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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
最終章 釣り好き男は変人たちに愛される

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254 釣り好き男は変人たちに愛される


 はー……帰りたいっす。


 この日王都イーリストに出てきたニノン・ロマリィは、ぼんやりと沈んでいく夕陽を眺めながら途方に暮れていた。

 蜂蜜色の緩くウェーブのかかった肩辺りまでの髪に、クリっとした茶色の瞳。小柄で愛らしい風貌の彼女の目は、しかし気怠げに細められており、せっかくの大きな瞳も可愛らしい姿も台無しになっている。


 何故か両手いっぱいに釣具を抱えたニノンは、外灯のぽつぽつと灯り始めた幻想的な景色の王都を一度見回すと、ふっとニヒルな笑みを浮かべた。


 どこっすか……ここは。


 彼女は道にも人生にも迷っていた。


 ニノンが王都を訪れたのは、家族にそうしろと言われたからである。より詳しく言うのならば、もういい歳なんだから働けと実家を追い出された。


 今年十七歳になったニノンは、所謂無職である。


 彼女の実家は王都から東南方面に向かった先にある小さな街だ。そこでニノンは毎日だらだらとした生活を送っていた。親のスネを虫歯になるまで齧り生活していた彼女がそれまで辛うじて許されていた理由は、趣味の釣りをする事で食料を提供していたからだ。


 しかし、とうとうこのままではいけないと判断した両親に、幾らかのお金を渡されて実家を追い出されてしまった。三ヶ月ほど前に起こった友剣の国の大事件により、両親も何かしらの危機意識をもったのだろう。


 王都に行けば幾らでも仕事がある。自立し、一人で生きていけるようになるまでは絶対に帰ってくるなと釘を刺されたニノンは、しぶしぶ言われた通りに王都を訪れた。


 そして、親から貰ったお金を釣具屋で全て使い果たし、今に至る。


「これも親の愛っすかねぇ……」


 何処までもニヒルな笑みを浮かべて、彼女はそう呟いた。


 既に詰んだっすけど。


 もう夜まで間はないというのに、宿すら取っていない。そもそも、お金がなかった。仕事を探すにしても、当面の生活拠点を見つけなければならないのだが、見つけようがなかった。


 物乞いでもするっすか……。


 まあそれは最終手段だと考え、ニノンはあてもなく歩く。とりあえず、一晩明かせる場所を探さなければならない。最悪、屋根さえあればそれでなんとかなるだろう。


 明日から……日雇いでも……はぁ……働きたくないっす。


 とはいえ、お金がなければ何もできる事はない。比較的治安の良い場所で野生に帰ろうかとも彼女は考え――


「ん?」


 ある場所に辿り着く。


 考え事をしながら歩いていたニノンは、いつの間にやら狭い路地を選んでいたのだ。


 ふ……日陰者の性っすね……。


 また無駄にニヒルな笑みを浮かべた彼女は、とりあえず辺りを見回す。


 ニノンは狭い路地を抜けた先にある、開けた空間に立っていた。振り返り、自分の通ってきたらしい路地を確認した彼女は正面に向き直る。


 秘境みたいになってるっすね……。


 路地の向こうからは、賑わう王都の喧騒が遠く聴こえてくる。まるでこの空間は、隔離でもされているかのようだった。


 いいっすね、好きっすよこういう場所。


 騒がしい場所より、こういうひっそりとした場所の方がニノンは落ち着いた。


 とりあえず、正面には建物がある。何やら寂れた二階建ての建物だが、明かりが灯っている所を見ると人は住んでいるらしい。


 空き家ならラッキーだったっすけど……。


 そう思いながらニノンは建物に歩み寄る。すると、扉脇に置いてある看板が目に入った。


 これ……店なんすか。


 果たして客は訪れるのだろうか。

 彼女はとりあえず看板に目を向ける。


 ウィンクしている人のような、禍々しい下手くそな絵が描かれていた。


 当たったら人を殺せるっすね……。


 人のようものから飛んでいる星を見て、ニノンはそんな感想を抱きながら看板に書かれた文字を読み上げる。


「なんでも屋……あなたのお悩みなんでも解決。料金は応相談、後払いも可……相談料は無料っすか」


 詐欺っすかね。


 とにかく胡散臭い。

 ニノンはそう思った。


 しかし、相談料は無料である。


 無料……いい響きっす。


 こちらも手描きらしい営業中の札が扉にかかっているし、現状を相談するのも悪くないかもしれない。

 何かしら仕事を紹介してもらえる可能性もある。万が一詐欺だったとしても、取られるものなど何もない。


 まあ最悪逃げればいいっすし……。


 もはや詰んでいるニノンは、若干自棄になっていた。

 彼女は両開きの扉を開いて、店の中に足を踏み入れる。


 客っすよー。


 怪し気な店なため、心の中は強気だった。


 カランコロンと来店を知らせるドアベルの音が鳴り響く中、ニノンはなんでも屋――『白の道標(ホワイトロード)』の店内を見回した。


 店内はニノンが思っていたよりも広く、外観と違い片付いており、小綺麗な印象を受ける。


 間にテーブルを挟み向かい合う革張りのソファ。奥にはカウンターがあり、そちらには一人がけのソファ、さらに奥には扉があった。


 温かみを感じる木張りの室内には柔らかそうな絨毯が敷かれ、趣味の良い観葉植物が置かれている。


 ただし、それら上品に纏まった印象を全てぶち壊すかのように、壁には外の置き看板同様に下手くそな絵が額縁に入れられ、ズラリと飾られていた。

 何をモチーフにしたのかすらわからない絵が並ぶ様は、はっきりと言って不気味である。


 しかし、何よりもニノンの目を引いたのは――


「おほー、客かのぅ」


 鈴を転がすような声。


「貴様の悩みは何じゃ?」


 カウンターの向こう。そこに座る宝石のような美しさの魔人族の女性だった。


 純白の髪に紅玉の瞳が輝き、白い肌にはシミ一つ見当たらない。

 整いすぎた面貌は、大人のようでも無邪気な子供のようでもある。少し小柄ではあるが、脚はスラリと長く美しい。


 純白の魔人族は、瞠目するニノンに好奇心に満ちた目を向け、カウンターから身を乗り出していた。


 一瞬呆気に取られた彼女は、直ぐに目を細め口を開く。


「……美人局っすか?」


「何故そうなるのじゃ」


 魔人族の女性は、ニノンの失礼な問いに不思議そうに首を傾げるのだった。







「……それは釣具を返品すればよいのではないか?」


 ティーカップを片手に、ソファに深く腰掛けた純白の魔人族――ミリス・アルバルマは、対面に座るニノンに対して至極もっともな事を言った。


「これは、もう命みたいなものっすから」


 ニノンの返答に、ミリスは無言でティーカップをことりとテーブルの上に置く。しかしその表情は、呆れているどころか楽しげであった。


「しかし金がなくて困っておるのじゃろう?」


「そうなんすよ」


 ニノンは両手を合わせてそう言うと、ティーカップを手に取り口へと運んだ。


「上手く行かないっすね……人生って」


「貴様、変わり者と言われるじゃろう?」


 一口お茶を飲み遠い目をした彼女に、ミリスはくすくすと可笑しそうに笑いながら問いかける。ニノンはとりあえずニヒルな笑みを浮かべておいた。


「金がなくて帰れない、宿にも泊まれない、魔物を狩るのも嫌。じゃが釣具を手放す気もないと」


「あと若干空腹っす」


 ニノンがさり気なくそう訴えると、ミリスは堪えきれないかのように吹き出し、彼女は首を傾げる。


「ああ、すまぬ……あまりにも似ておってのぅ」


「誰にかわかんないっすけど……私みたいなのが二人も居るとか世も末っすね」


「いや、そうでもない。この世界は実に愉快じゃぞ」


 ミリスは腕と脚を組んでソファに深く座り直すと、微笑みながらそう言った。


「ところでじゃ、貴様は何か得意な事はあるかのぅ」


「つ――」


「ああ、釣り以外でじゃ」


「え……」


 ニノンは返答に窮する。釣り以外でと言われると、何も答えられるものがなかった。顎に手を当てて思案したが、やはり何も出てこない。


「ないっすね……」


「ふむ……まあそれが普通じゃな」


 一度艶のある唇に手を当てたミリスは、直ぐに微笑んでニノンに向き直った。


「ここで働いてみるかのぅ?」


 そして、唐突にそんな事を提案する。


「いいんすか?」


「構わぬぞ、ここに住んでも良い」


「三食昼寝付きで休憩は長くて給料は多めっすか?」


 ニノンがここぞとばかりに舐め腐った要求をすると、ミリスは何故かまた可笑しそうに吹き出した。


「うむ、やはり似ておるな」


「もしかして、同じような人が働いてるんすか?」


 それならば、期待できるかもしれない。自分も好待遇を受けられるだろう。

 ニノンはミリスに訊ねてみた。


「以前はのぅ」


 すると彼女はふっと懐かしむような瞳になり、問いに答える。その姿は何処か少し寂しそうにニノンには見えた。


「……辞めちゃったんすか?」


「いや……やむを得ぬ理由があってのぅ。今は働いておらぬのじゃ」


「そうっすか……」


「とにかく、どうじゃ? ここで働いてみるかのぅ?」


 そう言いながら、ミリスは一枚の紙と羽根ペンをテーブルに置くと、ニノンの方へ差し出し出す。


「なんすかこれ?」


「働くのなら、それに署名をしてもらいたくての」


「ふーん……」


 ニノンは上等そうな紙を改めて見る。署名欄以外には何も書かれておらず、何の意味があるのか彼女にはわからなかった。


 まあ、殆どお客もこなさそうだし、悪くないっすね。


 なんでも屋という辺りは気になるが、条件はこの上なくいい。加えて実に暇そうな店である。というよりも、そもそも自分は仕事を選べる立場ではない。


 最後にニノンはミリスへと視線を向けた。


 彼女も悪い人ではなさそうだし、最悪辞めたくなれば直ぐに辞めればいい。


 そう結論したニノンは、羽根ペンを手に取った。


「ありがたく、働かせていただくっす」


「うむ、そうか」


 彼女はそう言って紙に赤いインクで署名し、ミリスは満足そうに頷く。


 と、その瞬間店の扉が開いた。


「え……」


 ミリスと笑い合っていたニノンは、思わずギョッと目を見開く。


「ただいま戻りました」


「しっかし、相変わらずクソショボい店だな」


「ん? ミリス、誰だいその人は?」


「なんか嫌な予感がするわね……」


「うげ……また女かよ……」


「んハッハー! これは何とも愛らしい、ハグしても?」


 現れたのは、彼女でも知っている名高い採掘者(マイナー)たちだ。


精霊の風(スピリットウィンド)』に、『紺碧の人形(アジュールドール)』のリーダー。


 ニノンの開いた口が塞がらないでいると、更に続々と店内には人が入ってくる。


「ですから、私は虫が嫌いなだけで、釣り自体が嫌いなわけではありません」


「痛っ痛いっ! ちょっと! 何で私に八つ当たりするんですかぁ!」


「ふーん、でもそれって釣りは結局できないよね」


「そうなりますね。つまり死んだほうがいいということです」


「いやお前……いやなんでもねぇ……」


「言いたい事はわかるぜ……愚痴聞いてやるから今度飲みに来いよ」


「…………ゴミが、居る」


「うん、多分お客さんだからね? 女の人を問答無用でゴミって言うのはやめよ?」


「大丈夫だよ、彼女は君に言ったわけじゃない」


「ほんとぉ? 良かったぁ……」


「あら、可愛い子ね。ふぅん……何だか雰囲気が……」


「ああ、確かに似ているな」


 ぞろぞろざわざわと、あっと言う間に店内は人で埋め尽くされる。


 そして最後に、灰色の髪の美丈夫に押された車椅子に乗った男が現れた。


 締まりのない気怠そうな表情に謎のシンパシーを感じ、ニノンの混乱する頭が少し落ち着く。


「――店長(・・)


「うむ!」


「何やってんだあんた」


 黒髪の男――ノイル・アーレンスは、テーブルの上の紙を見ると、げんなりとした顔でそう言うのだった。







 騒がしくなった店内で、ミリスは彼へと笑みを向ける。


 ノイルは、あれからしばらくは目を覚まさなかった。そして、ようやく目覚めた彼は――少なくない記憶とマナを失っていた。


 魔装(マギス)も当然発動できず、身体もろくに動かす事ができない。リハビリには時間がかかり、もう完璧には元に戻らないだろう。

 ノイル・アーレンスは、その才を失ったのだ。


 今では毎日ミリスにマナを注いでもらわなければ、生きていく事すらできない。


 皆の事も、顔と名前は憶えてはいたが、思い出は所々欠け落ちている。


 ミリスとの激動の日々を過ごした記憶も、彼女は知らないが、最期に気づいた自身の想いも、忘れてしまっているだろう。


 しかし、それでもいい。

 ノイルは生きている。

 これからも、一緒に居られる。


 思い出など、また作ればそれでいいのだ。


 記憶を失っても、人の本質は、魂の本質は変わらない。


 ノイル・アーレンスはノイル・アーレンスで、ミリス・アルバルマはミリス・アルバルマだ。


 何も変わらない。


 ミリスは以前より少し長く伸びた髪を後ろで纏め、立ち上がった。


 そして口パクで、呆けているニノンに「逃げて」と言っているノイルに堂々と歩み寄る。


「邪魔じゃ、マナを注がねばならぬじゃろう」


 今にも血涙を流さんとばかりに顔を苦渋に歪めた立ち塞がった者たちを押しのけて、ミリスは彼の前に立った。


「久し振りの釣りは楽しかったかのぅ?」


「僕、付き添いは一人でいいって言ったんですけどね……」


「仕方あるまい。ほれ」


 彼女が促すと、ノイルは眉根を寄せて片手を差し出す。その手を取り、ミリスは一度未だ呆けている様子のニノンの方へ振り返った。


「ここで働く前に、一つ言うておくことがある」


「あ、え、なんすか……」


 周囲が警戒する中、彼女は艶やかに微笑んだ。


 そして、ぐいとノイルの片手を引くと――その口を素早く自身の唇で塞ぐ。

 彼が目を見開き、ニノンがぱちくりと瞬き、途端に巻き起こる大乱闘。


 その中で、ミリスはこう言うのだ。


「――ノイルは我のものじゃ、未来永劫何があろうともなっ」


 満面の笑みを、浮かべながら。

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