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「まぁ確かに、俺が一番適任か」
「や、でも、私なんて誰も相手にしないと思いますし、先輩の手を煩わせるわけには」
コウヨウちゃんがアワアワと顔を真っ青にして、何とか俺を傷つけないように言葉を選んで拒否してくる。
だがこの言い方では本当に俺に遠慮しているのか、俺が嫌なのかがはっきりしなくて若干困った。
「嫌なら嫌ってはっきり言わないと、伝わらないよ」
「うん。嫌なら別の手を考えるからちゃんと言ってね」
ヨウタさんとよーへいさんが容赦なくコウヨウちゃんに伝えれば、彼女は俯き、蚊の鳴くような声で嫌ではないと答えた。
「ああ、そうか。コウヨウ、お前ちょっと過保護すぎるって思ったな?」
「……はい」
レッドの質問に、コウヨウちゃんは小さく頷く。
「私なんて可愛くもないデブのブスには誰も手を出しませんよ」
続いた卑下する言葉に、ヨウタさんとイエローは当然として、ブルーまでもが目に見えて怒った。漫画とかで般若の顔が表現されることあるけど、今の3人はまさにそれだった。
すぐさまレッドがイエローとブルーの頭にげんこつを落とし、携帯を持って席を立つ。ヨウタさんはよーへいさんが宥めたので、顔を上げたコウヨウちゃんは般若を見ずに済んだ。見てしまった俺はなんとか震えを抑える。
「コウヨウさん」
「可愛いは作れるのよ」
「明日の予定変更だ! レッド!」
「もう電話しに行ったよ」
流石の連携である。
鬼気迫る様子の3人を目の当たりにしたコウヨウちゃんは俺に救いを求めてきたが、残念ながら俺に彼女を救う手立てはなく、諦めろと首を振るしか出来なかった。
電話で予約をキャンセルしてきたレッドが戻ってきて、先ほど言いかけたことを改めて説明してくれる。
要約すると、今コウヨウちゃんと元チームメイト達はネットで有名人になっていた。悪い方に。
きっかけはアプデの愚痴を言い合う掲示板に投稿された、一枚のスクリーンショット。それは名前とIDはぼかされていたが、コウヨウちゃんの旧アカウントだったそうだ。
あの戦績は誰の目から見ても異常だ。
すぐにチームメイト達が調べ上げられ、プレイ回数と勝敗、ランクの違いから、彼女が搾取されていたのだろうと推察された。
そういえば昨日辺り、こいつらには注意するようにとIDが載った注意喚起がSNSに流されていた。これはこの掲示板から来てたらしい。
掲示板には本人かその関係者とおぼしき擁護コメントや、コウヨウちゃんをこきおろすコメントも書かれていたらしいが、彼女が被害者であるという印象が強くなっただけだったそうだ。
まだこのゲーセンには広まっていないようだが、顔と名前が一致すれば、店から出禁を喰らったり、他のプレイヤーから非難されるようなことがあるかもしれない。そうなったら非情なことをし続けた奴らのことだ、コウヨウちゃんに報復しかねない。
「本当はプレイするゲーセン自体を変えるべきだが……」
「案外置いてないんだよねー、紅蒼」
「でっかいし、4台は設置しないといけないからね」
「そういうわけで、続けたいなら絶対に一人になるな」
「絶対にダメだからね」
「は、はい」
事の重大さはまだ理解し切れていないようだが、みんなの迫力に押されてコウヨウちゃんは頷く。
こればっかりは一朝一夕では変わらないのはわかっているので、俺たち『ヨーソロー』はコウヨウちゃんが大事なのだと教えて甘やかすことを決めた。
そのためなら、俺もできる限りの協力はしよう。
と、心に決めたけれども。
翌日。土曜日だったのが災いして、俺とコウヨウちゃんは朝からヨウタさんに喚び出されていた。
「ほら男子!! 褒め称えよ!!」
「ヨウタ最高ー。カットを頼んだら日本一ー」
「私の手腕じゃなくて彼女の可愛さを讃えるのっ!!」
実家が美容院だからか、自分も美容師志望のヨウタさん。店が休業日だからと貸し切り、コウヨウちゃんの髪をがっつり切っていた。
前下がりボブ、という髪型はぽっちゃり顔に似合ってて可愛い。
ちなみに切っている途中でよーへいさんも合流している。
「ん~!! 可愛いっ!!」
「ボッサボサの女オタクって感じの女の子がここまで変わるとは……」
「この髪型ならお手入れも簡単だし、髪が乾くのも早いから、ドライヤーを忘れがちなこの子でも大丈夫だと思ってね」
「ね、寝癖付いたらどうしたら」
「ドライヤーを忘れなかったらそうそう付かないよ」
「ひぇぇ……」
見違えた。服装が白黒の無地であまり可愛くない感じなのが勿体ないくらいだ。
というわけで次に行くのは服の量販店。俺も世話になっている店だ。
そこではイエローとブルーが待っていた。
ここで本領発揮するのはイエロー。コウヨウちゃんの要望は聞かず、2・3枚渡してフィッティングルームに放り込む。
「形は変えなくて良いから、色だけ明るくするの。それだけで全然違うんだからね」
そう言って渡していったのは、今来ている物とあまり形の違わないカジュアル系統。でも色が白黒ではなく、赤とかオレンジとか黄色とか、あとクリーム色とかいう淡い黄色とか、そういう暖色系だった。
寒色系は肌の色から似合わないと言う判断らしい。いつも俯いているのでわかりづらかったが、よく見てみればコウヨウちゃんは色白だ。確かに寒色系だと更に顔色が悪く見える。
「スカートはっ……! スカートだけは勘弁して……っ!!」
「いいからっ! そのためにタイツ買ったでしょ! 着ろ!」
「にゃーーーーー!!!」
悲鳴が聞こえてから数分後。恥ずかしがるコウヨウちゃんを無視してイエローがカーテンを開ける。
「ほぅ。フレアスカートにオーバーサイズのニットを合わせることで体型を隠しつつもかわいらしさを演出しかつ防寒も兼ねている最高の組み合わせしかしそれなら中にシャツを着せてニットの襟から見せた方が首回りの寂しさを回避できるが意外というと失礼に当たると思うが鎖骨周りが非常に美しいのでそこを見せたい気持ちも理解できるので悩ましいところではあるならばいっそアクセをいや彼女の性格を考えるとアクセなどで飾るにはまだ早い段階かだったらやはりシャツを足すべきではああ一人暮らしの洗い物事情を鑑みての」
「ブルー。纏めて」
「超似合っててサイコー!! 可愛いー!!」
ブルーって意外とおしゃれに詳しいというか、情熱があるというか、熱意がすごい。イエローに止められなかったらあの呟きは延々と続いていたかもしれない。
ペンライトを振っていそうな腕の動きをしつつ端的に褒めるブルーに、コウヨウちゃんは非常に困った顔をしていた。
「うん、似合ってるよ。可愛い」
褒められ慣れてないからだろう。ここは追撃ポイントとみて俺も素直に褒める。
本当にとても可愛かった。鎖骨もブルーの言うとおり綺麗だったし。
が、何故だかコウヨウちゃんはカーテンを勢いよく閉めてしまった。なんでだ。
「……イエローさん、これ買います……」
「お買い上げありがとうございます!」
何だこのやりとり。
そして今日の最後のシメは、ターミナル駅にあるでっかい百貨店だった。
待っていたのはレッドだ。なんだかモデルのような格好良い服装で立っている。イエローとブルーが駆け寄らなかったら素通りするところだった。
「レッドって、モデルの赤坂トーゴ!?」
後から来たヨウタさんが驚いていたので、そこそこ有名人だったようだ。マジか。
「あン? なんだ、知ってたのかヨウタ」
「一応美容院店員なので! ファッション雑誌は一通り見てる! 今度うちのカットモデルやって」
「事務所を通してくださーい」
「名刺ください」
「あいよ」
なんか名刺交換していた。ヨウタさん、本当に切りたいらしい。レッドも嫌ではないようだ。
モデルの事なんて全く知らない俺は、同じく知らない様子のコウヨウちゃんとよーへいさんと顔を見合わせる。俺とよーへいさんは肩をすくめ、コウヨウちゃんは小さく笑った。