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そこからは怒濤の展開だった。
まずはコウヨウちゃんの生活向上だ。
彼女は食が細いのではなく、そもそも睡眠不足で胃が食物を受け付けていないだけだった。
暖かい布団でしっかりと眠った彼女は、それだけでしっかりとご飯が食べられるようになった。まぁ最初はうどんだったらしいけど。
服装はイエロー(本名は黄瀬美奈子って教えてもらったけどイエローって呼ぶ)が全面監修。
今まで着ていた黒や灰の服は、女性らしさをあまり出すなと言われてたので着ていたらしい。長ズボンも同じ理由。
それが完全に方向転換して、ゆるふわ女の子って感じになった。
ふわっとしたロングスカートにふわっとしたカーディガン。裾にレースとかある。なんでも、森ガールというコーディネートらしい。
髪型もヨウタさんが監修して、乾かし方やセットの仕方まで徹底指導。
美容についてもブルー(青木啓介と聞いたがやはりブルーと呼ぶ)が顔の洗い方、化粧品の使い方まで徹底的に教えていた。
プロ見習いの手腕により、コウヨウちゃんはそれはもう変わった。
肌荒れは治りきっていないが、ぷくぷくした顔は細くなった。かなりむくんでいたらしい。
出会った頃の写真と比べても、同一人物だとは思えない。
一週間でこれだけ改善するのだから、彼らは本当にすごい。
そしてバイト代についても、きちんと最低賃金分の差額が払われることになった。
さらにコウヨウちゃんが本当の確保者ということが捜査で判明したので、改めて彼女が警察署で表彰されて、新聞にも載った。大人しそうな格好ではなく、短パンニーソックスに登山用ブーツで強そうな格好だ。
この格好なら確かに捕まえそうって納得させたらしい。しかもインタビューの受け答えも堂々としていた。
その夜のロインのグループチャットでは非常に怯えて、震えて、泣いていたことは『ヨーソロー』内の秘密にしておこう。
大学にも連絡されたが、情報誌に載った程度で彼女の生活に変化はなかった。というか、格好がそもそも違いすぎるので、話題になっていても彼女が見つかることはなかった。
変わったのは俺の方で、コウヨウちゃんとよく一緒に歩くようになったので、彼女が出来たのかと友達につつかれるようになった。
「ゲームのチームメイトで、彼女じゃないって」
「あんな可愛い子がゲームするかよ!」
「するんだよ」
本当にコウヨウちゃんは可愛くなった。
声を掛けられて困っているらしいので、彼女か俺が新しい恋を見つけるまでは護衛してやって欲しいと、ヨウタさんだけでなく兄の俊也さん直々に頼まれるほどだ。
こんなに俺と一緒にいたら彼氏が出来ないんじゃないかとは思うんだが、怖がっているので仕方ない。
実際に声を掛けられているところを見たけど、下心見え見えで男からしても気持ち悪かったし。
そうして更に一週間が過ぎて、今日は紅蒼をやりにゲーセンに来ていた。
いつもの大型店舗ではなく、筐体入れ替えをしていた店舗の方である。
「おお、8台に増えてる」
「やるぞー!」
むこうだと人が多くて出来ないが、こちらだと人も少ないし、待ち人がいてものんびりどーぞと言った雰囲気なので、初心者に座席のセッティングの仕方を教えられる。
「じゃあ、まずはちゃんとセッティングしてみようか」
「はい!」
紅蒼は別に説明無しの酷いゲームじゃない。
初期登録時にはちゃんと座席調整のチュートリアルがあるのだ。前回の登録し直しの時、コウヨウちゃんはチュートリアルなんて知っていると飛ばしていたようだけど。
初プレイ時は元彼が、やりながら覚えれば良いなんて言って飛ばしたらしい。本当にクズだ。
「まずは座席下にあるレバーを持ち上げる」
「あ、これですね。固っ……」
「頑張れ」
座席の右下にちょっと固めのレバーがある。位置が位置なので俺は手伝えない。
それを座席に押しつけるように持ち上げると前にスライドするので、足下のペダルが踏みやすい位置まで後ろへと調整する。
次に座席の背もたれの調整。それは座席左側のレバー。背で押しながら調整だ。
ここは手伝えるが、初期位置よりちょっと倒す程度だったので1人で出来た。
「ペダルって、こんなに力強く踏めるんですね……」
「ジャンプ練習しような」
「はい!」
そしてシートベルトも調整して、準備は万端だ。
「コウヨウの準備できたかー?」
「おう、頼むわ」
俺がコウヨウちゃんの筐体のドアを閉めたのを見てレッドが声を掛けてくる。それにOKを出して離れた。
イエローの要望で、コウヨウちゃんはスナイパーが出来るBランクに上がるまでは、『ハラペコナンジャー』の一員として参戦することになったのだ。
紅蒼は2チーム所属できるようになっているので、もう一つの枠を埋めておくと言う意味もある。
スナイパーだと言うだけでもレアなのに、これからの戦績を考えると、DMでコウヨウちゃんをチームに誘う奴らも出てくるだろう。そういう奴らは2チーム入っていると諦めるのが多いから、先に埋めたのだ。
とはいえ、本当に所属していても良いんじゃないかと思うが。コウヨウちゃんが遊びたいときに俺たちが合わなかったら、向こうのチームで遊ぶ、みたいなことも出来るだろうし。
『ハラペコナンジャー』のプレイヤー名はそれぞれ本名に由来するカラーを名乗っているので、コウヨウちゃんは入れないかもしれないが。
なんてレッドに言ったら、不思議そうな顔をされた。
「コウヨウがうちに入るなら、グリーンだろ」
よどみない回答にこちらが不思議になる。
「なんで」
「椿は常緑広葉樹、常に緑の広い葉を付けてる木だろ。だからグリーン」
「……なるほど」
確かに、椿の木はいつ見ても緑色の葉がついている。森ガールな格好とも合う。
「え。『ハラペコナンジャー』の時はグリーンって名前変えた方が良い?」
「それは面倒だろ」
レッドには敬語が取れているコウヨウちゃんが飲み物を抱えて小走りで駆け寄ってきた。
「コウヨウ、なんか記号、グリーンって名前にしてみるとか」
手渡されたコーヒーを、礼を言って受け取りながら提案すると、コウヨウちゃんは少し考えて端末を取り出してパタパタと叩く。
「こういうことです?」
そこにあった名前に俺とレッドは噴き出した。
「★は、なんか違う……っ!」
「おまっ……! なんか芸人みたいだぞ……っ!」
コウヨウ★グリーンという名前になっていた。それはだめだ。レッドの言うとおり芸人みたいだ。
爆笑しているのを不思議に思い、近付いてきた他のメンバーも巻き込んで、新たな名前を考える。
色々と案が出たが、コウヨウ=グリーンという名前で落ち着いた。