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二人の進展

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息遣いと共に地面を力強く踏みしめる音が聞こえる。

 悠希ゆうきあかねは、大雅たいがから逃げるべく懸命に走っていた。

 茜は自分の手を引いて前を必死に走ってくれている悠希を見つめた。

 それから悠希に握られている手に目を落とす。

 思わず顔が赤らんでしまう。


(ちょっと! こんな時に何考えてるのよ私!)


 茜は首をブルブルと振ってもう一度足に力を込めて走りを速めた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


「見つかって良かったわ、本当に。全くもうどこに行ってたのよ」


 茜の母親は、茜の両肩を掴んで彼女を叱った。


「ごめんなさい、ちょっと、クラスメイトの家に行ってて……」


 茜は謝って言い訳をした。しかしこの言い訳もあながち間違いではない。

 事実、大雅は茜のクラスメイトなのだから。


「だからってちゃんと帰ってこないとダメでしょ! もう高校生なんだからそれぐらい……」


「あの」


 説教をしようとした茜の母親を悠希が止めた。

 茜の母親は何故遮るのか不思議そうに悠希を見る。

 茜も驚いて悠希の方を見た。


「どうしたの? 悠希くん」


「茜は悪くないです。ただ、ちょっと相手が面倒な奴でなかなか帰れなかったんだと思います」


「……そうなの?」


 茜の母親は茜に尋ねた。

 茜は小さく頷いて肩をすくめたまま母親を見た。


「そう……。まぁいいわ。今回は大目に見てあげる」


 小さくため息をついて、母親は渋々そう言った。


「ありがとう」


「お礼を言う相手が違うでしょ、茜。ちゃんと悠希くんに言いなさい」


 母親に言われて茜は、少し顔を赤らめながら悠希の方に向き直った。


「そんな、良いですよ。大それたことしたわけでもないのに……」


「悠希」


 母親の言葉を聞いて慌てる悠希を遮って、茜が言った。


「助けてくれて、ありがとう」


「お、おう……」


 目の前で一層顔を赤くしている茜につられて、思わず悠希の顔も火照ってしまう。

 悠希はそれに気づき、手で口を覆った。


「じゃ、じゃあ、俺帰るな」


 悠希は照れるのを隠すように言った。


「う、うん、ありがとう、本当に」


 茜も恥ずかしそうに少しうつむいたままだ。

 悠希はそんな茜の様子に安心して微笑み、手を振った。


「じゃあな、また明日、学校で」


「うん」


 茜も手を振り返す。

 茜の母親に礼儀正しくお辞儀をして、悠希は茜の家を後にした。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


「マジかよ! 何で俺に言ってくれなかったんだよ、悠希!」


 早朝の教室で悠希の机を力強く叩いて、龍斗りゅうとが怒っていた。

 悠希はそんな龍斗をなだめるように言った。


「悪い悪い。お前まで巻き込みたくなかったんだよ。大体予想はしてたし、何より茜が無事で良かったじゃん」


「そりゃあそうだろうけどよ! 俺だってあいつの力になりてぇんだからな」


 腕を組み、龍斗は不満げに言った。


「分かったよ」


 悠希はそんな龍斗に根負けして、渋々頷いた。


「でもさ、絶対陰陽寺おんみょうじの奴怒ってるよな」


「多分な。俺も強引にやっちまったし」


 悠希は龍斗の言葉に頬杖をついて応えた。

 大雅の事を考えただけで暗い気分になる。

 茜は無事に救出できたものの、その後のことは全く想像していなかったのだ。

 これから大雅がどう動くか全く見当もつかない。


「はぁぁ、またあいつに何かされるかもな。早絵、茜って来たから次はお前か?」


 悠希はため息をついて龍斗の方を見た。


「何でだよ! そんなのまっぴらごめんだ!」


 龍斗が驚いた表情で言った。

 悠希の言葉が相当怖かったのか、考えただけで背筋が凍るなどと言いながら二の腕をさすっている。


「ったく、冗談はよせよな!」


「悪い悪い」


「おはよう」


 不意に声がして二人が横を見ると、茜が来ていた。


「うわぁ!びっくりした……」


 龍斗が椅子から転げ落ちそうになりながら言った。

 だが茜はいたってクールに、


「二人で話に夢中になってるからでしょ。ていうか龍斗、そこ私の席」


「ん?」


 茜に言われて龍斗は自分が今座っている椅子を見下ろして急いで立ち上がった。


「ああ! そうだった! 悪い悪い、話すのに熱中しててな、つい」


「つい、じゃないから。全くもう」


 茜は少し怒った様子を見せる。

 龍斗はそれに慌ててなんとか茜の機嫌を直そうと、椅子を引いて茜がすぐに座れるようにしてやった。


「ど、どうぞ、茜様」


「それやめて、気持ち悪い」


 そんな龍斗の努力もむなしく、茜は厳しく言い放つ。

 龍斗は、ショックでよろめきながら悠希の方に歩いて言った。


「悠希ぃぃ! 茜が気持ち悪いって言ったぁぁぁ!」


「それぐらいで泣くな! 子供か!」


 背中にのしかかってくる龍斗を邪魔そうに押しのけながら、悠希は言う。

 そんな二人の様子を見ている茜の顔にも思わす笑みがこぼれるてくる。

 二人が戯れているのを見ながら、茜は昨日のことを思い出していた。

 もし、あそこで悠希が来てくれなかったら自分の命はなかっただろう。

 それに助けに来てくれても大雅に刺されてしまうというリスクがあったはずだ。

 悠希はそんな危険も顧みず、ただひたすら一生懸命に自分を助けてくれた。

 そしてちゃんと母親に弁解もしてくれた。

 茜一人だったら母親に言われるがまま本当のことは言わずに適当な理由をつけて謝っていた。

 でも悠希がいてくれたことで、茜も本当のことを母親に伝え、分かってもらうことができた。

 本当に感謝してもしきれないな、そう茜は思った。


 すると、ガラガラとドアが開いて、月影先生が入ってきた。


「はい、着席ー」


 龍斗も含めて立って話をしていた生徒達は急いで自分の席に座った。

 先生は教壇に立ち、クラス内を見回して言った。


「えー、皆も気になってると思いますが、古橋についてです」


 先生の言葉にクラス中がざわつく。

 悠希もバッと顔を上げた。


「静かに」


 先生は生徒らを制して続けた。


「先ほど古橋の意識が戻ったという連絡が病院の方からありました。流石にクラス全員で病院に押しかけるわけにはいかないので、お見舞いに行きたい人は先生に言ってきてください」


 クラス中が動物園のように騒がしくなった。

 先生が思いっ切り息を吸って、


「今日の連絡は終わりー!」


 と叫んだが、その声も生徒らの話し声にかき消されてしまってほとんど聞こえない。

 それでも先生は諦めず、


「次の授業の準備しっかりねー!」


 ともう一度叫んで教室を出て行った。


『古橋の意識が戻った』


 さっきの先生の言葉が悠希の脳内をくるくると回っている。


『古橋の意識が戻った』


 もう一周まわった言葉はようやく悠希に理解させた。


「古橋が……」


 悠希は思わず呟いた。

 不意に肩を叩かれて横を向くと、茜が満面の笑みを浮かべていた。


「良かったね! 悠希!」


 茜の笑顔が徐々に崩れて、大粒の涙がとめどなく溢れ出す。

 それでも懸命に口角を上げて、茜は笑顔を作った。


「そんな無理すんなよ。泣きたい時は泣けばいい」


 悠希は笑って言ったが、茜は笑いながら首を横に振った。


「嫌だよ。だって恥ずかしいもん」


「悠希ぃー! やったなー!」


 突然の大声に驚いて振り返ると、嬉しさのあまり立ち上がった龍斗がこちらに向かって大きく手を振っていた。


「お前、バカ。恥ずかしくないのか」


「何で恥ずかしいんだよ! お前ももっと喜べよ!」


「喜んでるよ」


「へん! それじゃあ全然伝わってこねぇな!」


 龍斗が少し馬鹿にしたように悠希に向かって叫ぶ。


「うるさいな、ったくお前は小学生じゃないんだから叫ぶな」


 悠希の言葉にクラス中からどっと笑いが起こる。

 みんなの笑顔と涙が輝いていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 放課後の夕陽が差し込む教室に、悠希、龍斗、茜の三人がいた。


「よし、じゃあ、早絵のお見舞い行くか!」


 悠希の声に二人が力強く頷く。


「どうしよう、私、今から泣きそう」


 そう言いながらすでに涙を浮かべている茜に、龍斗が笑って言った。


「何で泣くんだよ、今からは笑顔だぜ?」


「うるさいな、バカ。分かってるもん」


「バ、バカ……?」


 茜にバカと言い放たれ、ショックで目を丸くしながら龍斗は茜を見た。

 だが茜はぷんと顔を背けてみせる。

 龍斗はわざとだとも分からず、うなだれている。

 その様子に茜は思わず吹き出してしまった。


「もう、嘘に決まってるじゃん。何変な顔してるの? バカだなぁ」


「何だよ、嘘かよ〜! バカバカ言うなよ! 俺、本気で傷つくんだぞ!?」


「バカ」


 悠希も龍斗に言ってみる。

 すると龍斗は眉間にシワを寄せて言った。


「うるせぇ! お前に言われたらムカつくんだよ!」


「何なんだよお前」


 ふと時計を見た茜が慌てて言った。


「ねぇ! 急いで! もうすぐ下校完了! 先生に言って早く早絵のお見舞い行こ!」


「おう、そうだな」


 悠希と龍斗も頷き、三人は揃って教室を後にした。

 窓から差し込んでいる夕陽が彼らを後押しするように眩しく輝きを放っていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「くそ……」


 その頃自宅では、大雅が歯軋りしながら呟いていた。

 拳を固く握り締め、瞳は月のように鋭く怒りを燃やす。


「予定より少し早いが計画を先に進めよう。もう用済みだ。この手で消し去ってやる……」


 そう言って大雅は壁に掛けてあった集合写真を見た。

 少し緊張気味の大雅の斜め前に座ってピースをしている笑顔の悠希がいる。

 大雅はしばらくそれを見た後、ハサミで悠希の顔を突き刺した。


「早乙女……絶対に許さない……絶対にお前を……」


 その瞬間大雅は力強く突き刺したハサミを動かして写真を破った。

 真っ暗な部屋の真っ暗な床にバラバラになった写真が散らばっている。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 その頃悠希達は笑顔で早絵の病院に向かっていた。

 写真に写る自分達が、大雅のハサミに引き裂かれていることも知らずに____。

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