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チーム対抗戦はその名の通りチーム対チームで戦うことだ。
通常マッチングで戦うのと違い、指定したチームと戦うことが出来る。ただ、同じタイミングで筐体に入っていないと出来ない。
だから予めプレイ時間を予約しておかないといけないのだ。
面倒臭いが、アーケードゲームだから仕方ない。特にここは大型店舗で利用者も多いから、開店直後以外で7人から8人同時に筐体が開くことは稀だ。
互いの予定を擦り合わせて、店舗の予約状況を確認して、早速明日やることになった。
となれば、今日はヨーコちゃんの新しいアカウントの登録と、チーム『ヨーソロー』の連携練習だ!
「そういえば、なんでヨーソローなんですか?」
「ヨウが揃ってるからよ!」
「……ヨウタさん、よーへいさん、タイヨウさん……なるほど」
ヨウが揃ってることに気づいたヨウタさんの思いつきのチーム名だ。
これでヨーコちゃんが入るのだから、偶然とはなんとも面白い。
「……じゃあ、あの、ヨウがついたら、名前を変えても良いですか……?」
おずおずと見上げてきたヨーコちゃんにヨウタさんがきょとんと目を丸くする。
「うん、もちろん。あ、無理にヨウを付けなくても良いんだよ?」
「いえ。元から付けたかった名前もヨウが付くんで……」
「……どういうこと?」
詳しく話を聞いてみると、これまた酷い話が出てきた。
なんと、元々コウヨウという名前でプレイするつもりだったのだが、男のようだからやめろ。そんな名前じゃ本名がバレるかもしれない。と元彼に改名をするよう言われたらしい。
よほど中二病が溢れる名前ならわからんでもないが、コウヨウなんて普通だ。
聞いてみた由来も、名字が椿で、椿は広葉樹だからコウヨウ。由来を聞いたら納得だが、聞かなかったら普通は紅葉のほうを思い浮かべる。これで本名がバレるとか頭がおかしいんじゃないか?
ともあれ、好きな名前が一番だと、女性だが名前が男性名のヨウタさんに促され、ヨーコちゃん改めコウヨウちゃんは笑顔でボードに名前を書きに行った。
「……一発殴りたくなってきたわ」
「俺、二発」
「傷害罪で向こうが有利になるからやめとこうね」
「「は~い」」
その後ろ姿を見守りながら、ヨウタさんと俺は顔も知らない元彼に殺意を飛ばす。よーへいさんだけが冷静に止めてくれた。
「コウヨウさんがヘッドスナイプしまくったら、スカッとすると思わない?」
「「それだ」」
よーへいさん、冷静だが殺意が高かった。
コウヨウちゃんが登録を終えてから、ネット上でチーム登録をする。
アカウントが出来た途端、イエローが飛んできて武器ポイントを多めに渡していた。最初は全額渡そうとしたのでレッドがチョップで止めた。
「ここまで貰うほどでは……」
「イエローの全額はやりすぎだけど、それだけの価値はあるよ」
「あのね、ヨーコさん……じゃなかった。コウヨウさんはあまりジャンプしなかったけど、もっと上の機体だと機動力が高い機体もあるんだよ。高性能なレーダーもあれば狙いやすくなると思うし、とにかく武器ポイントが足りなくなると思うの!」
「あ、ジャンプはペダルに足が届かないので……足が速い子なら交換したいですね」
「…………ちょっと待って」
またなんか言い出したぞこの子。
確かにコウヨウちゃんは小さいが、筐体の座席は車の運転席のように前後移動できるから届くはずだ。じゃないと俺も高身長の人の後はめちゃくちゃ困る。
それでもペダルが操作しにくい人はレバー操作でジャンプ出来るよう設定変更が可能だ。
何だか嫌な予感がして、『ハラペコナンジャー』も一緒に一度ゲーセンを出て、駅前のファミレスまで移動した。
晩飯には早い時間だったので7人でも並んで座れる席があった。
山盛りポテトとドリンクバーだけ頼んで、それぞれ飲み物を取ってきたところで問題に取りかかる。
「コウヨウさん、旧アカウントの設定見せてもらっていい?」
「はい」
まずはよーへいさんがタブレットを渡した。もう既に紅蒼のログイン画面だ。打ち込んで旧アカウントに入ったところでコウヨウちゃんはよーへいさんにタブレットを返す。
受け取った彼は、俺たちにも見えるようにしながら、設定タブをぽちっと押した。
そこで出てきた様々な設定に、俺たちだけでなく『ハラペコナンジャー』の3人も絶句した。
「な、なにかおかしいんですか?」
「この設定、自分でやった?」
「設定は一切触ってないです」
「そう」
音量最大。衝撃レベル最大。対戦相手との通話オフ。フレンド以外の通話オフ。フレンド申請拒否。
彼女がこれらの設定変更をしていないならば、やったのはパスワードを知っていた元彼だ。
「……衝撃レベル最大って、設定しようとしたら厳重な注意事項出るんだったよね……?」
「三つぐらい出たはず。一発撃たれただけで交通事故かってぐらい振動と衝撃がやべぇ」
「やったんだ」
「好奇心には勝てなかった。衝撃で脳みそ揺れてるからか、気持ち悪くて碌に戦えなかったな」
「え。プレイヤーは皆こんな衝撃を受けてるって……」
「受けてないよ! そんなの受けてたら私、続けてない!」
「そんな……」
大の男ですら気持ち悪くなる衝撃を300回以上受けてきたのに、コウヨウちゃんは辞めなかった。脅されていたのか、辞めるという選択肢すら出てこないほど洗脳されていたのかはわからないが、こんなの絶対に健康に良くない。
俺たちの殺意がますます高まった。
「いい、コウヨウさん? 今のアカウントの設定は弄らず、初期設定のままにしとくこと。
パスワードは誰にも教えないこと。チームメイトの僕らにも教えちゃダメだ。教えて欲しいと言ってくる奴がいても絶対に教えないこと。しつこかったら僕らが守るから、逃げてきて」
「わ、わかりました」
基礎的な情報リテラシーだが、ちゃんと教えておかないと彼女はまた被害に遭ってしまうだろう。よーへいさんの注意を誰も茶化すことはなかった。
注意は更に続く。
「ゲーセンでは一人にならない方が良いね。この元チームの奴ら、彼女を見つけたらまたカモにしようとするでしょ」
「そうだな。ヨーコ……じゃねぇ。コウヨウ、オレたちかタイヨウたちがいる時以外でこの駅に近付くな」
「え、あの、駅からですか」
「駅からだ。そもそも女一人でこんなとこに来んじゃねぇ。誰か男と来い」
レッドは口調こそ荒いが、とんでもない紳士だったりする。姉と妹に鍛えられたと以前言っていた。
彼の意見に異議を唱える人は一人もいない。ヨウタさんもよーへいさんと一緒に待ち合わせするし、イエローもレッドかブルーと必ず来ると言っていた。
なんせ帰り道が薄暗い。コウヨウちゃんが自殺しかけてたことに、ヨウタさんもよーへいさんも最初気づかなかったぐらいだ。俺だってあの時アクキーが車のライトを反射しなかったら、絶対に気づかなかった。
何も気づかないまま水音だけ聞いて、誰かが川に物を投げたとでも思って通り過ぎてただろう。気づけて良かった。あそこは夏場の飛び込みスポットだから川底に叩きつけられる心配はないし、まだ即死に至る水温ではないだろうけど、危険なことには変わりない。
あれはレアケースとしても、変質者に遭う可能性だってあるし、突然車に連れ込まれて誘拐なんて事もあり得る。
とにかく危ないのだからとコウヨウちゃんに言い聞かせた。
「でも、それだとどうやってここにくれば……」
「あら。ちょうど良いフリーの男がいるじゃない」
「そういえば、最近彼女に振られた男がいるわねぇ」
ヨウタさんとイエローが誰かを指名している。俺も振られたばかりだが、まさかブルーかレッド、どっちか仲間か。
「ああ。そういえば学校も同じだし、ちょうどいいね」
「大学が同じならそこで待ち合わせれば良いから安全だね」
なんと。彼らが同じ大学だったとは気づかなかった。コウヨウちゃんにも気づかないし、俺はあまり周りを見れてないな。
もっと周りと見ようと反省したところで、全員の視線が俺に向いていることに気づいた。
「え、俺?」
「「「「「そうだよ」」」」」
むしろお前以外に誰がいるんだとコウヨウちゃん以外の全員に呆れられた。