第18話 物理無効対策
カグツチはその脚力で一瞬にしてスコティとの距離を詰める。
「疾風突戟掌!」
スコティは矢のような速さで突き進みながら繰り出されるカグツチの拳に反応すらできず、その一撃をまともに食らってしまった。
高レベルの冒険者とはいえ、後衛職であるスコティは肉弾戦は不得手だ。
観客の誰もがスコティがノックアウトされた事を確信したが、カグツチの拳はスコティの身体をすり抜けた。
「まただ……」
いつの間にかスコティの身体は水色の光に覆われていた。
よく見ると、スコティだけでなくマドウカとナベシマの二人の身も同じ色の光に包まれている。
カグツチは更にスコティに攻撃を加えるが、全て同じ結果に終わった。
「何度やっても同じ事ミャ」
エキゾチックスの四人は再び陣形を組んで四方からカグツチに攻撃を始める。
「くっ……」
カグツチは両手の籠手でエキゾチックスの攻撃を捌き続けるが、カグツチの攻撃が一切効かないエキゾチックスの四人が反撃を受けるのを顧みない大胆な攻めに移行すると忽ちカグツチは防御が追いつかなくなりじわじわとダメージを重ねていく。
このまま万事休すかと思われた時、カグツチは拳に力を籠め足元の地面を殴りつけた。
「ニャッ!?」
轟音と共に競技場内が激しく揺れ動き、カグツチを囲んでいたエキゾチックスの四人は後方へと吹き飛んでいった。
「クサナギさん、今カグツチさんが魔法を使いませんでした?」
サクヤはカグツチが衝撃魔法を使ったのではないかと考えているようだが、俺はカグツチからは一切の魔力を感じなかった。
つまりあれは物理攻撃の類だ。
「今のは魔法ではないな。カグツチは拳で地面を思いっきり殴りつける事で衝撃波を発生させたんだ」
「ええ……何でもありですねあの人……」
サクヤは信じられないといった様子だが、あの技には俺もかなり驚いている。
物理だけであんな攻撃をされたら俺達魔法使いの立場がないじゃん。
まあそもそも俺は攻撃魔法は全然使えないけど。
思わぬ反撃を受けたエキゾチックスの四人だが、彼女達も並の冒険者ではない。
空中で体勢を整え、猫獣人特有のしなやかな四肢で軽々と着地をする。
「さすがは噂に聞く格闘王カグツチミャ。一筋縄ではいかないようだミャ。でも今の私達には物理攻撃が一切通用しない以上もう勝負は見えてるミャ」
マドウカは余裕の笑みを浮かべているが、一方のカグツチの方も不敵な笑みを浮かべて言う。
「残念だが今のでタネはバレている。さっきから俺の攻撃がすり抜けていると思っていたがそうではなかった。その証拠に今の衝撃波でお前達は吹き飛ばされていたからな」
「ニャ……」
「猫は液体とはよく言ったものだな」
「!!」
「何を言っているんだこいつは」と、カグツチの言葉を聞いた大半の観客が思った事だろう。
確かに猫は身体が柔軟で、細い隙間に入り込んだり、容器に合わせて身体の形が変わったりする。
それは液体の特徴と一致する為に、猫は液体であると主張する学者も珍しくない。
しかし如何に柔軟な猫であろうと拳をすり抜ける事などできないはずだ。
困惑する観客達を余所に、マドウカは感心した様子で拍手をする。
「よく見破ったミャ。液状化魔法リキッドブレイク。スコティが作り出したオリジナル魔法ミャ」
なるほど、身体を液体に変化できるなら打撃による攻撃は一切通用しないが、衝撃波を全身に受ければ後方へ吹き飛ばされるという訳だ。
しかしタネが分かったところでエキゾチックスの優位は動かないだろう。
物理攻撃しかできないカグツチにはもう打つ手がないはずだ。
エキゾチックスの四人は攻撃を再開する。
カグツチの懐に飛び込んだマドウカは双剣を振りまわし、その一撃がカグツチの胴体に命中した。
辺りに鮮血が飛び散る。
「くっ!」
カグツチは苦悶の表情を見せ、距離を取る為に後方へ飛び下がる。
「完璧に捉えたと思ったけど全然浅いミャ。一体どんな鍛え方をしてるミャ?」
浅かったとはいえ確実にダメージは通っている。
このままいけばいずれカグツチが力尽きるのは誰の目にも明らかだった。
「これで止めミャ!」
マドウカの合図で四人は一斉にカグツチに飛びかかる。
その時だ。
「はあっ!」
カグツチは気合と共に両掌をすり合わせると、そこから猛烈な熱気が放出された。
「な、何だミャ? 君は魔法が使えたのかミャ?」
「これは魔法ではない。俺は両掌の摩擦熱で炎を作り出す事ができる」
カグツチの両掌から放出される熱気は見る見る内に巨大な炎となり、それは火炎旋風となって競技場内を吹き荒れる。
「熱い……どんどん気温が上がって……いけないミャ!」
液体となった彼女達には物理攻撃は一切通用しないが、熱に対しては無力だった。
火炎旋風による高温に曝されたエキゾチックスの身体は沸騰して気化し、あっという間に霧散した。
「こ、これは一体どうなってるんだ? おい審判!」
「え、ええと……」
審判も判定を迷っている。
しばらく判定を保留していると、外気に曝されて体温が下がり気体から液体に戻ったエキゾチックスの四人の身体が雨となって競技場内に降り注いだ。
そしてその液体の身体は自然と四か所に集まっていき、それぞれが猫獣人の姿に戻った。
どうやらリキッドブレイクの効果が切れたらしい。
四人は地面に倒れたまま全く動かない。
「おい、生きてるのかあれ?」
観客席からはエキゾチックスの四人を心配する声が響く。
直ちに医療スタッフが地面に倒れているエキゾチックスの四人に駆け寄り、その身体に触れると四人は完全にのびていたがまだ息をしていた。
「エキゾチックス全員戦闘不能! 勝者カグツチ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
競技場内に観客達の歓声が響き渡る。
「クサナギ、エキゾチックスが負けちゃいましたね」
「あんな化け物に私達は勝てるんでしょうか……」
度胸だけは人一倍あるチルとサクヤの二人が珍しく弱音を吐いている。
敵討ちなどと烏滸がましい事を言うつもりはないが、次の試合までにカグツチの攻略法を考えないといけないな。