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予感的中

「どういうこと?」


 急に早絵に言われて、頭の整理が追いつかないまま月影が聞き返した。


「実は私、前に新聞で見た気がするんです」


「……何を?」


 早絵の方は懸命に自分の体験談を話しているつもりなのだが、肝心の主語がなく、しかも早口でまくし立てられるので、月影には理解不能だ。


「私も話についていけないし、古橋も色々大変そうだから一旦落ち着こう。ほら、深呼吸して」


 言われるがまま早絵は深呼吸。最後にもう一度息を吐いて続きを話した。


「えっと、つまり、私、前に見たと思うんです。それで悠希くん、もしかしたら危ないかもって思って」


 早絵の言葉は全く変わっていなかった。深呼吸は効果なし。早絵の語彙力の無さは元々だったのだ。


 月影は思わず座っていた椅子から転げ落ちそうになる。


 しかしすんでのところでグッと堪えて、


「ごめん。ごめん、あのね、古橋、主語がないから何言ってるかさっぱりわからない」


 自分自身も落ち着くために息を吐きながら言った。


「え?」


 そこで、やっと早絵は元に戻ったようにキョトンと首を傾げた。


 だが、今の早絵に細かいところで立ち止まっている余裕などない。とにかく自分が感じた悪い予感を、一刻も早く月影に伝えなければ、と焦っていた。


「学校で新聞取ってたりします?」


「新聞? ……ああ、取ってるわよ。でも置いてるかしら。どれくらい前の?」


 月影は、机の横の引き出しをあさりつつ尋ねる。


「分かりません」


 早絵は恥ずかしそうに俯いた。


「え? わからないの?」


 月影は驚きを隠せないまま早絵の方を見た。


 きっと早絵には何かしら深いわけがあって、新聞を欲しているとばかり思っていたのに、具体的な日付がわからないと用意できるものも出来なくなる。


「あ、でも破壊者って書いてました」


「破壊者?」


 自分でも語彙力の無さに失望する早絵。もっとわかりやすい伝え方はないのかと悔やむが、今は無いなりに一秒でも早く、悠希に迫る危機を伝えなければいけない。


 さっきから渦巻いているこの胸のモヤモヤは、きっとそのことだ。


「これかしら。合ってる?」


 月影は引き出しから見出しでヒットしたものをいくつか机の上に置いた。


「ありがとうございます」


 早絵はお礼を言いつつ自分が見た記憶のある記事を探していく。


「……あ、これです!」


 ようやく見覚えのある記事を見つけて早絵は叫んだ。


 月影は人差し指を口に当てながら、早絵が広げたその記事に目を通した。


 その新聞の見出しはどの記事よりも大きく『陰陽寺大雅に次ぐ破壊者⁉︎ 百枝咲夜!』と書かれていた。


「百枝咲夜って……今回の事件の子じゃない!」


 月影もつい声を張り上げてしまう。早絵も頷いて、


「やっぱり、悪い予感がしてたんです、私。このこと、警察の方はご存知なんでしょうか?」


「分からないけど……でも既にご存知だと思うわ。ほら、身辺調査ってあるでしょ? その犯人の身の回りを調べること。それをしていたら分かることだと思うのだけれど」


 月影の言葉に早絵はホッと胸を撫で下ろした。

 可能性はゼロではないとわかっただけでも、かなり安心する。


「ありがとう、古橋。念のために、早乙女のお母様には私の方から伝えるわ」


 窓の外を見て月影はさらに加えた。


「もう暗いし少し待っていて。私が家まで送るわ」


「そ、そんな。悪いですよ。私が勝手に乗り込んできたのに」


 早絵が言い終わる前に、月影は既に受話器を上げていて、また早絵に向かって『しー』と人差し指を口に当てる。


 早絵は慌てて口を覆った。


「……はい。そうなんです。うちの生徒が見つけてくれて。ご存知でしたか? ……はい。わかりました。よろしくお願いします。失礼します」


 月影は受話器を置いて、今度は親指を立てて茶目っ気たっぷりにウインク。つまり悠希の母親はこの事を知っていたのだ。


「良かった……ありがとうございます」


 早絵も嬉しくなって、勢いよくお辞儀をした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 それから月影の残りの仕事が片付くのを待ち、早絵は彼女と二人で車に乗り込んだ。


「ずっと不安だったんでしょう」


 何キロか進んだ後、信号待ちで停車したタイミングで、月影が早絵に声をかけた。


「え、は、はい」


 助手席で早絵はうなずく。早絵の不安は、月影にもバレてしまっていたのだ。


「ご存知でしたか」


「そりゃあね、私だって一応何十年って教師してるし、生徒のことくらいわかるわよ」


 月影は笑って言った。


 早絵は意外な気持ちだった。外見では若い新米の教師という印象を持ったが、月影は早絵が思ったよりずっと長く教師をしていたのだ。


「あの、ありがとうございました。お話聞いてくださって」


「いえいえ。こちらこそ教えてくれてありがとね。助かったわ。たまたま早乙女のお母様がご存知だったから良かったけれど、もしご存知でなかったら状況は変わっていたものね」


 胸の中がほんわか温まるのを感じながら早絵はホッとした。


 月影の言う通りだった。


 もし警察側が咲夜のことを知らなかったら、もっと状況が変わっていたかもしれない。


 咲夜をただの中学生だと侮っているうちに、悠希の命が危険に曝されて手遅れだった、という展開も十分に考えられる。


 あとは悠希の無事を祈るだけだった。本当は早絵も何か動きたいが、悠希の命がかかっている以上今までのように勝手な真似はできない。今回は出しゃばるのはやめて、大人しく警察に任せよう、と思う。


 そう考える早絵の心を見透かしたように、月影は安堵の笑みを浮かべていた。


「今日はありがとうございました。わざわざ送ってくださって」


「いいのよ。その代わり、勉強頑張って課題考査でいい点とってね」


「……は、はい」


 少し苦笑いしつつ早絵は答える。そんな姿に月影は面白そうに微笑んで、


「じゃあね」


 車に乗り込み、アクセルを踏んで走り去っていった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「早絵。あんた学校で何してたのよ。月影先生からお電話があったのよ?」


 家から慌てて母親が出てきて、両手を腰にやって少し怒った声で言った。


「ごめんなさい。ちょっと友達のことで」


「もしかして早乙女くん? 確かに心配かもしれないけど、今回ばかりはあんたの出る幕はないわよ。大人しくしときなさい」


 母親からも釘を刺されて早絵は『はい』と頷く。


「まぁ何もなかったからいいわ。早くご飯食べちゃいなさい。冷めるわよ」


 母親と共に、早絵は家の中へ入った。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 その頃、警察署では。


「早乙女警部! 百枝咲夜の居場所、特定できました!」


 一人の刑事の声が捜査本部室に響き渡った。


 悠希の母親で、捜査本部長を務めている千里は渡された資料に目を通した。


「……ここね。ありがとう」


 刑事は一礼して自分の席へ戻っていった。


「皆、聞いて!」


 千里は立ち上がり、声を張り上げた。


「息子と咲夜くんの居場所が特定できました! 明日そこに乗り込みたいと思っています! 詳しい事は早朝のミーティングで。各自、心積りをよろしくお願いします!」


「「「はい‼︎」」」


 捜査本部室に、刑事たちの返事の声がこだました。

お読みいただきありがとうございます!

今日はなぜか筆がのるんです。いいことです。

次回もお楽しみに!

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