花奈の家族
「おじゃましまーす」
ドアを開けてくれた花奈に素直に甘えて未央は花奈の家に足を踏み入れる。
玄関はきれいに整頓されていて流石女の子の家だと思わず唸ってしまうほどだ。未央自身も女の子だが整理整頓は苦手で家の中はほとんどごみ溜め。とても人様を招待できる状態ではない。
「玄関綺麗だね」
辺りを見回しながら未央が言うと、花奈は手を振って否定する。
「い、いえいえ、そんなことないですよ! 先輩のお宅こそお綺麗なんじゃないですか?」
痛いところをつかれて胸がチクッと痛むのを感じながら、
「う、うーん、花奈ちゃんの家よりは負けるかなー」
どもりつつも何とか誤魔化す。当然ゴミ屋敷に近い状態だとは言えない。
花奈の方は未央がなぜ焦っているのか分からず、きょとんと首をかしげた。
「そういえばご両親は?」
花奈の部屋に通されてから未央は質問する。先程から花奈以外の住人の様子が見受けられないのが気になっていた。
「あぁ、母は仕事です」
「え? 日曜日なのに?」
未央は驚きを隠せない。花奈の両親も日曜日は休みだったため休日出勤の人は初めて聞いた。
「はい。パートタイムなんですけどお給料が少ないので休日も入ってくれてるんです」
花奈がそう説明した。
「へぇ。お忙しいんだ」
花奈も忙しい母親を支えるのに大変なのだと感心する。加えてそんな中で花奈が殺人容疑で少年院送検となったときの親子の何とも言えない虚しさが容易に想像できた。
「先輩は……」
花奈に話を振られて未央も説明する。
「私は一人暮らしだよ。両親は居るけど会いに行くのも一苦労。結構遠い所に住んでるからね」
「そうなんですね。……寂しい、ですか?」
「ううん、もう慣れた。今は一人の方が落ち着くかなー」
そう語る未央の瞳が寂しげに宙に浮いたのを見て、花奈は空気を変えようと
「あ、お茶入れてきます!」
と言って部屋から出ていった。
ドアが閉まった後、未央は改めて部屋の中を見回した。
女子力がバリバリ感じられる色使いの部屋で、花奈の好みなのかピンクが多く目立っていた。
やはり自分の部屋とは大違いだと情けなくなりつつも中央の丸机の前に腰掛ける。その床に敷いてある絨毯もやはりピンク色だった。
花奈はまだ帰ってこない。
ドアを見つめながら先程の事に考えを巡らせる。花奈にかけられた殺人容疑が誤認で代わりに逮捕された真犯人の少年。勿論花奈が釈放されて冤罪もハッキリした事は喜ばしいが、何故か嫌な予感が未央を襲う。
ふと、ある写真が未央の目に入った。若い夫婦の膝に座る二人の姉弟。まだ二人とも小さくて幼いが女の子の方が顔つきもしっかりしていて男の子より年上のように感じられる。四人はカメラに向かって笑顔で笑っている。場所は公園のような木々が生い茂った場所。若夫婦は木製のベンチに座っていた。
「遅くなってすみません」
未央がその写真を見つめていると、ようやく花奈が部屋に戻ってきた。未央の目の前にある丸机にお盆から下ろしたコップを置く。中には紅茶のような香りがする飲み物が入っていた。
「これ……」
「紅茶です。あ、もしかして先輩飲めないですか?」
花奈が不安そうに尋ねるが、未央は首を振って答える。
「ううん、むしろ大好物。ありがとう」
未央の微笑みに花奈の不安そうな顔が消えた。
「ねぇ」
「はい?」
紅茶を一すすりした花奈の眉毛がピクンと動く。
「この写真って花奈ちゃんのご家族?」
花奈の勉強机に飾ってあった写真を指差して未央は尋ねた。
「あぁ、はい。小さい時に近所の公園に行ってそれで撮ってもらったんです」
「へぇ〜、そうなんだ」
「これが父と母です」
立ち上がって机から写真を手に取り、未央の前で分かりやすく写真を指す。
「こっちが弟で……」
「可愛いね」
愛くるしい家族の笑顔に自然と心が和む。だが未央が見た花奈の横顔はそれとは正反対のものだった。
まるで涙がこぼれそうなほど目が潤んで口元が震えていた。
「……花奈ちゃん?」
「先輩」
花奈は写真を見たままポツリと言った。
「今からすごい話してもいいですか?」
「すごい、話?」
「はい。私と弟の話です」
「う、うん……。いいけど」
何故唐突にその話をしたがるのか未央は不思議だったが、花奈の代わりに逮捕された少年のことが分かるかもしれないと思い応じる。
そしてもう一度家族写真を見つめる。未央の代わりに逮捕された少年……。
(まさか、ね……)
未央は自身の予想を否定して花奈の話に耳を傾けた。
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