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7 ノエル・シアルサ


 失敗したかも……。


 カリサ村から王都イーリストへとやって来た『ノエル・シアルサ』は、魚を調理しながらそう考える。


「はぁ……」


 パチパチと皮目の焼ける音を聞きながら、彼女は深いため息を吐いた。







 ノエルが王都へと訪れた目的は、カリサ村の者だけではとても手に負えなくなりそうな問題を解決するためだ。

 最初は『採掘者(マイナー)』へと依頼を出すために、採掘者協会へと足を運ぶ予定であった。


 採掘者とは、世界各地に点在する神々が遺したとされる遺跡――【採掘跡】へと潜り、マナストーンや『神具』を収集する者たちのことである。

 もっとも、『神具』に関しては採掘跡でなくとも発見されるため、その主な仕事はマナストーンの採取であると言える。

 あくまでも、探索の進んでいない採掘跡では、『神具』は高確率で発見されやすいというだけだ。

 そもそも、『神具』を常識の枠で捉えてはいけない。以前なかった場所に突然出現することもあれば、再び消失してしまうこともある。

 では手に入れたところで意味がないのではないかとも思えるが、一度人の手に取られた『神具』は何故か消えることはない。

 一説では『神具』は意思を持ち、持ち主を選んでいるのではと考えられている。


 対してマナストーンだが、こちらは採掘跡で確実に入手することができ、人々の生活には欠かせない存在だ。

 マナを内包する宝石のように青い石であり、その量が多く純度が高いほど濃く澄んだ輝きを放つ。


 マナは力の源だ。

 この世界に住む者たちの暮らしの多くはマナによって支えられているため、マナストーンの採取は必須になるのだが、入手できる場所が採掘跡深部であり容易に手に入るものではない。

 誰でも潜れるような採掘跡でもマナストーンは採取できるが、質も悪く少量しか採取できない。一度採取し尽くすとクールタイムと呼ばれるマナストーンを再入手できるようになるまでの期間があるため、同じ場所で採り続けることも叶わないのだ。

 故に人々の生活を潤す程のマナストーンを得るには、必然的に危険度の高い採掘跡に潜る必要が出てくる。

 そんな危険を冒してマナストーンを採取することを生業としている者たちが、採掘者である。


 単純に強い敵と戦うことが好きな者も居れば、神々の文明に惹かれる者。マナストーンを集めることにより人々から得られる尊敬や名誉、名声。難易度の高い採掘跡を踏破したという栄誉のために採掘者になる者など、理由は様々だが、その誰もが一般人とは比較にならない強者だと言えるだろう。


 そんな採掘者だが、クールタイムなどを理由に採掘跡へと潜らない期間などは、人々の依頼を受ける傭兵業などを行う者が多い。

 つまり、彼らは報酬次第ではどんな仕事も引き受ける所謂、なんでも屋でもあるのだ。


 ノイル・アーレンスからしてみれば、死んでも成りたくはない職業常に一位の仕事であった。

 まあもっとも彼は現在、似たような仕事な上に依頼を達成したところで大した報酬を得られるわけでもない、下位互換のような職場で働いているのだが。

 店主であるミリス・アルバルマはおもしろいことが起こればそれで良しであり、報酬にも拘らず地位や名誉も欲していないため、『白の道標(ホワイトロード)』の名は中々広まることはない。


 そんな酔狂な店をノエルが訪れた理由は、彼女の住まう村にある時一人の女性が現れたのが原因だ。

 空色(スカイブルー)の髪を靡かせた、女性の魅力をこれでもかと詰め込んだかのような美しい女性は、たおやかに微笑むとこう言った。


「何かお困り事があれば、是非王都にある『白の道標』をお訪ねください。完璧にお悩みを解決することをお約束します。報酬はご相談になりますが、採掘者協会への依頼料よりもお安く済みますよ」


 そうして店の場所が記載された地図を残し、彼女は艶やかな仕草で一礼すると、カリサ村を去っていったのだ。


 当時ノエルは綺麗な人だったな、自分もああなれたらどれだけ良いだろう、くらいにしか思わなかったが、いざ村に問題が起こり採掘者協会へと依頼を出そうと王都を訪れた際に、彼女の存在に強く惹かれたのだ。

 節約するために、あの女性が残した地図を持って王都へ来ていたノエルは考えた。


 このお店に行ってみようかな……と。


 もちろん信頼度で言えば採掘者協会のほうが圧倒的に上だ。適切な依頼料を払えば、問題を解決してくれる採掘者を派遣してくれるだろう。

 しかし、問題となるのはその依頼料である。


 今村が抱えている問題は、素人のノエルから見ても異常だと思えた。

 何せ、何が起こっているのかがよくわからないのだ。火急な事態にはまだなっていないが、どう対処すればいいのか検討もつかない、聞いたこともない事例であった。


 そんな依頼を出すのだ、一体いくらかかるのか予想もつかない。

 カリサ村は裕福な村というわけではない普通の村だ。一応村から集めたお金を持たされてはいるが、果たしてこれだけで足りるのかノエルは不安を覚えていた。


 カリサ村を訪れた不思議な女性は、その瞳に強い自信を湛えていた。まるで、何かに絶対的な信頼を寄せているかのように。彼女の言は嘘ではないとノエルには思えた。

 そんな女性が信頼している対象が、『白の道標』というお店ならば、一度行ってみるのは悪くない案に思えてならなかったのだ。


 もしダメそうなら、その時は採掘者協会に行けばいいしね!


 そう判断したノエルは、当たれば儲けものくらいの気持ちで道に迷い四苦八苦しながらも、『白の道標』へとたどり着いた。


 もう! 何でこんな目立たないところにあるの! 外観もなんかオンボロだし……何あの絵……。


 これは外れだったかもしれない。

 そう思いながらもノエルは『白の道標』の扉をそっと開けて隙間から中を除く。

 店内は外観から想像したよりも遥かに綺麗だった。壁にかけられた謎の絵の数々は気になるが、ノエルの期待は否が応でも高まる。

 

 しかし、それよりもだ。


 何よりも彼女の目を惹いたのは、カウンターの向こうで腕を組み目を瞑っている一人の女性だった。


 すっごく綺麗……。


 気づかぬ内にノエルは彼女に見惚れてしまっていた。

 村を訪れた女性もかなりの美人だったが、この人も絶世の美女だ。


「まったくノイルのやつめ……む?」


 不機嫌そうに何事か呟いていた彼女はノエルに気づくと、かっと宝石のような紅い目を見開いた。


「おほー! 客か!? 客かのぅ?」


「え、あの、その……!」


 カウンターから身を乗り出して声をかけてくる女性に、ノエルはあたふたとしてしまう。

 そんな彼女に純白の美女は落ち込んだような表情を向けた。


「むぅ……客ではないのかのぅ?」


「あ、いや! 客です! お客様です!」


 慌ててよくわからないことを言ってしまい、ノエルは羞恥で顔を赤くする。

 しかしそんなノエルを気にした様子もなく、女性は再び瞳を輝かせた。


「なんじゃ! やっぱりそうじゃったか! それならはよぅ入るがよい!」


「は、はい」


 おずおずと店内に入るノエル。


「よしよし、ではその辺に座るのじゃ。今お茶を淹れてくるからのぅ」


 奥へと消えていく彼女を呆気にとられて見送り、ノエルはそっとソファに遠慮がちに腰掛けた。

 そのまま手持ち無沙汰でそわそわと待っていると、白髪の美女がお盆を手に戻ってくる。

 芳香な薫りが店内に広がった。


「ほれ、お茶じゃ」


「あ、ありがとうございます」


 ノエルはこういった作法を知らないが、出された物を飲まないのも失礼な気がして、目の前に供された湯気の上がるティーカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけて口へと運ぶ。


「うむ、それでは我は頼りになる男を迎えに行くからのぅ。ちょっと待っておれ」


「ぶっ!?」


 そして吹き出してしまった。

 突然女性が何の躊躇いもなく店を飛び出して行ってしまったからだ。


「ごほっ、こほっ……」


 一人取り残されたノエルは、一頻りむせたあと、呆然と呟くしかなかった。


「ちょっと待ってよ……」


 そうして女性が店に戻ってきたのは、数時間経っていい加減帰ろうかとノエルが思っていた時だ。


 何故数時間も待ち続けたのか彼女自身にもわからない。なんとなく純白の美女の雰囲気に、逆らえないものを感じてしまったのが原因かもしれない。

 ただ、言うまでもなくこの時点でかなりの不安を覚えていた。


 戻ってきた女性を見てノエルはさらに不安になる。

 彼女が何故か、ぼろぼろで胸に大きな魚を抱いた男性を引きずって現れたからだ。男の目は、抱いた魚よりも死んでいた。







 そして現在、何故かはわからないが、本当に何故かはわからないが、ノエルは男の抱えていた魚の調理をしていた。


 何やってんだろう私……。


 もはや窓から見える王都は夕日に染まっている。何だか無性に哀しくなってしまったノエルは、とにかく料理に没頭することで何も考えないようにしていた。


「ふぅ、さっぱりしたのじゃ」


「じゃ、次は僕入ってきますね」


「うむ」


 奥からは『白の道標』の二人の会話が聞こえてくる。外からは虚しいカラスの鳴き声が響いていた。


 ぼうっと無心でノエルが調理を続けていると、ぼろぼろの格好をした男性が炊事場にひょっこりと顔を出す。

 ノエルが食事を準備する元凶となった男だった。


 彼が、「じゃあ僕らが準備する間、暇だろうし夕飯でも作ってもらいましょうよ」と何故か当然のように言ってのけたのだ。


「あ、僕は基本的に食べられないものないけど、店長はちょっと辛いの苦手なので。僕もあんまり今は辛い物って気分じゃないし」


 よろしくお願いします。と言って、男はシャワーを浴びに言ってしまった。

 ノエルは無言で香辛料を効かせた味付けに変更するのだった。





「むぅ……これはひとはらいのぅ……」


「おかしいな……ちゃんと伝えたはずなんですけどね……」

 

 ノエルが作った料理を頬張りながら、『白の道標』の二人はそんなやり取りをしていた。

 場所は応接用のソファだ。料理の並べられたテーブルを挟んでノエル達は座っていた。


 白髪の美女――ミリス・アルバルマは可愛らしい舌を出して目を閉じ、苦痛に耐えるようにひぃひぃ呼吸をしている。ぼんやりとした男――ノイル・アーレンスは何故こうなったのか本気でわからないとばかりに首を傾げていた。


「私は辛いのが好きなんです……!」


 目の前の二人に軽い怒りを覚えながら、ノエルは不満を込めてそう言った。


「ああ、それなら仕方ないですね」


 納得といった様子で手を打つとノイルはグラスに水を注ぎ、顔も向けずに悶ているミリスに手渡す。

 ミリスはそれを受け取ると、一息に飲み干した。

 再びグラスを差し出すミリスに、ノイルは流れるような手付きで水を注いであげながら続ける。


「好みは人それぞれですしね。これはこれで美味しいですよ。店長はまあ……気にしないでください」


 何故だろうか……物腰の柔らかい態度なのだが、この男の言動はどうにも神経を逆なでする。自分と名前が似ているのもそれに拍車をかけていると、ノエルはそう思った。


 黒髪の、特に特徴のない細身の男だ。

 顔はそれほど悪くないだろう。むしろ整っている。だが、やる気がなく締まりのない目をしているせいで、どこか軽薄な印象を受けた。

 

 事実、ノエルのその評価は間違いではない。ノイル本人は波風立てないように生きているつもりだが、他者から見ればその洩れ出るいい加減さは明らかだろう。


 こんな人が頼りになるの……?


 ミリスが出ていく際言っていた言葉を思い出し、ノエルは訝しげな表情を浮かべた。

 目の前の男はどう見ても頼りになるようには見えない。それでも辛うじてノエルがまだ希望を持てているのは、隣にいるミリスの只者ではないと感じさせる雰囲気のおかげだろう。


 そんな彼女がわざわざ客を待たせてまで、彼を迎えに行ったのだ。もしゃもしゃと自分の料理を食べている男はともかく、ミリスならばまだ信じられる。


 本来ならミリスの行動もとても信用のおけるものではないが、隣の軽薄そうな男とここまでの予想外の展開によって、ノエルの思考も麻痺していた。ミリスの人間離れした美貌に騙されてしまうくらいには疲れていたのだ。


「……それじゃあ、そろそろ話をしてもいいですか? その……頼りになるらしいノイルさんも戻ってきましたし」


「うむ、良いぞ」


 水を飲んでようやく落ち着いたのか、ノエルのやや棘のある言い方にミリスは脚を組んで鷹揚に応える。

 しかし、話題に上がった当のノイル本人は何を言われたのかわからないと言わんばかりに、フォークを持ってきょとんとした表情を浮かべていた。

 やがて思い付いたように「ああ」と手を打つと、心底嫌そうに顔を歪め、疲れたような視線をミリスに向ける。


「む? 何じゃ?」


「……はぁ」


 視線を向けられたミリスが問いかけるがノイルはそれに応えず、一つ息を吐くと頭を振ってノエルに向き直った。

 ノエルはその態度に嫌な予感を覚える。


「僕、頼りにならないですよ」


 真剣な目でそう言われ、ノエルはがっくりと肩を落とすのだった。

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