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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
五章

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225/278

224 子


「……ソフィ、状況は?」


 多くの建造物が半壊し、そこら中から人々の叫び声や争いの音が響く友剣の国。その狭い路地で、エルシャン・ファルシードは倒壊した建物の壁に背を預けた状態で目を開き、ソフィに訊ねる。


 意識が戻った彼女の第一声に、治癒を施していたソフィが一瞬安堵の表情を浮かべたあと、鋭く目を細めすぐに答えた。


「二回戦の後『魔王』に操られたミツキ・メイゲツ様が乱入、ミリス様が捕らえられ、『魔王』の力に支配された多くの採掘者(マイナー)、都市の住民が見境なく暴れています。加えて、『黑狼煙(コクエン)』が都市を包囲し侵略を開始」


 エルシャンは未だ痺れて自由に動かぬ自身の身体を確認しながら、ソフィの説明を眉根を寄せて聞く。


「今は『魔王』の都市への攻撃を防ぐ際、はぐれてしまったミーナ様を捜索し、都市からの脱出、撤退を図っています」


「…………」


 そこで、ソフィは一度言葉を止めると、眉を歪めて僅かに目を伏せた。


「ノイル様も、『魔王』に敗れ、消息不明となっております。ミーナ様と同時に、ソフィ達はノイル様も救出するつもりです」


「なん、だって……?」


 再び視線を上げた彼女の言葉に、エルシャンは目眩すら生じる衝撃を受ける。急速に身体から熱が失われていくような感覚を覚えながら、彼女はソフィへと見開いた目を向けた。


「……ノイル様と『魔王』の戦闘は、周囲の誰一人として手を出せない程のものでした。下手に干渉すれば邪魔にしかならないと判断したため、その隙にマスターを連れ、ソフィ達は闘技場を離れました」


 何故自分など放っておいて、彼への助力を優先しなかったのか。感情的にそう言いかけたエルシャンは、悔しそうなソフィの表情と握られた震える拳を見て、口を閉ざした。

 あまりのショックに上手く働かなかった思考が冷静さを取り戻し、自身が如何に愚かな発言をしようとしたのか理解する。ソフィの想いも、仲間の想いも、苦しみ悩み最善の行動を選んだのであろう皆の決断も、全てを踏みにじるところであった。


 そして、そんな時にまたもや何もできず、『魔王』のつけいる隙を与えてしまった自身に酷い怒りが湧き上がる。


 ミリスは消耗していなければ、『魔王』に捕らえられるような事はなかっただろう。そうなれば、ノイルと協力し……《白の王(ホワイトロード)》さえ発動が可能であったのなら、負けるような事もなかったかもしれない。今のような状況は生まれなかったかもしれない。


「マスター、ミリス様が捕らえられたのはマスターの責任ではありません。『魔王』はいずれにせよ、ミリス様が最も消耗したタイミングを狙い動いたはずです。ノイル様とミリス様がぶつかり双方疲弊した状態だった場合、更に状況は悪いものになっていたでしょう」


「……わかっているよ」


 全ては結果論でしかない。頭では理解しているが、エルシャンは自分が許せそうにはなかった。今の役立たずとなっている自身の状態もそれに拍車をかける。

 ミリスの最後の一撃――その際同時にマナの綻びを突かれたのだろう。立ち上がることすら困難であった。

 加えて、四体の精霊は全て眠りについている。たとえ真っ当に動けるようになったとしても、いつものように力は振るえない。

 彼女は知らず内に、眉を歪めきつく奥歯を噛み締めていた。


 またボクは……何一つ――

 

「……マスター、反省も後悔も、全てはこの場を生き延びてからです」


「ソフィ……」


「今為すべきことだけを見つめてください」


「……」


「しっかり、してください」


 ソフィはエルシャンの頬に力強く両手を添え、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。


 ……本当に、成長した。


 エルシャンはその小さくも頼りになる手と、揺るがない瞳を見て、そう思った。


「……マナの乱れは、まだ治りそうにないかな」


「今しばらくは時間が必要です。移動しながら整えます」


 折れかけた彼女の心を、いつの間にか立派になった小さくも大きい娘が寄り添い支えてくれる。


「そうか、ありがとうソフィ」


 ならば自分も母として、彼女の期待に応えなければならない。


 今の状態でもできることを考えろ。


 エルシャンはそう自分に言い聞かせながら、ソフィへと凛とした声で礼を言った。これ以上情けない姿を見せるわけにはいかなかった。


 微かに、ソフィが笑みを浮かべる。


「はい」


「くっそ、どこもかしかも敵だらけだぜ」


 彼女が頷いてエルシャンの頬から手を離すと同時に、周囲の状況を確認していたレットとガルフが二人のもとに駆け寄ってくる。


「はぁ、はぁ……あんなもん、相手してられねぇぞ。一人一人が俺なんかよりずっと強え」


 ガルフが大きく肩を上下させ、息を切らし顔を盛大に顰めた。


「おうボス、目ぇ覚めたみてぇだな。動けっか!?」


「すまないレット、まだ無理だ」


「あーしゃあねぇソフィ、ボスを頼むぜ。こうなりゃ片っ端から強引に吹っ飛ばして押し通ってやる」


 エルシャンが首を横に振ると、レットは頭をガシガシと掻いて両手に炎を出現させ振り返る。

 その様子を見ながら、彼女はふと眉をひそめた。


「クライスは、どうしたんだい?」


 ミーナが今この場に居ない理由は聞いている。しかし、彼の姿もどこにも見当たらなかった。

 レットが背を向けたまま、エルシャンの問いに答える。


「……誰かが、足止めしなきゃならねぇからな。戻ったよ、闘技場にな」


「っ……そうか」


 彼の言葉を聞いて理解したエルシャンは、眉を歪めて目を伏せた。


「マスター、ソフィの背に」


「ああ……」


「クライス様は、お約束してくださいました。必ず追いつくと」


 エルシャンを背負いながら、ソフィは淡々と、されど強い信頼の込められたような声でそう告げる。彼女がどんな表情をしているのか、エルシャンにはわからない。けれど、自分よりもずっとしっかりしているだろうと思いながら、ソフィに身を委ねた。今は何よりも、回復に努めなければならない。


「頼りねぇかもしれねぇが、今は俺で我慢してくれや」


 ガルフが大剣――《獅子の牙》を構えながら冗談混じりにそう言った。


「いや、キミは自分で思っているよりもずっと優秀だよ」


 皮肉でも嫌味でも冗談でもなく、エルシャンは本心をガルフに伝える。

 大怪我もせず長年採掘者として活動していたガルフの経験は確かなものだ。自身のランクよりも危険度の高い採掘跡で、クールタイムといえど救出に向かうまでたった一人生き残っていた点を鑑みても、才能以上の実力を備えている。


「ハッ、じゃあ現役に復帰でもすっか」


「やめてくれよ、あの店好きなんだからよ」


 ガルフとレットが軽い冗談を言い合い――四人の元に突如影が差した。

 全員が、反射的に上を見上げ――


「避けろぉおおおおお!!」


 レットが叫び、全員がその場から一斉に離れる。直後、大氷塊が今まで四人が居た場所に周囲の建物を圧し潰し破壊しながら、轟音を轟かせ落下した。


「ぐ、うおおおおおおおお!」


 僅かに反応の遅れたガルフがその余波で吹き飛ばされ、崩壊した建造物の瓦礫の中に突っ込む。


「レット様!」


「悪ぃ!」


 飛び込むように地面に倒れ込み回避したレットの手をソフィが引き、そのまま何度か跳び退って開けた場所まで後退する。


「くっ! 囲まれたか」


 エルシャンが周囲へと視線を走らせると、彼女たちの周りは漆黒の装飾品を身に着けた者たちが包囲していた。


「ぶっ飛ば――」


「あーあー邪魔だ邪魔だゴミ共」


 レットが素早く全方位に魔法を放とうとした瞬間、彼の声を遮り男の声が響き渡る。

 そして周囲の人間が――氷漬けとなった。


 エルシャンたちを襲うとしていた者は、全員が氷像と化し――その内の一つを踏み砕くように一人の男が着地する。


 その姿を見て、エルシャンは目を見開いた。


「お前は……」


「ボス、こいつを知ってんのか」


 レットが警戒するように男に片手を向けながら彼女に訊ねる。しかし、エルシャンは彼に答える事ができなかった。いや、正確に言えば――ソフィの前で(・・・・・・)この男の事を話したくはなかった。


「マスター……?」


 黙り込んだ彼女を見たソフィが、ぽつりと声を漏らす。


 エルシャンは、この男の情報からあえてソフィを遠ざけていた。そして、彼女が知らぬ内に処理しようとし――逃亡を許してしまったのだ。以降、調査は続けていたが今まで男の足跡(そくせき)を掴むことはできなかった。

 

 そうか……『黑狼煙』に所属していたのか。どうりで見つからないわけだ。


 男の顔には見るも無残な、エルシャンが過去につけた傷痕が残っており、もはや元の顔がどのようなものだったのかすらわからない。たとえ知っていた者が見たとしても、気づかないだろう。

 実際、その名くらいは知っているであろうレットも気づいてはいない。


 それ程の傷を負わされ、『精霊王』から逃げ仰せた恐ろしいまでの執念と実力を持つ、藍色の髪(・・・・)の魔人族の男の名は、リゲン・シュミット。


 その行いのあまりの残虐さ、非道さで名を馳せた盗賊団――『自由(アンチェイン)』の元頭領であり――


「よぉ『精霊王』。いーやエルちゃぁん、探したぜぇ」


「……黙れ」


「どうしたぁ? ガキに背負われちまってまぁ。体調でも悪いのかぁ? そりゃ都合がいいなぁ。ていうかよぉ」


 崩れた顔で、男は下卑た笑みを浮かべた。


「そいつが、ソフィかぁ」


 エルシャンがリゲンを睨みながら顔を顰める。すると、彼はますます裂けた口の端を吊り上げ――


「はーいソフィちゃぁん、パパですよー(・・・・・・)


 両手を広げて、愉悦に満ちた濁った瞳をソフィに向けた。


 エルシャンは力の入らぬ身体で拳を握る。


 それが、彼女がリゲンを秘密裏に処理しようとした理由だった。


 リゲン・シュミットは――ソフィ・シャルミルの実父だ。


 彼女とは似ても似つかない醜悪な男。

 他人を犯し、殺し、尊厳すらも略奪する事に、何よりも愉悦を感じる狂人。

 しかし、そんな唾棄すべき人間とソフィには、紛うこと無く血の繋がりがあった。


 無論、彼女も自身の出自は知っている。盗賊に襲われた女性の子だということは、本人も言われるまでもなくわかっている。


 しかしそれでも、エルシャンはこの男にだけはソフィを会わせたくはなかったのだ。


「いやぁ中々どうして、悪くねぇ感じに育ってるじゃねぇか。あと三、四年もすりゃあいい女になりそうだ。どの女のガキかは知らねぇし、その時のオレがなーんで殺さなかったのか思い出せねぇが、良い事したなぁ昔のオレは」


 リゲンは顎に手を当て品定めするかのように、ソフィをギョロついた目でじろじろと観察しながら、どこまでも下卑た響きを伴う声を発する。


「おかげで――自分のガキを犯すってのはどんなもんなのか知れるじゃねぇか。ああ、良くやった良くやってくれたぜぇ、昔のオレ」


 割れた舌で、リゲンはズタズタに裂けている唇を舐めた。ソフィがそっと、エルシャンをその場に降ろす。


 本人も既に割り切ってはいたはずだ。

 しかしこの男を前にして、彼女は今何を思っているのか。


「ソフィ、キミは――」


「おいおい、せっかくの親子の再会を邪魔すんなよエルちゃぁん。どんなお綺麗な言葉で繕っても、テメェが何て言ったとしてもよぉ。そいつがオレの子供である事実は変わんねぇんだよぉ! なぁソフィ! パパ寂しかったでちゅう!」


「てめぇ! もう喋んじゃねぇ!!」


 振り向かないソフィにかけたエルシャンの声を下品な声が遮り、レットが激昂したかのように指先をリゲンへと向けた。

 直ぐに放たれた複数の〈炎弾(フレイ厶バレット)〉が、唸りを上げてリゲンへと迫り――


「ああ? なんだガキぃ。うるせぇぞ、男は要らねぇから黙ってろ」


 その全てが、彼には届かず凍りつき地面へと落ちた。レットが忌々しそうに眉を歪める。


「ていうか随分温い炎だなぁおい、ハヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」


 リゲンは両手を広げ顔を上げ、心底馬鹿にするかのように耳障りな笑声を上げる――と、その瞬間一陣の風が吹いた。


「ヒャヒャ……あん?」


 顔を戻したリゲンの懐に、黒猫の手足をつけたソフィが潜り込んでいた。


「ぐぶッ」


 そのまま、彼女は無言で膝をリゲンの腹に突き刺し――


「ごガッ」


 下がった顎に下方から拳を打ち込んだ。そして、ふらついたリゲンの顔に流れるように回し蹴りを叩き込む。


「ぷあッ」


 削げ落ちた鼻から血を噴き出し、リゲンは吹き飛び半壊した建物に叩きつけられた。衝撃で瓦礫が辺りに崩れ落ちる。


「――動揺を誘う作戦でしょうか」


 黒猫の手足を解除したソフィは、メイド服のスカートを軽く払いながら淡々とした声を発する。


「ですが、ソフィはマスターとノイル様の子です。意味はありませんよ」


 そして、いつもの調子で不思議そうに小首を傾げた。


 その愛らしい姿を見て、エルシャンの胸には安堵と同時に深い愛情が湧き上がってくる。


 ……ああ、今すぐに抱き締めてあげたい。


 思う通りに動かぬ自身の身体を非常にもどかしく感じながらも、彼女は油断せずに瓦礫にもたれかかっているリゲンに鋭い視線を向けた。


「………………ああ、そうかよ……優しくしてやろうと思ったんだが……クソガキには躾が必要みたいだなぁッ!!」


 ゆっくりと立ち上がったリゲンは、醜悪な顔を更に醜く歪めてソフィを睨みつける。

 流れていた血は止まり、ソフィの一撃によりズレた顎も元に戻った。


「結構です。マスターの教育は完璧なので」


 唾を飛ばした怒声に、しかしソフィは表情一つ変えずそう言うと、跳び退ってエルシャンとレットの傍に戻る。


「ガキは趣味じゃねぇが決めたぜッ!! テメェの前で『精霊王』を滅茶苦茶に犯し尽くした後ッ!! その生首の前でテメェも殺してくれと懇願するまで穴という穴を犯してやるッ!! 手足を落としてッ!! 一生性欲処理の道具として連れ回してやるぞクソガキぃッ!!」


「ではそうされないように、切り落とします」


 リゲンの言葉にではなく、ソフィの発言にレットが渋い表情を浮かべた。


「いやソフィ……それはお前……」


「何か問題が? ノイル様程ご立派でもないようですので、簡単だと思いますが」


「あー……いや、うんもう好きにやれよ」


「はい」


「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞぉッ!!」


 恐らく無意識に自身の下半身を片手で押さえたレットと、無表情のソフィのやり取りに、リゲンが更に喚き立て、当たり散らすかのように周りの瓦礫を蹴り飛ばす。


「二人とも、あの男は双属性(デュアル)だ」


「げぇッ、マジかよ。何であんな奴がんな希少なもん……」


 エルシャンの言葉に、レットが面倒くさそうに眉を顰めた。

 双属性とは、魔人族の中に稀に誕生する、属性を二種類持つ人間の事である。


「不条理だね。属性は――」


「治癒と氷ですね」


「その通りだソフィ」


 複数人に分身したソフィに、エルシャンは頷いた。


「どっちも当然無茶苦茶に強化されてやがんな」


 レットが〈炎弾〉を両手で連射しながら、目を細める。彼の魔法は先程と同じようにリゲンへと届く前に次々と凍りつき地に落とされていく。


「あーだからッ!! 効かねぇんだよそんなもんはよぉッ!!」


 リゲンが苛ついたようにガシガシと頭を掻きむしりながら目を血走らせた。

 その手には漆黒の指輪が――二つ嵌められている。


「……肉体も強化されているだろう。奴に格闘技術はなく、魔法も力押しが多いが厄介な――」


 エルシャンがそう言いかけた瞬間、辺り一帯が突如――月夜と化した。彼女は苦々しく眉を歪める。


「ハッヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 待ってたぜぇッ!!」


 リゲンが愉悦に満ちたように嗤う。


「最悪なタイミングで……来てしまったようだね」


 同時に、彼女は自由の利かない身体が更にずしりと重くなったように感じていた。

『魔王』が誰を依り代としているのかを考えれば、想定内の出来事。


 しかし、想定外なのは普段とは比較にならないその範囲と効果。


 身体にかかる凄まじい倦怠感と重圧に顔を顰めながら、エルシャンは倒れこんでしまわないように歯を噛み締める。


「――ミツキ・メイゲツの魔装(マギス)が」


 そして、多量の汗を額から流しながらそう呟くのだった。

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