表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/278

17 ワル

 

 触手が出てきた穴を伝った先には驚く程に広大な空間、大空洞が広がっていた。

 僕が飛び出してきた穴はもはや遥か高くにあり、届かないこともないだろうが、地上に帰るだけでも一苦労しそうだ。

 壁や天井は剥き出しの土に見えるが、どうやらちょっとやそっとのことでは崩れることはないように思える。よくこんなものを造ったものだと少し感心してしまった。

 しかし、今は帰りの心配よりもだ。


「ッ……! ノエル!!」


 大空洞の中央付近、そこに倒れているノエルを見つけ僕は急いで駆け寄った。

 抱き起こし、息を確認する。


「良かった……生きてる」


「ぅ……ノ、イル……?」


 僕がほっと胸を撫で下ろすと、ノエルが弱々しいながらも声を上げる。


「こ、こは……ぃッ!」


 徐々に意識を取り戻し始めたノエルは、痛みに耐えるように顔を歪めた。

 慌てて彼女の身体を確認し、僕は顔を顰める。


 両手両足の骨が、折られている。

 逃げられないようにするためだろうか。いや、これはおそらく――


「怪我をしてるほうが、庇いづらいからか……」


「ぇ……?」


 小さく呟いた僕の言葉は痛みを耐えるノエルには聞こえなかったようだ。それでいい。

 胸糞悪い話だが、敵はノエルを僕への枷として使ったのだろう。僕は汚属性だからな、それくらいわかる。思考が悪役よりなんだ。

 だが、だからと言って許せるものではない。


 僕は《狩人》の魔装(マギス)を解いた。そして再びマナを練り上げる。


「魔装――《癒し手(いやして)》」


 右手へと淡い光が集まり、薬指に一つの指輪が出現した。


「わ、たしは……いいから……逃げ、て」


 弱々しく、それでも僕へと気丈にそう言ったノエルに笑いかける。


「まだ、ノエルに何とかしてもらってないからね」


 あの言葉の意味は未だにわからないが、僕は自分のために誰かが何かをしてくれるなら喜んでそれを享受する男だ。僕にとってプラスになることに限るが。

 だから、ノエルはここには置いていかない。


 泣き笑いのような表情を浮かべるノエルの前に、飾り気の無い金色の指輪が嵌った手をそっと翳した。

 僕のマナが《馬車》の比ではない程一気に削られ、一瞬目眩で倒れそうになるが、ぐっと奥歯を噛んで堪える。

 それと同時にノエルの折れた両手両足を、金色の光が包み込み浸透していく。


「……あ、れ? 痛く……ない……?」


 ノエルが驚いたような表情を浮かべ、自分の手を持ち上げる。僕はそれを確認するとその場に尻餅をついた。


 魔装――《癒し手》は、僕が子供の頃、妹の怪我を治すために創り出した魔装である。別に大した怪我でもなく日常の切り傷程度だったが、当時の僕はいい兄であろうとしていたので、その思いが偶然にも魔装へと繋がったのだろう。


 この魔装の力は単純に治癒の力である。一回の使用で僕のマナをほとんど使う代わりに、対象の傷を癒やすというものだ。自分には使えないし既に手遅れのような傷には効果がないが、骨折程度ならばどうにかなる。


 マナの枯渇により震えて力の入らない手で、何とか腰のポーチからマナボトルを取り出すが、蓋を開けるのに苦労してしまう、そのうち視界がぐにゃりと曲がった。


 あ……ダメだ――――


 そう思ったところで、口の中に家庭の味が広がる。

 霞む視界で確認すると、ノエルが僕を支えてマナボトルを飲ませてくれていた。


「これで、大丈夫?」


 僕は心配そうな表情を浮かべる彼女に何とかマナボトルを飲みながら頷く。

 徐々に手足に力が入るようになり、一本飲み干す頃には身体は重いが視界も定まってきた。


 しかし足りない。

 僕がもう一本取り出そうとすると、動きの鈍い僕の代わりにノエルが飲ませてくれる。可愛らしい女の子が手ずから飲ませてくれようと、家庭の味なのは変わらないが。


 二本目も飲み干し、万全とはいかないが立ち上がれるようにはなった。流石はお高いマナボトルである。三本目を飲みつつ立ち上がって軽く肩を回す僕にノエルが訊ねた。


「さっきのあれって……?」


「魔装だよ。だけど詳しく話してる暇はなさそうだ」


 僕はマナボトルを口に咥え、ポーチから光を放つ石――照明石を取り出し辺りにばら撒き、そのまま中身のなくなったマナボトルを吐き捨てる。


 小石程の照明石はその身に似合わぬ程の光を放ち、大空洞内を照らしてくれた。

 僕にはあまり必要がないが、ノエルにはまだ暗闇で動くのは簡単ではないはずだ。付き焼き場の視力の強化で何とか見ていたようだけど、先程現れたこいつには気づいていなかった。


「スライム……」


 敵の出現に気づいたノエルがそう声をあげる。


 それはただの一匹のスライムだった。

 何の変哲もない、何処にでも居るような、子供に弄ばれるあれだ。

 一見すると昨日の大量のスライムの内の生き残りにしか見えない。

 しかし、僕にはわかる。


「ノエル、下がって。あれはさっきのあいつだ」


「えっ!?」


 ノエルが驚いたように声を上げる。

 僕は油断せず、背へと彼女を庇った。


「わかるよ、僕だってそうやって油断を誘うだろうからね。まったく――――」


 マナボトルを飲みながらスライムへと僕は語りかける。そう、汚属性の僕は考え方がどこかこいつと似ているからわかるのだ。だけど絶対に相容れない。

 だってこいつの属性は間違いなく――


()だね」


 僕はそう吐き捨てると空のマナボトルをスライムへと投げつけた。一瞬スライムが凶悪に歪んだように見え、次の瞬間にはマナボトルはスライムへと届く前に真っ二つに割かれた。無害にしか見えないその醜悪な魔物から伸びる触手によって。


 やはりだ、狡猾で嫌な相手である。

 むくむくと膨張するようにその姿を変え始めたスライムを見て思う。


 だけど、こいつは失敗した。

 僕を確実に仕留めたいのならば、先程マナが枯渇した瞬間を狙えば良かったのだ。余裕なのか慎重すぎるのか。おそらくはどちらもあるだろうが、やはり後者のほうが大きいように思う。


 地上で僕が想定外であろう動きを見せた時も、こいつはすぐに手を変えた。僕の華麗すぎた動きも原因だろうが、主な理由はその慎重さだろう。

 もし僕がすぐにノエルを抱えて逃げていれば、多分こいつは襲って来ていた。だがそうしなかったのは僕が新たな力を見せたからだ。


 弱った僕を襲わなかったのも、まだ僕に何か隠し玉があるとでも思ったんじゃないか?

 それとも、弱った演技の可能性があるとでも考えたか?

 残念ながら、ただ弱ってただけなんだこれが。人は見た目によるんだよ。


 まあ間違ってはいない判断だろう。

 だけどその慎重さはもはや臆病とも言える。お前は最大のチャンスをみすみす逃した。


 臆病なのは悪いことじゃない。けれど、それならば今回は僕の前に出てくるべきではないだろう。

 未知の力を警戒していたにも関わらず、何故僕の力を見極める前に姿を見せたのか。


 おそらくはこいつも焦っているのだ。


 本来ならば僕をとっくに仕留めていたつもりだったのではないか? 

 まあ、焦る気持ちもわかるよ。あまり時間をかけると来ちゃうかもしれないもんな。

 昨日のお前の仲間、いや手駒かな? それともお前の一部だったりするかな? いずれにせよ、そいつらを一瞬で全て潰してしまったあの人が。


 何故僕を狙うのかは不明だが、どうやらこいつが店長と僕が合流する前に勝負を決めたがっているのなら、僕は全力で時間稼ぎをしてやる。


 こいつはまだ僕の手札を全ては知らない。その力をはっきりと見せたのは《狩人》と《癒し手》だけだ。


 どちらもおそらく既に把握されている《馬車》よりはまともな魔装だが、確かにノエルを守りながら戦うには相性が悪い。そもそも《癒し手》は戦闘用じゃないし。


 だから――もう一つ、魔装を見せてやろうじゃないか。


 元々僕は保守的な戦いのほうが得意なのだ、逃げや守りに徹した僕を舐めてもらっては困る。非常にかっこ悪い気もするが、幸い僕にプライドはない。


「え、きゃっ!」


 僕はノエルを片手で抱き寄せると、肥大を続けるスライムから跳び退り、右腕を前に翳す。

 マナを練り上げ、イメージするのは盾だ。


「魔装――《守護者(しゅごしゃ)》」


 僕の周りから光を帯びた半透明の灰色の盾が十枚浮かび上がる。これらは一枚一枚を別個に操作でき、組み合わせ形状を変化させることで、防御力を底上げしたりもできる守りに特化した魔装だ。


《守護者》は《癒し手》と同じく、子供の頃、野良犬から妹を守ろうとした際に発現した魔装である。

 多分、盾が沢山あったらどんなことからも妹を守れるのに、という僕の単純すぎた願いが元になっているため複数枚の盾が生まれたのだ。

《癒し手》同様子供のイメージらしく実にシンプルな盾だが、その防御力はドラゴンのブレスすらも防いだ実績がある。


 しかし操作が非常に難しく、かなり神経を使う上、この魔装を使用している間は僕は一歩も動くことはできない。前者は店長の遊びに付き合ったおかげでそれなりの精度になったが、動けない以上、相手に攻撃することも逃げることもできないので本当に守ることだけの魔装だ。守りたい、という願いが元になっているため、当然盾を操作して相手にぶつけても全くダメージにはならない。

 燃費がいいわけでもないのでマナボトルがなければ、普通に消耗戦でも負けると思う。


 これは誰かと一緒に居るときに使うか、そうでなければ本当に最終手段の時間稼ぎ用の魔装だと割り切っている。

 使い勝手がいいわけではないが、《馬車》よりは遥かにマシだ。


「よ、四つ目……ノイルって一体……?」


「あー……うん、僕にも良くわからない」


 既にノエルの前で四つの魔装を使っている僕だが、何故それほど魔装を扱えるのかは自分でもわかっていない。才能があった、という単純な言葉で片付けてもいけない気がする。


 そもそも本当に才能があるのなら、魔装を二つ発現させた者が必ずと言って習得する魔装の同時発動が僕にもできるはずだ。それこそが魔装を複数扱える最大のメリットと言ってもいい。しかし、僕はそれが出来ない。

 これだけ魔装が使えるのに、世の中不思議なものである。


 加えて、魔装が二つ以上使える者はマナの保有量が多いのが普通だ。普人族にもかかわらず魔人族を超えるマナを持つ者いる。うちの妹とか。

 対して僕だが、魔装を発動する度マナボトルをがぶ飲みしてることからもわかるように、ぎりぎり平凡かそれ以下しかない。


 どう考えても才能があるとは思えないのに、何故か魔装は複数扱える。僕の心の器が規格外に大きいせいかな? 

 広い心を持つのって大事だよね。


 とまあ冗談は置いておいて、僕は生命線であるマナボトルの本数を確認する。地上で二本、ここに来てから既に四本消費してしまっていた。完全に金食い虫であるが、店長のお金だから良しとしよう。


 残りは四本……はっきり言って心許ない。

 しかし大丈夫だ、《守護者》の魔装は確かにあまり燃費は良くないが、盾を組み合わせたりしなければ店長が来るまでは何とか保つだろう。

 地上で見た触手程度の攻撃なら大丈夫だ。

 相手がドラゴンほど強力な攻撃をしてこない限りは――――


「…………」


「……竜?」


 マナボトルの確認をして再び顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、肥大し、変体を終えたスライムの姿だった。

 黙りこくる僕の腕の中で、ノエルが呆然としたように呟く。


 その姿は、明らかにスライムではなかった。


 全身を鱗が包み込み、背には一対の巨大な翼。鋭利な鉤爪の備わった逞しい四本の足に強靭な尻尾。全てを噛み砕けそうな牙、爬虫類を思わせる瞳。

 それら全てがスライム特有の青透明な体液で出来ており、身体の中にはところ狭しと複数の核が蠢き、カエルのたまごのようで非常に気持ち悪い。


 しかしその威容はどう見ても――


「ドラゴンじゃん」


 スライムドラゴンとか新種かな? と思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ