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なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです  作者: 高葉
四章

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129 他の誰でもない


 あー……。

 何故僕はこうなのだろうか。


 部屋の天井を見上げながら、僕は自分にげんなりとしていた。


 会議が終わり、シアラ、ノエル、フィオナの三人の様子を見にいこうと思ったのだが、シアラとノエルの二人はどこかに出かけたらしく、既に屋敷には居なかった。

 残されていたのは、「強くなってくる」というシアラのシンプルな書き置きだけであり、後から付け足したようにノエルの名前も書かれていたので、きっと一緒に居るはずだ。


 別に強くならなくてもいいよ。

 そう思ったのだが、今回の件で二人とも思うところがあったのだろう。どこに行ったかもわからないので、僕は止めない事にした。というか止められる気がしない。せめて、危険な事をしないように祈るばかりである。


 フィオナだけはまだ屋敷に残っていたのだが……とりあえず、ここは受け止めてあげるべきだったのではないか?


 いや突然フィオナが胸に飛び込んできて、驚いたの仕方ないとして……見事にそのまま倒れこむのはないだろう。これはない。

 後頭部打ったし。


 別にフィオナの勢いが凄まじ過ぎたとか、彼女が重いとかではなく、普通に僕がバランスを崩しただけなのがまた救えない。


 いくらかがみ込んでいたとはいえ、泣いている女の子一人咄嗟に支えられないというのはどうなのだろうか。


 倒れそうになって手とかぐるんぐるん回したもん。変な声出たもん。結局そのまま倒れたもん。


 こんな情けない奴、僕見たことないよ。

 天井、綺麗だなぁ。


 まあ……僕が情けないのは今に始まったことではないし、こんな事を考えている場合でもないだろう。


 気を取り直して、僕の胸に顔を押し当て黙り込んでいるフィオナへと視線を向けた。時折漏れる嗚咽と、胸の辺りに温かいものが染み込んでくる事を考えると――いや、考えるまでもなく、泣いているのだろう。部屋に入って彼女の姿を見た時からそんな事には気づいている。


 問題は何故泣いているのかだが、それを問うような真似は流石の僕でもしない。どうしてそうなってしまったのかはわからないが、自惚れではないのならば、フィオナの行動原理は大体僕で、今彼女は僕が原因で――僕のせいで泣いているのだろう。


 ミーナに敗北したことと、【湖の神域(アリアサンクチュアリ)】を攻略するメンバーに選ばれなかったことが重なり、不安定になってしまったのだと思う。


 これ程暗く塞ぎこむように落ち込んでいるフィオナは久しぶりに見る。いつからか、彼女は僕の前では完璧な女性であろうとしてくれていた節があるから。


 頑張って頑張って、頑張ってくれていたのだろう。こんな僕のために。

 ……やはり、僕は死んだら地獄に落ちる気がする。


 努力して自分を磨いて強くなって、そんな風に積み重ねてきた自信が、少し揺らいでしまったのだと思う。


 きっと、自分は役立たずだとでも思ってしまったのだろう。


 嫌だと彼女は泣いていた。


 僕に見捨てられるとでも思ったのか、それとも役に立てないのなら傍に居られないとでも考えたのか。


 どちらにしろ、全く見当違いなら気持ち悪いことこの上ないし、自意識過剰にも程があるが――。


 僕は知っている。

 フィオナ・メーベルの事を。

 もう長い付き合いだ。不幸にも偶然僕に目をつけられてしまったフィオナは、長い間傍に居てくれた。

 

 彼女が僕を見てきたというのならば、僕も彼女を見てきた。もっとも、僕の目はだいぶ節穴なのだが。


 でも、度々何を言っているのかわからなくなることはあるし、僕の予想もつかないような行動を取ったりもするが――今フィオナが何を悩んで泣いているのかくらいは、察する事ができるつもりだ。


 彼女の頭へと手を伸ばす。

 仰向けに倒れたままでフィオナが上に乗っているような状態のため、少々不格好ではあるが、僕はそっと泣き続ける頭を撫でた。


 さて、こんな時は何を言うべきなのだろうか。


 僕はどうせ気の利いた事など言えない。

 ならば、もう思っていることをそのまま伝えてしまおう。


 本心を話すと、フィオナをますます縛り付けてしまいそうで嫌だったが、もういい。

 責任だとか、そんなものからは元々目を背け続けている。僕は汚属性だ。


 僕は自分勝手にやらせてもらうとしよう。死んだあと地獄に送られるかもしれないが、そこは死んだあとの僕に任せる。


 とにかく――フィオナにはこんな顔で泣いていて欲しくはないのだ。 


「……僕にとって、フィオナは」


「せん、ぱい…………?」


 フィオナがか細く震える声を発した。


「努力家で、才能もあって、僕よりもずっと優秀で」


 一瞬の間をおいて、僕の胸に顔を押し当てたまま、彼女は否定するかのように頭を振る。


「お洒落で、美人で、何気ない所作の一つ一つが綺麗で上品で、でもふとした笑顔は少し子供っぽくて可愛くて」


 フィオナはまた子供のように頭を振るが、僕にとってはそうなのだ。


「家事は何でもできて、中でも料理はいつの間にかプロ級になってて、というか、基本的に何でもできて、できるようになってくれて」


 できない事があれば、影で練習していたのだろう。


「完璧で苦手なことなんてないように見えるけど、実は虫が大の苦手で、釣りエサの虫が詰まった箱を初めて見せた時なんか気絶しちゃって、それだけはいつまで経っても苦手なままで」


 思い出し、思わず少し笑みを浮かべてしまう。当時は心底慌てたが。


「穏やかに見えて、思い込みが激しくてすぐに過激な手段を選びがちで、言わなくても何でもやってくれるから楽なんだけど、すぐに暴走するから困ることも多々あって」


 責めているわけじゃないのに、胸の辺りに置かれたフィオナの手がぎゅっと握られたのを感じた。


「冷静なようで割とすぐに顔に出て、強くて自信に溢れてるようで、こうやって脆くて弱い部分もあって」


 更に強く、彼女の拳が握られる。


「案外言うことは聞いてくれなくて、面倒を起こすこともよくあるけど――それはフィオナなりに想って行動してくれた結果で」


 僕は複雑な気持ちになりながらも、少し嬉しくなってしまうんだ。


 ふっと、フィオナの手から力が抜けた。 


「猫よりも犬が好きだったり、本当は結構好き嫌いがあるのに僕に合わせて何でも食べてくれてたり……まあ、他にもフィオナのことは色々知ってるつもりだけど、まとめるなら」


 いつの間にか、フィオナは顔を上げて涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、どこか縋るようにこちらを見つめていた。


「僕にとってフィオナは――一途に慕ってくれる、世界でたった一人の大切な後輩だよ」


 くしゃりと、彼女は顔を歪める。


「自分勝手な事を言っていいなら、僕は魔導学園のあの場所で、フィオナに出逢えて良かったって、心の底から思ってる。他の誰でもない、フィオナ・メーベルだから、良かったんだ」


 僕のせいでフィオナは明らかに道を踏み外してしまったが、僕にとっては、彼女に出逢えた事はこの上ない幸運だったといっても過言ではない。


「だからフィオナが今、役に立てないから僕が見捨てるとか、傍に居られないとか考えてるなら、それは間違いだよ。そんな事は絶対にない」


 君が、これまで僕にどれ程のものを与えてくれたと思っているんだ。

 ぼろぼろと涙を零すフィオナを、かけがえのない存在を、僕はそっと抱きしめる。


「僕にとってフィオナは、最高の後輩なんだから」


 まあしかし……これで僕の見当違いだったらとんでもなく恥ずかしい事になるな。間違いなく穴があったら殺して欲しいと思うほど程恥ずかしい行為だ。


 だが――そんな心配は必要ないようだった。


「先輩……」


「うん」


「……愛してます」


「……うん」


 フィオナが僕の胸に顔を埋めたまま、腕の中でそう囁いたからだ。

 見当違いではなかったようだし、彼女の気持ちには流石の僕でも気づいていた。というか、何度か直接言われてるしね。


 だから――


「愛してます愛してます愛してます愛してます先輩愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます先輩愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます先輩先輩大好き愛してます愛してます愛してます愛してます先輩先輩子供愛してます愛してます愛してます」


「ひぇっ」


 別の心配が必要だった。







 うーん……。

 ううーん……。


 長い。

 長いなぁ……。


「愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます」


 フィオナはいつになったら戻って来るのかなぁ……。


 あれからしばらく経ったが、フィオナは一向に僕から離れる気配がない。こちらはとっくに手を離しているのに、フィオナは僕の上から退いてくれず、胸に顔を埋めたままである。


「フィオナ」


「愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます子供を愛してます愛してます愛してます愛してます愛してますつくりましょう愛してます愛してます愛してます愛してます」


 言葉、届かないなぁ……。

 何か合間合間に聞こえるなぁ……。


 だが幸いフィオナは動くことはなく凶行に走る様子はないので、僕はキャスティングのイメージトレーニングをしながら彼女が正気に戻るのを待っていた。


 こう、手首のスナップを利かせて……狙ったポイントに確実に落とせるように。竿のしなりを最大限活かすのを心掛けて――


「すぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁぁぁ先輩愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる」


 さーて、そろそろ使うか〈店長召喚(エア・ブレイカー)〉。


 フィオナがとんでもなく深い深呼吸を僕の胸に顔を埋めたまま何度も行い、第二形態に突入した。

 危機感を覚えた僕は、キャスティングの練習をやめ、奥義をいつでも放てるように身構える。


「――ふぅ」


 しかし、そんな僕の緊張は他所に、フィオナは一つ息を吐くと、すっと身体を起こした。

 仰向けの僕に馬乗りとなった彼女は、髪が乱れ赤く目が腫れているものの、すっきりとしたような顔をしており、にこりと艶やかに微笑む。


「すみません先輩。もう大丈夫です」


「あ、はい」


 本当にぃ?

 嘘じゃない?


 さっきまで明らかにおかしかったけど。嘘じゃない? 

 その切り替えが怖いよ? 

 言っとくけど、僕はいつでも〈店長召喚〉を行使できるからね?


 疑心暗鬼となっている僕の上で、フィオナは微笑んだまま乱れた髪を後ろで纏めていく。

 そうして束ねた背の中ほどまである綺麗な空色の髪を片手で持ったまま、彼女は見惚れるほどの一層美しい笑みを浮かべた。


「先輩」


「……何?」


「私は、もう迷いません」


 そして、次の瞬間ふわりと室内に風が吹き――フィオナの髪をバッサリと断った。


「えっ」


 目を見開く僕の前で、一気にショートヘアとなった彼女が、片手に持った切られた髪の束を持ち上げる。


 何を、やっているんだろうこの子は……。


「先輩」


「あ、はい」


「私は強くなります」


 ならなくていいんじゃないかな……。


「これからのフィオナ・メーベルを、ずっと見ていてください」


「…………」


「あなたの、あなただけの、先輩だけの――最高のフィオナ・メーベルを」


 あちゃあ。

 やはり僕はやらかしてしまった気しかしない。


 断髪はつまり決意の表明なのだろうが、うっとりと恍惚そうな表情を浮かべ、片手に自らの頭髪を持ち、もう片方の手は頬に添えたフィオナは、どう見てもまともには見えなかった。


 瞳は爛々と輝き、口の端からは涎が……涎垂れてるよフィオナ。


「……わかった。でもその……勿体ないね。せっかく綺麗な髪だったのに」


 僕はなんとか空気を変えるために、引きつった笑みを浮かべ目を逸しながらそう言った。


「大丈夫ですよぉ」


 一瞬の間も空けることなくフィオナの声が返ってくる。


「先輩が私の髪を好きだったのは知っています」


「あ、はい」


 まあ確かに好きだったけどさ……。


「ですから、これは無駄にしません」


「え?」


「これで先輩の下着を作りますねぇ」


「そうきたかぁ」


 それは読めなかったよ。

 記念に取っておくとか、プレゼントしてくるかなぁとかは考えてたけど、そうくるかぁ。

 それは読めないわぁ。しかもよりにもよって下着かぁ。


 どうやったらそんな気の狂った発想が出てくるんだろう。多分五回くらい生まれ変わっても僕はそんな発想できないよ。


「はいっ! 楽しみにしててくださいね!」


「ははっ! わぁい!」


 僕はもうヤケクソになり、笑顔で両手を上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とっても面白いです! [一言] 髪の毛で下着作ろうとするのは狂ってて草
[気になる点] 色々、きっぱりしろよ、スッキリしないなぁ。
[一言] 脱落を許さない鬼主人公 全てが自業自得 素直に分割されましょう
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