別れと再会
「ごめんね、お兄ちゃん」
笑い合う親子、その息子____悠希に向かって今回の事件の首謀者____咲夜が謝罪の言葉を述べた。
悠希は微笑んで母親____千里から離れ、彼のもとへ。
それを見て咲夜に手錠をはめて連行しようとしていた警察官___黒川が端に避ける。
言いたいことはたくさんあった。今回の事件を計画した結果たくさんの人に迷惑をかけたこと、何の罪もない年上の高校生を誘拐、監禁したこと、それから姉のこと。
どれも言いたくてたまらなかったが、何とか一つにまとめてしゃがみ込む。
「ちゃんと償えよ」
そして瞳が潤んでいる少年の頭に手を置いて数回さする。
「お兄ちゃん……」
咲夜の涙が一気に溢れ出し、声を上げて泣きじゃくった。今まで抑え込んでいたものを爆発させるように、今の彼の気持ちを表すように。
「詳しいことは署で聞こうか」
黒川に言われて咲夜は頷き、彼と共にパトカーに乗った。
パトカーがエンジンを蒸して走り去っていくのを千里と共に見送りながら、悠希は色々なことを思い出していた。
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最初に咲夜に出会った日のこと。
『姉を探してほしい』と言われて正直戸惑った。どこの誰かも知らない子供の姉を探すことなど、悠希は当然ながら初めてだ。どうせ家出して数日間ほど家を開けているだけだろう、と思っていた。あと少しもすれば戻ってくる、と。
だが咲夜の姉はいつまで経っても戻ってくる気配がなく、そのうち咲夜は母親と喧嘩した、と言って冬の寒い公園に居た。
流石に放ってはおけないと思って考えた挙句、悠希は咲夜を家に連れていくことにした。あの時泊まることを承諾してくれた千里には今でも感謝している。
そして一緒に出掛けたショッピング。キラキラと目を輝かせながら服を選ぶ咲夜を見て、。悠希自身もほっこりしたものだ。
その後のマスコミ男性との出会い。あれがあってから咲夜に違和感を覚え始めたのは言うまでもない。
咲夜に震えながら服の裾を掴まれて、悠希は反射的にその男性を追い返したが、今思えばあそこで咲夜が確保されていたことも十分にあり得た。『殺人犯を匿った』という視点から見れば完全なる悠希の失態だ。
そして咲夜の決意表明。なぜ突然心変わりしたのか当時は謎だったが、今考えてみればマスコミから逃れるためだ。
あの時咲夜は『悠希や千里に迷惑がかかるから』と言っていたが、それが本心であってほしいと思う気持ちは変わらない。
そして千里の帰宅から明らかになる咲夜の正体。
以前から破壊者・百枝咲夜のことは千里からも耳にしていて、咲夜と最初に会って名前を聞いた時にも悠希の胸の中で若干引っかかったのだ。
だが、それを『気のせいだろう』とスルーしてしまったことが仇となった。同時に、警察の方では捜査が進みつつあることもわかった。
学校から帰る道すがら見つけた奇妙な看板。そこには『命、貰います』という文章が殴り書きしてあった。今考えれば、あれもおそらく咲夜が作ったものだ。
そして次に再会した時に見つけた咲夜の腕の血飛沫。それが何かを尋ねた時に、咲夜の顔が一瞬変わったのは今でも鮮明に覚えている。後日その原因が明らかになるとは思いもせずに、悠希はその日は特に話もしないで咲夜と別れたのだが。
散歩がてら外出した時に見た殺害現場。現れたのは血液が付着したナイフを持ち、自身も返り血を浴びた咲夜だった。だが、彼は全く反省の色を見せずに気味の悪い笑いを浮かべて『自分はこの人を救った』と開き直っていた。悠希が千里に連絡しようとすると止められたが、それも無視して連絡。母と警察署長、そして部下の警察官・黒川翔が現場に着いたが、あろうことか署長が刺されてしまった。さらに、間髪を入れずに悠希も脅され拉致・監禁された。
そして地獄の日々が始まった。まず水しか与えられなかった。それもごく微量だ。咲夜の思う壺だとわかっていたため平気そうに振る舞っていたが、実際はかなり体力を奪われてしんどかった。
『僕は生きています』と書かれた厚紙を持ったまま写真を撮られた。
同時に『要求をのまないと殺す』という文面付きのメールを、咲夜が不正アクセスで奪ったメールアドレスで警察に送った時は、驚きを隠せなかった。彼はまだ現役の中学生だ。そんなことできるなんて思いもしなかった。だが彼は平然とやってのけた。
そして急に緩んだ咲夜の態度。警戒心を解くことなく接していたが、悠希は咲夜の目的を知って少し自分も態度を変えた。咲夜の必死の訴えをカメラに収めてこれも警察署へ送信。今日までずっと咲夜は姉を釈放してもらえるかドキドキハラハラしていたことだろう。
それを証拠に今日もあえて倉庫の外に身を隠し、警察が突撃してきたタイミングで再度姉の釈放が可能かどうか再確認していた。
そして先ほど無事に悠希は解放されて母と感動の再会を果たし、咲夜は手錠をはめられて警察署行きとなった。
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「ごめんね、助けるのが遅くなって」
悠希と同じ方向を見ながら千里が言った。悠希は首を横に振って、
「大丈夫。助けに来てくれてありがとう」
もう一度礼を言ってニッコリと笑った。そんな息子の姿を見て母親の目からは大量の涙が溢れ出す。
「おいおい、泣くなよ」
悠希は焦ってなだめたが、千里の涙は止まらなかった。
そして二人で我が家へ帰った。
車に乗って帰ろうとした千里に勤務のことを尋ねたが、署長の気遣いで帰ってもいいと言われたということだった。
「「悠希‼︎」」
「悠希くん!」
「早乙女」
だがさらに驚くべきことが起こった。
家に着いた悠希を待っていたのは友人___龍斗、茜、早絵と担当教師の月影だった。
「えっ、みんな……何で?」
ポカンと口を開ける悠希の背中に、龍斗がバシンと一発紅葉打ちをお見舞いしながら、
「何言ってんだよ、悠希。当たり前だろ? みんなお前が帰ってくんの待ってたんだよ」
「そうだよ、悠希くん」
早絵も大きく頷く。
「ふわぁーお帰りー」
その横で茜も大きくあくびをする。
「一人だけ出迎えモードじゃない奴がいるのは気のせいか?」
「んん? あ、ごめんごめん。朝からずっと待ってたから眠くて。ふわぁー」
茜はそう言いつつもう一度あくび。
こいつは相変わらずだな、と苦笑しながらも悠希には皆の出迎えがものすごく嬉しかった。
だが、朝からずっと待っていた、というのは本当のようで、龍斗も早絵も月影も眠そうな表情をしていた。自分のために朝からずっと待っていてくれたのだ、と思うと感謝の気持ちでいっぱいだ。いや、どれだけ感謝してもしきれない。
「よく頑張ったわね、早乙女」
「ありがとうございます」
月影に頭を下げた後、龍斗達にもお礼を言う悠希。
悠希の家にいる全員が笑顔に包まれていた。




