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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
五章

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158 初恋とおっぱい


「なーんかよ」


「うん?」


 馬車さんの順番が終わると、彼はシャツを着ながらふと呟く。


「前から思ってたんだけどよ、お前あいつに甘くねぇか?」


 振り返り、馬車さんはベッドに腰掛けて僕に訊ねた。床に座っていた僕は、顎に手を当てて少し考える。

 あいつとは、魔法士ちゃんの事だろう。


「もっと怒ってもいいんだぜ?」


「馬車さんがそれ言う?」


 基本的に巻き込まれないように傍観してるのに。強く逆らえないという点では僕と似たようなものだけど。


「俺は……いいんだよ」


 馬車さんは遠くを見るような表情で顔を逸らした。魔法士ちゃんの方が力関係が上だという自覚は充分にあるのだろう。悲しい話だ。


 しかし、僕の場合は馬車さんとはまた理由が異なる。もちろん怖いというのもあるし、魔法士ちゃんが抵抗の余地を残さないという部分もあるが、僕が彼女に強く出られない理由は――


「……これは誰にも……特に本人には言わないで欲しいんだけどさ」


「ん? おう」


「多分、僕の初恋の相手って魔法士ちゃんだったんだよね」


「!?」


 馬車さんがベッドから転げ落ちた。満点のリアクションだ。彼は芸人の素質があると思う。

 だが、僕のこの発言は決して冗談やドッキリではない。


「はは……おいおい嫌な冗談はやめろよ……」


「いや、冗談じゃないんだよね」


「!?」


 馬車さんが笑いながら床から起き上がろうとして、再びすっ転ぶ。彼は天才かもしれない。


「……マジ?」


 頭を整理していたのだろう。しばらく床に倒れて沈黙していた馬車さんは、額を抑えながら起き上がるとベッドにゆっくりと座り直し、震える声で訊ねてくる。

 僕は正直に頷いた。


「マジ」


「…………何で、あいつなんだ……」


 相変わらず声を震わせている馬彼に、僕は顎に手を当て考えながら応える。


「僕が初めて魔法士ちゃんと会ったのは、まだ成人前だったんだよね」


「……おう」


「その時は、凄く大人で可憐な女性に見えてさ……憧れというか……今思えばあれは恋だったんだと思う」


「……………………自覚なかったのか?」


「当時は自分の感情の正体がわからなかったからね。ただ……最近色々とその手の事について考える機会が増えたから」


「ああ…………」


「それで改めて思い返してみると、そうだったんだろうなって」


 うん、こうして言葉に出してみると、僕は間違いなく魔法士ちゃんに淡い恋心を抱いていた。

 僕が彼女に対して少々勝手を許してしまうのも、その頃の名残りがあるからだろうなぁ。


 ふと顔を上げると、馬車さんが頭を抱えて恐ろしいものを見るような目を僕に向けていた。


「…………今は?」


「ん?」


「今はどうだ?」


 何か懇願するかのように彼は訊ねてくる。


「今は……仲間って意識の方が強いかな」


 だからこうして落ち着いて自分の気持ちを話せるのだ。本人に迫られれば冷静ではいられないが。

 一度ほっと息を吐いていくらか落ち着きを取り戻した様子の馬車さんは、複雑そうな表情で腕を組んだ。


「……何で気持ちが変わったんだ?」


「それは……先ずは僕も成長して魔法士ちゃんに追いついたのが大きい、かな」


 馬車さん達の容姿は出会った頃から変化していない。いつの間にか僕は、魔法士ちゃんの背丈を追い越していた。大人の女性に抱いていた子供の淡い恋心は、対等な仲間に対するそれに変わった。呼び方も魔法士さんから、魔法士ちゃんになった。


「……お前って、割と歳上に弱いよな」


「そうかな?」


「ま、わからんでもないけどな」


 そうでもないと思うんだけどな。


「あとは……その、圧が強くて……」


「ああ、引いちゃったわけか」


 得心がいったかのように頷いた彼に苦笑する。引いたというか当時の僕は子供で、魔法士ちゃんの気持ちを受け止めきれなかっただけだ。照れくさくて誤魔化している内に、自然と慣れていき、何だか普通に接する事が出来るようになっていた。


「まあ、そんな感じかなぁ……」


「はぁ〜……マジかよ……」


 大きく息を吐き出した馬車さんは、ごろんとベッドに仰向けになった。


「癒し手や狩人はどうだったんだ?」


 そのまま天井を見つめながら、彼は訊ねてくる。


「癒し手さんは会ったのがまだ本当に子供の頃だったから……また違う感情かな」


 とはいえ、彼女の容姿はちょっと今の僕には刺激が強すぎるが。


「狩人は? あいつ見た目だけならお前の好きな歳上の大人っぽい女だろ」


 別に僕は歳上好きというわけではないのだが、馬車さんは既にそうだと決めつけたらしい。


「狩人ちゃんは……狩人ちゃんだから。妹に近い、かな」


「まあだろうな」


 彼は寝転がったまま両手を頭の後ろで組んだ。いつものバンダナを外しているその顔をこうして改めて見ると、やはり魔法士ちゃんと兄妹なのだと思えてくる。


 そんな彼になんとはなしに秘密を話してしまったが、一体どういった心境なのだろうか。

 馬車さんからしてみれば、マブダチから妹に惚れていたのだと言われたようなものだろう。


 昔の話とはいえ、もし僕がレット君にシアラかテセアの事が好きだったなどと言われたら……ないな。レット君は絶対そんな事言わない。彼は釣りに生きる男だ。


 やはり、今の馬車さんの気持ちを想像するのは難しかった。

 まあ、ショックは受けたようだが本気で嫌がっている様子もない。これからも馬車さんは基本的にスタンスは変わらないだろう。


 だからこれ以上余計な事は言わず、信頼はしているが一応僕は念を押しておく。


「魔法士ちゃんには絶対言わないでね」

 

「言わねぇよ。知ったらショック死するぞあいつ」


「いや流石に……」


 言いかけて、否定しきれなかった僕は口を閉じた。馬車さんは上体を起こし、こちらを見る。


「だからよ、切り札にとっておくわ」


「妹だよね?」


 やはり兄妹ではないのかもしれない。

 僕は至極真剣な表情でそう言った馬車さんに、真顔になり問いかけるのだった。







 無。

 そう、今の僕は無である。


「ほら、ノイルちゃん。こっちからも良く見て」


「あ、はい」


 目の前では癒し手さんが一糸纏わぬ姿で扇情的なポーズを取っている。

 もはや彼女に服を着てもらうのは諦めた。何度着せ直しても、一瞬目を離した隙に全裸になっているのだ。世の中にはどうしようもない事があるのだと思い知らされた。


 だから割り切って心を無にする。

 悟りを開く。


 それにこれは決して不健全な行いではない。彼女の器を創造してもらう上で必要な行為なのだ。だから僕はいやらしい気持ちになったりはしない。ノイルくんだっていい子で大人しくしてくれている。

 太腿をこっそり抓っているのはあれだ、趣味だ。


 大体、癒し手さんの肢体は芸術性が高すぎてそういう下賤な欲情を抱くには少々高尚に過ぎる。だから――


「こんなのは、どうかしら?」


 鼻先で、おっぱいが――揺れる。


 いや落ち着け。

 おっぱいは揺れるものだ。


 だって世の中には重力というものが存在しおっぱいは重みがあり柔らかく弾力もあるからしておっぱいがこの世界を揺らすのは当然の理であってそれは人類がこの世界に誕生してから運命づけられたおっぱいで人々はそれを奇跡の果実と名付けてそれがたわわに実るおっぱいの木をいつも僕らは育てているのだから万物の創造とはつまり人の想像を超えたおっぱいの結晶が連なって起きた自然の恵みを僕らは探求しつつおっぱいの謎を解き明かす時大いなるおっぱいが全世界に降り注ぎ豊穣の大地が出来上がるのは厳然たる事実ではあるがしかしそれならばおっぱいの許しを僕らは乞うべきであると常々頭を悩ませながら混沌たる未来に嘆き悲しみ食物連鎖の中おっぱいを享受し昏き迷宮を旅する旅人はおっぱいとの出逢いを繰り返して成長を遂げ落涙する一筋の雫の中に抑圧された感情をおっぱいと共に解き放つのだがやはりそれはまやかしに過ぎず心の写し鏡がおっぱいの真の姿を暴くのは常識と言ってもいいにもかかわらず翼を失いし小鳥は歓びと祝福と共に新たな美しきおっぱいを得るというのは甘美な響きで芸術的価値を問えばそれはおっぱいに等しいという学説が支持されるのは誠に遺憾ながら同意せざるを得ない事におっぱいという名の研究者達は苦心しながらも茨の道を歩み続けた先には必ずおっぱいがあるのだからそれが我々が今日も生きる糧になっているのだという温かな調べはおっぱいに他ならないため第三者の意見は介入せず純粋なおっぱいに小人達は心を惑わされてしまうが誘惑を断ち切り熱い魂をおっぱいに内包して立ち上がった彼らの熱き血潮を異国のおっぱいの薫りを孕んだ薫風が知らせた事により若人は闇の帳が下ろされた見知らぬ土地で一条のおっぱいに出逢うからして絶望とは無縁のおっぱいに垂涎し滂沱の涙を流しつつも怜悧な眼差しであまねくおっぱいを見つめ軟弱な心を打ち倒しおっぱいを掴むために腕を伸ばす事は決定付けられており故に白か黒かと問われればおっぱいと答えてしまうのも必然であることは母なる海をおっぱいで埋め尽くしたいと叫ぶ事と何の相違があるのだろうと詩人は唄い歴史を紡ぐ可能性を考えてみればやはりそこにはおっぱいが介在し夜空を彩る星々への願いを嘲笑する悪魔との戦いに赴く少年は矮小な存在だと揶揄されながらもその手には揺るがぬ意志とおっぱいを持ち物語を紡ぎ続けその勇姿を目にした者はたちどころにおっぱいへの称賛の声を上げるべきなのだと綿々と受け継がれてきた家宝のおっぱいを掲げる事に何ら躊躇いはなくしかしそれは時に新雪のおっぱいを踏み荒らすような冒涜的な悦びを伴うという事実に苛まれながらもおっぱいの灯火が民草を導きこうして天変地異はおっぱいにより鎮められる事を祭事にしたのだとおっぱいには刻まれ――


「ほら、触ってみて」


「あったかい」


 僕の手を取り自分の胸へと癒し手さんは嫣然とした笑みで押し付けた。

 しっとりと滑らかですべらかな肌と、あり得ないほどに柔らかな感触。彼女の体温が伝わる。

 もはやおっぱいに手を飲み込まれているが、僕は無になっているので邪な感情は湧いてこない。

 ただ、あったかかった。


「どうかしら?」


「やわらかい」


 しかしおっぱいとは不思議なものだ。

 全をおっぱいとするのならば一もまたおっぱいなのはやはり高原に咲き誇る艶やかな花々のように人の手が入り込めないおっぱいだからだとは思うがだとしたらおっぱいの芽吹きは細やかな刺繍の施されたおっぱいに他ならずそれは世界への反逆または祝福ともいえるにもかかわらず誰にでも平等に恵みを与える事のできるおっぱいは何処に向かうのかはわからないがもし深淵を覗けるのであればそこにはやはりおっぱいがあり道標の一つとして屹立しているはずなのだが清涼な涼風のようにおっぱいは髪を揺らすのではなかろうかという考えに誰しもが頷くのはおっぱいが極めて高度な知識を宿している証になるので天地開闢の祖とおっぱいは同一でありながら仄かな甘みを湛えた微笑を浮かべるおっぱいに人々は執着しながらも崇め奉るということは広大な大地に根を張り巡らせた大樹や気ままに流れる浮雲も全てはおっぱい足り得るわけでむしろそれは何かのお告げだとすればおっぱいの謎が解明できるとは思うのだが空に手が届かないようにおっぱいにも手は届かないという確かな確信を抱きながらも昔話の中に確実におっぱいは存在しているのだから古より伝わりしおっぱいは不確定要素が余りにも多いわけで瞬間的に爆発的に雷鳴のようなおっぱいが喉の渇きを潤してくれるのもまたおっぱいが局地的な豪雨に晒されない一つの理由となり得るはずなのだがそれにしては流麗な動きを見せることすらあるわけでつまりおっぱいの錚々たる顔ぶれは――


「吸ってみる?」


「すわない」


 こうして、僕は心を無にすることでいやらし手さんとの時間を乗り切るのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 終わらなかった そして作者さんがおっぱいが大好きだというのは伝わったwwwwww
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