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230 抗えぬ運命⑧


「ん……」


 人の叫び声、爆発音に、建物の崩れる音、武器と武器とがぶつかり合うような高い金属音。

 そして、草の生い茂った地面の感触を感じながら、僕は薄っすらと目を開けた。


 ここは……。


 そう思いながら身体を起こし、辺りを見回す。上部が崩れ落ちたのか、辺りには瓦礫が散らばっているが、そこは周囲を高い壁に囲まれ、建物としての機能を辛うじて果たしていた。そして、崩れた瓦礫に埋もれる事なく存在する――地に突き刺さった純白の直剣。


 僕は気がつけば、友剣の塔の中に居た。


 一体、何が……。


 頭に手を当てて一瞬そう考え、僕ははっと顔を上げる。


『魔王』……!


 そして、円形闘技場での記憶が蘇り、慌てて立ち上がった。


「う……」


 同時に視界が揺れ、身体には激痛が奔る。

 しかし――


「なんで……」


 あれ程殴られ、遥か彼方に吹き飛ばされたにもかかわらず、目立った外傷はなく身体も問題なく動いた。

 何が起こってここに辿り着き、どうして傷が癒えているのか全く思い出せない。


 だが、都合は良い。


 そう思い、両手のひらを眺めていた僕は拳をぐっと握り勇者の剣へ近づこうとして――思わず足を止める。


「エイ、ミー……?」


 どうして直ぐに気が付かなかったのか、近くにはエイミーが倒れていた。


 ――あまりにも酷い、傷を負って。







 ノイルが『魔王』に敗れ闘技場から吹き飛ばされた後、エイミー・フリアンも動いていた。


 ノイル、さん……。


 周囲では多くの者が暴れ出し、悲鳴や怒号が上がり人々が逃げ惑う中、エイミーは半ば反射的に《夢物語(ハピネスストーリー)》を発動させ、こう書き込んだ。


 ――エイミー・フリアンは、敵に発見されずノイル・アーレンスの元へと辿り着く。


 迷う事なく何度か素早くそう書き記し、彼女は《夢物語》を胸に抱き、隠れながら一人いち早く闘技場を抜け出す。しかし、既に都市は地獄へと変容していた。


 闘技場だけでなく、漆黒の装飾品を身に着けた人々が、容赦なく暴力を奮い、破壊の限りを尽くしている。それだけではなく都市の周囲からはドス黒い狼煙が上がり、結界の消えた都市には無法者たちがなだれ込んできていた。


「あ……」


 崩れゆく建物、人の者とは思えぬ凄惨な悲鳴、上がる炎に飛び交う血。

 あまりにも非現実的な恐ろしい光景を目にしたエイミーは、一瞬怯み――直ぐに頭を振って駆け出した。ノイルが吹き飛ばされた方角に、身を隠しながら息を切らし、争いの中を懸命に駆ける。


 ただ、彼を助けたいという一心で。


 彼女がそんな感情を抱いたのは、ノイルへの贖罪の為ではなかった。自分が余計な事をしたから、ノイルはこんな事に巻き込まれてしまったのだという負い目はある。彼に許してほしいという気持ちはある。ちゃんとした謝罪をしたいという気持ちは、確かに存在した。


 だからこそ、エイミーは自分でも未練がましいと思いながらも、友剣の国に留まり、ノイルへと謝る事ができる機会が訪れてほしいと願っていたのだ。


 しかし、彼女は知ってしまった。

 気づいてしまった。


 彼は自分を守るために、敢えて傷つけるような事を言い遠ざけたのだと。

 今まではショックで気づくことができなかったが、思えば、あまりにも唐突に過ぎたのだ。


 友剣の国に到着し――勇者の剣に触れたノイルは何か悩んでいる様子だったが、その翌日には人が変わったように自分を拒絶した。


 彼の言う事はもっともで、愛想を尽かされても仕方がないと納得し後悔したが、それならもっと早く同じ事を言われているはずなのだ。自分はずっと迷惑をかけ続けていたのだから。


 何故あのタイミングだったのか。


 きっと、事情が変わったのだ。

 勇者の剣へと触れ、過去の二人と話をして――アレの存在を知ったのだろう。


 アレは、どう見てもミツキ・メイゲツではなかった。ノイルを嬉しそうに見ていたアレは、ミツキではない何かだった。


 そしてアレは確実にノイルを狙っていて、彼もそれを知っていた様子だった。


 だからだ。

 だから、ノイルは自分を巻き込まないように遠ざけたのだ。


 似合わない冷たい表情で、冷たい言葉で、自分の身を案じてくれていた。


 迷惑しかかけていなかった愚かな自分を、それどころではないというのに、気遣ってくれたのだ。


 何故、察する事ができなかったのか。

 どこまで、自分はノイル・アーレンスという人間を見ていなかったのか。


 本当に、身勝手であまりにも愚かだ。


 けれどそんな自分でも、少しでも彼の助けとなるならば。


 何かしてあげたい。


 面倒くさがりでやる気がなくて、自分勝手なところもあって、甲斐性も責任感もあまりなくて、いい加減で、騙されやすくて、釣り竿を本気で愛していて、女性関係はだらしがなくて、お人好しで、優しくて、弱いのに強くて、あまりにも自己評価が低くて……自分が大変な時でも、心を痛めながらこんな自分の事を考えてくれる……本当にダメな人の、力になりたい。


 理想のヒーローだからでも、ヒロインだからでもない。


 ただのエイミー・フリアンとして、ノイル・アーレンスという人間の支えになりたい。そう、思ったのだ。


 アレがノイルを狙っているのだとすれば、そしてミツキ・メイゲツの身体を操っているのだとすれば、目的はノイルの身体を奪う事。ならば、まだ殺されては居ないはずだ。


 立ち向かわなくてもいい。逃げたっていい。


 とにかく、彼をアレの思う通りにはさせない。


 エイミーはひた走る。彼女の能力ならば、慎重に動けば一人で都市を脱出する事も可能だったかもしれない。けれど、それでも彼女は危険を犯し走り続けた。


 頭の中の理想の英雄ではなく、ノイル・アーレンスを救うために。


 突如辺りが月夜に覆われ、身体が重くなれば汗を流しながら何度も《夢物語》に綴った。


 ――エイミー・フリアンは、ミツキ・メイゲツの魔装に抗う。


 そして、僅かに身体が軽くなると、また走った。


 必死に走り――遂にその姿を発見する。


 地を這うように、ボロボロの身体を引きずるノイルを。果たして意識があるのかすら定かではない。けれど、それでも彼は何処かを目指していた。

 ノイルが居たのは、殆ど都市の端に近い場所だ。だが、彼はどうやら都市の中心に向かい進んでいるようだった。

 しかし――そんな彼を見下ろすように一人の男が立っている。


 漆黒の首輪を嵌めた――獣人族の男が。


「ノイルさん!!」


 焦燥を覚え、エイミーはノイルへと走りながら叫んだ。考えてみれば、あれ程の重症を負っている彼が今まで無事だったほうが不自然だ。アレの目的である以上殺される事はないだろうが、捕まっていてもおかしくはない。ここまで這って来られた事が奇跡なのだ。


 だからその奇跡を無駄にしない為に、彼女は《夢物語》を開きながら、必死に声を張り上げた。あの男の注意をこちらに引くために。

 何と書けばこの窮地を脱する事ができるのかはわからない。上手く頭は回らず、ただ必死だった。


 男がエイミーの方を向く。そして――叫んだ。


「フ、セロッ!!」


「え?」


 彼女が目を見開いた瞬間、風が吹き抜け――背後から血飛沫が上がる。振り返ったエイミーが見たのは、獣人族の男がまた別の男を斬り伏せている姿だった。


「……グ、ァ……」


 返り血を浴びた獣人族の男は、酷い頭痛を堪えるかのように頭に手を当て、苦渋に満ちたような声を発する。改めてよく見たその男の姿に、エイミーは見覚えがあった。


 灰色の整った毛並みと顔立ち、狼の獣人族。


 予選でノイルと揉めていた――


「キルギス・ハイエンさん……」


 彼女の呟きに、キルギスが顔を歪めながら振り向いた。


「……コ、コハ……キケンダ……」


 血走った目で、何かに抗うように彼は声を絞り出す。


「に、ゲロ……ボク、モ……イツマデ……モツ、カ……」


 彼とノイルを見て、エイミーははっと目を見開いた。


「まさか……あなたが守ってくれていたんですか?」


 この状況、不自然に周りの敵が少なく、自分を助けてくれたキルギス。エイミーは、彼がノイルの傍に居たのは、ずっと守っていたからなのだと察した。

 心を――支配されそうになりながら。


「カレ、の……シリア、イ、カ……?」


「はい、でも……どうしてあなたが……」


 キルギスとノイルは言うまでもなく不仲だったはずだ。ミーナ・キャラットとの婚約を巡り争っていた。もっとも、ノイルはカエ・ルーメンスの姿ではあったが、獣人族ならば匂いで同一人物だと気付くだろう。


「ボク、ハ……アイ、ツガ……ユル、セナイ……」


 その言葉に一度エイミーは眉をひそめたが、直ぐにそれがノイルではなく、ミツキを支配していた何かの事を指しているのだと理解する。


「……ミーナ、サン……カナ……シム……ソレ、に……カ、レ……ト、モ……ダ」


 辿々しい言葉だが、彼女はキルギスが何を言っているのかわかった。彼はミーナを悲しませない為、そして友としてノイルを認識しているからこそ、彼を守ってくれていたのだ。


「……ノイルさんは、多分友剣の塔を目指してます。手伝っては、もらえませんか?」


「フレ、レバ……し、ハイ……ツヨマル……」


 その言葉に、エイミーは眉を歪めた。やはり、アレはノイルが欲しいのだろう。


「ダガ……ヒノコハ、ふリ……ハラ、オウ……」


 そう言いながら、キルギスは二本の剣を構えると、跳躍し――空からノイルへと向かってきていた二人の男を同時に斬り払い着地した。エイミーはそれ以上は何も言わず、倒れているノイルを、その酷い状態に一度顔を歪めて背負う。動いてはいたが、やはり意識があったとは思えなかった。


「……ありがとうございます。行きましょう」


 そして、キルギスに感謝し、再び都市の中を駆け出した。


「ひあッ」


《夢物語》の効果はノイルに辿り着いた時点で切れている。走るエイミーへは、次々と漆黒の装飾品を身に着けた者達が襲いかかった。しかし彼女の周りをキルギスが共に駆け、襲いかかる者たちを斬り捨てていく。飛び交う瓦礫の破片や肉片、肌をかする程の武器や魔法に、エイミーは思わず度々声を上げた。しかし、血を浴び怯えながらも、彼女はキルギスを信じ前だけを見つめ、決して足を止める事はなかった。


 そして、必死に走り続けた彼女は、ようやくそこに辿り着く。折れたように、半壊してしまっている友剣の塔に。


「ハアッ、ハアッ……ハイエンさ――」


 息を切らし多量の汗を流しながら振り返ったエイミーは、言葉を失くした。


「キニ、スルナ……ココ、は……マモ、る……」


 脇目を振らず前だけを見つめていた彼女は、気づいていなかった。

 キルギスが――酷く傷つき重症を負っていた事に。


 灰色の毛はベッタリと血に濡れ、火の魔法を浴びたのか、半身ほどが焦げている。矢が数本身体に突き刺さり、持っていた剣は腕ごと片方がへし折れていた。


 更に、後方からだけではなく、エイミーの視界に収まる範囲には、敵が集まってきている。おそらくは、周囲一体からここに寄ってきている事だろう。アレの目的がノイルならば、自分たちが狙われる事は必然だ。


「ごめんなさい……!」


 立ち止まっている暇はないと判断した彼女は、苦渋の決断を下しキルギスをその場に残して友剣の塔の扉を押し開けた。そして直ぐに閉めると、ノイルを勇者の剣の元へ連れて行く。彼がここを目指していたのは、これが目的だったはずだ。


「ノイルさん! ノイルさん!」


 エイミーは背に居る彼を軽く揺さぶり声をかける。しかし、ノイルが動く気配はなかった。


「ああ、どうしたら……」


 彼の手を取って勇者の剣を握らせてみるが、何の反応もない。意識を完全に失ってしまっているのだろう。

 焦り考えた彼女は、はっと顔を上げ、一度勇者の剣から離れた。


 そしてノイルを背から下ろしそっと寝かせると、《夢物語》を開く。


「お願い……!」


 エイミーは、一度ぎゅっと胸元に手を当て目を閉じ、《夢物語》にある文章を綴り始めた。


 ――ノイル・アーレンスの傷は癒え、目を覚ます。


《夢物語》は、あくまでそうなる確率を高めるという魔装だ。そう書いたところで、たちどころに傷が癒え、ノイルが復活するはずがない。

 しかし、これまでに書いた全ての文章は、その可能性を間違いなく高めており――それが重なれば、奇跡も起こり得る。


 ノイル・アーレンスについて、エイミーは一体どれ程の文章を《夢物語》に書き綴った事だろう。ページ数の半分以上は彼についての事だ。そしてその大半は、ノイルが英雄となり、自身と結ばれ幸せになると記した。


 それらは、取り消す事ができない。


 ――何でノイルさんには《夢物語》の効果があんまりないんですかね――


 以前、エイミーは自身でそう言った。

 ずっと疑問に感じていた。


 その理由は、単純だった。


 エイミーにとってのノイル・アーレンスとは、彼女の頭の中の理想の存在であったからだ。対象がぶれていたことで、《夢物語》の効果は濁り彼には殆ど届かなかった。

 考えてみれば当たり前だ。ファーストネームもファミリーネームも一致する人間など、いくらでもいる。

 大切なのは名ではなく、エイミーが誰に対して《夢物語》の力を使いたいか、であった。


 実在しない人間は対象にはできない。ノイル・アーレンスへの効果は、対象が定まらず、これまでは宙に浮いたような状態だったのだ。


 しかし今、エイミーが彼という人間をはっきりと見つめた事で、対象は絞られ、《夢物語》はその真価を発揮する。


 下手をすれば世界を歪めかねない程の規格外の力が、何重にも重ねられた事で抗えぬ運命となり、ノイル・アーレンスの悲惨な結末を許さず、エイミー・フリアンとの幸福な未来を辿る可能性を引き寄せる。


 だが――強すぎる願いには相応の代価が必要だった。


「え……?」


 ビキリ、と彼女の『吸血羽(ヴァンプフェザー)』を持つ指が、文章を書いている途中で見えない力によりへし折れる。


「ッ……あぁッ……!!」


 突如奔った激痛にエイミーは声を上げ、『吸血羽』を取り落とした。


「なん……ああああああッ!!」


 次に、左腕が捻じれ、骨が砕け、彼女は《夢物語》を取り落とすと涙をぼろぼろと流し倒れこんだ。悶え左腕を抑えようとしたエイミーの右手の指が、全てへし折れ爪が弾け飛ぶ。


「おえぇっ……かはっ……」


 彼女はあまりの激痛に嘔吐しながら、それでも何が起こったのかを理解した。元より、血を捧げる魔装だったのだ、『吸血羽』により忘れていたが、この魔装において、自分が傷つく事は(・・・・・・・・)前提条件だ(・・・・・)


 今改めて、エイミーは自身の魔装を正しく理解する。


 〈成果には対価をウィッシュウィズペイン〉。


 大きな運命を捻じ曲げる程に、使用者(エイミー)は傷を負う。


 だから……なに……!


 しかし、彼女は歯を噛み締めて取り落とした『吸血羽』へと這い口に咥えた。


「んんん!! ッあ!!」


 同時に膝が砕け、堪らず声を上げたエイミーは再び『吸血羽』を地面に落とす。

 まだ文章は完成していないが、それを書こうとする意志により不可視の力が彼女を襲うらしい。エイミーは息も絶え絶えにノイルへと視線を向ける。


 ……治ってる。


 半分ほどの中途半端な文章でも、彼の傷は癒えつつあった。見るも無惨だった状態に比べれば、遥かに凄まじい勢いで傷は癒えている。

 その事実は、彼女に痛みへと立ち向かう勇気を与えてくれた。


 エイミーは、目を閉じ大きく息を吐き出す。


 この魔装を創った時、自分は何を願っていたのか。

 いつの間にか、自身の欲を満たすことばかり考え、そんな事すら忘れてしまっていた。


 けれど、そうだ、この魔装は――《夢物語》は――


「これは……幸せな物語を紡ぐ為の力なのッ!!」


 もしもこれが、ハッピーエンドに辿り着く為に必要な代価だと言うのならば、幾らでも支払ってみせる。


 散々振り回して、迷惑をかけて、傷つけて――ようやく彼の幸せを心から願えたのだから。


 瞳に強い決意を讃えて声を張り上げたエイミーは、もう一度『吸血羽』を口に咥えた。同時に、足の指が捻じれる。


「んん……ふぅ……!」


 しかし今度は『吸血羽』を落とす事はなかった。《夢物語》へと這い、エイミーは口から震える息を漏らしながら残りの文章を、拙い文字で綴る。


 肋が折れ、鎖骨が砕け、身体の至るところの皮膚が裂ける。それでもエイミーは涙を流し、痙攣しながらも文字を書く――ハッピーエンドを信じて。


 そうして、短い文章を書き終えたエイミーの口から、ぽろりと『吸血羽』が落ち、《夢物語》の上を転がった。


 同時に彼女は意識を失い――ノイル・アーレンスは目を覚ましたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二度目の更新ありがとうございます! なんだこれは...けっこう泣ける話じゃあないか この作品はイカれた女達と繰り広げるあたまのわる~いハーレム物語だと思っていたのに、たまげたなぁ
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