42 魔装という力
「なあ……」
「え? はい?」
傷は癒えたものの、体力はまだ戻っていないガルフさんに肩を貸しながら、【結晶迷宮】の通路を出口に向かって歩いていると、ふいにガルフさんから声を掛けられた。
『精霊の風』のメンバーはソフィ以外が周囲の警戒にあたり、フィオナは何故だかガルフさんを睨みながら僕らの後ろを歩いている。
彼を救出する依頼を受けたのは、『精霊の風』のパーティハウスに招待されたあの気が狂いそうな日の事であった。
ミーナが怪し気な蝋燭のせいでおかしくなり、眠り込んでしまったあと、静まり返る屋敷に来客があったのだ。
それはガルフさんのパーティである《猛獅子》のメンバーだった。彼らは必死な様子で数日前から姿を消してしまったガルフさんを探して欲しいと頼み込んできたのだ。
もしかすると、たった一人で【結晶迷宮】へと向かってしまったのかもしれない、と。
エルの判断は早かった。一切の迷いなく彼らの願いを聞き入れ承諾すると、手早く準備を済ませ直ぐに王都を出発した。
僕の《馬車》にまだ眠っていたミーナを乗せ、フィオナとエルが乗り込み、上にはクライスさんが、そして御者台には僕とソフィという配置で僅かな休憩しか挟まず【結晶迷宮】へと最速で飛ばし、今に至る。
かなりの強行軍だったが、致し方ない。僕は数日睡眠を取れていないが、それも致し方ない。マナで身体を強化していれば、割ときついがこの程度ならば問題はない。
むしろ【結晶迷宮】までの道中、エル、フィオナ、ミーナと顔を合わせずに済んだのは僥倖だった。
彼女たちが《馬車》の中でどんな会話を交わしたのかはわからないが、あの最悪の状態から多少は落ち着いたようだ。
しかしミーナにはあの怪し気な蝋燭は厳禁だな。どうやら獣人族には効き目が強過ぎておかしくなってしまうらしい。半獣人である彼女も例外ではないようだ。
というかあんな物誰に対しても厳禁だよ。
「酒場では、悪かったな……」
「ああ、いえ……別に」
殊勝な態度で謝罪され、逆に困惑してしまう。酔っていたとはいえ、『炭火亭』の時とはまるで別人のようだ。おそらくこれが本来のガルフさんなのだろう。お酒って本当に怖いものだね。いつか僕も何かやらかしそうだ。気を付けよう。
「どうかしてたんだ……イラついてた……自分がちっぽけな人間に思えてな」
「…………」
え、何? 急にどうしたんですか?
謝罪の気持ちならもう充分に伝わりましたよ?
というより、そもそも僕は怒ってないし。人間上手くいかない時は荒れる事だってあるからね。仕方ない。
「自分に才能がないって事を、認めたくなくて必死だったんだ……こんな歳になってまで……みっともねぇよな」
自嘲するような口調で、ガルフさんはぽつぽつと語る。どうやら彼は抱えていた悩みを吐き出しているらしい。だがそういう事をする相手はよく選んだ方がいいと思う。
周りをよく見てみて?
心底興味無さそうなフィオナと、何を考えているのかわからないソフィと、汚属性の僕しかいないよ?
どう考えても悩みを打ち明ける相手間違ってますよ。考え得る限り最悪の人選だよこれ。
まあでも、ガルフさんがそうしたいのであれば、気が済むまで付き合ってもいいだろう。エルとミーナとクライスさんが安全を確保してくれているし、この中なら向いているとは到底思えないが、同性だからこそ打ち明けられる悩みとかあるだろうし。クライスさんはまあ……うん。
「わかってたんだよ……魔装でただの丈夫な剣しか創れなかった時点でな……とっくに退き時なんだって事くらいわかってた……なのに周りに八つ当たりして……情けねえ」
「そんな事は……ないと思いますよ。魔装に頼らず今までやってこられたのは、ガルフさんが努力していたからだと思いますし」
別にお世辞とかじゃなく、本当に凄いと思う。魔装の力に頼りっきりの僕が言うんだから間違いない。きっと並々ならぬ努力や苦労をしたのだろう。魔装の力に頼らずこんな危険な場所に潜るなど、僕なら絶対に嫌だ。
何だよあの化物たちは、採掘跡に居るのってあれ明らかに魔物とかじゃないじゃん。化物じゃん。
レット君は採掘跡で最高の釣り場を探しているが、あんな奴らが釣れるなら一生見つからないと思うよ僕は。まあ、もしかしたら普通に魚も居るのかもしれないけど。
「……ありがとよ。はぁ……せめて魔装がもっとマシなら、違ったのによ」
それはそうだと思うが……。
「魔装とは、それ程都合の良い力ではありませんよ」
僕が何と声を掛けるか悩んでいると、以外な人物から声が上がった。戦闘が主な仕事ではないため、僕らと共に歩いていたソフィだ。
もっとも、彼女の場合は戦闘を行おうと思えば優れた身のこなしで戦える。ここに辿り着くまでに、スカートの下に隠したナイフなどを武器に戦う姿を見ている。
そんなソフィが相変わらずの無表情で、会話へと参加してきたのだ。
疑問がある時以外余計な事を喋ろうとしない彼女が、魔人族である自分とは関係ない魔装についての話に関わってくるとは思わなかった。
それも、僕が言うべきか悩んでいたことをきっぱりと口にして。
ガルフさんも少し驚いた様子である。
「お、おぅ……だがよ、流石にもっとまともなもんなら……」
「ガルフ様の魔装はまともです。確かに能力は低いかもしれませんが、特別にデメリットもない。メリットよりもデメリットの方が大きい魔装を発現してしまい、取り返しのつかなくなった人間を、ソフィは知っています」
ソフィは淡々と語るが、その声には強い実感が込められているように思う。
「最悪は、発現すれば死に至る魔装です」
「そ、そんな事が本当にあるのか……? 魔装ってのは、自分の力だろう?」
「はい、ですが、望まぬものが手に入ってしまう可能性もある力です。ですから、ガルフ様の魔装はそれ程悪いものではありません。良くもありませんが」
そうなのだ。魔装とは便利な力でもあるが、同時に不便な力でもある。どんな魔装が発現するかは、究極的に言ってしまえば運次第だ。
そう考えれば、僕はかなり恵まれている。
身に余る力を発現してしまった結果、ソフィの言うように死に至った例も少なからずあるのだから。
たとえば絶大な力を持つが、一度使用すれば命を落とす、という魔装を発現させてしまったとしよう。その場合、武器や道具などなら使用しないという選択もできるが、僕の《狩人》のように纏うタイプであった場合は、そうはいかない。発現と共に使用した事になり、死は避けられない。魔装による最も悲惨な事故だと言えるだろう。
決して、都合が良いだけの力ではないのだ。
だからこそ、そもそも普通に生きるだけなら魔装を使う必要もない平和な今では、魔装について学ぶ者は少数派となった。
しかし、ソフィは何故魔装に詳しいのだろうか。僕は一応父さんに教えられた上で導学園で学んだため、少しだけなら普通の人よりも知識がある……と思う。多分。
「そ、そうか……」
「申し訳ありません。差し出がましい真似を」
ソフィは一礼すると、荷物からマナボトルを取り出してこくこくと飲み始めた。
先程の治療でマナを消費してしまったのだろうか。家庭の味を堪能しても表情一つ変えないのは流石だ。
「でも先輩は、魔装を自由に創れますよね?」
「無理だけど」
何故かフィオナが目をきらきらと輝かせながらそう言ってきたので、普通に無理だと言っておく。彼女の中で、僕は一体どんな人間だと思われているのだろうか。神か何かかな?
確かに今まで僕が発現した魔装は望んだ形に極めて近いものだ。だけどそれは運が良かっただけで、魔装を自由に創れるなど――
「あ」
ふと、思いついてしまった。
どうしようもなく馬鹿げた考えだが、試す価値はあるかもしれない。いや、無いかな。そもそも僕はこれ以上魔装は……。
「何か思いついたんですね!」
僕の表情を見たフィオナが更に瞳を輝かせ、期待の眼差しを向けてくる。
「いや……多分絶対無理だよ」
「聞かせてください!」
嫌だなぁ……恥ずかしいんだよねこれ話すの。あまりにも荒唐無稽で頭の悪い子供の考えみたいで。ていうかそのもので。
多分過去にも試した人とかは居ると思うんだよ。そんなに画期的な考えではなく、むしろ馬鹿げていて逆にそんな事しようとは思わない程度のものだからね。
しかし、訊かれてしまえば話さないわけにもいかないだろう。僕は自信無さげに小さな声で思いつきを話す。
「……魔装を、自由に創れる魔装ってどうかなぁ……?」
「そりゃいくら何でも無理だろ……」
「黙りなさいゴミ」
ガルフさんの至極真っ当な意見に、フィオナが理不尽過ぎる言葉を吐き、微妙な表情をして口を噤んでしまった彼と顔を見合わせる。
いや、ガルフさんが正しいよ?
僕の浅すぎる考えに、正しいツッコミを入れてくれただけだよ彼は。
「素晴らしい考えだと思います!」
無言でお互いに目でわかり合っていた僕らを余所に、フィオナは胸の前で手を組んでそう言った。
僕とガルフさんは小さく息を吐く。
自分で言っておいて何だが、そんな事が出来るのならそれこそ本当に神か何かだ。残念だが、フィオナがどう思っていようと僕は神か何かではない。
もう少し、現実的にするならそうだな――
「……一度創った魔装を、創り直す魔装、とかかな」
《馬車》とかね。
これなら先程の夢物語のような魔装よりは現実的だろう。試してみた者も殆ど居ないはずだ。そもそも魔装は通常なら一つ二つ程度しか創れないので、貴重な枠を潰してまでそんなものを創るという発想はしないと思う。しかも、多分自由に魔装を創り直せる、というレベルのものは無理だ。同程度のものか、元の魔装より劣る性能であればいけるかもしれないが……やはり難しいかな。あまり意味もないように思える。
「……可能なのですか……? そのような事が……」
「え?」
僕が考えを巡らせていると、ソフィが呆けたようにこちらを見ていた。いつもほぼ無表情の彼女にしては珍しい顔だ。
一体どうしたというのだろうか、僕の考えがあまりにもアホすぎて、何言ってんだこいつ? とでも思ってしまったのだろうか。
「いや、どうだろう……難しい……やっぱ無理かなぁ……」
「……そう、ですか」
少し恥ずかしくなり、どんどん自信なさげに声が小さくなっていく僕を見て、ソフィはふっと一瞬目を伏せた後、飲み干したマナボトルをしまって頭を下げた。
「失礼致しました」
「あ、いや……そういえば、ソフィは体調大丈夫?」
少し様子が変に思えたので訊いてみる。彼女も僕同様睡眠は取っていないはずだ。疲れが溜まっているのは間違いないだろう。そんな時にアホな考えを聞かされ、思わず訊ねてしまったのかもしれない。
「お気遣い感謝します旦那様。ですが、ソフィに睡眠や休息は必要ありませんので」
「あ、はい」
必要だと思うよ。必要じゃない人間なんて存在しないと思うよ僕は。
店長だって寝るし休むからね。まあ、あの人は動こうと思えば、いつまででも動き続けられるかもしれないけど。
相変わらず、ソフィは何を考えているのかわからない。冗談を言っているのかも判断し辛いので、ツッコミも入れ辛い。
少しだけうちの妹に似ている気がする。基本無表情なとこが特に。
それ以降、ソフィは口を開くことはなく、ただ黙って僕らの傍を歩き続けた。
気を引き締め直した後は、ガルフさんやフィオナとも必要以上に会話をする事はなく、やがて【結晶迷宮】から無事に抜け出し、僕はほっと一息つく。
『精霊の風』と一緒に行動していたおかげで安心感は凄かったが、出来る事なら僕はもう二度と採掘跡に潜ったりはしたくない。
巨大な結晶にぽっかりと空いた穴が、まるで地獄への入り口に見えてくる。
こんなに危険な場所は僕には向いていないと、落ちかけた夕陽の光を受け、きらきらと輝く屹立した結晶群を眺めながら思った。
「俺はもう、採掘者は引退する。はっきりとわかった。限界だってな」
「今後はどうするんですか?」
「さあな……何か、店でもやるとするか。貯めてた金はあるしな。そうしてのんびりと暮らしていくさ」
「それ、いいですね」
緩やかに吹く風を受けながら夕陽を眺めるガルフさんに、僕は頷く。こう言っていいのかはわからないが、正直羨ましかった。
彼はどっと、その場に腰を下ろし、どこかすっきりとした顔で笑みを浮かべる。
「ありがとよ。店が出来たら、遊びに来てくれや」
こうして、僕の初めての採掘跡探索は無事に幕を閉じ、ガルフさんとはマブダチになるのだった。