大雅の思考2
「釈放か……」
早朝。朝ごはんを済ませて、前よりも広くなった部屋の中で大雅は1人呟いた。
先日少年院の先輩である未央と密談を終えたのだが、去り際に彼女が放った言葉が今でも頭から離れない。未央は自分はもう少しで期限切れの釈放だと言っていた。つまり政治家でいう任期が終わったという事だ。院内で未央は何も悪い事や先生に怒られるような事をしていなかったため、院長がOKとしたのだろう。
未央がいなくなるからと言って大雅の生活が一変するわけではない。だがあの笑みが引っかかっていた。まるで自分が勝った事を宣言するような笑み。勝ち誇り敗者を嘲笑っているかのような笑み。
あれは何を意味しているのだろうか。あの話を終えた後なので純粋に大雅よりも早く少年院から釈放される事を喜んでいると考えるのは違う。ましてや少年院に送検されたのは未央の方が早いのだし、大雅よりも釈放の許可が出るのが早いのは当然のことだ。分かりきった事。その為にわざわざあんな笑みを浮かべるとは到底思えない。
「まさか何か企んでるのか?」
不安になり口に出してみる。その可能性は否定できない。前述の理由でなければ考えられるのはそれだけだ。釈放された後何かを目論んでいるのかもしれない。
「でも一体何を……?」
かつて彼女が嫉妬した彼氏は未央自身が闇に葬り去った。未央が恨んだり妬んだりする相手はもうこの世にはいないはずだ。釈放されてもまた罪を犯せばこの日々が繰り返される。これも分かりきった事だ。未央とてそんな事まで分からないほど馬鹿ではないはずだ。
「だとしたらあれはただの笑顔……」
そう結論づけるしかなかった。未央の笑顔に意味を感じたのは大雅の思い過ごしで実際は何の意味も無い。1番平和的だ。そうであってほしいと大雅は願った。
ふと時計を見ると授業開始まであとわずかだった。大雅は立ち上がり、授業の教科書類を入れた手提げを片手に部屋を出た。
今回は全入所者合同の授業で釈放が近い者も遠い者も関係なく釈放された後についての講義が予定されていた。広い会議室のような場所に移動して席順を確かめ椅子に座る。授業開始まであとわずかという時間で教室に入ったため、既に着席している生徒が殆どだった。教室の前方には白いスクリーンが吊るされていた。きっとこれを使ってプレゼン形式の授業を行うのだろうと大雅は踏んだ。
ふと前を見ると、大雅の席から5つほど前の斜め方向に未央が座っていた。後ろ姿しか見えないが真冬にも関わらず背中まで伸びた長髪を鬱陶しそうに1束にまとめてくくっていた。それを終えた後教科書を開いて読んでいる。今回の予習だろうか。そういう所は真面目だなと大雅は思う。
やがて担当の講師が教室に入ってきて授業が始まった。講師はマイクを片手に簡単な挨拶を済ませると手元のリモコンを弄って前のスクリーンにスライドを出現させた。授業内容は「釈放のその後」。生徒たちが一斉にノートを広げる音が教室中に響く。全入所者が在籍しているため普段の授業以上にその音は大きい。大雅も遅れを取ることなくノートを開いてペンを持つ。講師が話し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ではこれで今回の授業を終わります」
講師が締めると一斉に拍手が起こった。講師は拍手に見送られながら教室を出た。
それを見送った後院長が前に進み出てマイクで話し始める。
「えー、というわけで今回このような機会を設けたわけだが役に立ったかな? 君達が罪を犯してここに送検されても釈放後に社会に貢献できるという事を今日は知ってほしかった。社会に反する事をした分ここを出てたくさん社会に貢献してほしいとわたしは願っている」
院長は話し終わるとマイクを置いて脇へ寄った。チャイムが鳴り、入所者たちは一斉に教室をあとにした。
大雅も荷物をまとめて席を立つ。講義中、熱心にノートに書き留めていた未央の姿が思い浮かんだ。釈放が間近に迫った彼女にとってこの授業はとても良い物だったはずだ。その後の質疑応答の時間も講師にたくさん質問をしていた。あの笑みだけがどうしても引っかかるが未央とはもう二度と関わらないと承諾したばかり。声をかけるわけにはいかなかった。
部屋に戻る途中、女子たちが部屋の前で立ち話をしていた。同級生では無さそうな彼女たちは比較的大人びていた。おそらく未央の同級生だろう。何気なくその会話に耳を傾けていた大雅は1人の女子の言葉に耳を疑った。
「あ、そうそう。そういえば未央もうすぐ期限切れの釈放じゃない? 未央、釈放されたら年下の女の子に会いに行くんだって」
未央と関わったことのある年下の女の子。大雅には思い当たる人物が1人しかいなかった。もっと言えばその人物しか考えられなかった。
「そうなんだ。その子とはどういう関係なの?」
別の女子が尋ねると話を切り出した女子が答えた。
「うーん、詳しい事は知らないけどここの出所者だってさ」
「あー、その子見たことあるかも! やたら未央が気に入ってたよね!」
「そうそう! あの背小さくて可愛い子!」
女子2人は共通の人物が分かったらしく笑顔で笑っていた。大雅はそのまま彼女らの横を通り過ぎて自分の部屋に入った。
さっき彼女たちが言っていた年下の女の子。「少年院の出所者」で「未央が気に入っていた」と聞けば大雅には1人しか思い当たらない。
「……花奈」
久しぶりに発した同居者の名前に少し嫌な予感がした。
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次回もお楽しみに!




