177 カエ・ルーメンス
「はー……」
「ふわぁー……」
「ひゃー……」
友剣の国に辿り着いた僕、テセア、エイミーは口をぽかんと開けて間の抜けた声を発していた。
というのも遠くからも見えてはいたのだが、都市の中――おそらく中心に、空高く聳える巨大な両刃の直剣が突き刺さっているからだ。イーリストの採掘者協会の建物よりも、大きく高い。
正確には剣ではなく、それを模した建物のようだが、いざ都市に近づくと圧巻である。
友剣の国の象徴なのは知っていたが、初めて目にした者は例外なく僕らのように目を奪われる筈だ。
それだけではなく友剣の国は都市の外壁に加え、よく見ればドーム状の薄い膜のようなものに覆われているのがわかる。おそらく都市全体を隙間なく覆っているのだろう。これが噂に聞く悪意を持った者を通さない結界なわけだ。
イーリストの国王が使用する魔装――《守護結界》から着想を得て、幾人もの創人族たちの手によって創り上げられた魔導具の結界。常時展開されているそれは、一体どれ程の強度を持ち、どれだけのマナストーンを使用したのだろうか。僕には想像もつかない。
友剣の国は自らが武力を保持しない代わりに、イーリスト、ネイル、キリアヤムの保護を受け、強固な結界に護られる事で平和が保たれているのだ。
「ランクC採掘者、『精霊の風』のソフィ・シャルミルです。こちらの方々は採掘者ではありませんが、ソフィが身元を保証いたします」
ソフィが剣の模様が刺繍された制服を着た門番の人に、ポシェットから取り出した一枚のカードを見せる。初めて見たが、あれは確か偽造不可の採掘者証明書だ。本人のマナだけに反応して情報が浮かび上がるらしい。もっとも、魔導具で数の用意できないそれが与えられるのは、ランクC以上からだけだそうだ。
「ああ、お話はエルシャン・ファルシード様より伺っております。どうぞお入りください。……と言いたいところなのですが、念の為に身分証とお名前の確認だけ」
門番の人は困ったような表情を浮かべる。多分、イーリストの騎士団から派遣された人だろう。他にも同じ制服を着た魔人族の人や獣人族の人が複数人配置されており、中には採掘者も混ざっているかもしれない。平時から三国と採掘者協会から派遣された人材が都市の警備を務めているらしいが、麗剣祭ともなればより一段と力を入れているはずだ。
「申し訳ありません。『精霊の風』様が保証される方々ならば必要ないとは思いますが、時期が時期でして」
「いえ、構いません。仕方のない事ですので」
「そう言って頂けると助かります」
門番の人は苦笑してソフィに頭を下げる。
大変そうだ。
今も都市の各入り口は観光客が多いのか人でごった返しているし、入国審査をするのも一苦労だろう。
何だかこんな人を騙すのは気が引けてくるな。
そう思いながらも、僕は偽造の身分証を門番の人に手渡した。偽造と言っても本物と変わりないエルが用意してくれた架空の人物の身分証だが。
これがコネの力ってやつだ。名前は僕が考えた。
「お名前は……『カエ・ルーメンス』……?」
「はい、カエ・ルーメンスです。特技は平泳ぎです」
僕は身分証を確認してやや怪訝そうな表情を浮かべた門番の人に、堂々と自己紹介する。
今の僕は面貌が変わっていた。これは店長が貸してくれた仮面型の『神具』の力であり、顔の半分程を覆うそれをつけると、認識を歪ませるのか何なのか、顔がカエルっぽくなる。
店長曰く「何かカエルっぽくなるやつじゃ」らしい。
それだけの効果しかないこの『蛙面』という彼女が命名した『神具』は、今の僕にはうってつけだった。顔が変わればそれでいい。僕の朧気な記憶も捨てたものではなかったらしく、何とも楽に変装手段を得ることができたのだ。やっぱり現存する『神具』って、失敗作かあまり使われなかった物なんだと思うよ僕は。
「そ、そうですか……」
門番の人はやや頬を引きつらせながらも、あっさりと僕にカエ・ルーメンスの身分証を返してくれた。第一の関門を突破した事に、僕は心の中でガッツポーズをし、クールな笑みを浮かべる。
しかしこの顔では少々刺激が強かったらしく、門番の人は更に頬を引きつらせた。
「も、問題はないようですね……お手を煩わせてしまい申し訳ありません。どうぞお通りください」
何でこんな奴が、かの高名な『精霊の風』に身元を保証されているのかわからない。という疑問がひしひしと伝わってきたが、まあ仕方ないだろう。門番の人は悪くない。僕が彼の立場なら間違いなく全く同じ事を思う。
やはりカエ・ルーメンスという名前は少しやり過ぎたかもしれない。インパクトがありすぎて逆に真実味が生まれると思ったのだが、インパクトしか生まないようだ。
しかしもはや変えられないので、僕はカエ・ルーメンスを貫こうと思う。友剣の国にいる間、僕はカエ・ルーメンスだ。
クールな表情で堂々と歩く僕の隣に、テセアが小走りで並び、小声で話しかけてくる。
「結構あっさりだったね、おに……カエルさん」
「入国審査自体は、元より然程厳しいものではありません。結界がありますので」
ソフィがそう言って立ち止まり、僕らも結界の前で止まった。一度振り返ってみると、なるほど確かに門番の人たちはこちらの様子を窺っている。これこそが真の入国審査なのだろう。視線が殆ど僕だけに注がれているような気がするのは、きっと気のせいだ。
大丈夫、僕は悪い事はしているが悪い事をするつもりはない。ただカエ・ルーメンスになっただけなら問題なく通過できるはずだ。そう思いながら一度小さく深呼吸していると、エイミーがぴょんと飛び跳ねて、結界を通り抜けた。
そして笑顔でこちらに振り返り、両手でピースする。
「えへへっ一番乗りですっ!」
素直に可愛らしい。
そうなのだ、度々思うのだがエイミーは普通にしていれば普通に可愛い。明るく元気で人柄も良く、常識を弁えた行動もできる。なのにどうしてああなってしまうのか。
「何で急にカエルになりきってるんですか……?」
遠い目をしていると、彼女が眉をひそめた。どうやらこの表情はよりカエルに近づくらしい。
「エイミーのことを考えてて」
「どういうこと!?」
この旅行の間に僕もエイミーとの付き合いに慣れたものだ。彼女に対しては後手に回ってはいけない。暴走させなければ、常識的な彼女はツッコミに回ってしまうらしい。
「あ、私を食べちゃいたいって事ですね! えへへ」
しかし、こんな風にボケとツッコミを継ぎ目なく流れるように繰り出してくるので、油断してはいけない。
どういう事だろう。さっきの表情は獲物を狙うカエルに見えたってこと?
それってどんな顔?
そんなの向けられて嬉しい?
エイミーは両手を頬に当てて身をよじらせているが、カエルに食べられてもいいのだろうか。僕は嫌だ。
彼女がよくわからない事を言い出した時は、あまり触れないのがベストである。他の皆と違ってエイミーは力技を行使できないので、多少スルーしても問題はない。構わなければ次第に大人しくなる事を、僕はもう知っていた。
万が一ヒートアップしても今はソフィが止めてくれるので、僕は彼女に特に何も言わずにソフィ、テセアと共に一歩踏み出す。
「おぉ」
一瞬何か温かい薄布を通り抜けるような感覚を味わい、僕は無事に友剣の国の結界を越えた。振り返れば、門番の人たちは一つ頷いて僕から視線を外す。問題なしと判断したらしい。カエ・ルーメンスは友剣の国に無事に入国を果たした。
「おもしろいね、これ」
テセアが結界の外側に手を出したり引っ込めたりしながら、楽しそうな笑みを浮かべている。
「さあ! 元気よくいきましょー!」
と、エイミーが手を上げて意気揚々といった様子で歩き出したので、とりあえず僕らはそれに続く。
「へぇ……」
門と結界を越えた先に広がる都市は、どこか不思議な景観に思えた。
イーリストでよく見るような家屋や建物から、ネイル魔導国特有の直線を排した曲線美とカラフルな外観が特徴的なもの、キリアヤム百獣国でよく見られるという動物の形を模したものまで、それだけでなく様々な文化が入り混じっているのが見て取れる。しかしそれぞれが好き勝手に独立しているわけでもなく、雑然とすることなく調和が取れている辺りが不思議に感じるのだろうか。
普通ならとっ散らかりそうなものだが、よくこれだけ混ぜ合わせて綺麗にまとまっているものだと感心してしまう。
イーリストが整然と整えられた美しさのある都市ならば、友剣の国は様々な文化の好きな所を詰め込んだおもちゃ箱のような都市だった。
門から入ってすぐの賑わっている大通りも、様々な人種の人達が歩いている。
綺麗に石畳が敷かれた通りの脇には、等間隔であまり見ない街路樹が植えられていた。
何だったか……確かそう、サクラ……かな?
あれはオウカ国のものだろう。美しいとは聞くが、残念ながら花が咲く季節ではないようだ。
代わりに枝葉や幹には色とりどりの風船が取り付けられている。これはネイルの文化だ。あの国では何のお祭りだろうが、色とりどりの風船をとにかく飾り付ける。理由は知らないが魔導学園に居た頃によく見た。今は麗剣祭というお祭りが近いので取り付けられているのだろう。
出店も多く並んでいるのか、辺りには香ばしい香りや甘い匂い、嗅ぎ慣れない香辛料のような匂いが漂っており、食欲も刺激されてきた。
本当に色んな文化が融合してるんだな。流石は平和の国。不思議で好奇心をくすぐる都市は、子供が見たら大はしゃぎしそうだ。
「ね、ね、おに……カエルさん。全部見て回ろ!」
ほら、テセアの好奇心もくすぐってる。瞳を輝かせて辺りを見回しながら、僕の服の裾をくいくいと引っ張ってくる。カエルさんにとっても新鮮な友剣の国は、彼女からすればそれはもう見るもの全てが興味深いはずだ。
「ひゃー! 一度来てみたかったんですよー!」
そしてもう一人、エイミーのテンションも最高潮になっていた。両手を上げて何故か僕に抱き着こうとしてきた彼女は、間に入ったソフィに顔を押さえられる。
「ふべっ」
ソフィに止められながらもわきわきと手を動かしている彼女を他所に、僕はテセアの頭を撫でた。
「まずは宿に荷物を置いてからだね。その後ゆっくり見て回ろう」
「うん!」
くそう。これで麗剣祭に出ないで済むなら最高なのに。できる事なら、可愛いテセアと何の憂いもなく友剣の国を観光したかった。
と、この世の理不尽を恨んでいると、彼女がはっと目を開き、イヤリングの片方に手を添えた。アリスが話しかけて来たのだろう。
「うん、うん……わかった!」
テセアがアリスと話し終わるのを待っていると、彼女は一度頷き僕を見る。
「義手の試作品ができたって!」
「え?」
そして、笑顔でそう告げ、僕をちょいちょいと手招きした。意図を察して、僕は彼女の耳に自分の耳を寄せる。
「ちょ! それ、そういうのですよ! 距離感! きょーりーかーんー!」
エイミーが何か言っているが、いちいちイヤリングをつけ外しするよりこっちの方が早いのだ。
テセアと殆ど頭がくっつく距離になると、僕の耳にもアリスの声が小さくだが届いた。
『おうクソダーリン、とりあえず使えるもんは出来たぜ』
「早いね、流石」
『クヒヒッ、もっと褒めろ。まあまだ【湖の神域】のマナストーンは使ってねぇし、強度やらに色々問題はあるけどな。ひとまずこいつで様子を見てから、完成品を創るつもりだ』
「え、あのマナストーン使うつもりなの?」
『たりめーだろ。クソダーリンのためだぞ。とりあえず宿に来いや』
「わ、わかった……」
アリスとの話を終えて、僕はテセアから離れる。すると彼女はにこにことした笑みを向けてきた。
「お兄ちゃんのためだって」
「……テセア、カエ・ルーメンスだから」
「はーい」
顔を逸らして注意すると、テセアは変わらずにこにことしたまま返事をする。
まずいな、もはやテセアは完全にアリスの味方だ。本気でアリスと僕の結婚を望んでいる。どうしよう。
「いた……くない! なんで? どうなってるんですかこれ?」
どうしたものかと悩んでいると、いつの間にかソフィに両腕を身体の後ろに捻られたエイミーが、困惑したような声を上げていた。
彼女は僕の注文通り、相手に痛みを与えず拘束する術を会得したらしい。凄く痛そうなのに、どうなってるんだろうあれ。
まあとりあえず、往来でこんな事をしているのもよろしくないので宿にむか……あれ?
そういえば何で宿にアリスが居るんだろう。当然のように宿に来いと言われたけど、何で居るんだろう。僕らが利用する予定だった宿に、何故彼女が先回りしているんだろう。
考えた僕は、テセアへとゆっくり視線を向けた。
「えへへ」
すると情報を漏らした可愛い妹は、頭をかきながらちろりと舌を出すのだった。
◇
ノイルとの通話を終えたアリス・ヘルサイトは、脚を組み直し深々とソファの背もたれによりかかった。
「それで? ノイルは?」
自身のすぐ背後に立って覗き込むように微笑んでいるノエル・シアルサに、彼女は顔を上に反らすように向けて忌々しく眉を歪め、視線を送りながら舌打ちする。
「ちッ……来るから落ち着けやボケ」
「フィオナよりは落ち着いてるよ」
そう言ってノエルは部屋に置かれた豪奢なベッドの方へと顔を向けた。
その上ではフィオナ・メーベルが枕に顔を埋め、うつ伏せに倒れている。
「先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩」
ぶつぶつと呟き続けていた彼女は、ふと虚ろな目つきで顔を上げ、懐から小さなボトルを取り出し枕に何かを吹きつけた。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そして枕に顔を押し付けて、何度も何度も部屋中に大きく響き渡る程の深呼吸をする。
「先輩…………先輩……先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩先輩」
再び呟き始めたフィオナから視線を戻し、ノエルはアリスに微笑んだ。
「ほら、ね?」
「アレはもう比較対象にならねぇだろ」
アリスは思いっきり顔を顰める。
フィオナが時折枕に吹きつけている液体は香水だ。ノイルの香りらしい。どうやって作り出したのかは知らないが、彼女は長期間 (一週間)ノイルに会えない辛さを、本人に限りなく近い匂いを嗅ぐことで誤魔化しているようだった。
「ったくクソ共が……大人しく騙されとけや」
アリスはそう言ってガラの悪い笑みを浮かべる。
もう少し煽りゃよかったか……いや、やっぱり意味ねぇな。
「普通に考えて、麗剣祭なんて出るわけないよね」
悪態を吐く彼女に、ノエルはにこりと笑みを返した。
「得られるものなんてないし、勝ち上がって注目されちゃったら目立ちたくないノイルと居づらくなるし、そもそもノイルと当たっちゃったらどうするの?」
全てノエルの言う通り。
アリスは元より麗剣祭などに出場するつもりは微塵もなかった。
麗剣祭で勝とうが負けようが、彼は振り向きはしないのだから。
元々どちらが上か白黒つけるつもりだったエルシャン・ファルシードと、ミーナ・キャラットはともかくとして、他の者が麗剣祭に出場する意味はない。勝敗がどうなろうと、誰も手を引いたりしないのは明らかだ。
勝ったとして、得られるものは多少の優越感という自己満足のみである。
アリスは最初から麗剣祭にエントリーなどしていなかったのだ。一般参加と違い、ランクAともなれば本戦からの出場となるため、事前に参加の意志を伝えておく必要があるが、彼女は当然そんな事はしていない。第一、ノイルの義手に加え『六重奏』の器を創るという重要な仕事があるアリスに、無駄な事をしている暇などあるわけがなかった。
それでも彼女が友剣の国を訪れなければならなかったのは、結界のメンテナンスという断る事のできない仕事があったからだ。
麗剣祭の時期には、必ず依頼される重要な役割である。
だからノイルにも友剣の国へと来てほしかった。麗剣祭はどうでもいい。
では何故アリスがあれ程に周りを煽り、麗剣祭への出場を促したかといえば――他を出し抜き、友剣の国でノイルと二人切りになるためである。
麗剣祭で本気で争う事になれば、それなりの準備が必要だ。いつものように、邪魔者はべったりとノイルにまとわりつく事もできなかっただろう。その間に、自分は彼との時間を過ごせばいい。
水着コンテストの結果を甘んじて受け入れ、友剣の国までの旅程についていかなかったのも布石。旅行の間は無闇やたらにノイルへと干渉しないという取り決めを、守っているという振りでしかなかった。
しかしそんなものを律儀に守る必要などどこにある?
本番は、ノイルが友剣の国に到着してからの時間だ。それまではソフィ・シャルミルがきっちりと彼の面倒を見る筈であり、心配する必要もない。
わざわざノイルとキスをした事実を打ち明けた時から、アリスの策は始まっていたのだ。
しかし――敵もさる者。
あの時点で、本気でアリスに乗せられていた者は殆ど居なかった。
では何故彼女に乗せられていた振りをしていたかといえば、騙されて出場する者が多ければ多いほど、邪魔は減るからだ。エルシャンとミーナにとっても、自分たちが麗剣祭に集中している間、ノイルの周りから邪魔者が少なくなるのは都合がいい。
だからこそアリスの誘導を、誰も指摘する事はなく、その策を利用しようとした。
察していた者全員が全員、少しでも相手を騙す方向に動いていたのだ。一人でも落とす事ができればそれでいいと。
アリス自身も手応えのなさを感じてはいたが、わざわざ撒いたエサを回収する必要はないため、茶番のような騙し合いを続けた。
エイミーの乱入によりノイルが麗剣祭に出場する事になった時点で、既に出場を決めていたエルシャンとミーナ以外はますます出場などするわけがなくなったが、それでも続けた。
結果は――
「シアラちゃんは移動中も私が誘導したから、騙されちゃったね」
シアラ・アーレンスの一人負けである。
ノエルに目をつけられ、冷静さを失わされ続けたのが決め手だった。アリスもシアラは天才といえど、若く単純で扱いやすい相手と考えていたが、見事に彼女に嵌められていた。
ノエルを送り届けたシアラは一人、都市の外で魔物を相手に己を鍛えているらしい。
しかしその力を奮う相手と当たる前に、まずはノイルも参加する予選がある事に頭が回っていない。
まあ……アホだわな。
テセアを見習え。アリスはそう思いながら背もたれから身体を起こした。
「あの化け物女は、何してやがんだ?」
そして、テーブルに置かれたカップを口へ運び、紅茶を一口飲むとノエルに訊ねる。
「さあ……私もわからない。友剣の国には来てるはずだけど」
ノエルは顎に指を一本当てて、考え込むように応えた。
アリスが気になっているのは、当然ミリス・アルバルマの事だ。ノイルが出場する事になり、自身も参戦を決めたはずのミリスの動向を彼女は全く掴めていない。
友剣の国には居るはずだが、どこで何をしているのかがわからない。
「……ま、気にしてもしゃーねぇか」
珍しくノイルの傍に現れようとしないのなら、それは好都合。どちらにしろミリスの考えなど予想しようとするだけどうせ徒労だ。
そう結論したアリスは、カップをテーブルに置くと、再びゆったりと背もたれによりかかりノイルの到着を待つのだった。




