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 仮眠室の隣には、スタッフが休憩するためのソファとローテーブルが置いてるスペースがあった。

 そこにブルーとイエローが荷物を置いて、勝手知ったる様子でお茶のペットボトルや紙コップを用意している。

 手伝おうとするとブルーに制される。

「3人は座ってて。俺らここでバイトしてるんだ。俺はメイクアップアーティスト見習い」

「私はスタイリスト見習い!」

「オレはその練習体」

 最後にレッドが盆にお菓子を乗せて持ってきた。

 3人の説明に納得する。道理で服に詳しいわけだ。

「今日は百貨店で肌の様子を見てもらって、ここで基礎化粧品を試してもらう予定だったんだよ」

 ブルーがお茶を注ぎ分けながら説明を続ける。

 ヨウタさんとよーへいさんは聞いていたようで、ブルーの顔は俺だけに向いていた。

 予定を伝えていなかったのはコウヨウちゃんが緊張しないようにするため。俺に伝えなかったのは、コウヨウちゃんに予定を聞かれたときにバレないようにするためらしい。どうせ隠し事できないですよ。

「オレがこの格好してるのは、店員にナメられないようにするためでな」

「あとコウヨウさんが視線を気にしたときに、トーゴのせいにするためだよね」

「それは黙ってろ」

 追加説明をしたイエローに、レッドが恥ずかしそうにアイアンクローをかました。


 コウヨウちゃんの様子を見ていた椿さんがやってきて、俺たちは自己紹介をする。

「僕はこのモデル事務所《純・ふぁくとりー》の社員で彼らの指導係、椿 俊也。そして君たちのチームメイト、小夜の兄です」

「佐倉 沙弥子です。チーム『ヨーソロー』のリーダーをやっています」

「俺は、影浦 海です。アタッカーで、一応、小夜さんとは同じ大学です。学校で会ったことはまだないんですけど」

「僕はプレイヤー名はよーへい。本名は鹿島 敦と言います。チームの作戦参謀をやらせてもらってます」

「あ、私のプレイヤー名はヨウタです」

「俺はタイヨウです」

 よーへいさんの自己紹介に慌てて俺たちもプレイヤー名を言う。

 レッド達からはプレイヤー名で聞いてるだろう。配慮が足りなかった。

 椿さんは覚えるように小さく呟きながら一人一人見て、頷く。

「トーゴ――ええと、レッドか。彼から大まかな事情は聞いてあるよ。

 まさかそんな酷い目に遭っていたのが自分の妹とは思わなかったけど……救ってくれて、本当にありがとう」

 そういって頭を下げた彼に、俺とヨウタさんは慌てた。

「僕たちはたまたま出会えただけですから。それに、おそらくなんですが、ちょっとお兄さんの力が必要になりそうです」

 よーへいさんが何やら珍しく、真剣な表情で椿さんに話す。

 その顔は、緊張に満ちていた。


「コウヨウさんのバイトについて聞いたことがあったんだけど、その時に気になることを言っていて」

 本人が寝ているうちに話してしまおうというのか、やや口早に、声を潜めてよーへいさんは話し出す。

「問題があって辞めさせられ、給料の支払いについて揉めたので兄に相談した。と聞いたんですが、知ってますか?」

「うん。かなりヤバかったから僕も電話して、無事に払われたはずだよ。あ、労基には報告済みだから」

「そのバイト、コンビニでしたよね。どこの店舗か聞いたことありますか?」

「……そういえば、ないね」

「それ、ここです」

 よーへいさんがタブレットで見せたのは、ニュース記事。強盗に3回も遭った不運なコンビニの記事だった。

 これは俺も知っている。SNSで少し話題になっていた。3回も入るなんてよほど運が悪いなんて思った。

 ただ、3回とも店を荒らされることなく、怪我人もなく捕まえているので、話題になるためのマッチポンプなのでは? なんて言う奴もちらほらいた。

 確かに捕まえた人としてインタビューを受けている店長の外見は強そうではない。やや小太りの人相の悪いおっさんだった。

「コウヨウさんはこのニュースを知らないようですが、彼女は深夜バイト中に3回、酷い目に遭ったと言っていました。

 店長には怒鳴られるし、警察の人にも怒られて散々だったと」

「それって、コウヨウちゃんも巻き込まれてたって事か」

「普通はそう思うよね。でも事実は違った。これを見て」

 それはSNSのスクショだ。どれも同じ店名で似たような事が書いてある。

 『このコンビニ、この時間帯はいつも女一人だけで狙い目』『女だけだし万引きし放題かと思ったら、この女めざとい。ウザい』『ここ、いつも女の子だけしか見ないけど、他にいないのかな』『いつも深夜は一人だけで可哀想』

 そして事件があった翌日と思われるSNSのスクショ。

 『店長いたらしいね。怪我がなくて良かった』『狙われて当然。店長がたまたまいてよかったな』

 などなど。店長がたまたまいて良かったなと誰もが言う中、一つだけ違う物が混じっていた。

 『現場にいたけど、それ捕まえたの女の子だし、警察呼んだの俺なんですけど』

 それには酷いリプが大量に付けられ、今は閲覧不可になっているらしい。

 俺たちは絶句していた。椿さんなんて顔が真っ青だ。

「…………二次元じゃないんだからってツッコミ入れたいのに、コウヨウさんだから出来ない……!!」

「厄払いに連れて行かないと!! 貧乏神とかそういう悪い奴がついてるよ絶対!!」

 女子2人が悲鳴めいた声を上げる。俺だって思う。

 なんであの子がこんなにも大変な目に遭わなきゃいけないんだ。

「……鹿島君。先に弁護士だと思うんだけど、君はどう考える?」

「間違いなく弁護士ですね。この店長の行為は名誉毀損に当たると思います。

 まぁ、警察も馬鹿ではないでしょうから、コンビニの防犯カメラや犯人たちの供述から、コウヨウさんが捕まえたことに気づくでしょう。

 そうしたら、自分が捕まえたという虚偽の報告をした店長を、偽計業務妨害罪として捕まえ直すと思いますが」

 椿さんとよーへいさんは冷静だった。冷静に怒っていた。

 俺たちの知らないところで、よーへいさんはコウヨウちゃんのためにずっと動いていた。

 それはちょっとだけ悔しかった。俺は、何の力にもなれない。

「もう少し情報を集めてから、出来れば本人の口から説明してもらってから、動くつもりでした。今、この時に会えて良かった」

「ああ、僕もそう思う。ありがとう。ここから先は兄である僕がやろう。本当にありがとう」

 深く深く椿さんが頭を下げて感謝する。

 そしてこの話はおしまいとなった。

 重い空気を変えるために、ヨウタさんがパンッと手を叩いて立ち上がる。

 全員が顔を上げ、彼女を見る中、ヨウタさんはにやりと企んだ笑顔を浮かべて見せた。

「ここまで関わったんだから、徹底的に彼女を救うわよ!」

「具体的には?」

「まずはバイト先の斡旋。これはレッドに任せるわ。モデルやってんだから顔広いでしょ。考えて」

 レッドは「丸投げかよ」なんて悪態をついたが、仕方ないと言わんばかりに笑っていた。

「次に生活環境の改善。椿さん、なんか嫌な予感がするので彼女の家を家宅捜査して、必要そうなら引っ越しを考えてください。その辺りの事情は後ほど説明します」

「ええー、まだなにかあるの、あの子」

「とんでもない爆弾があります」

 椿さんが苦笑しながら身構える。

「最後に、彼女に自信を付けさせる! ブルーとイエローは彼女の外見磨きを!」

「任せて!」

「磨き甲斐のある原石だからね。腕が鳴るよ」

 見習いとはいえその道のプロを目指す者たちだ。力強く頷いた。

 最後に残された俺は何をしたら良いのだろうか。よーへいさんと違って特にこれといった技能を持たない一般人だぞ俺。

「そして私たち『ヨーソロー』がやることは一つ!

 あの子を【蒼のヴァルフリーク】にして、来月の大会に勝つ! ついでにあのクソ野郎どもの脳天ぶち抜く!」

 とんでもない目標を打ち立てられた。

 だが、うん。わかりやすい。

 そして俺でも、いや、俺たちだからこそ出来る方法に自然と笑みが浮かぶ。

「まぁ、本人の意志次第だけどね」

 力強く宣言はしたものの、ヨウタさんは眉を下げた。

 確かに、コウヨウちゃんがやりたくないと言えばそれまでだ。

「……気になるんだが、君たちは小夜とは付き合いも浅いのに、どうしてここまでしてくれるんだい?」

 椿さんの疑問ももっともだ。いくらなんでもお人好しが過ぎる。

 だけど、理由なんて単純だ。

「俺たちが最初に手を差し出したからです」

 あの日。あの橋で。

 偶然だけれども、俺たちは彼女を助けたんだ。

「彼女が笑顔を取り戻すまでは、絶対に助けてみせるって誓ったんです」

「それにね、あの子はすんごい腕前を持っているし、本人も磨けば可愛いのに、それをぶっ潰してぐしゃぐしゃにしやがった奴らを、ものすごく殴ってやりたいんです」

「僕は他人にここまで肩入れするなんて珍しいんですが、彼女の環境があまりにも酷すぎた。同情を越えて怒りすら感じてるんです」

 だから、全力を尽くす。

 お人好しの集まりだと言うなら言え。

 これが俺たちだ。

「……お前ら、言ってて恥ずかしくねぇのか」

 ツッコミを入れるレッドの方が恥ずかしそうな表情だ。残念ながら俺たちの本心なので恥ずかしくはない。

 椿さんなんて呆けているし。

「……いやー。今時、そんな真っ直ぐな言葉が返ってくるなんて思ってなかった」

 ぽそりと呟いた彼は、安心したように笑う。

 そして俺に右手を差し出してきた。

 一度瞬きをして俺も右手を出すと、彼の左手も覆ってきて力強く握られた。

 離したら次はヨウタさんとよーへいさんにも同じ事をして、深く深く頭を下げる。

「妹を、よろしく頼むよ」

 兄としての言葉に、俺たちは顔を見合わせ。

「「「はい!」」」

 力強く返事をした。

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