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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
最終章 釣り好き男は変人たちに愛される
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237 巡る魂


「母よっ! アレじゃアレが見たいのじゃっ!」


「もう、また?」


 純白の髪に紅玉の瞳の魔人族の少女――まだ幼きミリス・アルバルマは、小さな身体で両手を上げ、屈託のない笑みを浮かべながら母親の腰に抱き着いた。


 彼女と同色の髪を持つ母親――フュリス・アルバルマは、そう言いながらも微笑み、腰にしがみついた我が子の頭を撫でる。


「だっておもしろいのじゃっ!」


「ふふ、そうだね。じゃあ観ようか」


 二人が居るのは、四方を煉瓦のような壁に囲まれ、大きなベッドにソファ。椅子とテーブル、それからまだミリスにはよくわからぬ書籍が並べられた本棚が置かれた広くも狭くもない部屋だった。室温も寒くも暑くもなく、適温が保たれている快適な空間。そこで、母子二人はいつものように仲良くテーブルの前に椅子を二つ並べる。


 ミリスが跳び乗るように椅子の上にちょこんと座ると、フュリスはくすりと笑い、テーブルの上に小さなクリスタルを置いた。


 それはゆっくりと浮かび上がると光を放ち、宙空に映像を映し出す。ミリスが顔を輝かせ、フュリスはその隣に腰を下ろしそっと彼女の頭を撫でながら、映像へと視線を向けた。


『ふむ、これで良いじゃろう。では始めるとするかのぅ』


 映像には、始めは何者かの手しか映って居なかったが、やがてその呟きと共に手が退かされ、代わりに黒い髪に紅玉の瞳を持つ魔人族の男性の顔が映像いっぱいに映し出される。ミリスが更に瞳を輝かせた。


『ミリスよ、すまぬが父は存外忙しい身でのぅ。寂しい思いをさせる時もあるやもしれぬ。そのような時の為に、これをお主に贈るのじゃ』


 ミリスの父親――ミゼリオ・アルバルマは、そう言って微笑むと数歩後ろに下がり、映像には豪奢な一室と、ミゼリオの後ろに立っていたフュリスが映る。


 そして並び合った二人は、一度同時にわざとらしく咳払いすると、声を揃えて口を開いた。


『ミゼリオとー』


『フュリスのー』


『爆笑ギャグ百連発ー』


 映像の中の二人を身を乗り出すように見つめながら、ミリスは笑みを深め手をパチパチと叩く。二人は一度背を向け、ミゼリオの肩にフュリスが乗ると、勢い良く振り返った。


『うんこー!!』


 そして、同時にそう叫んだ。

 殆どの者が真顔になってしまいかねないギャグに、しかしミリスは椅子を揺らしながらケラケラと笑う。


「あははははっ! うんこじゃうんこ!」


 その様子を見ながらフュリスは優しげに微笑み、映像の中のミゼリオに一瞬だけ眉を歪めた。それにミリスは気づく事なく笑い続ける。

 そして、なんとも無邪気な様子でフュリスに訊ねた。


「のぅ母よ、父のお仕事は一体いつ終わるのじゃ?」


 フュリスの微笑みが一瞬だけ極僅かに強張り、彼女は映像に夢中なミリスの頭を撫でる。


「……ミリスは、本当にパパが好きねぇ」


「うむ! 早くあってみたいのじゃ!」


 ミリスは自身の父親を好いていた。幼き彼女にそぐわぬその口調がすっかり移ってしまう程に。しかし、ミリスの記憶にあるのは映像の中の父の姿だけだった。物心がついた頃には、彼女はここに居て、ずっとここで暮らし続けていた。


「大丈夫、きっともうすぐお仕事も終わって――会えるようになるから」


 フュリスは映像へと視線を戻しながら、そう言った。その言葉は、自身にも言い聞かせるかのような響きを伴っていた。


 映像の中では、かつてのミゼリオとフュリスが仲睦まじく、娘の為にくだらないギャグを続けている。幸福を絵に描いたような光景が、そこにはあった。


『ミゼリオ様! フュリス様! ちょっと! 外にも聞こえてますって!』


 と、その時また別の人物の声が映像からは聴こえ、ミリスが一旦表情を曇らせる。


「むぅ……いつもこの男が邪魔をするのじゃ……」


「……本当は百個もなかったから、助かったけどね……」


 くすりと、フュリスは不満げに頬を膨らませた彼女に笑みを零し呟いた。映像の中のミゼリオがフュリスを肩から下ろし、二人は同じ方を向く。


『入りますよ! 入りますからね!?』


『うむ』


 ミゼリオが鷹揚に頷くと、扉が開き閉じるような音が聴こえてきた。


『よく来たのぅ。お主も混ざるか?』


『丁度良かったね』


『混ざらないし丁度良くない』


 入室してきた人物にミゼリオとフュリスは暢気な様子で声をかけるが、その男の姿は映像には映っていない。ただ、心底呆れたような声だけが聴こえていた。


『そんな事言って〜』


『本当は〜我らと〜』


『何でもツッコむと思うなよ』


 全く同じ動きで、同じ方を揃って両手で指差した二人には辛辣な言葉がかけられる。ミゼリオとフュリスは顔を見合わせ、すっと姿勢を元に戻した。


『では新作のネタをやるとするかのぅ』


『何でそうなったのか説明して欲しい』


『光の騎士って言うんだけどね』


『ネタの説明はいらない』


 映像に映っていない男性は、暢気な様子で話す二人に絶妙なタイミングで言葉を返し、それを見てミリスは先程よりも大笑いする。両親のギャグが中断されたのは不満だが、ここからの流れが彼女は一番のお気に入りでもあった。


『大体、どうせ親の七光りだとかそんなんでしょ』


『貴様ァッ!! 言ってはならぬ事をッ!!』


『私たちが、どれだけの時間をかけて考えたと思ってるのッ!!』


『こんな人生の無駄遣い見たことない』


 愕然とした様子で声を上げたミゼリオとフュリスに、男性はそう言うと、大きく聞こえる程の息を吐く。


『はぁ……もうほんと、お願いですから今のご自身の立場を考えてください。トップがうんこうんこ言ったり、クソつまらない寸劇を四六時中考えてる国がどう思われるかわかりますよね?』


『はい、お主もクソって言ったー』


『私たちと同じー』


『やかましいわうんこ共』


『ふむ、まあ真面目に答えるならば』


『ユーモアに富んだ国だと持て囃されるかな』


『正解は頭のイカれた国ですね。文字通り』


 ふざけ倒すミゼリオとフュリスに、男性はもう一度大きく息を吐き出すと、少し間を置いて再び声を発した。


『そもそも、お二人のネタはミリス様の教育に良くないんですよ』


 自身の名前が出た事に、ミリスは一度フュリスの方をばっと向き、嬉しそうに映像へと向き直る。


『なんじゃお主、ちょっとミリスに懐かれておるからと調子に乗りおって』


『あの子は私たちの子よ!!』


『じゃあうんこ以外の贈り物をしろ』


 男性は三度、大きく大きく息を吐き出す。ミゼリオとフュリスには大層手を焼いているらしい。


『僕は、あの子にはお二人と違って変人に育って欲しくないだけです』


『お主……仮にも『魔眼の王』と呼ばれる我を、どういう目で見ておるのじゃ』


『その魔眼で僕の顔をよく見てみろ』


『ちょっと疲れてる? 隈が酷いよ? 悩みあるなら聞こうか?』


『悩みの元が悩みを問うてくる』


 そう言いながら男性は歩き出し、映像には彼の足元だけが映し出された。


『とりあえず、一旦切りますよこれ』


『うむ、まあ中々に良いものが撮れたと思うのじゃ』


『君のおかげだねっ! ありがとうっ!』


『こんなにムカつく感謝初めて』


 男性が映像を記録していた物を手に取ったのか、視点が目まぐるしく動き、しばしの間室内を映す。


『えーと、どうやるんだっけ……』


 ぶつぶつと呟くような声が聴こえ――そして、男性の顔が映像に映し出される。

 黒髪に黒い瞳、やや疲れを感じさせるその顔は――ノイル・アーレンスによく似ていた。


『そんな事もわからんのかのぅ』


『まったく、本当にダメだね君は』


『……こんな僕を拾って頂いた事には感謝してますけど』


 数秒だけ正面に映っていた男性は、二人の呆れたような声に直ぐにミゼリオとフュリスの方を振り向く。


『――正直もう、こんな仕事辞めてやろうかと思ってますから。常に』


 その声と共に映像は途切れ、小さなクリスタルはことん、とテーブルの上に落ちる。

 直ぐにミリスが椅子から飛び降り、自身よりも高いテーブルの上に背伸びして手を伸ばすと、小さなクリスタルを手に握りフュリスの方を振り返った。そして、駆け寄ると両手を伸ばす。


 フュリスはそんな彼女を抱き上げ、自身の膝の上に座らせた。ミリスが首を反らすように母親の顔を見上げ、手に持ったクリスタルを差し出す。


「ありがとう、ミリス」


 微笑んでそれを受け取ったフュリスは、ポケットへとそっとしまい、ミリスの頭を慈しむように撫でた。


「のぅ、母よ」


「なぁに?」


 もう何十回、何百回も観たかも知れない映像を思い返しながら、ミリスはフュリスへと訊ねる。


「あの男は何者じゃ?」


「やっぱり気になる?」


 ミリスは両足を前後にパタパタと動かしながら、コクリと頷いた。


「あの人はね、パパとママの大切なお友達。一緒にお仕事をしたりして、まだこーんなだった頃のミリスのお世話もしてくれてたの」


「そんなに小さいわけがないのじゃ」


 フュリスが二本の指を弛ませ、悪戯っぽく微笑んで小さな隙間を作り見せると、ミリスはくすくすと笑う。そして、前を向くと相変わらず足をパタパタとさせながら何処までも無邪気な様子で口を開いた。


「父のお仕事が終われば、あやつにも会えるのかのぅ母よ」


「っ……」


 その言葉に、母がはっきりとわかるほどに眉を歪めた事に、彼女は気づかないまま喋り続ける。


「もちろん一番は父に会いたいが、あやつも中々に見所のありそうな男じゃ。今も父と共にお仕事をしておるのかのぅ?」


 ミリスが再びフュリスへと顔を向けた時、彼女は笑みを浮かべていた。その表情には、既に何処にも違和感はなく、ミリスは何も気づかない。


「……どうだろう。最後に言ってたでしょ? もう辞めたいって。もしかしたら、今頃は別の所に居て……会えないかも」


「ふむ……それは残念じゃな……」


 そう漏らして、肩を落としミリスは頬を膨らませた。パタパタと動かしていた足も、今は止まってしまっている。そんな落胆した様子の娘を、フュリスはぎゅっと抱き締めた。


「でもね、ミリス。あの人は何時でもミリスの事を想ってくれてる。口では何だかんだ言っても、私たちの事を……何時も……」


「母……?」


 その温もりを感じていたミリスは、僅かにフュリスの身体が震えているように感じ、彼女の顔を見ようとした。


「わぷ……」


 しかし、より強く優しく顔ごとフュリスの身体に包まれ、視界が閉ざされたミリスには、彼女がどんな表情をしているのかわからなかった。


「……よしっ! ご飯にしようかっ」


 そして、明るい声でそう言われた彼女は直ぐにそんな事はどうでも良くなってしまう。母の作ってくれるご飯は美味しい。ミリスにとって、一日の中でも一番の楽しみと言っても良い時間だった。


 フュリスはミリスを抱き締めるのをやめ、そっとその両肩を叩く。彼女は母親の膝から飛び降り、元気よく振り返った。


「今日は何を作ってくれるのじゃっ」


「それは出来てからのお楽しみかな〜」


 ミリスの鼻先を指でちょんと突いて、立ち上がったフュリスに、彼女は頬を膨らませる。

 しかし、嫌な気持ちにはならず、頬と同時にミリスは益々期待を膨らませていた。


 もうとっくに先程の会話など頭から抜け落ち、母の手料理にだけ思いを馳せる。


 まだ幼きミリスは、知る由もない。


 彼が身を挺して、『魔王』から、自分たち母子を逃がしてくれた事など――何も、知るはずがなかった。

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