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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
四章

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149 攻略完了


 助けてくれノイルん……。


 レット・クライスターはベッドの上で膝を抱えて座り、情けなくもそんな事を考えてしまっていた。


 彼が居るのは五層目を突破した先に存在した、これまでの休憩所と殆ど変わらぬ部屋だ。


 唯一の違いは、先へと進む階段が存在しない事である。

 レットがここに到達してから、既に五日が経過していた。


 彼と同じ空間に居るのは、ミリス・アルバルマ、エルシャン・ファルシード、クライス・ティアルエの三名だ。


 驚異的な速度で五層目を突破した彼らだが、この空間に辿り着いてからの会話は殆どなかった。


 ミリスはただじっと、この部屋に到達してから睡眠すら取らず、壁に彫られた地図の中で明滅する光の点を見つめ続けており、エルシャンも同様に椅子に腰掛けてはいるが、眠る事なく光の点を見ては時折瞑目するだけである。

 あのクライスすらも、壁によりかかり腕を組んで黙り込んでいた。


 かく言うレットも、このピリピリとし張り詰めた空気の中では何も言えず、ずっと膝を抱えてベッドに座り込んでいるだけだ。


 迂闊な発言は一切許されない雰囲気が、そこにはあった。


 怖えぇよ……。


 ミリスのおかげでほぼ無傷な上、迅速にここまで到達できたのはいいが、レットにとって真の地獄の時間はそこから始まったのだ。


 ただでさえ離れた友や仲間の身を案じているというのに、この窒息してしまいそうな空気の中で待つ事しか許されないというのは、想像を絶する程の苦痛だった。


 もはや彼には一秒ですら永遠に感じられる程だ。


 身に突き刺さり続ける静寂の中で、レットは友の事を想う。


 早く来てくれ――と。


 当然、彼はこの【湖の神域(アリアサンクチュアリ)】がどれ程危険なのかは充分過ぎる程に理解している。

 ミリスが殆ど一人で守護獣(ガーディアン)を屠り続けていたので実感はあまりないが、普通に守護獣と戦っていた場合、苦戦どころか勝ち進む事ができたのかも怪しい。


 ノイル達は常に命の危機に瀕しているはずだ。

 無事に切り抜けて来られる保証など何もない。それどころか、突破できない可能性のほうがよほど高いだろう。

 だからこそ今この場は、神経を擦り減らすなどという言葉では生温い程の空気に満ちているのだ。


 でも――ノイルんならやってくれんだろ?


 目標としていた三日はとうに過ぎている。

 順調には進んでいない事だけは確かだ。

 それが、またレット達の空気を悪くしている。


 けれど、彼は友と仲間を信じて疑っていない。


 いつも何だかんだ言って凄えことやるじゃねえか。


 楽観的、とまでは言わないが、おそらくこの中で最も平静で居るのはレットだ。

 それは彼が皆とはまた違う形で、ノイル・アーレンスとこれまで共に過ごしてきた故の、信頼からくる少しの余裕。


 友情という名の繋がりが、レットの心にはほんの僅かにだが余裕を与えていた。


 ノイルなら絶対に何とかする。

 だから、彼と共に居る仲間も大丈夫。

 

 しかし問題は、その余裕のせいで周りの鬼気迫る雰囲気に圧し潰されそうになっていることである。

 今この場では、極稀に会話をしてくれるクライスだけが、彼の救いだった。


 頼むから、こいつ(ミリス)を早く何とかしろ――。


 でないと、レットの精神はそろそろ保たない。

 今のミリス・アルバルマを何とかできるのは、ノイルだけだ。


 いつも泰然としているエルシャンですら明らかに余裕のないこの状況で――いや、余裕があったとしても、今のミリスには誰の言葉も届かないだろう。


 だから彼は心の中でひたすらに友に助けを求めていた。


 そんな時だった。


 突然、空間の壁が一部音もなく消える。

 そして、上へ(・・)と続く階段が現れた。


「お……」


 レットが驚き声を漏らした瞬間――ミリスの姿がかき消える。

 エルシャンが素早く立ち上がるよりも速く、彼女は動いていた。


 直感――レットはベッドから飛び降りる。


 同時に、ミリスが彼らの元へと戻ってきた。


 ――血にまみれ、片腕のないノイルを抱き抱えて。


 ……どいつがやりやがったッ!


 カッと一瞬レットの頭には血が上ったが直ぐに冷静になる。

 そして頭を振ってエルシャンの方を向いた。


 しかし、彼女は放心したかのようにその場に膝を落としている。それはこれまで、見たこともないエルシャンの姿であった。


「ボスッ!!」


 レットが拳を握りしめ叫ぶと、彼女はビクリと身を震わせた。


「マナボトルがあればノイル様にッ!」


 それと同時に、息を切らし汗を流すソフィが飛び込んでくる。


「レット!!」


「おう!」


 既に荷物を漁っていのであろうクライスが、レットへと緊急時に備え残しておいたマナボトルを投げ渡した。ノイルとミリスの程近くにいた彼はそれを受け取る。


「急げッ!」


「おね、がい……!」


 遅れて、外套を羽織ったアリスと、ノイル同様血に染まったミーナが肩を支え合いながら現れた。


 そして、レットがノイルを抱きかかえているミリスに駆け寄ろうとし――


「いらぬッ!!」


 あのミリスが、空気を震わせる程の声を張り上げた。


「触れるなッ!! 我のノイルに誰も近寄るでないッ!!」


 しん――と、辺りが静まり返る。

 普段、ノイルが誰と触れ合おうが寛容なはずの彼女の他を寄せ付けぬ程の気迫に、レットは思わず呆然と立ち尽くしてしまった。


 誰もが言葉を失い動きを止める中、ミリスはゆっくりとノイルをベッドに運び横たわらせる。

 そして慈しむように彼女が彼の頬へと手を伸ばし、そっと触れると、瞬く間にノイルの負った傷が癒え始めた。


 先程の姿とはかけ離れた優しげな目つきで、ミリスはノイルだけを見つめながら彼の傷を治療し続ける。


 明らかにマナが尽きていた様子だったノイルを、何故彼女は癒せるのか。

 レットは思い至る。


 マナの一体化。


 《白の王(ホワイトロード)》の発動原理は、ノイルから聞いていた。

 ミリスは今、己のマナをノイルと一つにすることで治癒を行っているのだ。


 言われずとも、こんなものには誰も近寄る事はできない。触れる事はできない。

 神聖だとさえ思える今の二人の間には、何人も割って入る事などできないだろう。


 流石に失っていた腕までを復活させる事はできなかったようだが、ノイルの傷が癒えるとミリスは何も言わず、ただ――彼をぎゅっと抱きしめるのだった。







 暑い……いや、温かい。


 どちらにしろ、またこれか。


 そう思いながらゆっくりと目を開く。


 直ぐに視界に入ったのは、純白の髪――そして美しい紅玉の瞳が、僕を映しこんでいた。

 引き剥がそうと右手を上げようとして――そこにあるべき利き腕が存在していないことに気づく。


 ああ……そうか。

 まあ仕方ないだろう。

 生きているだけで儲けものだ。


「…………暑いですよ、店長」


「……馬鹿者」


 引き剥がすのはやめて声を掛けると、紅玉の瞳が僅かに揺れ、どこか儚げな笑みを彼女は浮かべた。


 …………何か、思ってた反応と違うな。


 少し戸惑っていると、店長はゆっくりと僕から離れる。これも新しいパターンだ。こちらが何もしなくても離れるとは思わなかった。

 毎回こうなら助かるのに。


 身体を起こそうとすると、痛みはないが思いの外バランスが取れない事がわかる。

 なるほどこうなるのか、と考えているとそっと店長が背中に手を添えてくれた。

 甲斐甲斐しい店長って不気味だ。


「ありがとうございます」


「うむ」


 でもとりあえずお礼を言って身体を起こし、辺りを見回す。これまでの休憩所と殆ど変わらない空間には、皆が集まっていた。

 身体を起こした僕を、何故か微妙に距離を置いて見ている。何だろうこの距離感は、心の距離かな? 

 泣きたくなってきた。


「ああ、もうよいぞ」


 店長が腕を組んでそう言うと、皆顔を見合わせた後歩み寄ってくる。

 よくわからなかったが、心の距離ではないようで安心した。


「よお、ノイルん」


「久しぶり、レット君」


「おせぇよ」


「そっちが早いんだよ」


「あーそりゃそうか」


 いつもの様に、僕らは笑みを交わす。

 と、突然エルが堪えきれなくなったかのように、平時の彼女からは想像できない程に顔を歪め僕へと飛びついてきた。

 首へとエルの腕が回され、ふわりと抱き締められる。


 不意打ちは止めてよ。不意打ちは良くないよ。

 エルは自分の美貌を把握していないのかな?

 店長と違ってまだそんなに耐性ができてないから、不意打ちは良くないよ。

 普通にドキドキしちゃうからね。男の子だから僕。


「……ボクは誓う。もう二度と同じ過ちは犯さないと」


「あ、はい」


「誰にも何にも、キミを傷つけさせない。キミを傷つけようとする者は、キミに触れる前に全て排除する」


「あ、はい」


 そして重いなぁ……。

 僕ついさっき起きたばかりだからさ、もっと軽めの言葉(もの)がよかったな。胃に響いてくるんだよね。


 耳元で囁くように言ったエルの言葉に、軽い恐怖を覚えてしまう。何か彼女が良くない方向に一歩進んだ気がしたのでツッコミの一つでも入れたい所だが、声が震えていたので頷く事しかできなかった。

 すすり泣く様な声が耳元でずっと聞こえ、身体も震えている。あのエルが泣いていた。


 離れてくれとも言えず、僕は彼女の背中を叩いて慰めようとして、再び右腕が無いことを自覚する。馴れるまでは少し時間が掛かりそうだと思いながら、僕は左腕で改めてエルの背中をぽんぽんと優しく叩いた。


「んマイフレンッ! 後日、ん君んのっ! 武勇伝を聞かせてぇーん欲しいなッ!」


「あ、はい」


 すげぇなこの人。

 ちょっと今しんみりしそうになってたけど、おかげで吹っ飛んだよ。

 華麗に無駄に回転力のあるターンを決め、白い歯を輝かせながら親指を立てるクライスさんを見て、僕は真顔になる。

 でも何故だろうか、この人を見ていると凄く安心してくるから不思議だ。


「クライス様、空気をお読みになられては如何でしょうか?」


「んっははぁッ! めんごめんご!」


 ソフィに注意され、更に陽気な声を上げながらやってしまったとばかりに、彼は額を乾いた音を立てて叩く。

 無表情のソフィとの対比が凄い。完璧な動と静だ。


「クソ下僕」


「あ、はい」


 クライスさんが無駄なターンを始めるとソフィが止め、またターンを始めるとソフィが止める。という無駄に洗練されたやり取りを眺めていると、アリスちゃんに声を掛けられた。


 彼女を見れば、あまり顔色は良くない。もはや痛みを感じない僕よりも、よほど彼女の方が体調は良くないのではないだろうか。


 しかし、それでもアリスちゃんはいつも通りのガラの悪い笑みを浮かべた。


「てめぇの腕は、アタシが創ってやる。だから安心しろや」


「おいくらですか?」


「てめぇはアリスちゃんを何だと思ってやがんだ。天使だぞボケカスゴミクソゲロカス野郎が」


「あ、はい。すいませんでした」


 天使はそんな事言わない。

 言うかも知れないけど、僕の中の天使はそんな事言わないよ。


 アリスちゃんは不満げに眉を吊り上げたが、どうやら無料で義手を創ってくれるつもりらしい。自身の下僕のアフターケアは手厚いようだ。

 何だかんだいっても、彼女はやはり優しい人間なのだと思う。天使ではないけど。


 どうせだから、釣りに役立つ機能をつけてくれないだろうか。


 そんな贅沢な事を考えながら、僕は最後にミーナへと目を向けた。

 びくり、と彼女は何故か一度身を竦ませ視線を逸らす。

 顔が気持ち悪かったのかな? 


「ミーナ」


「…………なに」


 若干ショックを受けながらも声を掛けると、ミーナは何か不安そうに視線だけを戻した。

 おかしいな、僕は何かしてしまったのだろうか。顔が気持ち悪いわけではないと信じたいところだ。


 とにかく、この様子だと応じてくれるかはわからないが……。


「その……おつかれ」


 僕はそう言ってエルの背中をゆっくりと叩いていた左手を、拳を握ってミーナに向けた。

 すると、彼女は何かぐっと堪えるような、今にも泣き出しそうな顔で――


「……ば、か」


 そう呟きながらも、僕と拳を合わせてくれるのだった。







「ふむ……」


 僕らも五層目を突破した事で現れたらしい【湖の神域】最深部へと続いているであろう階段を下りながら、自分の身体を見下ろす。

 やはり、バランスがかなり崩れる。


 気を抜くと転んでしまいそうだ。

 人の身体というものは、思ったよりも完璧な調整で出来ているらしい。一つ勉強になった。

 これが所謂怪我の功名というやつなのだろうか。


「ノイル、大丈夫かい?」


 僕の左手を握って離さないエルが、不安げな表情で問いかけてくる。ずっと手を引いてくれている彼女に笑みを返した。


「大丈夫、ちょっとふらつくだけだから」


 だからその……ありがたいんだけどそろそろ離れてくれないかな。

 いや、迷惑とかじゃないんだけどただその……僕の周りだけ、人口密度高すぎるんだよね。


「おら、しっかり歩け」


「あ、はい」


 前方ではアリスちゃんが僕の襟首を掴んで先導し――


「……ミーナ」


「転んだらその……大変でしょ」


 背後ではミーナが背中辺りの服を片手で遠慮がちに掴んでいる。

 そして右隣では、店長が無言で手を添えてくれていた。


 罪人の連行かな?


「悪化したな」


「ははっ! んハートフル!」


「もしかすると、ソフィ達は伝説を目の当たりにしているのかもしれません」


 僕らの前ではレット君とクライスさんとソフィが、そんな会話をしながら時折こちらを振り返っている。


 僕、あっちに混ざっちゃだめ? だめか、そっか。


 諦め大人しく歩いていると階段の終わりが見えてくる。

 そして、僕らは【湖の神域】最深部へと到達した。


「おお……」


 目の前に広がる光景に、息を呑む。


 聞いたことはあったが実物を目にするのは初めてだった。


 今までのようにドーム状に広がった広大な空間の中央には、一本の純白の大樹が生えている。幹は呆れる程に太く、十人以上が手を繋いでも囲む事はできなさそうだ。


 天高く伸びた大樹は空間一杯に枝葉を広げており、そこら中に一抱え程もある蒼く輝く実――マナストーンを実らせていた。


 地面には蒼い光の線が幾本も奔っており、その全てが中央の純白の大樹へと繋がっている。


 マナストーン――その名称からは想像も出来ないような幻想的な光景に、僕はしばし目を奪われた。


「こりゃ……すげぇな」


「ランクSともなると、ここまでの大樹となるのか」


 アリスちゃんとエルも感心したような声を漏らし、僕たちはとりあえず大樹へと歩みを進める。


「おーい! 裏に何かあんぞ!」


 大樹の前へと辿り着くと、先に駆け出していたレット君がその裏から手を振り僕らを呼ぶ。

 そうして裏手に回って見れば、大樹の裏の地面には幾何学模様の円陣が彫られていた。


「これに採掘跡に入った者が乗れば、外に出られる仕掛けじゃ」


 何かと思っていると、保護色みたいになっている店長が説明してくれる。


「ん便利なものだねぇ!」


「ランクSの唯一楽な所ね」


 クライスさんが円陣の周りをくるくるとターンしながら周り、ミーナが呆れたようにそう言った。


「普通はどうするの?」


「入り口まで自力で戻るしかねぇ」


 僕の質問に嫌そうな顔でレット君は答えてくれる。

 まあ、そうだよなぁ……。

 僕やっぱり採掘者(マイナー)とか死んでもなりたくない。


「んじゃ、さっさと採取してこんな場所からおさらばすんぞ。これだけでかけりゃ、どの道あまり数は確保できねぇ。アタシが選んだやつを持てるだけ持って帰る」


 そんな事を考えていると、アリスちゃんが僕から手を離し皆に声を掛けた。


 そうして、僕らは彼女の指示に従ってマナストーンを回収し、【湖の神域】から脱出するのだった。

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