二頁:人々は【塔】を登る②。
「か、帰れないって……」
「嘘だと思うなら入口まで連れて行ってやろうか?
ちなみに残り残機が2つあっても、入口からの死亡したら蘇生しないぞ」
それを聞いたウィスティリアは顔を青くして首を横に振る。
「それよりもだ……俺は松之 篝。篝でいいぞ。お前は?」
「ウィスティリア、です……」
ウィスティリアが答えると、篝はしばらくウィスティリアの名前を繰り返し呟く。
「なら『リア』だな」
「え?」
「俺と組んで、【塔】を攻略しないか?」
「ええ!?」
篝の提案にウィスティリアは驚く。
何故、出会って数分も経っていない自分と?と篝を訝しんでいると、すぐに篝は答える。
「リアの『弱点看破』があれば、俺も動きやすくなるからな。
それに、何も頂上に辿り着いた奴が必ず1人だとは言われていない。
なら、有益な能力者と組んで【塔】を攻略するのが、今の調査隊の動きだ。
ちなみに、【塔】は上に行けば行くほど怪物は強くなるし、上に登るのも難しい」
ウィスティリアは考える。
確かに自分はとてもじゃないが戦えるような身体能力を持っていない。
持ったのは『弱点看破』という能力のみ。
あんな怪物がこの【塔】に蔓延っているというのなら、1人では2層にすら到達できないだろう。
「……あの、篝さんは…どれくらい強いんですか?」
ウィスティリアは篝に尋ねる。
すると篝は一瞬ポカンと目を丸くさせ…次の瞬間には大爆笑を始めた。
「あっはっはっはっはっ!
ま、そうだよな! 共生するならそこは1番重要だよな!」
今度はウィスティリアがポカンと目を丸くさせる。
「俺の能力は『武器生成』『未来予知』。
まあ『未来予知』のほうはランダムで、役に立たないことの方が多いけどな。しかも一瞬だ」
だとしても十分すごいのでは……と思ったが、それよりも篝は2つ能力があると答えなかったか?とウィスティリアは篝に恐る恐る尋ねる。
「ん? 能力が2つある理由?
そんなの、死んだからに決まってんだろ?」
「で、ですよねー」
死んだ、ということは強さに問題はないのだろうか?
そう考えていると篝は少しムッとしながらウィスティリアに言う。
「……一応35層までは行ったんだよ、1人で」
またしても衝撃の発言である。
「ひ、1人で35層!?」
「ああ、1人で、1年かけてたったの35層だ」
だが、この1層であれだけの怪物が出たのだから、1人でそれを攻略していた篝には頭が上がらない。
しかもその時に『未来予知』は無かったという。
「35層の怪物と会敵して死んだ。どんな武器も作れる『武器生成』だが、怪物の弱点が分からないとどうすることもできない」
「つまり?」
「……俺は調査隊の中でも強い部類には入る。
が、その攻略方を知らなければそれが活かせない」
篝はウィスティリアに詰め寄る。だがその表情は鬼気迫るものである。
思わずウィスティリアは後ろへ下がるが、篝は後ろへ下がる度に前へ進む。
「いいか? 周りの調査隊は俺みたいな奴らばかりじゃあない。
中には願いを得る特権を独り占めしようとする奴もいる。
国によっては一番乗りすれば特別な報酬も得られる」
ついにウィスティリアは【塔】の壁に背中をぶつける。
「今、俺に協力すると答えればいいんだ。
俺は性格は悪いと自覚しているが、共生相手を裏切ることは絶対にしない」
「………はい、します。協力します」
あまりの剣幕にウィスティリアはとうとう折れた。
というか選択肢がなかった。
ここで断ったとしても、ウィスティリアは弱点が分かるという能力しか持たず、攻撃手段はない。
ならば、篝と協力して上を目指すしかないだろう。
「とにかく、目標は調査と頂上それから【呪い】を解く。それまで俺達は協力する。いいな?」
「うん、これからよろしくね、篝さん」
ウィスティリアと篝は互いに握手をする。
その時にふと、篝の手の皮が厚いということに気が付いた。
1年そこらでなるような手ではない。
きっとこの【塔】へ来る前も何かしていたのだろう。
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「篝さんは、ここに来る前は何してたの?」
「当ててみなよ」
1層の大きな木の下で休むウィスティリアと篝はたわいも無い話を繰り返す。
そこでウィスティリアは疑問に思っていたことを篝に質問する。
だが、篝はのらりくらりとその質問を躱そうとした。
「うーん……戦い慣れてるっぽいから……傭兵、とか?」
「ハズレ」
「え? じゃあ……えーっと、冒険者?」
「残念ハズレ」
「これも違うの?」
頭をひねって悩むウィスティリアは様々な職業を言うが、ほとんどが当てずっぽうだ。
だが、その全てを篝はハズレだと答える。
「というか、絶対に公務員とかは言わないんだな」
「篝さんが真面目にお勤めしてる姿が想像できなくて」
「酷い奴だな」
暗くなってきた頃、篝は薪に火をつける。
篝は持っていた鞄の中から、干し肉を2枚取り出し、その1枚をウィスティリアに差し出した。
「明日からはちゃんと協力してもらうからな」
「うん、頑張ります!」
ウィスティリアはそれを受け取り口へ運ぶ。だが、その干し肉はとてつもなく硬く、そして舌が痺れ始める。
「な、なんですか、これ!?」
「怪物の肉」
「はぁ!? ここの怪物って元人間なんですよね!?」
ゾッとしながら干し肉を見つめていると、篝はそれを食べながら、言っていなかったな、と話し始める。
「俺らは怪物になった人間を【脱落者】と呼んでいる」
「【脱落者】?」
「【脱落者】と【怪物】の見た目は全く違うから、すぐに分かる」
「つ、つまりこれは元人間の肉じゃないんですね! 良かったぁ……いや、良くないですよ!」
ウィスティリアは一瞬脱力するがすぐにこの干し肉について抗議を始める。
「まず、こんなに硬いとまず噛みきれないですよ! 鉄ですか、これ!?」
「干し肉だ」
「あと、舌が痺れる! 身体に影響はないですけど……ちょっとこれは酷いです! なんですか、これは!?」
「干し肉だ」
篝は溜息を吐いてウィスティリアから干し肉を奪い取る。
「そんなに文句言うなら食うな。自分で捕ったらどうだ?」
そう言われると、ウィスティリアはピタリと動きを止める。
「そ、そんな……ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです……!」
必死になって篝に頭を下げると、篝は勝ち誇った笑みを浮かべてウィスティリアに干し肉を返す。
「ありがたやー、ありがたやー」
「俺に感謝しながら食べるんだな」
平伏しているウィスティリアに満足そうにする篝は、自分で言っていた通り性格が悪いのだろう。
「さて、明日からはどうするかね?」
「どうって……上を目指すんでしょ?」
1度35層まで行っているのだから、そこまでの攻略法を篝は知っているはずだということを前提で話す。
だがその篝の顔は渋い。
「上に行く方法は2つ」
「2つ?」
「壁を自力で登るか、【上昇光】を見つけるか」
また聞きなれない言葉が出てきてウィスティリアは首を傾げる。
「自力で登るのは勧めない。
なぜなら【怪物】や【脱落者】の格好の的になるし、壁には【塔の罠】が幾つも仕掛けられている」
「あの、2つ目の【上昇光】って?」
「1日に1度、上に登るために現れる光の柱のことだ。
それを探すためにまる1ヶ月掛かった、なんてことはよくある話だな」
ウィスティリアは声にならない叫び声を上げる。
1日に1度だけの上昇チャンス。それが見つからなければずっと、その層に留まらなくてはならないのだ。
思わず気が遠のいてしまうのも無理はないだろう。
「篝さんは、それ探すのしんどくなかった?」
「初めはな。
でも、3層辺りで慣れたよ。そうでもしなけりゃ狂っちまう。
目の前で【上昇光】が消えて、2ヶ月もその層に留まったこともある。まだ上に行く実力が無くて、泣く泣くみ送ったこともある。
なのに、下へ行く【下降光】は頻繁に現れるんだから、やんなっちまうよ」
そう言って篝は鞄の中から使い古された布を取り出す。
「俺はもう寝る。
リアも明日に備えてもう寝ろ」
「え、でも【怪物】が……」
「大丈夫、この【帳木】の下には【怪物】も【脱落者】も寄り付かない。
調査隊の唯一の安全地帯だ」
それを聞いて、ウィスティリアは安心する。と同時に眠気が襲ってきた。
「……おやすみ、篝さん」
「おう、おやすみ」
ウィスティリアはそのまま目を閉じ……。
「あ!!」
「なんだよ!?」
なかった。
あることを思い出して目が覚める。
「記録! 書かないと!!」
「……そんなことかよ。明日でもいいだろ?」
「だめ! 忘れちゃう!」
ウィスティリアは火を起こして『塔方見聞録』を鞄から引っ張り出し、今日あったこと、トンボの怪物などを書き込んでいくのであった。