突撃
「そうですか。わかりました。わざわざご報告ありがとうございます」
早朝。電話越しにお礼を言われて警察署に着いた女刑事、早乙女千里は車のブレーキをかけながら首を横に振った。
「いえいえ。一応先生にもお伝えしておいた方がいいかなと思いまして。朝早くにすみません」
カバンを肩にかけて車を降りつつ千里は謝罪。電話越しに『とんでもない』と言ってくれたのは悠希たちの担任教師である月影だ。
「ではそろそろ準備に入りますので失礼します」
一言断りを入れてから、千里は月影との通話を終えて捜査本部室へ向かう。
今日はいよいよその時だった。すれ違う警察官たちもバタバタと忙しそうに働いているが、その顔はどれもやる気に満ちていた。
『よし』と千里自身も本腰を入れて、今日の流れを確認する。
的確な準備と完璧な流れを部下たちに説明するために、夜遅くまで必死に考えた計画表を見直す。
準備が肝心で絶対に失敗できないこの作戦。それは実の息子のためでもあった。
「おはようございます、先輩」
出勤してきた部下の黒川が千里に挨拶をしてくる。
「あ、おはよう。黒川」
千里も挨拶を返す。初めての作戦で千里は心配していたが、黒川の顔色も良さそうだ。
黒川は、再び計画表に視線を落とした千里を微笑みながら見つめて、自分も席に移動した。
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「皆さんおはようございます。今日はいよいよ作戦決行です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
千里が頭を下げると部下たちも倣って一斉にお辞儀。
頭を上げてから、千里はまた声を張り上げた。
「では本日の流れを説明します。突入部隊もこちらの方で決定しましたので発表します」
室内が少しざわつく。突入部隊に選ばれるということは警察官の中でも価値のある羨ましいものなので、皆期待に胸を躍らせている様子だった。
予め前置きをしておいてから、千里は突入部隊に配属した警察の名前を順番に読み上げていく。
名前を読み上げられた警察は、その場に起立して使命感溢れる眼差しで千里を見つめた。
「……最後、黒川翔」
名前を呼ばれた後輩・黒川は驚いて一瞬固まったが、すぐに立ち上がってひときわ大きな声で返事をした。
「はい‼︎」
返事はしなくていいのにな、と思いつつ千里は続ける。
「以上が突入部隊のメンバーです。ミーティングが終わったあとに顔合わせや役割分担などしてもらう予定ですのでよろしくお願いします」
一斉にメンバーらに拍手が送られて、ミーティングは終了した。
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「あ、あの、先輩」
千里が捜査本部室を出て行こうと立ち上がった時、黒川が呼び止めてきた。
「どうしたの?」
尋ねると、黒川はやや不安そうに目を逸らして頬を指でかきながら、
「いや、自分本当にいいんすか? 現場行きだってまともにしたことないっすし、ましてや人の命がかかった突入なんて」
黒川の言うことは本当だった。彼は最近警察署に配属された新米刑事でおっちょこちょいな性格からあまり昇格できず現場行きもまともにさせてもらえなかった。
ろくに下積みもしていない自分を、千里がどうして起用したのか不思議でならないといった様子で、黒川は目を伏せた。
「……自分、先輩にこうして選んでいただいたからには責任もってちゃんと頑張ります。でも本当に大丈夫なのかなって心配で」
「大丈夫。やる前から自信なくしてどうするの。あなたなら絶対大丈夫よ。1人じゃない。みんないるから」
千里は不安げなその肩にそっと手を置き励ました。
「責任感は人一倍あるでしょ」
そっと付け加えて、千里は指揮の準備にとりかかるため歩いていく。
黒川は、先ほどとは打って変わった自信に満ちた表情で千里の背中を見送った。
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「いよいよ作戦開始です」
警察署から出た広場のような場所に大勢の警察官の姿があり、千里の声が響き渡る。
「尊い命がかかった大事な突入です。気を引き締めていきましょう!」
「はい!」
それと共に警察官たちの大きな返事がこだまする。ミーティングの時に発表されたい十数名の突入部隊の他にごく普通の警察官もその場にいた。
「流れはミーティングで説明した通りです。ただここにいるメンバーの中で何名かは警察署に残ってもらいます」
千里の言葉に警察官らがざわめいた。
「理由はより速い移動です。先日送ってこられた動画の場所と万が一2人の居場所が違った場合に、突撃場所から離れた所だと移動に時間がかかります。考えた結果警察署からの出発が最も短時間で移動できるとわかりました」
その後警察署に残るメンバーと突入するメンバーが振り分けられ、突入するメンバーは千里を先頭に出発した。
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「……ここね」
特定した居場所____咲夜の元父親が所有している倉庫に着いた千里らは古びた倉庫を見つめた。
この先に今回の事件の犯人と自分の息子がいると思うと胸の鼓動が次第に速くなっていく。
部下の黒川含む突入部隊に手で合図を送り、スタンバイをさせた。
千里は、ゆっくりと深呼吸をしたあともう一度息を吸って、中にいる二人にも聞こえるくらいの大きな声で、
「突撃!」
それを合図に突入部隊がドアを蹴破って中に入った。千里も彼らの後に続く。
だが……。
「いない……?」
そこはもぬけの殻だった。動画の中に映っていたものだけが残されていて、悠希と咲夜の姿はなかった。
「やっぱり移動してたのね。……残りは直ちに突撃準備!」
千里がマイクで指示を出していると、背後から
「ここにいるよ」
その声に振り向くと、小柄な少年が自分より少し背丈の高い青年の首に包丁を突きつけていた。
「____‼︎」
千里は目を見開きその場に固まった。悠希と咲夜は移動しておらず、あえて倉庫の外に出ていたのだ。
「約束よ。息子を返して」
やはり実の息子を目の前にすると、警察官としての千里は消え失せてしまう。代わりに悠希の母親としての彼女がそこにはいた。
険しい顔つきで少年を見つめる千里。見つめた先の咲夜も真剣な表情を崩さずに言った。
「わかってる。約束通りお兄ちゃんは返します。でもその前に確認させて」
咲夜の瞳が真っ直ぐ千里を突き刺す。
「本当に、お姉ちゃんを釈放してくれるの?」
「……ええ」
千里は頷いて続けた。
「もう少年院との交渉も出来てるわ。近いうちに釈放になるはずよ」
千里の言葉に咲夜は俯いて地面の一点を見つめた。沈黙がその場に流れ、警察側は唾を飲み込んで悠希が返されるのを待った。
「……わかった」
沈黙を打ち破って咲夜が言葉を発した。
「あなたの言葉を信じます」
そう言って悠希の首に突きつけていた包丁を下ろし、悠希の身体から手を離した。
悠希が咲夜を見つめると、咲夜は黙って頷き千里の方を顎で示した。
悠希はゆっくりと前進して、千里の方へ歩いていった。
「悠希っ!」
とうとう耐えきれずに、千里は息子を抱きしめてその場に崩れ落ちた。
「確保ー! 確保ー!」
それと同時に黒川の掛け声が響き、咲夜の両腕に手錠がはめられる。
「母さん、ありがとう……!」
母親の腕の中で、悠希はお礼を言った。
「ただいま……!」
親子の目からとめどなく涙が溢れ出した。
朝、午前八時のことだった。
お読みいただきありがとうございます!
なんと昨日はPVが3桁になってまして、すごく嬉しかったです!
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