偽物の彼女が僕をどんどん幸せにします!
「頼む! お袋を最後に安心させてやりたいんだ!」
そう言って拝み倒して、渋る幼なじみの蔵橋美末に無理やり恋人のフリを頼んだのは、ただの言い訳だった。本当はどうしても彼女と恋人気分を味わってみたかった。
もちろん、速攻バレました――ゴメン。
美末は無口で無表情で、よく「何を考えているか分からない」と言われるけど、僕にはとても分かりやすい。
今だって、「なんでそんな嘘ついたんだ、自分をからかっているのか」という目付きで僕のことをにらんでいる。他の人にはぼんやり僕を見つめているようにしか見えないだろうけど。
ああ、可愛いなあ。
「ご、ごめん。でも、ほかに頼める人なんていないし……」
「有栖川さんは?」
それはクラスで一番人気の美人さんだ。朗らか癒し系で、校内屈指の人気者。
「あんな怖い人になんか頼めないよ」
「怖い?」
「そうだよ。なんでみんな、あんな人をチヤホヤするのかな。あの笑顔は、周りを見下している笑顔だよ。自分が一番だと思っているから、誰にでも優しくできる、そうすべきだと思ってるんだ。あんな怖い人、見たことない」
美末は全く無表情でなぜかドヤ顔を浮かべると、抑揚のない声で嬉しそうに言った。
「じゃあ、いい。その代わり、キスまで。偽物なら、それでいいでしょ」
「うん、うん! ありがとう美末」
いや、それほとんど全部じゃないかな、というツッコミは心のゴミ箱に叩き込んでおく。
美末が素っ気なく、恥ずかしそうに僕に手を差し出した。
「手、つなぐ?」
「あ、ああ、そうだね! そうだね!」
これは予想外だった。美末は真面目だから、偽物を演じるのにも手抜きしないんだ!
「これ、お弁当――嫌だったら、食べなくていいから」
もちろん、弁当箱まで食べ尽くす勢いで頂きました!
「今度の土曜、どこか行く?」
どこまででも行きますとも!
すごい、すごい! 偽の恋人同士になっただけで、美末が、あの美末がどんどん積極的になってくる! 偽物だと分かっていても、そのとてつもなくリアルな偽物っぷりに、僕はどんどん幸せになってしまう。
だけど、2人で出かけたお祭りの縁日で、僕が買ったイミテーションの指輪を差し出すと、美末はかぶりを振った。
「え、どうして?」
美末はうつむいて、頬を赤らめた。
「……婚約指輪は、本物がいい」
お読み頂きありがとうございました。
楽しんで頂けましたでしょうか。
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