は困った顔をして視線を彷徨わせた。
「あ、私たちね、《紅蒼のヴァルフリーク》であなたが戦ってたとこを見てたの。それで、あなたのチームにいた砲撃型に乗ってた人の話を聞きたくて。
ご飯奢るからさ、教えてくれない?」
このまま帰してなるかとヨウタさんが両手を合わせてお願いする。
初対面の人にこんなチーム情報を売れなんて不躾なお願いをする人ではないが、とにかくこの子を一人にしちゃ駄目だと必死なのが伝わってくる。
女の子にも伝わっていそうな必死さだが、彼女はすごく不思議そうな顔をした。
「えっと……それ、私です」
ぴっと自分を指差して、とんでもない爆弾発言を落とした。