表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/188

すごい話(後編)

「殺した……?」


 未央(みお)が呟くと花奈(かな)はコクりと頷いた。


 詳しく聞くと、咲夜(さくや)が殺めたのは死を望んでいた男性で、なぜ死を望む人間を殺めたのかは当時の咲夜の考えによるものだった。


 当時咲夜も男性と同じように死を望んでいて、自殺しようと思っていたほどだった。そんな時にふとこんな思いを抱いているのは自分だけではないと思い立った。そして自分と同じように苦しんでいる人の手助けがしたいと考えた結果、死を望む人の望みを叶えるいわば仕事に近いものを始めたのだ。


 だが当然咲夜はまだ中学生。その男性の息が止まった瞬間に咲夜自身が一瞬にして目の前の尊い命を奪ったという罪の重さに絶望し、正直に姉の花奈に打ち明けたのだ。


「全部話してくれました。学校で上手くいかなくて嫌になったんだって」


「そうだったんだ」


「はい。でもそれをちょうど近所の方に見られてしまったんです。完全に弟だって認識はなかったようなのでその時は何とか誤魔化しました。でも二回目は完全に見られてしまっていて、後になって警察が来たんです」


「弟くん、一回目でもう止めようって気にはならなかったの?」


 花奈は暗い顔でゆっくりと頷いた。


「それが、弟が大胆にも看板を作ってしまったせいで宣伝のような感じで広まって「殺してほしい」という依頼が殺到してしまったんです。今更断るわけにもいかなかったみたいで続けるしか……。こればっかりは私がちゃんと止めるべきでした」


 そう話す花奈の瞳が潤み出し、徐々に涙が零れ出てくる。


 花奈の震える肩を抱き、未央は優しく言った。


「辛かったんだね、花奈ちゃんも。弟くんだけじゃなくて花奈ちゃんも色々苦しいことがあって……。しんどかったね」


 花奈は何度も何度も頷いた。


「よく頑張ったよ、花奈ちゃん」


 未央の言葉が花奈の心を優しく包み込む。そして花奈はついに声を上げて泣き始めた。未央の腕の中でその身体を掴みながら嗚咽を混じらせる。


 未央はそんな彼女をずっと抱きしめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ありがとうございました。長い間お世話になってしまってすみません」


 すっかり日が暮れた空が垣間見える玄関先で、花奈は未央に頭を下げた。涙こそひいたが長時間泣いたせいでその目はまだ赤く少し腫れていた。


「ううん、大丈夫。それに誘ったのは私の方だし」


 未央は腕時計に目を通す。時間は夕方の5時をまわっていた。季節の関係でこんな時間帯でも外はだいぶ暗くなっている。


「お母さんはまだ?」


「はい。あと一時間くらいです」


「そっか……。でもそろそろ帰るね。あまり長居しても悪いし。お母さんによろしく」


 少し考えてから花奈に言った。


「わかりました。色々話も聞いていただいて本当にありがとうございました」


 花奈はもう一度深々とお辞儀。笑顔で未央を見つめる。


 その笑顔に胸を撫で下ろしつつ未央は「じゃあね」と手を振って家をあとにした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 帰りの電車で揺られながら、未央は花奈の言葉を思い出していた。


 最初に前置きしていただけあってやはり「すごい話」だったと今でも思う。非常にプライベートな内容を聞いてしまったことに若干の不安は感じるが、おおよその予想は当たっていた。


 やはり花奈が誤認逮捕された事件の真犯人は花奈の実の弟だった。花奈が誤認逮捕されたきっかけは弟を庇う姉心ゆえの末路。姉弟であれば当然の事のようにも思えてしまうが、花奈自身の優しさも含まれていたはずだ。


 そして精神的に追い詰められた花奈の弟・咲夜。自殺を考えるほどの苦痛を未央は知らない。きっと未央には予想できないほど苦しいものに違いない。だからこそ花奈は姉として行動を起こした。そう考えれば納得がいく。


 だが本当にこれで終わって良いのだろうか。いや、良いわけがない。


 まだ未来があった中学生が心身共に追い詰められなければならない理由について花奈は咲夜自身の精神の変化だと言っていたが、本当は違うのではないか。そして花奈自身も本当はそう思っていないのではないか。


 考えれば考えるほど色々な問題が次々と浮上してくる。


 こんなことになったのも今の社会が原因なのではないだろうか。若い学生が心に傷を負い死を求めてしまう世の中などあってはならない。かつての愛人に死の審判を下した未央が言えたことではないが、いや、だからこそ、二度とそんな学生が現れないように変えていかなければならない。


 ではどうやって……? まだ具体的な策は当然ながら思いついていない。だが未央はすぐに行動に起こしたいと思っていた。考えるだけでは社会は変わらない。それだけは明白だ。


 何年も前にこの世の中を震撼させた小学生の記事が頭をよぎる。


 世の中を変えるには彼のようなインパクトを世に与える必要がある。だが未央にそんなことができるだろうか。だがやらなければ絶対に世界は変わらない。この決心が揺らがないうちに……。


 それはまだ未央が中学生入学直後に初めて目にした新聞記事だった。なぜこの記事に触れることになったのかは覚えていないが、未央と1歳しか変わらない少年が国中を震撼させるような悪事を働いていたのは今でも印象的だ。


 当時世間から「破壊者(デストロイヤー)」と呼ばれた少年。その名前は___。



陰陽寺大雅(おんみょうじたいが)

お読みいただきありがとうございました!

次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ