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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
五章

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216 出し惜しみなし


 その日、カエ・ルーメンスの名は一応狙い通り広まっていた。


 実力のあるクズ。

 強さを使って二股するクズ。

 何を考えているのかわからない気味の悪い存在。

 笑顔がキモい。

 本戦での活躍も期待できるクズ。

 清々しいクズ。

 今殴りたい男。

『黒猫』さんを解放しろ。

 アーレンスといえば、イーリストにもノイル・アーレンスなるクズが居るらしいが、彼に匹敵するクズ。


 等々、様々な声が囁かれていた。

 どうやら僕はノイル・アーレンスに匹敵するクズらしい。


 通称『女の敵』、らしい。

 

 普通二つ名というものは、優秀な採掘者(マイナー)の実力や実績を讃えて与えられるものだが、採掘者でもない人間がこれ程不名誉な二つ名を獲得した事がかつてあったのだろうか。僕は多分ないと思う。


 まあ……まあ、シアラのちょっとした暴走により当初の想定とは大分違う名の売れ方となってしまったが、実力が認められたのは確かだ。話題性だけならば『絶対者(アブソリュート)』に負けずとも劣らないだろう。


 それに……あれだ。あれだよあれ。

 英雄色を好む? とも言うし……女性関係に多少問題があったとしても、そこ以外で評価を獲られれば問題はないはずだ。


 ここはカエ・ルーメンスが普通ではないと知らしめる事ができたので良しとしておこう。

 明日からの本戦、頑張ろう。


 しかし……ハイエンさんとは結局予選が終わった後会っていないが、どうしているだろうか。何も言ってこなかった辺り、多分あの人の性格ならあれでも負けだと認めたのだろうけど、良かったのだろうか。


 いや、僕が心配するなど逆に失礼だろうな……。

 僕が彼の立場なら心配などされたくないだろう。


 僕はそう思いながら、一つ息を吐いて飲んでいたお茶の入ったカップをテーブルに置いた。


「退きなさいよ……! 敗北者……!」


「敗北者は……! お前……! 誰も祝福してない……!」


「別にいいのよ……! あたしとあいつが幸せなら……!」


「兄さんも……! 幸せじゃない……! 近づくな獣臭い……!」


「頑張ってくれたから……! 労うだけよ……! シャワーも、浴びてきたわ……!」


「それでも……! 臭い……!」


「死にたいらしいわ、ね……!」


「お前が、し、ね……!」


 そして、両手をぎりぎりと組み合い、睨み合っているミーナとシアラを見る。


 力比べかな? 

 お互い顔が怖いよ?


 ミーナと拮抗できるシアラが凄い。まあ流石に魔装(マギス)を手に纏わせているけど。むしろ凄いのは魔装なしでシアラと張り合っているミーナかな? 

 よくわからなくなってきた。


「おい、あんまり動くなよクソダーリン」


「あ、はい」


 ソファに腰掛けている僕の隣では、アリスが義手の点検をしてくれていた。もっとも、別に無茶な使い方はしていないので問題はないだろう。


「……やっぱ反応がイマイチか……? 致命的な遅れにはならねぇみてぇだが……。チッ、明日までに調整は無理だな……」


 彼女がぶつぶつと顎に手を当てながら眉間に皺を寄せて呟く。おそらく今日の僕の動きを見て、自身の創った義手を不満に思ったのだろう。僕としてはこれで完璧だと思うのだが、元々間に合わせではあるらしいし。

 そのままアリスは、再び義手へと両手を伸ばす。


「いや、それは……」


「義手以外に触れないでくださいね。先輩への接近を許しているのは、役目があるからだけだという事を忘れないでください。義手以外に触れたら頭を吹き飛ばします」


 難しそうに眉根を寄せているアリスに声をかけようとすると、僕らの座るソファの後ろに立っているフィオナが彼女の頭に短銃を突きつけながらそう言った。今日も彼女は元気だ。元気過ぎて止められない。


「うぜぇ」


 アリスは視線も向けずそれだけを返すと、義手のチェックを再開する。フィオナもそれ以上は何も言わず、ただ彼女の動きに目を光らせていた。


「ねえノイル、このペンダントにはやっぱりこっちの服が似合うかな?」


「あ、はい」


 ノエルは一人、もはや定位置のようになっているベッドの上で、様々な服を広げていた。時折一つ一つ手に取りペンダントを持ち上げながら僕にどうかと訊ねてくる。まるでこの部屋には僕しか居ないかのような振る舞いだ。彼女にはどんな世界が見えているのだろうか。

 僕の目にはカオスな世界しか見えない。


「先輩、あまりやりたくはないですけど、あのペンダントは壊しても?」


「うん、ダメだね」


 フィオナがノエルにもう片方の短銃を向けながら訊ねてきたので、僕はそう言っておいた。


「では、私の物にしても?」


「うーん、あれはノエルのだね」


 彼女が何を言っているのかよくわからなくなってきたが、僕は当然の答えを返しておく。

 フィオナがぎりっと歯を噛み締め、ノエルがニコリと微笑んだ。僕は二人から顔を逸らした。


 逸らした視線の先では、テセアが一人離れた丸テーブルにつき、その上にお菓子を広げている。どうやら新二号さんにたくさんもらったらしい。もはやこちらの事は一切気にせずに、マイペースにお菓子を頬張っていた。かわいい。


 一旦彼女に癒やされた僕は、正面へとゆっくりと視線を戻す。


 対面のソファには、レット君、クライスさん、ガルフさんの三人が座っている。

 レット君は両手を広げて背もたれに寄りかかって天井を見上げており、クライスさんは膝に両肘をついて組んだ手に顎を乗せて何故かしたり顔をしている。ガルフさんは腕を組んで瞑想するかのように瞳を閉じていた。


 クライスさん以外は非常に居心地が悪そうだ。僕も胃が痛い。


「先輩、肩でも揉みましょうか?」


「いや、大丈夫……」


 脈絡なく訊ねてきたフィオナに断りを入れると、非常に悲しそうな顔をする。しかしこの状況で彼女に肩を揉んでもらえるほど、僕の肝は座っていないし、理由もなく肩を揉ませたりしない。

 とうとう静かに組手を始めたミーナとシアラを一度見て、僕は本題に入る事にした。


「それでクライスさん。ベルツ・マークハイムさんについて、色々と教えて欲しいんですけど……」


「ああ、ん任せてくれマイフレンド!」


 クライスさんが親指を立てて白い歯を輝かせる。彼はこの状況でもいつも通りだ。見習いたいものである。


 そう、皆に僕の部屋に集まってもらったのは……いや、呼んだのは正面の三人だけだけども。

 明日の対戦相手について対策を立てるためであった。


 ベルツ・マークハイム。

 前回の優勝者で、第一騎士団の団長。


 ……初戦から相手が悪くない?


 毎年、予選突破者は本戦の一回戦に当てられるらしいが、今年は相手が悪すぎる。

 やはりどうにも世界は僕に厳しいらしい。


 いや麗剣祭本戦ともなれば、誰と当たろうが厳しい戦いにはなるだろう。だからといって、いきなり優勝者に当たることなくない?

 僕が何をしたって言うんだ。ああ、胃が痛い。


 まあ……どちらにせよ、優勝を目指すのならば越えなければいけない相手だ。世界さんに言いたいことは色々あるが、やるしかない。


 それに初戦が店長という名の『絶対者』であるエルよりは恵まれているだろう。彼女はかなり厳しい戦いになるだろうが、結局予選の後姿を消したあの人を、なんとか懲らしめてやってほしい。僕は今回エルを応援すると決めていた。


「まず、ん彼の戦闘スタイルだけど、んイーリストで主流の剣術である堅崩流を使う」


 クライスさんが指をパチンと鳴らし、マークハイムさんについての説明を始める。


 堅崩流は大盾と直剣を用いた、所謂オーソドックスな流派だ。彼の言う通り、んイーリストでは主にこの剣術が広まっている。


「堅崩流は攻防一体のバランスの取れた戦い方が基本だ。俺のシソウ流とは真逆のタイプだねぇ」


 クライスさんは再び両手を組んで顎を乗せ、片目を閉じながらそう言った。


「意表をつくような動きは一切なく、何処までも基礎に忠実で堅実な立ち回りを是としている。盾で敵の攻撃を防ぎつつ、剣で崩す。戦いのお手本のような流派さ」


 一瞬、珍しくどこかつまらなそうな表情を彼は浮かべる。


「これといった弱点もないけれど、動きは単調で素直と言ってもよく、あらゆる状況に対処できる代わりに、こちらも読みやすく対処はしやすい」


 すらすらとクライスさんは言葉を続ける。やはり改めてこの人に聞いて正解だった。僕の知る限り、クライスさんは剣術においては誰よりも造詣が深い。いや、彼ですら師と呼ぶ僕らの師匠が居るけど、今はあいにく用があって傍には居ない。

 ……直ぐに戻ると言っていたはずだが、何かあったのだろうか。


「け、れ、ど。それは未熟な者や常識の範囲内の使い手なら、の話だ」


 指を振って、クライスさんは肩を竦めた。


「達人の域、極めた者が扱う堅崩流に明確な対処法はないと言ってもいい」


 そして、スッと目を細める。


「さっきも言った通り、堅崩流の動きは単純だ。盾で防ぎ、剣で崩す。それだけを突き詰め無駄を削ぎ落とし、最適化させた剣術。だからこそ動きは読みやすい」


「読まれてもいいから、ですね」


 僕がその厄介さに眉を顰めてそう言うと、彼はふっと微笑んだ。


「んー、そういうことだね。堅崩流は動きを読まれようが関係ない、力押しの剣術だ。単純に盾が硬くなれば破れず、剣の鋭さが増せばわかっていても防げない。勿論技量差はあるけれどね。それ以上にシンプルな動き故に誰でも体得しやすいが、才能の差と武具の差が如実に表れる」


 大体は知っていた通りだ。扱う盾と剣が重要だからこそ、魔装を扱える普人族には適しているのだろう。イーリストで主流になるのも理解できる。ある程度の技量となれば、重要なのは剣術の才能よりも魔装の才能というわけか。


「ということは、マークハイムさんの魔装は剣と盾、ですか」


「ノンノン、ん俺の《完璧な俺(パーフェクトクライス)》と同じで、彼の魔装は盾と剣のセットだ。俺の場合はんエクセレントなマントだけどねぇ」


 そうか、考えてみれば魔装を二つ発現できる人の方が少ない。堅崩流を習得するのであれば、盾と剣セットの魔装にするべきだ。もっとも、狙い通りになるかはわからないのが魔装の厄介な所ではあるが、シンプルな剣術故に別に最悪どんな魔装でも大抵は相性が良いだろう。


「じゃあ、もう一つの魔装は?」


 室内を静かに跳びはね回っているミーナとシアラが起こす風を感じながら、僕はクライスさんに訊ねた。


「わからないねぇ」


「え……?」


 しかし彼は困ったように首を傾げる。


「あの野郎は麗剣祭でももう一つの魔装を使ったことがねぇ」


 と、アリスが義手の指先を真剣な目で見つめながらぽつりと呟き、僕は思わず彼女へと視線を向けた。


「え、でも優勝してるんじゃ……」


「ああ、二つ目の魔装は使わずにな」


 ゾクリと、首筋に寒気が奔った。


 ……いやこれ物理的なやつだな。フィオナがいつの間にか首をさすさすしてる。彼女の手は若干冷たいから、それでゾクッとしたんだ。

 麗剣祭を魔装を温存して勝ち抜いている事には心底驚いたけど、それで寒気は感じないもんな。


 肩、揉まなくていいって言ったよね僕?

 肩というかそこ首だけどさ。さては地肌を的確に狙ってきたな。無言でやるのやめて。


「戦闘用じゃないとか……?」


 僕はとりあえず話が逸れるのを避けるため、フィオナは放置して会話を続ける。


 ……うわなにこれすごい気持ちいい。なんで? 

 さすさすされてるだけなのに何なのこれ。流石にソフィ程ではないが、フィオナはマッサージまでプロ級らしい。


「すげぇ絵面だな」


 レット君が一度こちらをちらりと見て、ぽつりと呟くと再び背もたれに寄りかかった。ガルフさんも片目を開け、深く頷くと再度目を閉じる。


「んー可能性はあるけど、彼の立場を考えると限りなく低い確率だろうねぇ」


 クライスさんだけは、この異常な状態を特に気にした様子もなくゆっくりと首を振った。僕は必死に表情を引き締めながら顎に手を当てる。


 まあ、近衛騎士ならば高確率で戦闘用の魔装を発現させている、か。

 何か使えない理由でもあるのだろうか。僕の魔装のように反動があったり、限定的な条件でしか発動できないとか。そもそも使うまでもなかったという可能性もあるが……それは考えたくないところだ。


「ちなみに、俺は前回の麗剣祭で彼に負けている」


「へ?」


 考えていると、クライスさんがさらりとそんな事を言った。思わず顔を上げると、何故か投げキッスを飛ばしてくる。部屋中を跳び回っているシアラが、実体のないそれを魔装を纏った拳で弾いて通り過ぎていった。

 色々と衝撃を受けた僕は、眉根を寄せて目を瞬かせる。


 とりあえず、ツッコむのはやめておこう。もはやどこにツッコめばいいのかわからないからだ。


「クライスさんが、負けたんですか?」


「ああ、ん完敗だったねぇ」


 訊ねると、彼は懐かしむような瞳で答える。ん完敗だったらしい。


 しかし、信じられないな……あのクライスさんに魔装を温存しながら勝つなど。

 いくら一年前の事とはいえ……これは、思っていたよりもずっとマークハイムさんはやばそうだ。


 ……少し作戦を変えるか。


 そう思いながらちらりとテセアの方を見ると、お菓子を食べきっていた。満足そうにお腹を擦っている。歯磨きはちゃんとするんだよ。


「ノイル、《伴侶(パートナー)》使おうか?」


「いや、大丈夫……」


 ノエルが可愛らしく小首を傾げて訊ねてくる。不正の提案をする時の笑顔じゃない。

 第一、どうやってバレないようにするつもりなのだろうか。訊いてくる辺り何か策があるのだろうが、怖くて訊けなかった。


「ん俺は正直なところ堅崩流が好きではないけれどねぇ……彼は例外かな。剣の技量も含め、彼の堅崩流は、ん美しい。他とは別物だね」


 クライスさんはどこか憂いを帯びたような、優しげな目つきでそう言った。

 やはり彼は、堅崩流に何か思うところがあるらしい。シソウ流とは全くタイプが逆だからなのだろうか。それとも、過去に何かあったのだろうか。


 今度、訊いてみるのもいいかもしれない。

 まあ多分、いつもの態度ではぐらかされるだろうけど。


「こんこんこん、こんこんこん」


 そんな事を考えていると、扉の方から平坦な声が聴こえてきた。毎度思うが、何故ソフィは口で言うのだろうか。ユーモアなのだろうか。今度彼女にも訊いてみよう。多分趣味って返ってくるけど。


「ソフィ、入っていいよ」


 別にノックを……しているのかは微妙だが、律儀なソフィに僕は声をかける。

 少しの間を置いて、自身の身の丈よりも何か大きな荷物を背負った彼女は部屋へと入ってきた。


 エルの元へと行っていた筈だが、あの荷物は何だろうか。

 ソフィはしばし入り口付近に立ったまま、部屋の中を視線だけ動かし眺め、手をぽんと打った。


「ソフィーフラッシュ」


 そして、腰を曲げて目の横にピースサインを掲げる謎のポーズを決めながら、謎の言葉を言い放つ。

 僕には彼女がこのカオスな部屋を見て、何を理解したのか理解できなかった。


 一瞬、部屋中の視線がソフィに集まる。


「ふぶっ」


 と、同時に僕は何か熱く柔らかなものに包まれ視界を塞がれた。

 しっとりと、少し湿った感触に、僅かに汗のような匂いが混じった爽やかな甘い香り。


「ああああああああああッ!!」


 瞬間、明らかなシアラの絶叫が部屋に響き渡る。


「はぁはぁ、ははっ、やったわ!」


 続いたその吐息混じりの声を聞いて、僕は自身に何が起こったのか理解した。

 多分、シアラの隙を突いたミーナが僕に抱き着いてきたのだ。あれだけ動いていたのだから、そりゃ汗もかくだろう。おそらく、僕は今彼女の胸元に顔を抱きしめられている。


 と、いう事はだ。


「ッ!! 何でしっかり抑えて置かないんですかッ!!」


 ほうら瞬時にフィオナが動いた。何が起こっているのかは見えないが、間違いなくミーナを引き剥がしにかかっている。


「うるさい! 魔装が消耗してなければこんな猫!!」


 ごめんねシアラ。魔装削ってごめん。


「ちょっとそれはお痛がすぎるかなぁ」


 ダメだノエルも動いた。


「邪魔なんだよクソゲロビッチ共がぁ!! マジでいい加減死ねッ!!」


 アリスがブチ切れた。


「へへ、えへへ」


 多分ミーナは皆から酷いことをされているのに、何で幸せそうに笑ってるんだろう。


 もうこの空間はだめかもしれない。


 鼻腔いっぱいにミーナの香りが広がり、もはや彼女の汗なのか僕の額から流れる汗なのかわからない状態になって頭がクラクラしてきた。


 どうすればいいんだろう。


「クライス様、ご入用になるかと思い、こちらをお持ち致しました。間に合わせですが」


「ああ……これはこれは……うん、充分だ。んー! 気が利くねぇ! ありがとう! お礼にハグをあげよう!」


「結構です」


「ンナッハッハッハッ!」


「なあ、俺たちもう帰っていいんじゃねぇか?」


「諦めろレット、これがあいつに協力するってことだ」


 とりあえずもがいていると、そんな会話が聴こえてきた。


「オーケー! それじゃあ行こうかマイフレンド!」


 呼吸困難で意識が何処かに行こうとしている僕に、クライスさんが高らかに声をかける。

 今部屋がどんな状況なのか、もう僕にはわからない。


「さあ! 明日に向けて、ん特訓だ!」


 僕はその声を聴いて、今からん特訓する事だけは理解したのだった。







 翌日、僕は円形闘技場の通路で昨夜の事を思い返していた。

 ミーナの暴走により引き起こされた惨状の事ではない。その後のクライスさんとの特訓の事だ。


 通路の先――闘技場ではベルツ・マークハイムさんが高らかな声を上げている。


「予選を勝ち上がった者、招待状を受け取った者、ここに集う戦士たちは、栄えある麗剣祭の歴史に名を刻む者たちだ! その誇り高き名に恥じぬ輝きを放ち戦うことを、選手たちを代表してここに誓おう! さあ、時は来た! 我らが武勇の幕を開けよう!」


 まあ所謂、麗剣祭開始の宣誓みたいなものだろう。前回優勝者は大変だ。

 カエ・ルーメンスは優勝しても来年あんな事はやらないよ。やらない。


 そう思いながら、僕は熱気を上げて盛り上がる会場と、マークハイムさんを見ていた。


 彼はもう見るからに騎士然とした容貌だ。後ろで纏めた銀色の髪に鋭く力強さを感じる鈍色の瞳。精悍な顔立ちに高い身長と鍛え上げられた身体。ピンと伸びた背筋。

 うん、完璧だ。完璧な騎士だ。オーラが違う。


 僕のような人間には絶対に纏えないオーラを放っているようにしか見えない。簡単に言えば、威圧感が凄かった。

 しかし同時に、見ているだけでこの人になら全てを委ねられるという安心感を与えてくれる頼もしさだ。明確に人としての格が違う。


 果たしてカエルが同じ舞台に立ってもいいのだろうか。それだけで無礼に当たる気がする。


 しかし、僕はそんな迷いを断ち切って、会場がやや静まったタイミングで闘技場へと足を踏み出した。


「出てきたぞ!」


「カエ・ルーメンスだ!」


「死ね!!」


 

 ……死ね?


 再び会場が湧き上がり、何か不穏な言葉が耳に届いた気がするが、僕は努めて平静を装いながら中央付近に居るマークハイムさんへと歩み寄る。


 そして、一定の距離を置いた所で立ち止まった。


 同時に一度目の鐘の音が鳴り響き、地面が客席の高さまでせり上がっていく。


 予選の時とは違い、本戦はより広い足場が一つだけだが、ルールは殆ど同じだ。場外に落ちるか戦闘不能になれば負け。ギブアップもあり。


 しかし……鎧か。

 マークハイムさんは兜はつけていないが、鎧を着ている。あれはありなのか、先に言ってよ。いやまあ、殆ど衣装のようなものなのだろうが。

 本戦の戦いに普通の鎧など意味をなさない。


「魔装――《矛盾を抱える大盾(イモータルブレイカー)》」


 そう思いながら相手を観察していると、マークハイムさんは自身の身体を覆う程の盾の魔装を発現させ、その中央に納まっていた長剣を引き抜く。


 肌がひりつくほどの威圧感と重厚感を漂わせて、彼は右腕に盾、左手に剣を構え、どしりと腰を落として構えを取った。


 ……なるほど、これはまともに殴り合ったら死にそうだ。


「魔装――《影の狩人(カゲノカリュウド)》」


 僕は少し弱気になりながらも、魔装を発動させて暗色の衣を纏い、フードを被って口布を上げた。


 そして、ちらと円形闘技場の外壁の上へと視線を向ける。


 そこには――昨日のようにあの人が居た。


 まったく……しっかり観てるんだもんなぁ。

 

 これで情けない戦いを見せたら、何と言われるかわかったものじゃない。


 気合を入れ直した僕は、口布の下で自然と口角が上がるのを感じながら、腰から短剣を抜いて逆手に構えた。


 同時に、せり上がっていた地面が止まり、下方には水が流れ込み始め、客席との間には結界が展開される。


 さて、どれ程の人がマークハイムさんの勝利を期待しているのかは知らないが――汚属性らしく皆の期待を裏切らせてもらおう。


「カエ・ルーメンス」


「あ、はい」


 心の中でかっこつけたところで、彼に声をかけられた。恥ずかしい。


「胸を借りる」


「あ、はい?」


 首を傾げていると、開戦を告げる二度目の鐘の音が鳴り響き、僕は慌てて構えを取り直す。しかし、マークハイムさんに動く気配はない。


「全霊を賭して、相手をさせてもらおう」


 代わりに――彼のマナが膨れ上がったかのような感覚を覚える。


「魔装――《騎士の誇り(ナイツプライド)》!!」


 呆気に取られる僕の前で、マークハイムさんは初手から謎に包まれていた第二の魔装を発動させるのだった。

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