163 一点
結果から言おう。
水着コンテストとやらを勝ち抜いたのは、当然ソフィとテセアだけだった。
この二人の勝因は、裏ルールである僕のお触りである。故意にやったが、もちろん頭を撫でただけでいやらしい事はしていない。
僕の作戦の甲斐もあって、神経をすり減らす審査は比較的平和に終わったと言える。
ソフィが逐一水着の解説をしてくれたため、女性の水着の種類にも無駄に詳しくなれた。
テセアの後、水着のサイドやトップの中央が編み上げとなっているレースアップタイプという空色のビキニで登場したフィオナは、僕の全裸を目撃した瞬間鼻血を噴き出して気絶した。これは見事に予想通りの反応であり、僕の策が上手く嵌った結果だ。確実にそうなると読んで水着を脱いだのは間違いではなかったらしい。
彼女は砂浜で幸せそうな笑顔を浮かべて気絶している。砂の上だし、ビーチパラソルを立てておいたので問題はないだろう。鼻血はソフィが拭っていたが、今でも垂れてきているのでもうどうしようもない。
次いで薄緑に黒のラインで縁取った三角ビキニで登場したエルにも、全裸は効果覿面だった。一瞬目を信じられない程に見開いた彼女は、自身でも気づかぬ内にだろう、僕に触れていた。迷わずノイルくんに手が伸びて来た時は焦ったが、そこは流石公平な審査を誓ったソフィさんである。敬愛するエルですらもしっかりと止めてくれた。
彼女に止められた事で初めて我に返ったのであろうエルは、現在砂浜で膝を着いて蹲り、両拳を砂浜に打ち付けて、己の浅慮さに打ちひしがれているらしい。
そっとソフィが傍に寄り添っていた。
「ボクとしたことが……何と浅はかな事を……いや、けれどあれの前では……どうすれば……よかったんだ……」
彼女はこれほどアホだっただろうか。僕はぶつぶつと呟いているエルを見てそう思った。
エルの後に登場したのは、片方の肩を大きく露出し、トップとボトムにフレアをあしらったワンショルダービキニという黒の水着を着たシアラだった。
流石に妹に全裸を見せつけるわけにはいかないし、別にシアラもいいかと僕は思っていたのだが――彼女は自爆した。
アピールタイムに入り、何故か水着を脱ぎ捨てたのだ。水着姿の審査で水着を脱ぐということは、つまり試合を放棄した事になる。公平な立場であるソフィさんは、失格だという判断を下した。
「…………納得、いかない」
「すぐに着てるものを脱ぐのはやめようね」
僕は隣で頬を膨らませて膝を抱えて座り込んでいるシアラの頭を撫でる。
妹の将来が心配だ。
さて、この三人に関しては上手くいったと言えるが、問題はそこからだった。
シアラの後に登場したのは、彼女と似たタイプの両肩を大きく露出しフレアをあしらった、赤のオフショルダービキニを着たノエルだった。
彼女に関しては……失格にする事ができなかったのだ。
ノエルに全裸作戦が通用するのかは未知数だったし、そもそもこの時点で僕は何をやっているのかと正気に戻り始めていた。
結果的に彼女はやや頬を染めはしたが触ってこようとはしなかったので、もはや僕に出来ることはなくなった。
作戦が浅いと思うかもしれないが、それが僕である。全裸が通用しなければ、打つ手はなくなる。
更にノエルは普通だった。ごく普通にポーズを決めたり、照れくさそうに僕にどうかなと訊ねてきたり、アピールも普通に完璧だった。食い入る様にノイルくんへと視線が注がれていた点は気にはなったが、気づけば僕は満点を出していた。
「えへへ、ノイルに可愛いって言ってもらっちゃった」
僕の正面に立ったノエルが、後ろ手を組んで腰を曲げ、花の咲くような笑顔を向けてくる。
まあ……可愛いから仕方ない。こんなのは満点以外ありえないのだ。
お触りしなかったのでセーフだという事にしておこう。
それにどうせ点数は伝わらないのだ、ならば差をつけなければいい。
要は明らかに贔屓したとバレるであろうソフィ、テセア以外の全員が同率という結果にならなければよかったのだ。そうなっていたら、また別の形で決着をつけようとしただろう。
失格者を複数出した時点で、僕の策は成っていたと言ってもいい。
ノエルの審査の後に登場したのは、紺碧のフリルビキニを着たアリスだった。
彼女の場合は非常に判断に困った。
いや、アリスの容姿は間違いなく美少女で、水着も可愛らしく大変似合っていたのだが、アピールが……例のあれだった。
便宜上、アリスちゃんモードとでも言っておこうか。つまりあのぶりっ子状態だ。
あれをやられると非常にリアクションに困る。素を知っていると、きっつい。
だがまあ、素を知らなければあれはあれでいいのかもしれないと、僕は彼女にも満点を出しておいた。
アリスの場合は……まあそもそも言動とは裏腹に多分一番理性的というか……これが茶番だとわかった上で参加していた節がある。
それでもソフィやテセア以外に負けていたら僕は何をされていたかわからないが。
「あんまり動くんじゃねぇぞ。クソダーリン」
クソダーリンて。
そんな言葉あるんだ。
というか何その呼び方。
アリスは僕の失った右腕――切断面の傷痕に触れつつ、まじまじと真剣な瞳で全身を観察していた。
少々のこそばゆさを誤魔化す為に顔を上に逸らすと、僕のすぐ背後に立っていたのであろうミーナと目が合う。
上から覗き込むようにこちらを見ていた。
彼女はアリスの後に登場したが、正直まともな審査は行われていない。
というのも、ミーナは水着の上にシャツを着ていたのだ。まあそれがなくとも、告白されたあの日以来、僕は気恥ずかしさと気まずさで、彼女とあまり目を合わせられてすらいなかったため、しっかりと審査する事などできなかっただろう。
すぐさま公平なソフィジャッジが入り、シャツを脱がなければ失格だとミーナには忠告が下された。頬を染めて目を逸らし、シャツの裾を握りしめていた彼女は、結局「それでもいいわ」とシャツを脱ぐことはなかった。
図らずもミーナは失格となり僕としては助かったわけだが……果たしてそれで良かったのだろうか。
「別にいいわよ……あんたが誰を選ぶかなんてわかりきってたし」
「え?」
「友剣の国に来てくれるなら、それでいいのよ」
まだ若干頬が赤い彼女は僕の考えている事を察したのか、訊ねずともそう言った。
「それより……やっと覚悟ができたわ」
そして、一度瞳を閉じて息を吐き――シャツを脱いだ。
「おぶ」
ミーナが着ていたシャツが顔に落とされ、ふわりと爽やかな甘い香りと共に視界が塞がれた――と思った瞬間には顔にかかったシャツが消えてなくなる。
「ダメだよ、こんなに汚い物ノイルに被せちゃ」
「…………臭かったでしょ? 兄さん大丈夫?」
再度開けた視界で声のしたほうを見れば、ノエルがにこにこと、シアラが不機嫌そうに、ミーナの二つに裂けたシャツを握っていた。
どうやら一瞬で二人がほぼ同時にシャツを取り払ったらしい。速い上に非常に力強くて怖い。
「き、汚くないし臭くもないわよッ!! ぶっ殺すわよ!?」
二人が鼻を抓んでまるで汚物でも放るかのようにミーナのシャツだった物を投げ捨てたのと同時に、背後から怒鳴り声が響き僕はびくりと身を震わせる。
「あ……ご、ごめん……でも臭くなかったわよね……?」
慌てたような、縋るような声に振り返れば――そこには水着姿のミーナが居た。
トップ全体がリボンの形を模したような愛らしい黒のビキニ。尻尾を下げ、不安そうな瞳で僕を見ていた彼女は、はっと気がついたように一度胸を両腕で隠し、頬を真っ赤に染めると手を下ろす。
そして、潤んだ瞳で僕を窺うように見る。
「――どう……?」
「あ……えっと凄く、似合ってると、思いますはい……」
何だか気恥ずかしくなった僕は、こくこくと頷きながらそんな事しか言えなかった。
ミーナが平時の強気な表情からは想像できない、ふわりとした嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そ、そう……やった」
小さな呟きは、自然と口から漏れたのだろうか。僕は顔が熱くなるのを感じ――
「ね、ノイル」
がしっと優しく頬を両手で挟まれ、綺麗な笑顔のノエルの方へと無理やり向き直された。
手付きは優しかったんだ。でも、がしっとしてて抵抗の余地がないくらい力強かった。矛盾が平気でまかり通るこの世は不思議だ。
「私とどっちが似合ってる?」
ノエルが明らかに胸の谷間を強調しながら訊ねてくる。普段は目立たない割としっかりと存在するそれに、思わず視線を向けてしまった。
というより、顔の向きをそちらに向けられた。
やばい、せっかく水着コンテストを無事に乗り越えたのに、これでは全てが水泡に帰してしまう。意味があったのかわからない僕の努力が無駄になる。
「今すぐ手を離さないと殺すブス」
シアラがノエルの首元に漆黒の手をかけてそう言った。
あれ? シアラの魔装ってあんなデザインだったっけ。何か小さくなってるし。
いや今はそれどころではない。
「ね、どっちノイル?」
ノエルは首を掴まれてるのによくシアラをガン無視できるね。にこにこしてるけど、生死を握られてない?
妹がそこまでするわけないけどさ。生死握られてない?
「ちょっと! やめなさいよ!」
いいぞミーナ! 止めてください!
「せっかくあたしを見てくれてたのに!」
何か違う。それは何か違うよミーナ。
違うどころか火に油を注ぎかねない発言だよ。
何でこうなった。僕は一体彼女に何をしてしまったというんだ。
「それは思い上がりも甚だしいね、泥棒猫」
エルはここで復活してくるんだもんなぁ。
もう少しだけ呆然自失としていることはできなかったのかなぁ。
ノエルに顔を挟まれているため、殆ど彼女の胸と顔しか見えないが、この凛とした声はエルで間違いない。けど、今何か泥棒猫とか言わなかった?
「うるっさいわよッ! 今確かにノイルはあたしを見てたのよ!!」
険悪だぁ。
これ、険悪なやつだぁ。
「ね、ノイル? どっち?」
ノエルはぶれないなぁ。
「私が、寝ている、間に、何を、して、いるんです、かぁ……? やはり、害虫は、駆除、しないと……」
フィオナも来ちゃったかぁ。
しかもこの声色はブチ切れてるね。
「警告は、一度、だけ、です……今すぐ全員先輩から離れないと――先輩以外を消し飛ばします」
ほうらね。
こうなったらやむを得まい。
〈店長召喚〉でお茶を濁す!
「ヘルプミィィィィィィイ!! 店長ぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
力の限り叫ぶと、辺りはしん、と静まり返った。しかし店長からの応答はない。
おかしい、先程から一人半壊したパーティー会場で食材を手当たり次第炙っていた筈だ。近くに居る筈なのに、何の反応もない。
だらだらと冷や汗を流し続けていると、やがてぽつりとした声が聞こえてきた。
「嫌じゃ」
「は?」
「助けぬ」
「な、何で……!」
僕は相変わらずノエルに顔を挟まれたまま、絶望する。
「ノイルが一点などつけるからじゃろうがあああああああああ!!」
瞬間、拗ねた子供のような大声が響き渡った。
しまった、この人根に持ってやがる。
白のビキニに腰布を一枚巻きつけたような水着――パレオという人が考案したらしいそれを着て最後に登場した店長に、僕はノータイムで一点の札を掲げた。本人の前で。何が悪かったのかはわからないが、どうやらその事を店長は恨んでいるらしい。
僕は慌てて訂正する。
「違う! 追加点も合わせたら二点じゃないか!」
「どちらも最低点をつけただけじゃろうがああああああああ!!」
だってあんた、アピールタイムは次のデートはどうするかとか憂鬱にさせる事しか話さなかったじゃないか。
しかしそれを正直に言うわけにはいかない。
「じゃ、じゃあ満点! 満点だ!」
「じゃあってなんじゃあ!! じゃあって!!」
じゃあじゃあうるさいよ。じゃあはじゃあでしょうが。
「僕と店長の仲でしょう!?」
「ならば最低点をつけるではないわああああああああああ!!」
「正直な気持ちを表しただけだ!!」
「なお悪いではいか!! とにかく今回は我は手を貸さぬからな! 絶対にじゃ!」
「そん……な……」
愕然とする。
何てわがままで最低な人なんだ。やはり僕の採点は間違っていなかった。僕は悪くない。
と、そこで僕は辺りがより冷え込んだように感じた。
「……何でミリスは同率じゃないのかなあって思ってたけど、やっぱりノイルとミリスって本当に仲がいいよねぇ」
ノエルが底冷えするかのような声でそう呟く。
最低点だよ?
仲がいいわけが……ねえ何で怒ってるのノエルさん。
顔、笑ってないよ。
「いや……別に――」
「うっるせぇえええええんだよおおおおおおおおおおおおクソボケどもがあああああああ!!」
「うわびっくりした」
本気で不味い空気になり始めたと思った瞬間、突如アリスが怒声を張り上げ、僕は間抜けな声を上げる。
「集中できねぇだろうがぁッ!! 今アタシはなぁッ!! クソダーリンの腕を創るために作業してんだボケが!! それを邪魔してぇのかてめぇらはッ!? ちったあ考えろ!!」
「あ、はいすいません」
ノエルの手がぴくりと動き離れたので、とりあえず一緒に騒いでいた僕は、額に青筋を浮かべて立ち上がっていた彼女に代表して謝罪する。
もちろん〈土下座〉でだ。
「チッ!! わかったら離れてろボケどもが。テセアを見習えカス」
盛大な舌打ちを響かせたアリスは、黙り込む僕らを睨みつけながら、海の方を指差す。
そこではシアラと殆どお揃いの水着だが反対の肩を露出したテセアが、泳ぎは昨日覚えたばかりにもかかわらず、屈託のない笑みを浮かべ一人海を満喫しているのだった。




