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最下級領地の女領主様  作者: 葉月あおい
一年目
6/6

4.少女たちのお茶会

ネイと3つ下の妹アンネ、そして近所に住む一つ下のシャルティア、その従姉でネイの二つ上のエルメリアがエーデンベルク領主の屋敷に呼ばれたのは初夏のこと。

畑仕事も一段落した午後3時頃、4人は各々緊張した面持ちで屋敷へとやってきた。




穏やかな笑みを浮かべて4人を出迎えたのはカルロスだ。主人である領主一家には敬語を使う彼だが、同じ領民たちには気さくな言葉づかいで話している。


「リーゼロッテ様がお待ちだよ。そんなに緊張しなくていいから、ゆっくり楽しんできなさい」


そう言われても無茶である。主君でもある領主からわざわざお呼びがかかるなんて、何かしでかしたからだとしか思えない。まさか、リーゼロッテがここに来た日に声をかけたことで不興を買ったか? いや、それならとうに罰せられてもおかしくはない。では一体なぜ――

ネイが頭の中で考えていると、ふと甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。4人とて年頃の少女だ、自ずと意識がそちらに引き寄せられた。


「よかった、みんな来てくれたのね!」


はしゃいだ声が近づく。赤みがかった髪を頭頂部で一つに結ったリーゼロッテが青い瞳を輝かせてこちらに駆け寄ってきていた。その姿は年相応の少女そのもので、ネイは今までどこか雲の上の存在のように思っていた目の前の少女にどこか親近感を抱いた。


「お招きいただきありがとうございます、領主様」


最年長のエルメリアがそう言って頭を下げる。ネイたちも慌ててそれに倣った。


「やだ、そんなよそよそしいことしないでよ」


リーゼロッテがそう言って苦笑した。


「今日はみんなと色々お話したくて呼んだの。お菓子とお茶を用意したから、色々みんなの話を聞かせて」


そう言いながら跳ねるような足取りで来た道を引き返していくリーゼロッテを、4人は急いで追いかけた。



「わぁ……!」


思わず歓声を上げたのはアンネである。ようやく年相応の反応を見せてくれた、とリーゼロッテは内心で安堵した。


4人の少女たちを連れてきたのは、屋敷の奥にある小さな庭園だった。ここはエーデンベルク初代領主の妻が作ったものだと屋敷に来たときにカルロスに教えてもらった。代々ずっと領主の妻が管理し、色とりどりの美しい花を咲かせてきたのだと。

けれど、今目の前に広がる庭園には美しく華やかな花はそれほど咲いていない。先代領主の妻であるローゼはこんな小さな庭園の管理をする気などさらさらなかったのだろう。だがそれでも植えられた木々が目の覚めるような鮮やかな緑色の葉をつけ、小ぶりながらも可愛らしい色彩の花を咲かせている。屋敷に勤める使用人たちがローゼの機嫌を損ねないよう気を付けながらもコツコツと世話をし続けてくれていたらしい。

そして、庭園の奥にしつらえられた四阿(あずまや)には円卓があり、席が5つ用意されていた。リーゼロッテの指示である。四角いテーブルよりも上座下座の区別が分かりにくく、招かれた4人に気をつかわせまいという配慮だった。そのテーブルの中央には焼き菓子が山盛りになった大皿が置かれ、席には取り皿とグラスが置かれている。


「さ、みんな好きなところに座って」


リーゼロッテに促されて4人が座る。


「領主様、このお水に浮いてるのは何ですか?」


そう訊いたのはアンネだ。シャルティアが「ちょっとアンネっ」と止めようとするが、リーゼロッテは笑って答えた。


「檸檬の輪切り。これを水につけておくとさっぱりして美味しくなるの。お菓子が甘いから飲み物はそっちのほうがいいかと思ってね」


エーデンベルクではあまり果物が育たない。だから、このお茶会を企画したときに王都にいる母に手紙を書いて色々と送ってもらったのだ。この焼き菓子の材料もそうだ。


「領主様、こちらのお菓子はどうしたのですか?」


そう訊くのはシャルティアだ。栗色の髪を肩で切り揃えており、勝気そうなやや吊り上がった黒目が興味深げに大皿に盛られた焼き菓子に向けられている。


「王都にいる母さんに頼んで材料を送ってもらって、私が作ったの」


エーデンベルク領では小麦が育つし、砂糖などの調味料はある程度揃っている。だが、卵はつい最近取り入れたばかりでリーゼロッテの手元にはないし、牛乳やバターは王都から取寄せるにも鮮度の問題的に難しい。悩んだ末にカルロスの家から卵を分けてもらい、牛乳よりは保ちがいい豆乳を使って焼き菓子を作ったのだ。味付けは砂糖というシンプルなものなので、領内で採れる木苺を使ってジャムも作った。


「久しぶりに作ったからちょっと味に自信はないんだけど……遠慮なく食べて」


そうは言うけれど正直謙遜である。リーゼロッテはお菓子作りは子供の頃から大得意だったから、今回も出来栄えには自信があった。けれどさすがにそれを馬鹿正直に言っては反感を買いかねない。

少女たちが焼き菓子に手を伸ばして一口齧った。リーゼロッテも手に取って食べる。味見はしたけれどやっぱりおいしい。


「おいしい……!」


目を輝かせたのはアンネだった。ネイも大きく頷いている。やはり姉妹だからか、その表情はそっくりだった。

さっきから見ていると、やはりアンネが4人の中でも一番フレンドリーだ。まだ12歳のはずだから、幼いが故のことかもしれない。ネイも先日のことからしてこちらに好感を持ってくれているだろう。だが、シャルティアやエルメリアはまだこちらをかなり警戒しているらしい。なんとなく目つきで分かる。


「シャルティア、エルメリア」


声をかけると、二人はハッとしたように居住まいを正して背筋を伸ばし「はい」と応じた。ネイとアンネも聞いて、と続けるとその二人も居住まいを正してくれた。


「あなたたちが私を警戒していることは分かってる。今まで存在すら知らなかったこんな小娘が領主だなんて気に食わないでしょ? ――でも、私はね、来たからにはエーデンベルクをもっといい場所にしたいの。時間はかかるかもしれないけど、みんなが生活を楽しめるようになってほしい。今のエーデンベルクの人たちは、ただ生きていくだけで精一杯に見えるから」


生きていくだけで精一杯。その言葉を聞いた少女たちの顔がこわばった。図星なのだろう。やがてエルメリアが俯き、絞り出すように言った。


「……ここじゃ、生きていくことも、できないです」

「エル(ねえ)


エルメリアの言葉を聞いて泣きそうな顔になったのはシャルティアだ。エル姉、という親しげな呼び方に二人の仲の良さが窺える。


「……私には、妹がいたんです。私より3つ下で、生きていれば領主様と同い年でした」


生きていれば。


エルメリアの妹が既に故人であることに、リーゼロッテはそこで気づいたのだった。

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