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77 突入

 

 シアラ・アーレンスは身を焼き焦がすかのような焦燥感に発狂しそうになりながらも、懸命に自我を保ち『浮遊都市(ファーマメント)』を目指し夜空を飛翔する。


 飛行形態である《魔女を狩る者(ウィッチハンター)》と共に空を翔けるのは、『切望の空(ロンギングスカイ)』を使用したミリス・アルバルマ、銀翼を輝かせたフィオナ・メーベル、エルシャン・ファルシードの力により飛行する『精霊の風(スピリットウィンド)』のメンバーだ。

 《魔女を狩る者》の背に乗るのは、荷物を背負ったノエル・シアルサ、そして、ミリスから渡された一抱えほどもある最高純度のマナストーンに力を注いでいる――アリス・ヘルサイトだった。


 シアラ達一行がアリスと邂逅したのは、数刻程前の事だ。

 『浮遊都市』へと最高速度で向かっていた彼女達の前に、謎の飛行物体が現れ――『浮遊都市』に関するものだと判断したミリスが何の躊躇いもなく『白神』で叩き斬った。

 エルシャンの制止も間に合わぬ速さで。


 アリスにとっては災難にも程がある仕打ちであっただろう。しかし球体を破壊されながらも何とか無事に保護された彼女は、ミリスの行いに憤激するよりも、切羽詰まった様子でエルシャンに叫んだ。「てめぇのお気に入りがやべぇぞ!!」と。


 ノイルの現状を知った一同は誰もがこれまでより険しい表情を浮かべ、改めて『浮遊都市』を目指した。

 何故か吐瀉物に混じって口から強くノイルの匂いを漂わせている女を背に乗せる事に、シアラは耐え難い拒絶感を覚えたが、そんな事を追求していられる状況ではなかった。


 そうして――遂に辿り着く。


 夜空に漂う、一際巨大な雲塊。

 通常であれば明らかな違和を感じるそれは、不思議な事にそこに都市があると事前に知っていなければ、見逃してしまう程自然に溶け込んでいる。


 イーリストから北西方面に進んだ先の平野、ここまでに要した時間は十時間以上だ。

 ノイルが拉致されたのは夕刻であったが、既に深夜となってしまっている。いや、間もなく日が昇り始めるかもしれない。

 しかし、普通の者ならば三日は必要とするであろう距離にシアラ達はこれ程の早さで到達した。


「ただの雲じゃねぇ、認識阻害だ。それに少しだけだがマナの働きも抑制しやがる」


 シアラの背で、アリスが片目だけを開きそう告げる。


「邪魔だね」


 エルシャンが広がる雲の塊の前で停止し、両腕を広げた。


「この場に集う風の精霊達よ、ボクのマナを好きなだけあげよう。だから力を貸して欲しい」


 途端、途方もない広範囲に豪風が吹き荒れシアラは息を呑んだ。

 『浮遊都市』を覆い隠す雲が瞬く間に吹き飛ばされ、露わになったのは、夜空に浮かぶ白く巨大な球体。


「相変わらず無茶苦茶しやがる……クソが」


 エルシャンの人外じみた離れ業を見たアリスは、悔しげにそう呟き再び目を閉じると、マナストーンへと力を注ぎ始める。


「どうぞ、マスター」


「ありがとうソフィ」


 ソフィからマナボトルを受け取ったエルシャンは、それを優美に飲み干しすぐに指示を飛ばした。


「あれが防護壁か……レット、やってくれ」


 レットはリーダーの声にイーリストからここまでの間ずっと閉じていた目を開く。普段は賑やかな彼は、イーリストを出てから今まで沈黙を貫いていた。

 魔法を扱う上で重要なのは、マナを魔力へと変換する事、そして、己の放つ魔法をイメージする集中力である。

 それが足りなければ脆弱な魔法となるのだ。


 故に、ミリスのような特殊な存在でもない限り、魔法を放つ際は通常時間があればあるほど強力なものを扱う事ができる。


 今レットの集中は極限まで高まっていた。体内のマナもその大部分を魔力へと変換し、どんな魔法でも放つことのできる準備は整っている筈だ。


 しかしシアラはそれでもレットの力を信じきれてはいない。一度手を下すまでもなく完封した相手だ。相性の問題もあったが、あの程度の実力では話にもならない――


「〈炎弾(フレイムバレット)〉」


 レットが選択したのは、彼の代名詞である最も得意な魔法。

 だが、いつもの様に構えた彼の指先に出現したのは――極大の炎。それが一瞬の内に圧縮され、弾丸となる。もはや小さな太陽とすら思える程の熱量。


 シアラは――自らの考えを改める事となった。あれの前では《魔女を狩る者》の魔力耐性など何の意味も持たない。

 僅かな戦慄を覚えながら、レットという男の戦闘力を上方修正する。


 そしてエルシャンのオーダーに応えたレットの一撃が――『浮遊都市』へと放たれた。

 視認できぬ程の速度で、都市の全容を覆い隠す防護壁へと小さな太陽が着弾する。

 瞬間、闇夜が昼間のように明るく燃やし尽くされる。爆発的に燃え広がった炎は、離れた距離、尚かつ《魔女を狩る者》を纏ったシアラにさえ、その熱量を熱い程に感じさせた。


 申し分ない一撃、確かな確信。

 これを受けて、無事であるわけがない――


「…………え」


 しかし、シアラは自身の目を疑った。

 炎が収まった先に現れたのは、未だ健在の防護壁だったからだ。いや、確かにダメージはある。だが、それは一部に罅が入った程度でしかない。

 ありえない、一体どれ程堅牢だというのか。


「ミーナ」


 驚愕するシアラの耳に、エルシャンの冷静な声が飛び込んでくる。そちらを見れば、彼女は微塵も動揺した様子などなかった。

 そしてそれは、渾身を放った筈のレットも同じだ。彼はソフィからマナボトルを受け取り、少しも慌てた様子もなく、落ち着いてそれを呷る。


 それは、圧倒的な実践経験の差。

 才能では埋められない、積み重ねたものの差だった。


 そして――仲間への信頼。


「〈暴虐の黒爪(ブラッククロウ)〉」


 ミーナの片腕の手甲(ガントレット)が大きく変形する。肘までを覆っていたそれは腕全体に広がり、爪は禍々しく、獰猛に伸び、まるで破壊そのものを象るかのように巨大化した。代わりに、片腕以外の魔装は消失する。


 彼女の魔装である《黒爪(ブラックネイル)》は、単に身体能力を上昇させる物ではない。

 速度、破壊力の強化という能力が備わっている。四肢に嵌った魔装は、その一つ一つを速度を上げるか、破壊力を上げるか調整する事が可能だ。

 しかし一方を上昇させれば、もう一方は低下する。


 普段ミーナはその殆どを速度を上げる事に費やしていた。単純に速度を上げる事は、破壊力にも繋がるからだ。その方が、一撃の威力が上がる代わりに速度が低下するよりも、遥かに強力で使い勝手が良い。

 破壊力を強化するのは攻撃が当たる一瞬、インパクトの瞬間だけだ。

 もっとも、まだまだコントロールが充分とはとても言えないが、それだけでノイルの《守護者》を破るほどには強力である。


 〈暴虐の黒爪〉は、《黒爪》の力を全て破壊力へと費やす技――他を捨て、片腕のみを集中して強化する荒技だ。マナも大量に消費してしまう。

 想像を絶する威力となるが、代わりにミーナは普段の速度を失う。それどころか、その動きは鈍重となり、まず〈暴虐の黒爪〉は敵を捉えることはない。はっきりと言ってしまえば、使い物になどならない技だ。


「いいわよ、エル」


 しかしそれは、ミーナが一人の場合である。

 まるで片腕が重すぎるかのように、空いている手で肩を押さえた彼女は、友へと声を掛けた。

 エルシャンは頷き、片手を前方――『浮遊都市』へと向ける。


「加減はしない、全力で飛ばすよ」


「ええ!」


 ミーナが腰を落とし腕を上げ構えた瞬間、その身体が高速で宙を翔ける。当然、彼女自身の力ではない。今ミーナはエルシャンへとその身を委ねている。

 そうする事で初めて、〈暴虐の黒爪〉は強力無比な技へと生まれ変わるのだ。


 破壊の化身と化したミーナは、迫る『浮遊都市』に合わせ、〈暴虐の黒爪〉を振り下ろした。

 あまりにも遅いその腕の振りは、しかしエルシャンの速度と見事に噛み合い、レットが与えたダメージ――防護壁の罅を寸分違わず穿つ。

 

 高く響き渡る轟音と空気を震わせる衝撃――そして、罅割れていた防護壁は、遂にその一部に大穴を開けた。


 役目を終えたミーナが無事に帰還し、ソフィからマナボトルを受け取る。


 鮮やかだった。無駄なく迅速に、『精霊の風(スピリットウィンド)』は『浮遊都市』の堅固な防御を取り除いてみせた。


 見事だと、素直にシアラはそう思った。

 一人はポーズを決めていただけだが、あまりにも見事な連携である。

 事前に都市の防護は『精霊の風』で何とかすると聞いてはいたが、これ程無駄なく済ませるとは思っていなかった。自分が動く必要など一切なかった。

 都市の堅牢さは予想以上だったが、エルシャン達の強さも想定以上だ。


 しかし、シアラの焦燥は消えることはない。

 彼女以外の面々も、その顔から険は消えていなかった。


「では、行くとするか」


 ミリスの言葉に、全員が頷き都市へと近付こうとして――散開する。


 先程まで皆が居た場所に、風切り音と共に凄まじい速度で何かが飛来した。

 間一髪、全員が無傷である。


 『精霊の風』と『白の道標(ホワイトロード)』のメンバーが丁度二分するかのように別れ、その間に現れたのは二体の白い巨人――機械兵。背と脚から光のように輝く何かを噴射し、空中に静止している。

 シアラはそいつらを見た瞬間に、歯噛みした。

 これも事前に聞いていた存在だ。その強さも知っていたつもりだった。

 しかし――これは想定を遥かに超えた存在だ。


 実物を目にしたシアラは、直ぐに処理できるような相手ではないと感じていた。

 だが、こいつらにあまり時間をかける事もできない。一刻も早く、ノイルの元に向かわなければならないのだ。


「愚か者共めが……神聖なこの神の地に、リュメルヘルク様のご創造なされた都市に……傷をつけおったなぁあああああああッ!!」


 機械兵の内の一体が、狂乱したかのように無機質な声を上げた。


「万死に値するぞッ!! 冒涜者共めがぁッ!!」


 その声と共に、更に上空から一体の機械兵が現れる。

 瞳を閉じたまま、アリスが舌打ちしぼそりと呟いた。


「ちっ……どうなってやがんだ、こいつもかよ……」


 言葉の意味はわからなかったが、舌打ちしたい気持ちはシアラも同じだ。いや、彼女よりもよっぽど苛立っている。

 他二体はこちらの戦力を考えれば充分に対処できそうだが、あの言葉を発する機械兵は――


「キミたちは先に行ってくれ。ここは『精霊の風(ボクたち)』が引き受けよう」


 シアラが焦りに支配されそうになった時、凛とした声が辺りに響いた。


「業腹だが、こいつは一筋縄ではいかないね。ボクが――いや、ミリス以外ではボクしか無理そうだ。最優先すべきはノイル。無駄に時間を取られるわけにもいかない」


 そして、次の瞬間には機械兵と『精霊の風』だけを包むように、風の結界が張られる。

 一体の機械兵が結界へと腕を射出する――が、その腕はシアラ達に届くことなく阻まれた。


「こ、の、愚か者共めがああああああああッ!!」


 大音声を上げて機械兵たちが暴れ回るが、風の結界からの脱出は叶わない。しかし、機械兵たちから放たれる幾重もの攻撃を抑えるエルシャンの表情も、僅かに苦しげに歪んでいる。


 迷いはなかった。シアラは最大速度で都市へと向かい、ミリス、フィオナもほぼ同時に動く。


「頼んだよ」


 背後からエルシャンの声が聞こえた。

 言われるまでもない。ノイルは必ず自分が救う。兄は――自分が居なければ何もできない人なのだ。


 だが――


「ありがとう」


「……ん、助かった」


 背中に乗ったノエルの呟きに、同意はしておく。聞こえていないだろうし、そんな事を言われたくもないかもしれないが。


「チッ……かっこつけやがってよぉ」


 不満げにぼやくアリスの言葉を聞きながら、シアラは『白の道標』の皆と共に『浮遊都市』へと乗り込むのだった。







「ん……」


 頬に冷たく固い感触を感じながら、テセアは目を覚ました。

 はっきりとしない頭で身体を起こした彼女は、辺りを見回し、次の瞬間には目を見開き愕然とする。


 すぐさまどうして自分が気を失っていたのか記憶が蘇り、意識は急速に覚醒した。

 自分が寝かされていたのは、気絶した場所と同じだ。

 その部屋の入口付近に、今テセアは居る。


 そこからは室内全体が見渡せ、直ぐにそれが目に入ってしまった。


「あ、あ……」


 身体が震え、口からは弱々しい声が勝手に漏れる。


 どうして、何故。

 そんな事は、考えるまでもない。


 君を必ず、ここから連れ出すよ――――。


 彼は、戦ったのだ。

 自分のために。


 テセアの瞳から涙がこぼれ落ちる。


 部屋の中央付近、そこには――血塗れで倒れ伏す、ノイル・アーレンスの姿があった。

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