三頁:人々は【塔】を登る③。
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【翌日・第1層“森エリア”】
「うわぁ……篝さん、見てください! 今日もよく晴れてます!」
「見ればわかるよ。
………これから飽きるくらいよく見ることになる」
テンションの高いウィスティリアと裏腹に、篝は空を見ると忌々しそうに眉を顰める。
いったいどうしたのだろう、と篝の顔を覗き込もうとするが、すぐに篝に頭を押さえつけられる。
「な、何するんでふか!?」
「静かにして頭を下げろ」
篝が声を潜めて話す。
何かあったのだと気が付くと、ウィスティリアは大人しく頭を下げる。
「………」
篝は『未来予知』によりこの場で敵と戦う場面を予知した。
敵は分からない。
いつものように、ほんの一瞬だけの『未来予知』。
分かったのはこの場所で割とすぐに戦闘が始まるということ。
──例え【怪物】が現れたとしても1層の【怪物】、問題は無い……それよりも厄介なのは…。
篝が考えていると、叫び声と呻き声と共にやって来た敵の正体が姿を現した。
「な、何アレ……」
部屋1つをまるまる使いそうなくらいの大きさを持ち、黒いヘドロのような物を纏い、ボコボコと泡をたて、その泡が消える度に叫び声と呻き声がきこえてくる。
それを見てウィスティリアは不安そうに顔を青ざめさせる。
「【脱落者】だよ」
「つ、つまり元人間?」
「そうだ。しかもあの大きさだ、複数の人間が合体したんだろうな」
ウィスティリアが思い出すのは、自分と同じように船に乗って【塔】までやって来た人々。
話すことは少なかった。
だがあの船に乗っていたのは、奴隷や貧しい人間がほとんどだったことは知っている。
ウィスティリアはそんな人々の1人だ。
ウィスティリアの国で【塔】に挑んだ者、もしくは協力した人間は英雄と褒め称えられていた。
だが、実態は富裕層の人間が奴隷と貧しい人間を強制的に【塔】へ送っているだけだ。
ウィスティリアのように自分から志願する人間はほとんどいない。
誰1人帰ってこない【塔】に皆行きたく無かったのだ。
「……もしかして、私と同じ船に乗ってた人、かな?」
「可能性はある」
「やっぱり……ねぇ、篝さん」
「なんだ?」
「【脱落者】を、助けてあげられないの?」
ウィスティリアの言葉に、篝は思わず天を見上げた。
【脱落者】を元の人間に戻すのは不可能だ。
ウィスティリアはそれを知らないからそんなことを平気で言えるんだ。
それを説明するが、ウィスティリアは納得しなかった。
「無理だ、【脱落者】になった人間は助からない」
「でも、あのままじゃ可哀想だよ……」
「……いいか、【脱落者】が可哀想かどうかは人によって様々だ」
篝はウィスティリアを睨み付けるようにして話し始める。
「だが、だからといって俺達に何ができる?
【脱落者】に人間性は残っていない、半不死だから攻撃してもいたずらに苦しめるだけだ」
まるで、1度【脱落者】を救おうとしたことがあるような言い方だった。
ウィスティリアは瞳に涙を貯める。きっとあと1つ、何かの拍子でその涙はこぼれ落ちるだろう。
「そんなに【脱落者】に同情するなら………」
篝はそこで我に返る。
いったい自分は何を口走りそうになったんだ?
──それはやめたんだ……。
篝が歯を食いばっていると、ウィスティリアの瞳からポロリとついに涙がこぼれた。
「な、なら……私、1人で何とかします……っ」
「は?」
ウィスティリアは泣きながら、しかし堂々と篝にそう言ってのけた。
そして涙を拭い、立ち上がる。
「篝さん、行ってきます」
そう言ってウィスティリアは隠れていたその場所を出て、【脱落者】に向かって走る。
「おぉーい! こっちだよー!!」
ウィスティリアは【脱落者】を呼ぶ。
【脱落者】はウィスティリアの声に反応し、動きを止める。
ジッと見つめる【脱落者】はその次の瞬間、叫び声を上げながらウィスティリアに突進する。
「うわぁっ、き、来た!?」
間一髪でその突進を躱し、【脱落者】を見つめる。
「………あ、そう言えば『弱点看破』ってどうやってやるんだっけ?」
ウィスティリアは頼みの綱にしていた『弱点看破』の発動方法を知らなかった。
どうしようとアタフタするが攻撃は止まらない。
また【脱落者】が突進してくる。
ウィスティリアは思わず目を閉じる。
【脱落者】の突進は人ひとりを吹き飛ばすには十分な力を持っており、ウィスティリアは森の木に背中をうちつける。
「あいたたた……」
気が付くと、もう目の前に【脱落者】が迫っている。
ヤバいと思いつつ、背中をうった反動で動くことができない。
ウィスティリアはまた【脱落者】の突進で吹き飛ばされる。
「ま、負けるもんか……だって、だって私は……」
──「良いですかウィスティリア、絶対に我らの誇りだけは、失わないで」──
「私は……っ!」
ウィスティリアは立ち上がる。
人を見捨てたくない。
もしもウィスティリアが【脱落者】なら、あのままの姿でいたくない。
きっと【脱落者】も心の底ではそう思っている。【脱落者】が苦しんでいることは、叫び声と呻き声を聞けばわかることだ。
「諦めたくない!」
【脱落者】の攻撃でボロボロになったウィスティリアは、地面に転がる。
ふと、篝が気になって辺りを見回すが、その篝の姿は何処にもない。
いったい何処へ行ってしまったのだろうか。
もしかすると、ウィスティリアに呆れて先に行ってしまったのかもしれない。
──結局、こんなものか……私の人生。
いったい何のために生きてきたんだろう。
初めはただ、青い空が見たかっただけだった。
それがどうしてこんなにも、色んなことをしたいと思ってしまったのだろう。
故郷で今まで通り生きていれば、きっとこんなに苦しんで死ぬことはなかっただろう。
助けてくれる人間の手を掴まなければ、こんなに悲しい気持ちにはならなかっただろう。
──全部、私が招いた結果だ。
ウィスティリアは目を閉じる。
やりたいことは沢山あった。
──青い空が見られた。
──ならそれでいいじゃない。
──なにも後悔することなんてないじゃない。
ウィスティリアが自分の死を受け入れようとしたその時、前方で鈍い音が聞こえてきた。
「いったいなんで死を受け入れようとしてるかは知らない。
でも、俺は死が大嫌いなんだよ……!」
すっかり聞きなれた声だ。
成人男性の声にも聞こえるし、若者の声にも聞こえる不思議な声の持ち主。
それを持っている人間を、ウィスティリアは1人しか知らない。
「目を開けろ、リア!」
ウィスティリアはゆっくり目を開けた。
ぼんやりしていた視界はだんだんハッキリ見え、その両眼はしっかりとその人物を映した。
「まだ、諦めるのは早すぎる!」
刀を持った篝が、突進していた【脱落者】を止める。
「生きることを、そう簡単に諦めるな!!」
篝は【脱落者】を弾き飛ばす。
「か……篝さぁん!!」
助けてくれないと思っていた、見捨てられたかと思っていた。
だが、篝は来てくれた。
ウィスティリアは思わず号泣する。
「汚ったないな」
「ごべんなざい」
号泣のしすぎで鼻水まで出てきてしまったウィスティリアを後目に、篝は刀を構える。
「まぁいい。それよりも『弱点看破』はどうなってる?」
「それが、発動しなくて……」
「ああ……ま、初めはそんなもんだよ。
トンボと戦った時、覚えているか?」
篝の問いにウィスティリアは勢いよく何度も頷く。
「よし、ならその時お前が何をしていたか……そのちっちゃい脳みそでよく思い出せ!!」
篝はそう言いながら【脱落者】に向かっていった。
「い、いや……一言余計です、篝さぁん!!」