新たな真実
今日逮捕された中学生___百枝咲夜のその後を、早乙女悠希は母の千里によって知らされた。
警察署に送られたあと取り調べがあり、それを千里とその部下の黒川翔が担当した。
取り調べ室で、咲夜はまず千里に悠希を拉致監禁したことを改めて謝罪し、悠希の無事を案じた。
千里が大丈夫だ、と答えると、咲夜は安心したように顔をほころばせたそうだ。
そして咲夜は素直に今回の事件に至る前の経緯から全てを話したという。勿論、数ヶ月前のある事件のことも。
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「あの事件は本当はボクがやったんです! お姉ちゃんはボクを庇ってくれただけで、何も悪いことはしてないんです!」
咲夜は前にのめり込むように必死に訴えた。
「ボクが人を殺したところを偶然老人の方に見られて、その人が家まで押しかけてきたんです。そうなったらもうお姉ちゃんにも隠しきれなくて、正直に言ったらあんなことに。警察が家に来たときも、お姉ちゃんが自分がやりましたって言って連れていかれたんです」
「本当はずっと前から咲夜くんが殺しをやってたの?」
千里の問いかけにコクリと頷き、咲夜は続きを話し始める。
「お姉ちゃんが捕まったあと、どうせお姉ちゃんじゃないってわかって、すぐボクが逮捕されるんだろうなって思ってました」
その言葉に、千里は手元の資料に目を落として数ページめくってから目を丸くした。
当時の記録資料には、咲夜が真犯人だという証拠が何も残されていないのだ。
あるのは、凶器として扱われたとされるナイフの柄に付着した、咲夜の姉の指紋と彼女の自白のみ。
後からわかったことにしても、追加資料として明記するのが当然の資料のまとめ方だ。
それを行っていないということはすなわち、当時の警察はろくに証拠も入念に確かめずに咲夜の姉を犯人として書類送検したということだろう。
それでは捜査があまりにも乱雑すぎる。本来あってはならないことだ。
「……ここに咲夜くんに関することは何も書かれてないんだけど」
千里が言うと咲夜は顔を曇らせて、
「多分ですけど、お姉ちゃんがナイフに自分の指紋を後付けしたんだと思います。その『凶器で使われたナイフ』っていうのは間違いなくボクが使ってたものだから。普通ならボク以外の人の指紋は付かないはずなんです」
「なるほどね。つまり、お姉さんが咲夜くんを庇うために、自分でナイフの柄を握って証拠を偽装工作したってことか」
そう考えれば全てのつじつまが合うのも確かだ。
それに姉弟であれば、一方がもう一方を庇おうとする心理が働くのが当然であり、その心理による行動だとしてもおかしな点は一つもない。
だがそれでも、千里はどこか歩に落ちなかった。
咲夜の姉____百枝花奈による犯罪が世間を騒がせたのは、わりと最近の出来事であり、警察による捜査技術自体に大きな差はない。
そうなれば、仮に花奈が指紋を後付けしたとしても、その下から咲夜自身の指紋が発見されるはずなのだ。
「それなのに何で警察は見つけられなかったの……?」
「確かにおかしいっすよね」
横から資料を覗き込む黒川も首を傾げる。
千里は頷いた後に、声を漏らした。
「隠したままの方が都合が良かったのか、もっと他の理由があったか……」
その二つ以外に考えられない。警察の捜査ミスというのもおかしな話だ。
第一、捜査は一人でするものではない。必ず大勢の警察の手が加わる。
そんな中で、言ってしまえば間違った逮捕をしてしまっているのだから、集団隠蔽と考えるのが妥当だろう。
だが、この殺人事件において警察が真犯人を隠すメリットがないのだ。
それに捜査を始めた時点で、凶器の上に二重に重なった指紋は既に発見されていたはずなのに、それを公表せずに花奈による犯罪として処理している。
この当時、千里も別の部署に配属されていたため、この事件に関わることがなかった。
だから、こんな手荒な捜査のことも今の今まで知らなかった。
なぜ警察は隠蔽を行ったのか。
自分たちに何かしらのメリットがあるわけでもない殺人事件だ。隠蔽する理由も価値もない。
「咲夜くんを泳がせておくため……?」
千里の頭の中にそんな考えが浮かぶ。
それを聞いた咲夜の目が大きく見開かれたような気がした。
花奈が逮捕された大きな事件となる前にも咲夜が殺人を犯していたのなら、少なからず警察には情報が出回っていたはずだ。
すなわち、百枝咲夜という人物が陰陽寺大雅に次ぐ破壊者だいうことも、上層部は把握していたに違いない。
それにも関わらず、事件の犯人を咲夜の姉である花奈として処理したということは……。
ひとまず咲夜を泳がせておいて、その後で咲夜がもう一度殺人を犯すのもわかった上で逮捕に踏み切ろうとしたのではないか。
もし千里の考えが真実だとしたら大問題だ。
それに、この場にいる同じ刑事として過去の誤ちを咲夜に謝罪しなければならない。
最初は殺人犯を花奈として処理していても、のちに咲夜であると発覚するのは目に見えている。
しかし当時の担当刑事はそれを怠った。二度と同じことが起こらないように努めるのが、せめてもの償いだ。
「……わかった。正直お姉さんを釈放するのは難しいと思っていたけど、これだけ捜査がズボラなら私たちがもう一度調べればちゃんと証拠が出るわ。まぁ、当時も出ていたんでしょうけど、真犯人逮捕を目的として隠したのね。とりあえずその証拠を提出すれば、お姉さんは釈放されるはずよ」
それから立ち上がり、千里は真っ直ぐ咲夜を見下ろした。
「ごめんなさい。その時の刑事が乱雑な捜査をしたせいで、何もしていないあなたのお姉さんを冤罪にして勾留してしまって」
千里が頭を下げた姿に咲夜は驚き、
「えっ、何でお母さんが謝るの? 何も悪くないでしょ?」
「いいえ、そんなことないわ。こんなに乱雑な捜査をした刑事がいたなんて知らなかった。同じ刑事として恥ずかしいし情けない。私は無関係かもしれないけど、同じ刑事という立場から謝罪するわ。本当にごめんなさい」
咲夜は、黙って頭を下げ続ける千里を見つめた後、声色を高くして言った。
「そのかわり絶対にお姉ちゃんを釈放してね。ボクもちゃんと罪を償うから」
「ええ。きっとお姉さんは釈放されるわ」
千里は力強く頷いた。
その横で部下の黒川も、何度も首を上下に振って微笑んでいた。




