推理
「……嬉しくなっちゃうの?」
「はい」
未央の問いかけに大雅は平然と頷いた。
小さい頃からそうだった。両親の別荘を燃やしてこれでもかと言うほど叱られたが、それがきっかけで炎に興味を持つようになった。それから自分にとって敵とみなした者の家を容赦なく焼き払っていった。
それは成長しても止められなかった。まるで呼吸するように、生まれつきの習慣のようにごく自然に何の未練もなく放火を続けていた。
小学校、中学校、高校……。どれもあえて日中を狙った。そうすれば面倒な学校ごと敵である生徒も自分の視界から永遠に消せる。その思いからどんどん燃やしていった。テレビや新聞などで事件として報道されるたびに自分が世間に与えている影響力を確かなものだと確信できた。とても気分が良かった。
小学校のうちはまだ小さいのもあってか、生き残った唯一の生徒として注目を浴びた。勿論証拠は校舎や人間とともに焼き払ったため一切残らなかった。
そのままある高校に転校し、そこで1人の少年と出会った。早乙女悠希だ。
彼はなぜか大雅がこれまでの全焼事件の首謀者である情報を握ってそれを武器に大雅の行動を阻止しようとしてきた。今までそんな人間はいなかったため内心すごく驚いたものだった。
そして運悪く計画も失敗し、こうして少年院に送られた。
「今はどうかわからないですけど。でも」
今までの過去を思い出しながら大雅は言った。
「多分もう一生そんなことしません。だから人を殺して嬉しくなるのは過去の話です。先輩とは違いますよ」
「そっか。偉いね」
未央は微笑んだ。もうその目に涙はなかった。
「ビックリしたよ。人を殺して嬉しくなるなんて言っちゃって」
「先輩もでしょ?」
大雅の言葉に未央は目を見開いた。
「わかりやすいなぁ、先輩は」
大雅は笑みを浮かべつつ探偵気分で言った。
「先輩、最初に自白してますよ。あの人が騙されるのが悪いんだって」
「……」
それを聞いた未央の目が見開かれ、口元がキュッと結ばれた。額は徐々に水滴で濡れていく。
「あれ? どうしたんですか? 汗だくですよ?」
大雅は汗だくの未央の顔を覗き込んだ。未央は大雅と目が合うとスッと顔を逸らした。
「これ、使ってください。綺麗ですから」
そう言って未央にハンカチを渡した。未央は素直に受け取り、そのハンカチで額の汗を拭いつつ
「ありがとう」
とお礼を言った。
「じゃあここからは僕が先輩の話をします。いいですか?」
念のため確認をとる。未央は黙って頷いた。
「まず先輩の言葉は本当です。彼氏が先輩のほんの少しのチョコレートで命を落としたのは事実。でもその前が違うんです。よね?」
未央は俯いたまま黙っている。額に先程よりも大量の汗を浮かべている。
「な、何よ。言ってみれば?」
未央は強がってみせたがその額の汗は止まらない。
「その日はバレンタインデー。先輩の彼氏はイケメンで他の女子からも大人気。チョコレートとかもいっぱい貰うはずですよ。それも尋常な量じゃないほどにね」
大雅は未央の目前で息を潜めた。
「それ、知ってたんでしょ?」
未央の目が大きく見開かれた。わかりやすい反応だ。大雅は黙って微笑んで続きを口にした。
「バレンタインのチョコは常の人気を黙示します。つまり他にも女がたくさんいた、とかじゃないですか? 言い方悪いですけど浮気みたいな」
「ええ、知ってたわ。でも我慢して……」
「それが限界になっちゃったりしませんでした? その反動で彼の貰ったチョコの量を把握しつつ致死量に見合うだけのチョコを急いで買ってきて食べさせた」
「じょ、冗談言わないでよ!」
未央が思わず立ち上がって怒りの声を上げた。眉は吊り上がり、調子に乗って喋り続ける少年を鋭い視線で突き刺している。
「先輩、声落とさないと聞こえちゃいますよ」
大雅はそんな未央を煽る様に人差し指を口にやった。
「チョコレートは食べ過ぎると人間を死に追いやります。食べ過ぎって言っても先輩の彼氏ほど尋常じゃない量を食べなきゃいいんですけど。チョコレートに含まれるテオブロミンっていう有害物質と致死量の砂糖が彼氏さんの身体に蓄積されて俗に言う『チョコレート中毒』っていうのを引き起こしたんです」
以前そうやって彼氏を殺した女性の話を小説で読んだことがあった大雅にとって朝飯前の推理だった。未央の行動はその小説と面白いくらいに同じだった。
「それで、話は終わったの?」
未央は今度はボリュームを落として尋ねる。
「はい! ご清聴ありがとうございました」
恭しく礼をして未央を見る。汗の量はそれこそ彼氏の貰ったチョコの量のように尋常ではなかった。
「……何で分かったの」
小さな声で大雅から顔を逸らしたまま尋ねる。
「先輩が最初に自白してくれたからです」
楽しげな少年を小睨みして少女は席を立った。
「もういい。あなたには今後一切関わらない。花奈ちゃんも居なくなっちゃったしあなたといる意味がないから」
「わかりました」
大雅は素直に頷いた。
「あと」
立ち去る寸前、思い出したかのように未央は付け加えた。
「私、もうちょっとで期限切れの釈放だから」
そう言って勝ち誇ったような笑みを浮かべて大雅に背中を向けた。
お読みいただきありがとうございました!
今回は自分で書いててすごく楽しかったです!推理シーンってかっこいいですよね!
引き続き面白いなと思っていただいたら感想、評価、ブックマークをよろしくお願いします!
次回もお楽しみに!




