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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
四章

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136 銀碧神装


 長い螺旋階段を降った先、そこには開けた空間が広がっていた。

 床や壁、そして天井は石材で出来ているように見えるが、何が使用されているのかは僕にはわからない。明かりはどこにも灯されてはいないが、壁や天井自体が仄かに発光しているため、視界は充分に確保されている。


 そんな空間の一角には、装飾過多ともいえる華美で巨大な赤い扉が存在した。

 あれが【湖の神域(アリアサンクチュアリ)】への入り口だ。


 元々は、湖にぽつんとこの螺旋階段が存在していたらしいが、かつての人類が生きていた頃は、王都ではなく別の都市でも建造されていたのだろうか。それともやはりただ競技のためだけの場だったのだろうか。今や知ることなど叶わないが、それでもこの【湖の神域】だけはおそらくかつての姿のまま現存している。


 地上と比べ少しひんやりとした空気の中、エルが皆を見回し口を開いた。


「いよいよだ。中に入れば後戻りはできない。持ち込む道具の確認をしておこう」


 彼女の言葉に皆頷き、それぞれ荷物を確認する。僕もいつものポーチを開き中身を検めた。


 手持ちの分の食料と水が入ったもの、それからもう一つ、最高品質のマナボトルがいつもの半分――五本入ったもの。


 結局のところ、僕たちはそれぞれが持てるだけのマナボトルを持ち込むという結論に至った。


 僕らにとって何よりも重要なのはマナだ。マナさえあれば半端な武器や防具などは必要ない反面、マナが枯渇してしまうような事態に陥れば、まともに動く事すらできなくなってしまう。


 マナは僕らにとって最大の武器であり、生命線だ。

 それを回復できるマナボトルは、他の何よりも優先度が高い。


 店長の『神具』には期待していたが、彼女曰く、残念ながら折れてしまった『白神』以外に使い勝手の良い武器は持っていないらしい。


 まあ、何か役に立ちそうなものがあれば『浮遊都市』でも使用していただろう。


 そもそも店長のコレクションはまともなものが少ない気がする。趣味なのだろうか。趣味だとして、どうやって集めたのだろうか。非常に気にはなるが、とにかく今回彼女が持ち込んだ『神具』は、お気に入りの『切望の空(ロンギングスカイ)』だけだった。


 つまり僕らの持ち物は、水と食料、予備の衣類、それから状況によって分け合う一人五本(店長は四本)のマナボトルだけである。

 実にシンプルだが、下手に予測してあれこれ持ち込むよりもこちらの方が堅実だろう。


 ただ、一人だけ例外なのがアリスちゃんだ。


 彼女にマナボトルは大して必要にならない。

 その代わり、魔導具に全てを委ねる事になる。


 事前に聞いていた話では、強力な魔導具を五つ用意したそうだが……。

 アリスちゃんへ視線を向けると、彼女はここまで纏っていた外套を勢い良く取り払い、長いグローブを外した。


 その下から現れたのは、普段着ているふりふりとした可愛らしい衣服ではなく、顎辺りまで隙間なく全身を覆う紺碧のボディースーツだ。

 彼女の髪とは逆で、アクセントとなるように所々に銀の装飾が施されたそれに、腰の辺りから大きく両脚を覆う機械じみた銀のグリーブ。同じく機械じみた両腕を覆う肩まで伸びる銀のガントレット。

 両手の甲と両膝の側面に嵌った宝玉のようなものは、淡く紺碧の光を帯びていた。


 ミーナの《黒爪(ブラックネイル)》に少し似てはいるが、はっきりと別物だとわかる。

 肌がひりつくほどの覇気が、アリスちゃんからは放たれていた。


 異形だとも言えるであろう姿となった彼女は、普段のツインテールを解くと髪を後ろで一つに纏める。そして、自分の手を一度握って開き、鋭い眼光を【湖の神域】、その入り口へと向けた。


「準備完了だカスども」


 静かな声音。

 けれど、緊張に満ちた空気を切り裂くほどの気勢を孕んだ声。


「……試作段階なんでしょ?」


 辺りが静まる中、ミーナが腕を組み挑発するような声を発した。


「問題ねぇ。確かにまだ試作品だが、今のアタシはてめぇの百倍つええ」


 しかし、アリスちゃんはミーナの方を向くこともなく、淡々とと応える。


「まあ……尋常じゃねぇもんは感じるけどな」


 レット君が目を閉じポリポリと頭をかく。


「不安は残るねぇ」


 と、クライスさんが頭を振りながらそう言った瞬間、アリスちゃんの姿がかききえる。

 そして、気づけば彼女はクライスさんの首に右手をかけていた。


「――試すか?」


 疾い――。


 しかも、明らかに全力ではない。

 今のアリスちゃんであれば、確かにミーナとも余裕で渡り合えるだろう。

 

「……いいや、やめておこう。大切な仕事の前に怪我はしたくないからねぇ」


 彼女に首を掴まれたクライスさんは、しかし涼し気に歯を輝かせてそう言った。

 やはりこの人も大概だな。


 アリスちゃんが一度舌打ちし、クライスさんの首から手を離す。


「クライス様、おふざけが過ぎます」


 そのタイミングでソフィがクライスさんを嗜めると、彼はやってしまったとばかりに額を手で打った。


「ソフィの言う通りだ。アリス、力は充分にわかったよ。頼りにできそうだ」


「ふむ、やはり膨大なマナじゃな。一体どれ程のマナストーンを用いたのじゃ?」


 エルが肩を竦め、店長が興味深そうに訊ねる。彼女はアリスちゃんが外套を纏っていた時から、その下に内包するマナが見えていたのだろう。


「上質なもんだけを、数百だ(・・・)。一つ一つはただのパーツで、全部合わせた時に魔導具として完成するように組み上げた。だからクソ判定には引っかからねぇ、検証済みだ。両腕、両脚、全身。全部で五つだ」


 アリスちゃんは――一体何年前からそれを創っていたのだろうか。

 事前に聞いていた通りだが、いざ実物を目にすると、今彼女が身に着けているものがいかに規格外のものなのか実感できる。


 近接戦闘用の右腕、遠隔攻撃を可能とする左腕、神速を齎す両脚、そして着用者の肉体強度、身体能力を跳ね上げる衣。


 それは、かつての人類が創り出した『神具』――神の領域に至らんとする『創造者(クリエイター)』渾身の魔導具――『銀碧神装』。


 これでまだ試作品。

 本来ならその外装は、全身を覆うものになる予定だそうだ。


 そうなった時、一体どれ程の力を保つのだろうか。僕には予想すらできない。


 アリスちゃん――アリス・ヘルサイトは、やはり想像を絶する天才だ。


「思ったんだけどよぉ、その方法なら何でも創れんじゃねーのか?」


「これはあくまで現状手に入るマナストーンで創れるもんを繋ぎ合わせて性能を高めただけだボケ。木から鉄の道具は作れねーだろうが。毛も生え揃ってねぇクソガキは黙ってろ」


「ぐ……生えてるに決まってんだろうが! 俺はガキじゃねぇんだよ! なあノイルん!?」


 うん。

 うんどこの毛が?


 レット君が必死な形相で僕に同意を求めてきたが、そんな所に必死にならなくてもいいと思う。


 そんな事よりも、やはりどうにも何か――違和感があった。マナストーンの質が重要だということは理解できる。

 課題を達成するためには最高品質のマナストーンが必要だということも。

 アリスちゃんがそれを欲している事に、嘘偽りはないのだろう。


 だが何かが違う。何かが噛み合っていない。

 何か、納得がいかないのだ。


「ノイルん……? 何で黙ってんだおいノイルん! その冗談はマジで笑えねぇぞ!」


「あ、ああごめん。うんレット君はちゃんと大人だよ」


 焦ったような表情のレット君に両肩を掴まれ僕ははっと、意識を戻した。彼は心底安心したように息を吐き僕の肩を離す。

 どこの毛かは知らないけど、レット君はちゃんと生えてるよ。


「さて、今ので皆の緊張も解れた、という事にしておこうか。次は隊列の確認だ」


 エルが弛緩した空気を今一度引き締めるかのように一つ手を叩いてそう言った。皆の視線が彼女に集まる。


「ソフィとレットの周りを皆で固める。最前衛がクライスで、右にアリス、左にボクがつく。マナを使わずとも感覚の鋭いミーナは後方に位置取り奇襲を警戒してくれ。レットは状況に応じ魔法で皆の援護を頼む」


 全方位を警戒し、回復役のソフィ、そして近接戦闘を不得手とするレット君を守りつつ、二人がどの位置の援護も可能な配置だ。


「ノイルは万が一の時、《守護者》ですぐに二人を守れるように傍についてくれ。ミリスも同様だが、キミの場合は遊撃として自由に動いてくれて構わない。進む際は先ずクライスの分身体を先行させ罠を警戒すると同時に、接敵時は隊列を整えるまでの時間を稼ぐ。分身体がどの程度通用するかで敵の力量もある程度は測れるだろう」


 可能であれば、常にクライスさんの分身体に全方位の索敵をしてもらいたいところだ。

 マナの消費は可能な限り抑えなければならないのでそうもいかないが、事前に進路の安全を確認しながら進めるだけでも心強い。


「状況によって各自臨機応変に対応してもらうが、基本的にはこの陣形を維持しながら先に進むことになる。何か意見のある者はいるかい?」


 少しの間を開け、誰も口を開かない事を確認したエルは、一度頷いた。


「居ないようだね。それじゃあ――行くとしようか」


 エルの言葉に各々が返事をし、扉の前へと移動する。と、店長が僕の手を握ってきた。どうしたのかと彼女を見れば、そこにはまるで子供のように無垢な笑顔があった。


「これが終わったら、星湖祭の日にデート、じゃからな」


「初耳なんですけど」


 いや、デート二回って言われてたけどさ。

 何で相談もなしに勝手に決めちゃうかな。

 僕にだって予定とかあると思わない? 

 基本ないけど。


 しかし、星湖祭の日に何するんだろう……ドラゴン狩りかな?

 僕、結構あのお祭り好きだったんだけどなぁ。シアラとテセアを連れてゆっくり見て回ろうかなとか思ってたんだけどなぁ。


「まあ……了解です」


 今回はもう諦める他ないだろう。

 僕は思いっきり顔を顰めながらしぶしぶ頷いた。


「あだっ」


 その瞬間、誰かに激しく背中を叩かれる。何事かと振り返れば、ミーナが憮然としたような表情で立っていた。


「…………」


「……ミーナ?」


 どうかしたのだろうか。

 声をかけると、彼女ははっとしたように歩き出す。


「だらしない顔してんじゃないわよ」


 してたかな?

 してなかったよ。

 思いっきり顔顰めてたよ僕。


 歩いていくミーナの背中を眺めながら、僕は背中を擦る。そして、未だ手を握ってだらしない顔をしている人の方を向いた。


「言われてますよ店長」


「我にではなかろう」


 しかし、せっかく教えてあげたのに店長はにこにこしたまま僕の手を引く。

 扉の前で待っているエルが眉を寄せ微妙な表情を浮かべていた。


「ミリス、気を引き締めてくれ」


「これ以上ない程に引き締まっておる」


 扉の前に辿り着くと、エルが咎めるような声を発し、店長は僕の手を離して堂々と腕を組みそう言った。嘘だと思う。


 そんなやり取りをしているうちに、僕らの立っている地面に幾何学的な紋様が浮かび上がり、それぞれの足先から頭頂部まで、一条の光の線が通過する。


 これは【湖の神域】の検査装置だ。

 人数と、所持している道具類を確認されているのだろう。


 身体には何の感覚もないが、どうにもむずむずする。


 と、紋様が消え、今度は扉自体が発光し始めた。そして、巨大な扉は音もなく開いていく。

 入場を認められたのだ。


 開いた扉からはカビ臭い匂いや埃っぽい空気などは一切感じない。気の遠くなる程の過去に創造された場所だというのに、内部は未だ当時と変わらぬ状態を保っているのだろう。


 非常に濃いマナの気配を孕んだ空気が、一度内部から僕らへと吹き抜けた気がした。


 扉の向こうには、更に下へと向かう幅広い階段が続いている。


「おほー」


 皆が緊張した面持ちを浮かべる中、店長が間の抜けた声を発した。空気読もうよ。

 ぺしっと店長の頭を軽く叩いておく。「ふぬ」って音がした。


 エルが一つ息を吐き、すっと目を細める。


「クライス」


「んかしこまりぃ」


 先程の打ち合わせ通り、クライスさんが先頭に立ち、僕らは隊列を整える。


「必ず生還しよう」


「たりめーだボケ」


 エルの声にアリスが吐き捨てるように応え、僕らは【湖の神域】へと足を踏み入れた。

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