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74 可愛い可愛いアリスちゃん


「よぉ、クソノイル」


「あ、はい」


 何ですか? 

 ていうかクソとか言うのやめません?

 僕は確かにそうだけども。


「てめぇ、アタシの下僕になる気はねぇか?」


「ありませんね」


 あるわけないよね。


「チッ!! 何でだクソが!」


 だからクソとか言うのやめようよ。

 突然とんでもない事を言い出したヘルサイト様は、クソデカイ舌打ちをする。

 

 僕らは今、『浮遊都市(ファーマメント)』の基盤内部、その大広間と言える場所でアイゾンがやって来るのを待ち構えていた。

 テセアはアイゾンを呼び出しに向かった為、不在である。


 見た目は愛らしいくせにガラの悪いヘルサイト様は、僕のスネ辺りを蹴りつける。いくら彼女の力が弱くとも少し痛い。


「ていうか何ですか急に」


 もうちょっとこう、緊張感とか持とうよ。いきなりわけのわからないこと言い出すのやめて。


「てめぇがアタシの下僕になりゃ、あのクソ女が悔しがる姿が見れるだろうが。そのくらいわかれよタコ」


 わかるかよ。

 ヘルサイト様――いやもうアリスでいいな。この人に礼節を尽くす必要ないなこれ。

 アリスは腰に手を当て、僕にガンつけるかのように下から覗き込んでくる。


 多分、彼女が言っているのはエルの事だろう。


「あの澄まし顔が歪むのを、アタシは見てぇんだよ。わかんだろうがクソボケ」


 いや、わかるかよ。

 もう一度言うよ? わかるかよ。


 どうやらアリスはエルの事を心底嫌っているらしい。というよりは、これはライバル視しているのだろうか?

 よくわからないが、あまり良い感情を抱いてはいないことは間違いない。


 しかしエルを悔しがらせたい、か。

 多分、そうなったらエルは割と容赦なくアリスを潰しにかかる気がするのだが。

 自惚れかもしれないが……いや自惚れではないな流石に。いくら僕でも貞操を狙われれば、彼女がどれ程僕に執着しているのかはわかる。


「そういうの、やめといたほうがいいよ」


 なので、僕はやんわりと注意しておく事にした。

 アリスも魔導具があれば強いのだろうが……エルは別格だ。多分正面からやり合ったらぼこぼこにされる。

 何せ、彼女は店長ともまともに戦えるのだ。勝てはしないだろうが。


 まあそれは相性の問題でもある。

 エルが扱うのは精霊の力だ。精霊という存在に僕は詳しくはないが、決まった実体を持たない完璧なマナ生命体である精霊には、マナの綻びというものが存在しないらしい。よって店長の人外じみた魔針や魔力波といった攻撃は通用しないだろう。

 通用しないなら通用しないで、あの人はこれまた人外じみた身体強化と体術と回復力でゴリ押すわけだが。


 僕もエルの全力は知らないが、店長が敗北する姿をどうしても想像できない。シアラの件でエルは想定外の店長の強さに僅かに戦慄した様子だったし……まあ軍配は店長に上がるだろう。

 それでもまともな戦闘になるだけ大したものである。僕など遊び相手も満足に務まらないというのに。


 そんなエルに対してアリスだが――


「ああ!? てめぇナメたこと言ってんじゃねぇぞクソが! ボケが! カスが! ゴミが!」


 僕のスネを連続で蹴り続けている彼女からは小物臭しかしない。失礼だが小物臭しかしない。

 先程と違って気合を入れているので、蹴られているスネももはや大して痛くはなかった。くるとわかっていれば、充分に耐えられる程でしかない。


「つぅ……」


 逆に蹴っていたアリスの方が脚を痛めたらしい。僕はマナを使わない限り殆ど一般人と変わらない肉体強度でしかないのだが……他の人族と比べて創人族のスペックが低過ぎる。そういえば、創人族は全人族の中でも珍しく、風邪なども引きやすいらしい。

 まさに、創造の力に全ての能力を費やしたような存在だ。

 もしかして、かつての人類もこれ程脆弱だったのだろうか。

 しゃがみ込み、涙目で自分の脚を押さえるアリスを見て、そんなことを考えてしまった。


「というより、アリスは何で僕のこと知ってたの?」


 エルが僕を気に入ってくれているのは……まあ事実だが、彼女はそれを無闇やたらと言い触らしたりするタイプではないだろう。ミーナにも秘密にしていたくらいだし。


「つぅ……」


 どうやらまだ痛かったらしい。スネにスネを当てるから……ミーナの蹴りを見習った方がいい。


「……ちっ、あのクソ女が一月も引きこもってたら、採掘者(マイナー)の間じゃ話題になるに決まってんだろうが。それどころか、クソパーティ全員が活動してやがらなかったんたぞ。何かあったのか探られるのが普通だろうが」


 ようやく痛みが治まってきたのか、相変わらず涙目のアリスは、自分の脚を擦りながらそう言った。


「んで、何してやがんのか調べてみたら、てめぇだよ」


「あ、はい」


「言っとくけどな、てめぇは今採掘者の間じゃ割と有名人だからな」


「あ、はい?」


「んだその顔? たりめぇだろうが。あのクソ『精霊王』が活動も休んで男囲ってたんだぞ。そいつがどんな奴か、興味持たれるに決まってんだろうがクソ」


 ……………………。


「ペッ!」


 吐き捨てるようにそう言ったアリスは立ち上がると、唾を吐き捨てた。

 僕はこの一件が片付いたら、しばらく引きこもる事に決めた。

 採掘者達の興味が薄れるまで、絶対に外には出ない。絶対にだ。


「……何で、そんなにエルが嫌いなの?」


「アタシ以上にちやほやされてる奴は全員ムカつくんだよボケが」


「あ、はい」


 ようするに、嫉妬ね。

 口が裂けてもそんな事は直接言えないけど、清々しいまでの嫉妬だね。


「なぁにが『精霊王』だ。なぁにが『精霊の風(スピリットウィンド)』だ。新進気鋭の今最も注目のパーティ? メンバーは全員美形? 中でもリーダーは強く美しい美の化身だぁ〜?」


 アリスは大きく息を吸い込む。


「反吐が出るんだよクソゴミボケカスゲロクソカス共がぁッ!!」


 そして、溜まった鬱憤を吐き出すように叫び、床を激しく踏みつけた。


「一番注目株なのは常にアタシで! いっちばん可愛いのもアタシだ! 可愛い可愛いアリスちゃんが、世界一だろうがぁあああああああ!!」


 天に向かって吠えたアリスは、ふーふーと息を切らし、僕をキッと睨む。

 可愛い可愛いアリスちゃんは何処にいるんだよこれ。

 どうやら世界一のアリスちゃんは、創人族としてちやほやされすぎて頭がおかしくなったらしい。


「てめぇもそう思うだろうがぁ?」


「…………」


 無言の僕に、アリスはそう訊ねると態度を豹変させた。


「だからぁ、ノイルはアリスちゃんの下僕になぁ〜れっ!」


「ならないよ」


 きらっきらでぶりっぶりのポーズに猫なで声でそう言ったアリスに、僕は即答する。


「…………」


「…………」


「下僕になぁ〜れっ!」


「ならないよ」


「なぁ〜れっ!」


「ならないよ」


「…………」


「…………」


「げぼく……」


「ならねぇよ」


 思わず乱暴な言葉遣いになってしまった瞬間だった。


「なれっつってんだろボケクソがぁッ!!」


「ちょ! ならないって!」


 アリスが歯を剥き飛びかかってきた。

 正面からがっちりと両腕を押さえるように両手両足が僕の身体に回される。

 猿か、猿なのかこの人は。


 幸いにも軽いので倒れるような事はないが、ゲロ臭い。滅茶苦茶ゲロ臭い。

 そういえば口ゆすいでないもんこの人。


 だが、やはり力は弱い。これなら素の僕でも――


「んん!?」


 振りほどこうとしたところで、それよりも早く彼女の唇で口を乱暴に塞がれた。

 それは決して色っぽいものではなく、酷く暴力的で、酷くゲロ臭いものだった。

 物凄くゲロ臭い。とにかくゲロ臭い。


「む……ぷはっ」


「ぎゃん!」


 アリスの舌が僅かに口内に侵入した瞬間、僕は力尽くで彼女を振り払った。

 アリスは床に倒れ、呻き声を上げながら後頭部を押さえる。


「ぐぉぉぉぉ……てめぇ……何すんだ……」


「はぁ、はぁ、こっちのセリフだ……」


 何だこの人、何考えてんだ、頭おかしいのか。

 幸いにもゲロ臭かったおかげで、興奮やら胸の高鳴りやらは一切微塵もなかった。申し訳ないが普通に不快だった。

 しばらく床でもんどり打っていたアリスは、やがて小さく不気味に笑い始める。


「クヒ……クヒヒ……」


 そして、ふらふらとゆっくり立ち上がった。


「あぁ……クヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 うわ壊れた。


「やってやったぜぇ……あのクソ女の男を汚してやったぜクヒヒヒヒヒ!」


 ギラついた目で、アリスは心底可笑しそうに嗤う。彼女は何というか、とんでもなく歪んでいた。


「楽しみだなぁ……あのクソがどんな顔すんのかがよぉ!」


 別に僕はエルの男ではない。言ったところであまり意味はないだろうけど。

 あとさ、多分この件は絶対にエルには言わない方がいいと思う。

 アリスのためにも、僕のためにも。お互いが無事に生き続けるためにも、絶対に言わない方がいい。


「スカしたあのボケが、ざまぁみやがれ」


 しかし、彼女は止まることを知らない人らしい。何とかしなければと、僕がかける言葉を慎重に選別している時だった。


「来やがったか」


 狂気の色に染まっていたアリスの瞳が、一瞬で冷静なものへと変わり、大広間中央から伸びる管を鋭く睨みつけた。

 僕もそちらに視線をやると、半透明の管の中をゆっくりと白い球体が下りてきているのが目に入る。


「作戦通りやるぞ」


「わかった」


 流石はランクAの採掘者といったところだろうか、アリスが纏う空気は先程までとは全くの別物である。

 僕の方も騒いでいたせいで心の準備が整っていないかと思っていたが、不思議と自分でも驚くほどに冷静になっていた。

 かえって緊張が解れたのだろうか。


 まさか先程までのアリスの態度はこれを狙って――いやそんなわけないな。あれは完全に素の状態だった。狂っていた。どう考えても狙っていない。危うく彼女の評価を無駄に上げてしまうところだった。


「てめぇ、今何か失礼なこと考えたか?」


「いや何も」


 無駄に鋭いアリスが一度訝しむようにこちらを見たが、僕は得意のポーカーフェイスでスルーする。

 そうしている間に、管の中の球体が大広間へと到着した。


 僕は可能な限り厳かな佇まいで、中から現れる人物を待つ。アリスがまるで弱々しい女性かのように僕の傍に控えた。凄まじい演技力である。


 準備が整ったところで、扉が開いた。

 中から現れたのは、白布を被った男――アイゾン。

 静かな怒りが、沸々と湧き上がってくる。


 ――冷静になれ。


 僕は今すぐに殴り倒したくなる衝動を、表に出さないようぐっと堪えた。

 白布を被ったテセアがアイゾンの後ろからしずしずと現れる。


 チャンスは一度だ。


「おぉ……リュメルヘルク様! お呼びつけ頂き、このアイゾン、至上の喜びを感じております」


 僕と一定の距離を置いた所まで素早く歩き、跪いたアイゾンは震える声でそう言った後、鋭い視線を僕の隣にいるアリスへと向けた。

 ゾッとするほどに、冷たい瞳をだ。


「して、この娘が何故ここに? リュメルヘルク様のお傍に居ていいような存在ではないはずですが」


 予想通りの反応。

 それを確認し、アイゾンに最大の隙を生ませるための作戦を実行するため、僕はゆっくりと口を開くのだった。

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