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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
五章

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195 止まぬ攻勢


「あー……」


 エルのご両親とのディナーを終えた僕は、『ツリーハウス』のベッドの上ででうつ伏せになっていた。


「あー……」


 口からは勝手に力ない声が漏れてくる。


 フィオナともエルとも、僕はどうやら結婚しなければならないらしい。流石の僕でも、もはや全く逃げられる気がしなかった。

 一体どうすればいいのだろうか。まーちゃんに何と説明したらいいのだろうか。

 決して二人が嫌だというわけではない。いや、だからこそ僕はダメなのだろうが……どうしてこうなった。


 そもそも、二人と結婚するなどできるわけがない。あの二人はお互いに絶対に許容しないし、いくら汚属性の僕でもそこまで堕ちるつもりはないのだ。しかし状況的にそうせざるを得ないときている。もしかしたら僕は、自分が思った以上にとっくに取り返しのつかない状況だったのかもしれない。


 でも……それでも僕は悪くない。

 フィオナについては百僕が悪いが、僕は悪くない。

 そう、悪いのは全部『魔王』だ。


『魔王』に狙われているかもしれないという事実が明らかになった事で、皆の積極性に拍車がかかったように感じる。つまり『魔王』の責任だ。僕に責任はない。


 ………………うん、そういう事だな。


 絶対にそういう事ではないとわかっていながらも、僕は『魔王』に全ての責任を押し付ける事にした。

 もう絶対に許さないぞ! 『魔王』め!


 多分、というか間違いなく僕はクズだ。


 もう少しだけでも誠実に皆と向き合っていれば、何か変わっていたのかもしれない。二人に結婚の確約を取られるという、わけのわからない事態は回避できたのかもしれない。でも無理だよ。だって僕だから。


 くそぅ! 『魔王』め!


「あー……」


 また口から勝手に声が漏れる。おかしいな、悪いのは『魔王』なのに。


「……明日は、ミーナとアリス……それからシアラか……」


 枕に顔を埋めたまま、僕は力なく呟いた。


 皆の用事に付き合うと言ったのは僕だが……大丈夫なのだろうか。

 今日の経験から考えると、今以上に状況が悪化する気しかしない。

 シアラは単に妹に付き合うだけなので問題ないが……アリスと、最近のミーナも不安だ。


 しばし頭を悩ませていた僕は、やがて一つの結論を出した。


 もう考えるの、やめよ。


 いつまでも悶々と悩んでいたって仕方ない。

 もうなるようにしかならないだろう。


 まあとにかくあれだよ、『魔王』の件が片付いたらまた悩めばいい。まずは奴をどうにかしなければ。

 くそぅ! 『魔王』め!


 気持ちを強引に切り替えた僕は、ごろんと仰向けになり、カラフルな天井を眺める。


 こんな時店長が居れば、憂さ晴らしに変な髪型にしてやるのに。本当にあの人は何をしているのやら。まったく仕方ない人だ。

 次に会った時は、とりあえず辛い物食べさせてやろう。


「ふにゃ……おいしい……」


 ぼーっと天井を眺めていると、ソファで眠っていたテセアから何やら寝言が漏れた。かわいい。


 しかし……今は眠ってもらっては困るのだが、一体いつの間に寝てしまったのだろうか。この部屋に来たときから若干眠そうではあったけど。僕が「あー……」と言っているだけだったので暇だったのかもしれない。


 彼女は今は僕と同室ではなく、シアラと同じ部屋だ。ちょうど一室空いたので、僕がそちらに移った。


 この部屋はそう――元はエイミーが利用していた部屋である。彼女は日中の内に『ツリーハウス』を出たらしい。まあ……あれだけ酷い言葉をかけられたのだから、当然だろう。


 ただ、僕とテセアが利用していた部屋の扉の隙間には、おそらくエイミーが残した「ごめんなさい」という一枚の紙が挟まれていた。


 今も彼女が友剣の国に残っているのかはわからないが、『魔王』の件が片付いたら、僕もエイミーに謝ろうと思う。


 別室となったテセアが何故僕の部屋に居るのかだが、監視役兼制止役である。

 これから行われる行為は少々危険を伴うため、ストッパーとして中立の立場であるテセアが派遣されたのだ。


 彼女だけはそれぞれの用事が終わるまで互いに干渉しない、という取り決めから外れている。故に今テセアはここに居るわけだが――


「ふふ……おにい、ちゃん……」


 かわいい。

 違うそうじゃない。


 僕は思わず綻んだ顔を引き締め、頭を振った。


 寝てるな。完全に寝ちゃってるなこれ。可愛いけど、ストッパーとしては絶対に機能しないな。偲びないが、とりあえず起きてもらうことにしよう。


 僕はベッドから下り、幸せそうな寝顔を浮かべているテセアに歩み寄って肩を揺する。


「テセア、テセア」


「ぷふ……ぷふふぅ……」


 しかし、起きない。

 テセアがよくやる頬を膨らませる笑い方を、眠りながらやっている。よほど楽しい夢でも見ているのだろう。少し強く肩を揺すってみても、そのまま笑い続けるだけだ。


 困ったな。可愛すぎる。 

 いや違うそうじゃない。


 癒やされそうになった僕は、再度頭を振った。


 テセアは元々寝起きはあまり良くないが、ここまで起きないのは少し妙な気がする。よほど疲れていたのだろうか。確か彼女は今日……んん?


 ……もしかして同じ宿に泊まっているのだから、ノエルと夕食を共にしたのだろうか。


 それは……まずい。

 何がまずいのかはわからないが、何かがまずい。

 嫌な予感がする。


 テセアは食事に対する警戒心が非常に薄いのだ。

 見たことのない食べ物を出されれば、まず味をみるまでは《解析(アナライズ)》を使用することもない。

 いや、本来ならばそれで何も問題はないし当然なのだが……まずいぞ。


 心地よさそうに眠り、起きないテセア。

 本来ならストッパーとなるはずだった彼女は、今や何の役割も果たせないだろう。


 と、その時部屋にノックの音が響き渡り、僕はびくりと身を震わせた。


「ぷふふ……」


 一度テセアの小さな笑い声が聞こえ――


「ノイル、来たよ」


 約束だった時間に、彼女は現れた。

 いつも通りの、人好きのする笑顔を浮かべて。


 扉を開き部屋に入ってきたノエルは、後ろ手でしっかりと鍵をかけた。


「あれ? テセアちゃん、寝ちゃってるね」


 そして、彼女はくすりと笑い可愛らしく小首を傾げる。何故だかその笑みに、僕の背には冷たいものが奔り抜けた。

 だらだらと冷や汗が流れ落ちてくる。


「んー……どうしよっか。起こすのも可哀想だよね?」


「あ、はい」


 顎に指を当てて、考え込むようにしながらこちらへと歩み寄ってくるノエルに、僕はこくりと頷いた。


 起こすの可哀想というか……起きないんだよね。


 気持ち良さそうに眠っているから大丈夫なんだろうけど……もしかしてノエルさん、何かやりました?


「あの……ノエルさん」


「ん? なに?」


 優しげな手付きでテセアの頭を撫でる彼女に訊ねようとすると、笑顔で首を傾げられる。


「いえ……何でも、ないですはい……」


 その笑顔が怖い程に綺麗で、僕は顔を逸らしてそう言うしかなかった。本能が訊いてはいけないと告げていた。世の中には知らない方がいい事もある。


「ふふ、変なの」


 今変なのはこの部屋の状況だと思うんだよね。おかしいんだよね、テセアが起きないの。


 くすくすと笑っていたノエルは、再び顎に一本指を当てる。


「それにしても……困っちゃったね」


「あ、はい」


 本当にね。何でだろうね。

 ノエルさんテセアがなんで眠っちゃったのか知らない?


「どうしよっか?」


 ノエルは再度そう訊ねてくる。どこか仕草が色っぽいのは気のせいだろうか。彼女を直視する事ができず、僕は顔を逸らしたままぽつりと答えた。


「…………テセアが起きるまで、待とうか」


「うーん、これは朝まで起きないと思うよ? これだけ気持ち良さそうに眠ってたら。ね?」


「あ、はい」


 ノエルさんがそう言うのなら、テセアは朝まで起きないのだろう。ノエルさんの言葉は信用できる。


「ね? どうしよっか?」


「…………」


 三度訊ねられ、僕は悩みに悩んだ末、力なく肩を落とした。


「……まあ、始めようか」


「え? いいの?」


 ノエルが嬉しそうに、花が咲くような笑みを浮かべる。僕は彼女には敵わないと悟った。


「うん……」


 どちらにしろ、ノエルには血をあげておかなければならないのだ。それに、僕が今この場で思いつくような手など既に対策済だろう。下手に逃げ道を探すよりも、大人しくノエルの望み通りにするほうが賢明だ。


「やったぁ、ありがとうノイル!」


「まあ、約束だったしね」


 だから僕は、そう言ってクールな笑みを浮かべておいた。もうなるようにしかならない。

 覚悟は決めた。僕があの快楽に耐えきれればそれで済む話だ。自信はない。


「じゃあちょっと待っててね、直ぐに準備するから」


「うん?」


 彼女はウキウキとした様子でそう言い、近くのテーブルにマナボトルの空き瓶と、口の広い器を置いて、何故かバスルームの方に消えていった。


 ……血を吸うだけだよね? 

 何でバスルームに行く必要があるんだろう。ノエルは一体何をする気なのだろうか。もう僕には理解が及ばない。


 テセアの微かな寝息が響く部屋で、僕は彼女にクールに笑いかける。


「たすけてテセア」


「ぷふふぅ……」


 返ってきたのは楽しそうな笑い声だった。

 本当に、どんな夢を見ているんだろう。いいな、僕もその世界に行きたい。


 そのまましばしの間、妹の寝顔を眺めながら現実逃避していると、ノエルが戻ってきた。


「えへへ、おまたせ」


 何故か服を脱いだ下着姿で。


 …………………………?


 ???


 …………うん……?


 これは現実か?


 彼女は白地に花の刺繍が施された下着姿で、両腕で少し身体を隠すようにしながら僕の前に歩み寄ってくる。

 その顔は真っ赤に染まっており、照れくさそうな笑顔を浮かべていた。


 なるほど。


 僕はきっといつの間にか、ノエルを待つ内にテセアと一緒に寝てしまったのだろう。

 ここはきっと夢の世界だ。


 まったく、テセアは夢の中でも寝てしまうなんて可愛いな。


 さて、そろそろ起きなきゃ。


 僕は身体が吹き飛ぶ勢いで、左手で自分の頬を打った。


「べむッ!!」


「ノイル!?」


 勢い良く床を転がり、ノエルが目を見開き悲鳴のような声を上げる。

 そのままベッドにぶつかり止まった僕は、不思議な現象に首を傾げた。


 おかしい……滅茶苦茶痛いのに目が覚めない。しっかりと頬はじんじんズキズキと痛むし、鼻血も流れているのにだ。


 不思議な夢だなぁ。


 僕は衝撃が足りなかったと、もう一度左手を振り上げ――


「何やってるの!」


 駆け寄ってきたノエルに左腕を掴まれた。

 本当に不思議な夢だ。彼女がまだ下着姿だもん。


「いやちょっと現実に帰ろうと」


「ここは現実だよっ」


 ははっ。ノエル、さては知らないな?

 夢を見ている人は皆そう言うんだよ。


「ノエル、手を離してくれないとノエルに会いに行けないよ」


「目の前見て、ノイル」


「君は僕の煩悩が創り出した幻影なんだよ。煩悩なんてあるから鼻血が出るんだ」


「私は紛れもなく本物だし、鼻血が出たのは物理的な現象のせいだから」


 ……?


 本物?


 つまりここは夢ではなく現実で、今僕を心配そうに下着姿で見つめているノエルは、僕の下賤な欲望により誕生した悲しい存在ではない?


 本物らしい彼女は、僕の頬にそっと両手を添える。


「ごめんね、びっくりしちゃったんだよね。痛かったよね」


 そして、未だ流れている僕の鼻血を――舌で舐めとり拭った。


「ん……」


 艶めかしいとしか言えない感触に、僕は馬鹿みたいに目を瞬く事しかできない。

 しかし、これ程の衝撃を受けて目が覚めないということは、これは夢ではないのだろう。


 僕は呆然と、唇をぺろりと舐めた下着姿のノエルに訊ねた。


「え、何で脱いだの……?」


 今更な、されど純粋な問いに、僕の前でかがみ込んでいる彼女は照れたようにはにかんだ。


「ほら、私ばっかりもらってばかりじゃ、あれでしょ?」


 どれだろう。というより、非常に目のやり場に困る。どうやら恥じらいは間違いなくあるらしく、ノエルは両手で身体を抱くように申し訳程度に隠しているが、それがまた……何を見ているんだ僕は。


 完全に我に返った僕は、慌ててノエルから視線を逸らした。


「だから、私からも何かお返ししなきゃって思って」


「べ、別にいいよ……何も返さなくて」


 僕はこれまで散々彼女には世話になっている。要らないです。だからお返しなんて要らないです。


「だめだよ。ノイルは良くても、私は良くないもん」


「……そっか」


「うん」


 喉がカラカラに渇いている。訊かなければならないが、その答えを聞きたくなかった。

 だが、僕は精一杯の勇気を振り絞り、恐る恐るノエルに訊ねる。


「その、お返しって……」


「うん、私」


 あまりにもあっさりと、ノエルさんはそうおっしゃられた。


 ですよね。流石にね、僕も状況から推測くらいはできてましたよはい。


 ………………何がどうなったらそうなるんだ。


「ぷふ……ぷふふ……」


 何も言えずノエルを見ることもできず、だらだらと冷や汗を流していると、相変わらず楽しい楽しい夢を見ているらしいテセアの笑い声が聞こえてくる。


 その世界、僕も今すぐ行きたいなぁ……。


 僕は視界の端に映る彼女の幸せそうな寝顔を見て、改めてそう思うと同時に、何故こんな状況になってしまったのか思い至る。


 くそぅ! 『魔王』め!


 そして心の中で諸悪の根源に、悪態をつくのだった。

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