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 本人曰く「ちょっと顔とスタイルに恵まれただけの人間だから気にするな」。

 今まで通り接して欲しいと言われたら、その通りにしてやるのが友達という物だろう。

「じゃあレッド、ここでは何をするんだ?」

 合流前におやつとして買ったクレープをもぐもぐと片付けながら気になったことを訊く。

「デパコスですか……?」

 同じくクレープをもぐもぐしながらコウヨウちゃんも訊いた。声にどこか警戒の色がある。

「……二人とも、モデルに興味ないの?」

「「ない」です」

「はははっ!!」

 ヨウタさんが呆れているが、ないもんはない。声をハモらせた俺たちにレッドは面白そうに笑った

「ああ、うん。それでいい。だからこそ、この格好で来た甲斐がある」

 ひとしきり笑った後、レッドは嬉しそうに言った。彼も人間関係でいろいろあったんだろう。

 んなもん俺たちには関係ないが。だって彼は、面倒見の良い友達だ。それで充分だ。


 ****


 コウヨウは、モデルがどうして自分のような地味な人間に関わるのかがわからなかった。

 だから考えるのをやめた。今ここにいるのは口は悪いが面倒見の良い、気配り上手のアタッカー、レッド。

 コウヨウの様子があまりにも酷いから、てこ入れをしようとしているのだろう。そこにモデルとか関係ない。

 だから態度を変える必要もなかった。


 そんな彼がわざわざ百貨店に連れてきたのは意味があるのだろう。

 百貨店には良い思い出はない。

 肌荒れに効くだろうからとよくわからないまま元彼に連れてこられて、よくわからないまま高い基礎化粧品を買わされた。

 それは元彼の家と自分の家にそれぞれ置くために各二本ずつ必要だったので、出費は家賃と同額になった。だというのに彼が姉に使わせてしまうので(今思うと浮気相手に使わせていたのだろう)定期的に買わねばならず、月の出費が酷い。

 春にはついに寝るだけに帰るのだからと電気とガスを止め、仕送りされる光熱費に手を付けている。携帯の充電は大学でやっているが、そもそも携帯を起動していること自体が少ない。

 電気が使えないので冷蔵庫はただの箱と成り下がり、食事はずっと菓子パンだ。量を食べられないので1時間にひとつ、スティック状のパンを食べる。

 バイト中は地獄だ。何も食べられないまま働かなければならない。

 あまり人の来ない深夜のコンビニだからまだマシだったかもしれない。2回ほど強盗が入って来た時は最悪だったが。

 コウヨウはクレープを食べながらこっそり溜め息をつく。

 自殺しかけたあの日の前日。ついに3回目の強盗が入って、彼女はバイトを辞めさせられた。

 そもそも深夜帯を女一人に任せていたのが原因なのだが、店長は強盗が入るのは彼女のせいだと疫病神扱いして、給料も払わないと来た。

 労基に報告し、SNSで拡散させ、マスコミにネタを売ってもいいならと言ったら、給料は支払われた。ちなみに労基には兄がしっかり報告した。

 だから今、彼女の財布は地味にピンチだ。

 カットはヨウタの練習という名目だったので無料だったが、服は流石に自腹だ。最初に予算を訊かれたのは助かったし、その予算内で収めてくれたのも助かった。

 このクレープは着せ替え人形にさせたお詫びとしてイエローが買ってくれた。

 食費のこと、紅蒼のプレイ回数のこと、色々と考えて目が回る。

 リサイクルショップに出せる家具は全部出した。服も出せるだけ出した。家電で残っているのはエアコンと冷蔵庫と洗濯機だけ。流石にこれらは大型だったので出せなかった。だがそろそろ出さないとお金がない。

 どうしたらいいのだろう。この人達を失望させたくない。ちゃんとしていないと見捨てられる。見放される。頑張らないといけない。

 考えて、めまいがした。

 物理的に世界が回る。そういえば、今日はこまめにパンを食べていなかった。

 そこにクレープなんて高カロリーなものを食べたら。


(あ、だめだ――)


 胃に血液が集中する。脳から血が引く。


「コウヨウちゃん!?」


 タイヨウの声を最後に、コウヨウの意識は遠のいていった。


 ****


 それは唐突な変化だった。

 小さく笑いながらクレープを食べていた彼女が、急に表情を曇らせた。

「ああ、高いモンを買わせるつもりはねぇぞ。ここでは肌の様子を調べるだけだからな」

 レッドが説明するも、コウヨウちゃんの表情は晴れない。どころか、彼女は聞いている様子すらない。

 目が虚ろで、どこも見ていない。

 流石に様子が変だ。皆もコウヨウちゃんの様子に気づいて集まる。

「コウヨウさん?」

「疲れちゃった?」

「よーへいさん、この辺にゆっくり出来るとこどこかない?」

「いま調べてる」

「待て。ここからならオレの事務所が近い。元々寄るつもりだったんだ、先に休憩で行こう」

 ブルーとイエローの呼びかけにも反応がない。

 食べているクレープを今にも落としそうなため、そっとヨウタさんが預かっても反応無し。

 俺はいざというとき抱えられるように、クレープを食べきって両手を空けた。

「コウヨウちゃん!?」

 それが功を奏した。がくりと糸が切れたように倒れ込みかけた彼女を抱きとめる。

「救急車!?」

「呼ぶにしても安静にした方が良いよ。レッド、事務所は近い?」

「歩いて7分ってとこだな。状況を説明しとく」

「お願い。タイヨウ、背負える?」

「鞄とか持ってくれたらいける」

「ブルー、イエローは悪いけど荷物持ちで」

「任せて」

「いくらでも持つよ」

 慌てるヨウタさんの頭に手を置いて落ち着かせつつ、よーへいさんは冷静に皆へと指示を出す。レッドは事務所に連絡するために少し離れた。

 その間に俺はコウヨウちゃんを抱えたまま鞄をブルーに預け、ヨウタさんがコウヨウちゃんの鞄を取ってイエローに渡した。

 ヨウタさんの手を借りて、コウヨウちゃんをおんぶする。

「仮眠用のベッドを貸してくれることになった。行くぞ」

 そしてレッドの案内で俺たちは彼の所属するモデル事務所へと向かった。


 着いたのはこじゃれたビルの三階フロア。撮影スタジオも兼ねているらしいが、今日は休みらしく明かりが付いていない場所が多い。

「椿さん、ただいま!」

 レッドがドアを開けて、俺たちが通りやすいように固定しつつ中へと叫ぶ。

「おかえりー。ベッド用意できてるから寝かせてやれー」

「わかった!」

 奥から返事が返ってきた。若い男の声だ。

 レッドに案内されて奥に進んでいく。いかにも会社って感じでパーティションで区切られた室内。あまりあちこち見ないで欲しいと頼まれたので、見ないように気をつける。

 仮眠室のプレートが付けられたドアをくぐると、パイプベッドが二つ並んでいた。間に区切り用のカーテンがあるが今は開けられている。

 そこにいたのは俺よりちょっと高い程度の中肉の男性。モデル顔ではないが、なんか人を安心させる笑顔だ。

「慣れないことに疲れが出ちゃったんだろうね。そっちに寝かせてあげて」

「わかりました」

 言われた方のベッドにヨウタさんに手伝ってもらって寝かせる。

「……ん? え? 小夜?」

「え?」

 コウヨウちゃんの顔を見て、男性が驚いたように名を呼んだ。小夜って、コウヨウちゃんの本名だったはずだ。

 そういえば、この人は椿って呼ばれていたような。

「椿さん、知り合い?」

 レッドが顔を覗かせて片眉を寄せて問えば、男性は大きく頷いた。

「前に話していた妹だよ」

 俺とヨウタさんは出かけた大声を咄嗟に両手で塞ぐことで防いだ。

今回からしばらく更新が止まります。

再開は12月10日17時予定です。

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