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今日も今日とて紅蒼のヴァルフリークに乗り込む。
月が変わる3日前にコウヨウちゃんがBランクに上がり、そのまま大会に参加登録はしたものの、俺たちの順位はやつらにまだまだ遠く及ばない。
大会1週間前までの戦績でマッチングが決まるというので、俺たちはほぼ毎日ゲーセンに来ていた。
資金援助は椿さん。コウヨウちゃんの分だけでなく、俺たち3人の分まで出してくれるのだから、彼がどれだけ奴らをぶん殴りたいのかがよくわかる。
その気持ちに応えるためにも、俺たち『ヨーソロー』はいつものゲーセンではなく、大型スクリーンのゲーセンに来ていた。
いつもの場所が休みだから仕方ない。ほぼ毎日というのもここが休みだからだ。
しかし、マッチング決定まで後1週間。背に腹は代えられない。
「……今のところはいないです」
「良かった」
待機名簿と周辺のプレイヤーをコウヨウちゃんに確認してもらって、ひとまず胸をなで下ろす。
悪評が立っているから名前は変えている可能性はあるが、外見までは変えられないだろうということで見てもらった。元彼のほうはコウヨウちゃんから写真を見せてもらったので顔は知っているけど、他のチームメイトまでは分からないからな。
これならしばらくは安心してプレイが出来るだろう。
あとはヨウタさんたち待ちだと出入り口に顔を向けた。
「あれ、可愛い子がいるじゃん」
その声は出入り口とは反対側からかかってきた。そちら側にいるのはコウヨウちゃんなので、彼女目的のナンパか。
追い払おうと振り返って、俺は目を見開いた。
コウヨウちゃんは固まっている。
「ねぇ、紅蒼やりに来たなら、俺が教えようか?」
コウヨウちゃんの元彼が、温和な笑みを浮かべて立っていた。
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混乱で体が強張る。
なんでこいつは温和な笑みを浮かべて、初対面のような振る舞いをしているのか。
遭遇することを想定して何通りか対処のパターンを考えてきていたが、この反応は想定していない。
「……ありがとう。でも、チームも組んでるし、必要ないです」
なんとか笑顔を浮かべて応対する。相手が初対面のような振る舞いをするなら、こちらも同じ事を返してやるだけだ。
しかし、声を出したのが悪かった。
「あれ。まさかお前……ヨーコか?」
ぞわりと鳥肌が立つ。気づかれた恐怖よりも、この男に名前を呼ばれたことが気持ち悪くて。
あんなにも愛していたつもりだが、今はもう嫌悪しかないのだと自覚した。
「やっぱりそうだ! 見違えたな。やっぱり着飾れば可愛いよ、お前」
(はぁ!?)
喉から出かけた声は寸前で留まり、代わりに嘲笑となる。
「ありがとう。着飾るなと厳命されていなければ、私もこれだけ変わるんだなって思ったよ」
「あれはお前の体型に合わなかったんだよ」
「体型? そう、体型のせいか。仕方ないね。お金がなかったから食生活がやばかったもんねー」
誰のせいで金がなかったと思っているのだろうか。
こいつの女の基礎化粧品代がなければ、彼女は自腹で服を買えたし、美容室にだって行けたというのに。
ふつふつと沸き立つ怒りを抑えつつ、コウヨウは後ろのタイヨウを振り返り、移動しようと無言で促した。彼は何か言いたげだったが、飲み込んで頷いてくれた。
「なんだ、もう新しい男を見つけたのか。お前ってそんな女だったっけ?」
「てめっ――」
コウヨウと会話し続けることでヤツが醜態を晒さないように、気を遣って移動しようと思ったのだが、どうやらヤツには通じなかったらしい。
来ないと良いなと思っていた台詞が嘲笑混じりに吐かれてしまった。怒ろうとしてくれたタイヨウの袖を引いて止め、無言で首を振る。
そして、溜め息をついてから、笑顔を作った。
「あら、不出来な『妹』の心配してくれるん? ありがとうなぁ『お兄ちゃん』」
にっこりと。まだ研修中とはいえ、兄やレッドから叩き込まれたモデル用の可愛らしい笑顔を向けてやる。
肉体関係を結んでいなくて本当に良かった。こんなやつに体を許していたら、きっとコウヨウは一生後悔しただろう。
ぎょっとして、言葉を紡げなくなっているヤツにざまぁみろと思う。
入口の方を横目で窺うと、ヨウタたちがちょうどやってきた所だった。そちらに向かおうとヤツに背を向ける。
「なぁ、俺たちやり直さないか?」
そんなコウヨウへ投げられた言葉に、苛立ちよりも気持ち悪さが勝った。体を強張らせた彼女へとヤツが近寄ろうとするのがわかる。
(あかん、すぐに逃げるか、反論を――)
暴力は振るわれていないが、言葉で散々傷つけられてきた。もう戻ることはないと意志を強く示さないと、また始まりの時のように流されてしまう。
動こうとしたコウヨウを、その腕は強く抱きしめてくれた。
「そんな余地はない」
タイヨウはヤツに冷たく言い放ち、コウヨウの肩を抱いたまま出入り口へと向かった。
****
やってしまった。
守るためとはいえ、女の子の肩を許可なく抱いてしまった。
これ仲間だから許されてるけど、あれ、許されるよな!?
とりあえずヤツから見えなくなるまではそのままで、見えなくなってからなるべく自然を装って離してみたけど、コウヨウちゃんはこっち見ない。
「ご、ごめん。嫌だったよな!」
「い、いえ! 大丈夫です! ―――」
慌てて謝ったら顔を上げてくれたけど、すぐに下がったしなんか呟いたの聞こえましたが!?
両手で頬を押さえだしたコウヨウちゃんを前に一人あわあわしていたら、ヨウタさんたちがちょうど来た。
「……何やってんの?」
「いや、あの」
「ヨウタさん! ちょっとこちらへ!!」
言い訳をしようとしたけれど、コウヨウちゃんがヨウタさんを引っ張ってちょっと遠くへ行ってしまった。
何やらこそこそと話しているのはここ数日よく見る光景だ。たまにイエローとブルーが混じってる。
曰く、女子トークらしいのだが、それならなぜブルーが入っているのか。と言うかなんで今女子トークなのか。
「何かあったの?」
ヨウタさんとコウヨウちゃん達は長くなると踏んだのだろう。よーへいさんが聞いてきたので、俺は中で起きたことを説明する。
途中、黄色い悲鳴が聞こえてきたのでびっくりして二人を見たが、二人もこっちを見て何でもないと手を振ったので、気になりつつも説明を続けた。
いや、何話してんの。ちらちらこっちみてるのなんなの。
「……うん。なるほどね。
タイヨウ、主人公気質もほどほどにしなよ」
「どういう意味!?」