第3話 どんなに防御力が高い防具も脱がせてしまえば関係ない
俺がガードレスの呪文を詠唱した瞬間、トモエの身体が青白い光に包まれた。
「あ、あんた魔法使いだったのかい!?」
トモエは自身を包み込む青白い光に一瞬怯んだが、この魔法の効果は対象の防御力を下げるだけで直接的なダメージはない。
「はっ、こけおどしかい!」
自身の防御力が下がっているという事実は実際に攻撃を受けてみない限り気付く事はない。
トモエは自分の身体に筋力や反応速度の低下などの異変がない事を確認し、すぐに頭を切り替えて攻撃を再開する。
しかし何度やっても同じだ。
トモエの木刀は俺の身体には届かない。
俺はトモエが木刀を大振りした時にできた一瞬の隙をついて、握りしめた木の枝でトモエの右腕を殴打した。
「何だこんなもの……うっ……ぎゃあああああああああああああああああああ!?」
その瞬間トモエの悲鳴が辺りにこだました。
「くそっ、腕が……」
腕を押さえて蹲るトモエに子分達が駆け寄る。
「あ、姐御! 大丈夫ですかい!?」
「てめえ良くも姐御を!」
大袈裟だな。
ちょっと木の枝で叩いただけじゃないか。
しかしよく見ると俺が叩いたトモエの腕はおかしな方向に折れ曲がり、赤黒く変色していた。
まさかあの一撃で骨が折れたのか?
例え防御力がゼロまで下がっていたとしても、木の枝で叩いただけでそんな事になる?
「大丈夫ですか姐御。さあ、早くこの薬を!」
「すまないねアンドーゼ、あんたの薬を使わせてもらうよ。あたいとした事が油断をしたよ」
トモエはアンドーゼと呼ばれた初老の山賊から受け取った塗り薬を骨折した腕に塗ると、あっという間に折れた腕は元通りになった。
その凄まじい治癒効果に俺は我が目を疑った。
ハイポーション……いや、エリクサークラスの回復力はある。
あのアンドーゼという男、山賊にしておくには惜しい程の優れた薬剤師と見たが何者だろうか。
治療を終えたトモエは再び俺の前に立ち塞がる。
「ガードレスとか言ったね、思い出したよ。確か相手の防御力を下げる魔法だね。木の枝ごときであたいの腕が折れたという事は、あたいの防御力はゼロよりも更に下、マイナスまで下がってるって事だ。相当な使い手と見たよ」
今まで人間にガードレスを掛けた事はなかったので気が付かなかったが、どうやら俺のガードレスは自分が思っている以上にやばい効果があったようだ。
俺はここでようやくツクヨミ師匠がひとつの魔法を極める事の大切さを説いた理由を理解した。
理論的にはガードレスの魔法で相手の防御力を極限まで下げれば木の枝や道端の小石ですら必殺の武器となるという事になるな。
「でもね、それならこっちにも考えがあるよ。あんた達、あれを持ってきな!」
「へい姐御!」
トモエの命令を受けた子分達は後ろにある荷車から白く光り輝くプレートアーマーを取り出してトモエに着せる。
「この鎧を着ると動き辛いったらありゃしないから普段は使わないんだけどね。これでさっきのようにはいかないよ!」
全身に鎧を纏い、まるで戦場で戦う騎士のような姿になったトモエは再び木刀を手に俺に襲い掛かってくる。
「くっ」
俺はまた隙をついて木の枝で叩くが、今度は逆に木の枝が折れてしまった。
あの鎧、見た目に違わずとんでもない防御力だ。
「あはははっ、これで立場が逆転したね!」
トモエの攻撃はますます勢いを増す。
このままではいずれ避け損なってその一撃を受けてしまうだろう。
かといってここから逃げようにも周りは山賊達に囲まれている。
俺は後方に飛び、一旦トモエから距離を取る。
「おっと逃がさないよ!」
「いや、逃げるつもりはないさ。もう一度呪文を詠唱する為の僅かな時間が欲しかっただけだ」
「これは以前とある騎士の宝物庫から盗んできたオリハルコンの鎧さ。如何にあんたのガードレスが強力でもこいつの防御力の前には焼け石に水だよ!」
「やってみなくちゃ分からないさ!」
俺は今までガードレスを重ね掛けした事はないのでどれだけの効果を発揮するのかは未知数だ。
しかし俺は長い年月をかけてずっとこの魔法だけを鍛え続けてきたんだ。
今の俺のガードレスならオリハルコンの鎧の防御力をも上回る自信があった。
「万物の守護を司るクローザ神よ、彼の者を守る全ての存在を消し去りたまえ……ガードレス!」
俺が呪文を詠唱した瞬間、トモエの全身を纏うオリハルコンの鎧が赤い光に包まれる。
「赤い光……?」
おかしいな、防御力が低下している状態なら青白い光に包まれるはずだ。
あれはいったいどんな状態だろう。
「無駄だと言ったはずだよ!」
トモエはガードレスの魔法を意にも介さずに突っ込んでくるが、次の瞬間バァンという大きな音を立てて彼女が身に纏っている全ての物が弾け飛んだ。
鎧だけではない。
その下に身に付けていた衣服も何もかもだ。
「な……きゃあああああああああああああああああああああ!?」
自分の身に起きた事を把握した瞬間、トモエは悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「あ、姐御!?」
「なんて艶めかしい……じゃない、はやく姐御を!」
子分達はこぞって自分の上着を脱ぎ、全裸となったトモエの身体に被せる。
「おい、お前! 姐御にこんな事をしてここから生きて帰れると思うなよ!」
「おやめ!」
子分の一人が俺に突っかかってきたところで、それをトモエが止めた。
「オリハルコン製の鎧が破壊されるなんて、そんな魔法聞いた事ないよ。あんた一体何をしたんだい?」
「いや、ガードレスを重ね掛けしただけだけど……」
俺も今起きた現象についてよく分かっていないので首を傾げながら答える。
「あんたの魔力が大きすぎて防具その物が消滅したって事かい。……あんたただものじゃないね。一体何者なんだい?」
「俺か? 俺はツクヨミの弟子、クサナギだ」
「あの大魔法使いツクヨミの弟子だって? それにクサナギって名前も聞いた事があるよ。確か火竜を退治した勇者パーティの魔法使いがそんな名前だったっけ」
「そう、それが俺だ。まあ今はもう勇者パーティからは抜けてるけどね」
「道理でとんでもない魔法を使う訳だ。あたいはとんでもない人に喧嘩を売っちまったみたいだね」
彼女は先程とは打って変わってしおらしくしている。
既に彼女に戦意は残ってなさそうだ。
「あたいの負けだよ。あんたの好きにしてくれ。でも子分達は見逃してやってくれないか」
「待って下さい姐御。我ら生まれた日は違えども、死ぬ時は一緒でさぁ」
「俺達地獄の果てまでお伴をしますぜ!」
山賊達は競い合うようにトモエを庇って俺の前に立ち塞がる。
トモエ率いる山賊団の噂は聞いた事がある。
彼らは様々な事情で故郷を追われ、行き場を失った者達の集まりだ。
根っからの悪人はほとんどいない。
そしてトモエ山賊団の襲う相手は悪徳貴族ばかりで、善良な市民を手にかけた事はない。
民衆の間では義賊としてその名が知られている。
正直なところ、俺をここから追い出そうとせず、修行の邪魔さえしなければ別に好きにしてくれと思っている。
俺は彼女達に俺の邪魔をしないことを条件にこの山をねぐらにする事を許すと、トモエ達は俺を神様のように拝み倒しながら言う。
「なんて器の大きな男だ。今日からあんたがあたいらのボスだ」
「いや、俺は山賊にはならないよ」
「あんたが何と言おうとあたいらはあんたについていくよ! いいな野郎ども!」
「合点でさぁ!」
「異議なし!」
「えぇ……」
こうして俺の意思とは関係なくこの火焔山を拠点とするクサナギ山賊団が誕生したのである。