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だが、決着はあっけないものだった。
蒼の砲撃機は味方を守るように砲撃を続けていたが、コアに向かった機体が戻ろうとはせずにコアを攻撃して、再出撃した赤の格闘機にあっさりやられてゲームオーバー。
コアの周りにはシールドがある。シールド発生装置を破壊しないかぎりシールドでダメージがかなり軽減されて、コアの破壊に時間がかかる。シールド発生装置自体は、攻撃力が一番低い初期装備サーベルでも二回叩けば壊れるほど脆いので、先にそっちを叩いてコアを叩くのが定石だ。
しかし、シールドを先に破壊していたとしても、再出撃までにコアが破壊できていたとは思えない。
明らかに蒼の機体の判断ミスだ。
『うぉぉぉ!! 最後はあっけないものだったが、脅威の大健闘!! お疲れ様でした~! 皆様、どうぞ戦闘を終えた戦士達に拍手を~!!』
実況に促されてまばらながらも拍手が起きる。しかし筐体から出てきたメンバーの表情は暗かった。当然だろう。
俺と同年代ぐらいの男三人は、拍手に対して嫌そうに一瞥してアーケードスペースの隣、休憩所にもなっている自販機コーナーへ向かって行った。最後に筐体から出てきた中学生くらいに見えるぽっちゃり系の少年は、拍手に少し驚いたように固まった後、ぺこりと頭下げて小走りで男達を追う。
礼儀正しい子だ。どことなく小動物っぽさを感じる。というかどこかで見たことがある気がする。
次のプレイヤーの名前を読み上げられて、よーへいさんが筐体に向かって行った。
「あ、トイレ行ってから飲み物買いたいんだけど、付き合ってくれる?」
「あいよー」
ヨウタさんは見た目だけなら美少女だから、誰か男がいないとやたら声を掛けられて大変なのだ。普段は彼氏のよーへいさんがいるが、今のように離れてしまったら俺と一緒にいるようにと約束している。
チームを組んですぐの頃は二人とも俺のことを警戒していたが、俺の好みが俺より身長の低い子だと分かると完全に警戒を解いた。
俺とヨウタさん、並ぶと実はヨウタさんの方が少しだけ高い。ヒールを履かれるとアウトだ。よーへいさんはそれよりも高いのでどれだけ高いかよくわかるだろう。
やや自分の身長を恨みながら一緒に並んで歩く。女子用トイレは二階なのでちょっと急いだ。
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彼女は俯いていた。
「お前はなんで人の言うことを素直に聞けないんだ?」
目の前には彼氏がベンチに座っている。
先ほどまで仮でチームを組んでいた相手は出て行った。またプレイしに行くのだろう。
「俺はちゃんと言っただろう? お前には射撃の才能は皆無なんだから、砲撃は使うな。格闘経験値を稼げって」
「でも、あの場面では」
「誰が喋って良いって言った」
彼女の弁明を遮って彼が黙らせる。高圧的な物言いに怯んだ。
「そういうお前の勝手な行動で俺達は負けたんだよ。
傭兵として彼らを勝たせる義務が俺達にはあったのに、なんで練習しなかった?」
「それは……テスト期間だから勉」
「今まで勉強なんてしていなかったくせに、言い訳にテスト勉強か。ご立派だね」
どんな理由を述べても言葉で追い込んでくる。彼はいつもそうだった。
何かを言えば言葉尻を取って責め立てる。悪いのはお前だ、と。
泣きそうだった。泣くのを堪えて口を噤んだが、座っている彼には見えている。溜め息にまた怯えた。
「また泣くか。ゲームだけで無く人間としても弱いな、お前は」
この程度で泣くなんて人間が出来ていない証拠だと何度も言われた。
だから泣いてはいけないと何度も自分に言い聞かせてきた。泣いたって何も変わらないのだから。
「カード出せ」
彼の言葉に、涙をまだ堪えながらも彼女は大人しく桜色のカードを差し出す。
プレイヤーのゲームデータを記録するゲームカードだ。一枚五百円。
それを受け取った彼は彼女の目の前で折った。
「あ……」
この光景を見るのは、実に三度目だ。カードは折られるともう二度と使えない。だが、ネットにデータさえあれば紐付け直しは出来る。少々手間はかかるが。
彼が投げ捨てたカードを拾って、また紐付けのための手続きをしなければと考えている間に、彼は携帯端末で何か操作をした。
数分も経たずに見せられたのは紅蒼公式サイトの退会完了画面。
「お前のアカウントを消した」
「え……」
流石にそれは信じられなかった。
お気に入りの人にMVPを送るのに使うからと、アカウントのIDとパスワードを言われるがまま教えていたが、まさか全消去されるとは思っていなかった。
「持っている装備を見たが、お前マシンガンを買っただろう。
ロックオンも出来ないお前に、射撃は不可能だ。今日の砲撃はまぐれ当たり。うぬぼれるな」
「そん、な……」
「いいか。何度も言うが、お前には射撃の才能は全くないんだ。最初にお前の希望を聞いて射撃系統を取らせたのが間違いだった。ロックオンをしなくても当たる格闘系統に乗って、一からやり直せ。
ああ、テスト勉強も確かに大事だから、勉強はしろよ。成績が落ちて困るのはお前だぞ」
言い捨てて彼は自販機コーナーを出て行った。
彼女はそれを見送ること無く折られたカードを見つめる。桜色は春限定で売られるカードだ。こんな可愛らしい色を持つことに迷っていたが、たまたまその場にいた大学の先輩に背中を押され、期間ギリギリに買った。今は秋だから半年ぐらい。最長記録である。
(せっかく、褒めてくれたのにな……)
このゲームを始めて一年弱。カードを折られてもやり続けたのは、蓄積されたデータがあったからだ。
それが、今回は一からやり直し。
「……やめようかなぁ……」
もう何もかもに疲れた。恋人同士でいることも。
生きていることも。
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自販機コーナーには誰も居なかった。先ほどのチームはもう反省会を終えて解散したらしい。まぁそうだろう。
適当に飲み物を買って座ろうとしたら、床がキラリと光った。
なんだろうとよくよく見てみると、ベンチの前に水っぽいものが数滴。そんなに量は多くないので、なんかの拍子にちょっとこぼれた程度だろう。
後で店員に言っておこう。