第28話 白霜の谷
「あの子達はあなたの言いつけ通り白霜へ氷竜討伐に向かったようですわよ。あんな小さな身体で勇敢ですこと」
「ふん、あんなガキどもではどうせ氷竜に手も足も出ずに泣いて逃げ帰ってくるのがオチだろう」
「それはどうかしら? 真面目そうな子達だったから死ぬまで戦ってたりして。殺される為に送り出されたとも知らずにね」
「どちらでもいいさ。戦死したのならそれでもよし、逃げ帰ってきたのならそれを理由に勇者の称号を剥奪し、俺の息のかかった者を次の勇者にするだけだ」
「クスクス……本当に酷い人」
「ふっ、誰の為にやっていると思っているんだ?」
「うふふ、愛してるわあなた……」
◇◇◇◇
勇者チル率いる新生勇者パーティは満足に遠征の準備をさせて貰う事も出来ずに新国王ムスヒが手配した馬車に乗せられてヒノト王国の最北部に位置する白霜の谷へとやってきた。
チル達は谷の入り口で馬車から降ろされると、そのまま谷の中へ進んでいく。
白霜の谷とはかつて王国を救った勇者と魔王との激しい戦いにより出来た大地の亀裂であり、その標高は海よりも低い位置にある。
その谷底は切り立った崖に阻まれて太陽の光がほとんど差さず、真夏でも氷点下の気温となる事がある。
それは極寒の地で生まれ育った氷竜にとってはこの上なく快適な環境であった。
「サクヤ殿、拙者寒いのは苦手でござるよ。魔法で何とかならないでござるか?」
谷に足を踏み入れて早々に忍びの少女サギリが音を上げる。
氷竜との戦いに備えて魔力は温存しておかないといけない。
このぐらい我慢をしろと言いたいところだが、いざ氷竜と遭遇した時に手足がかじかんでいては満足に戦えない。
「仕方ありませんね。……ウォームウィンド!」
サクヤが呪文の詠唱をすると杖の先からパーティを包み込むように暖かい風が流れ出す。
「おお、身体がポカポカしてきたでござる。魔法とは便利なものでござるな」
「でもこの魔法を使っている間は少しずつですが魔力を消費し続けています。半日も持てばいい方だと思います」
「何と、それでは急いで氷竜とやらを倒して帰るでござる!」
森や山などの地形と違って谷は一本道である事が多い。
このまま真っすぐ進めば迷わず氷竜のいる場所まで辿り着けるはずだ。
四人は魔法の効果範囲から出ないように身体を寄せ合いながら早足で谷底を進む。
「ネネコさん、この辺りに魔物の気配はありますか?」
「いえ、何も感じません。この寒さですもの魔物達も凍えてしまいますわ」
神に仕えるシスターとしての修行を積んだネネコは邪悪な存在の気配を感じる事が出来るという。
クサナギ達と冒険をしていた時はしばしば魔獣達の奇襲を受ける事があったが、彼女と一緒ならその心配は皆無だ。
「ムスヒ陛下って嫌な奴だと思ってたけど、ちゃんと私達が魔獣討伐の任務をこなせるようにパーティ構成を考えてくれていたのかしら?」
「お姉様、それは早計ですよ。クサナギさんの事をあれだけ悪く言う人なんて私は信用できません」
「それもそうね。前言撤回」
時間にして二時間程歩いたところで、周囲の気温が急激に下がってきた。
「皆さん、この近くから邪悪な気配を感じます」
ネネコの一声で四人に緊張が走る。
サクヤも温風魔法を解除し、戦闘態勢に入る。
しかし付近には氷竜はおろか魔獣の影は見えない。
「ネネコさん、本当にこの近くにいるんですか? あたしには何も見えませんけど」
「それにしても寒いでござるな、雪も降ってきたでござる」
「雪? この谷に入る時空に雪雲なんか見えなかったけど……はっ、皆さん上です!」
四人が上を見ると、そこには口から冷気を吐きながら上空を旋回している巨大な白い竜の姿があった。
竜の息に冷やされた空気は凍り付き、雪のような結晶になってチル達の頭上に舞い落ちていたのである。
「あれが氷竜……」
「ひ、氷竜ってあんなに大きいんでござるか? 本当にあんな化け物に勝てるんでござるか?」
氷竜は四人の存在に気が付くと、翼を畳んでチル達の目の前に降りてきた。
「ギャオオオオオオオオオオオン」
氷竜の咆哮が谷底に鳴り響く。
「き……来たでござるうううう」
「サギリさん、大丈夫です。私は以前クサナギさんと協力して似たような魔獣を討伐した事があります」
「本当でござるか? 絶対に勝てるでござるね?」
「勿論です。サギリさん、ネネコさん、作戦通り行きますよ! サクヤ、準備はいい?」
「はい、お姉様! ……上級燃焼魔法グレンファイア!」
サクヤが魔法の呪文を詠唱すると、チルのロングソードが爆炎に包まれる。
「……破邪魔法サンクタスルクス!」
それを更にネネコの破邪魔法を重ねると、チルの剣は真っ白な光に包まれる。
「拙者が隙を作るでござる!」
サギリが氷竜の周りを駆け回りながらクナイや煙幕弾を投げつけて攪乱する。
「今だ!」
氷竜の意識が完全にサギリに向いた隙にチルは一気に氷竜に詰め寄り炎と破邪を纏った剣をその首目掛けて振り下ろす。
二つの弱点を同時に叩きつけられた氷竜はひとたまりもない──
──はずだった。
氷竜の首には僅かな切り傷が付いただけで未だ健在である。
「嘘……効いていない!?」
「ギャルルルルルル……」
氷竜は唸り声を上げながらその大きな口を広げてチルに突進する。




