その後
「どうなった? 咲夜くん」
その日の夜。帰宅してきた母の千里に、ダイニングの椅子に座った悠希は尋ねた。
自分を拉致監禁した人物だとはいえ、一緒にショッピングしたり少しでも親睦を深めた仲だ。やはり心配になる。
「まず、悠希を拉致監禁したこととあの男性の殺害は認めた。それに関してはこちらも適切な対応で起訴するつもり。今は一応、特別措置として刑事の監視付きで自宅待機になってるわ」
「そっか……」
悠希は千里の言葉を聞いて腕を組んだ。
予想していたことだったが、その言葉を耳にするとやはりいい気持ちではない。
起訴。それは裁判所に訴訟を提起することだ。
主に検察官がやるのが一般的だが今回は警察がやることになったと千里は話す。
一晩共に過ごした、と言えば誤解を招くが実際そこで親睦が深まったのは事実だ。
実の弟のように思っていた咲夜が少年裁判にかけられるのはどこか寂しい気持ちになってしまう。
「まぁでも、殺人と拉致監禁は犯罪だしそこは仕方ないか」
自らを納得させてから、悠希は次の質問をする。
「あ、それで咲夜くんのお姉さんに関してはどうなった?」
「あぁ、お姉さんね」
千里はキッチンでエプロンをつけながら話し始める。
「まず、そのお姉さん、百枝花奈ちゃんって言うんだけどね。花奈ちゃんが逮捕された事件の捜査がものすごくズボラだったことが分かったの」
悠希は眉を潜めて聞き返す。
「捜査がズボラ?」
千里は頷いて、
「元々凶器で使われたとされてるナイフにも、ついてるのは姉の花奈ちゃんの指紋だけなの」
「なんだ、なら何もズボラじゃないじゃん」
安心したように悠希が椅子の背もたれにもたれると、
「違うの」
すぐに千里が否定した。不思議に思った悠希だが、千里の次の言葉を待つ。
「そのナイフ、確かについてたのは花奈ちゃんの指紋だけだった。でも咲夜くんの証言は違って。自分がそのナイフを使ってたって言うのよ」
「ふーん。でもお姉さん……花奈さんを釈放させるために、咲夜くんが嘘をついてるって可能性もあるぞ」
「そうなんだけどね……」
どうも歯切れが悪い母に、
「どうしたんだよ」
と悠希も心配になる。
咲夜を心配する気持ちはあるが、それと同等くらいで疑う気持ちもやはり残っている。
簡単に咲夜の証言を鵜呑みにしてはいけないことは実体験をもってわかっている。実際、心を改めて決意の言葉を放った直後に殺人を犯した少年だ。
それでも咲夜の言葉を信用していいのかと考えていると、千里が重い口を開いた。
「咲夜くんの取り調べが終わってから鑑定に診てもらったのよ、そのナイフ。そしたら花奈ちゃんの指紋の下に……咲夜くんの指紋もあった」
「じゃあ咲夜くんの証言は正しかったってわけか。でも何で警察はわからなかったんだ? その事件があったのってほんの数ヶ月前だろ?」
悠希の言葉に千里はゆっくり頷く。その顔は曇ったままだ。
「これはあくまで私の考えだけど、多分、捜査の段階で咲夜くんが真犯人だってことはわかってたと思うの。でもこの段階で捕まえに行けば逃げられるって思ったから、万全な体制を整えるためにもわざと泳がせたのかなって」
千里の言葉に悠希は考え込んだ。
確かに咲夜は逃げるだろうがその分泳がせておくことで犠牲が増えるのは明らかだ。現に悠希が見ただけでも一人の男性が殺害された。彼のことを考えると、とても泳がせるという判断が正しかったとは思えない。
「……何がしたかったんだろうな、その刑事」
「わからないけど、彼の中では真犯人の咲夜くんをしばらく泳がせれば、その後で捕まえられると思ってたんじゃない?」
悠希にも千里にもその担当刑事のしたことの意味は分からなかった。だが過去のことをどう考えても変わるものではない。大事なのはこれからだ。
「ひとまず、当時の捜査の件と花奈ちゃんの件は報告しないと。確実に咲夜くんの要求に応えられるわ」
「そっか。良かった。ありがとう、母さん」
悠希がお礼を言うと、千里はコクリと頷いて、
「さて、ご飯作らなきゃ。お腹空いたでしょ」
悠希のいるダイニングに背を向けて夕食を作り始めた。
悠希も咲夜の要求が叶えられることに胸を撫で下ろした。だがそれと同時に咲夜の運命を案じた。
姉の花奈は釈放されると仮定しても、今度は咲夜が裁判の判決次第で少年院に送検されることになってしまう。咲夜が犯した罪の重さを考えると当然のことだが、やはり心配せずにはいられない。
____頑張れよ、咲夜くん。
悠希は心の中でそう念じた。届くはずもないエールが届くことを信じて。




