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破壊者からの脱走

「わざわざ僕の家に出向いたのが運の尽きだったね」


 そう言って大雅たいがは笑っている。

 あかねの心臓はまだバクバクしていた。

 一刻も早くここから脱出したい。

 だが、そのためには大雅の目を欺くか、無理やりにでも振り切るしか方法はない。


「まぁでも、別に僕があいつを刺したってことを早乙女さおとめ達が知ってるんだったらいいか。何せ、証拠がないんだ。あいつらがいくら訴えたって、何の証拠も出ないままあいつらの言い分は誰にも信じてもらえずに終わるだけのこと」


 大雅はひとりごちていた。

 茜はまだ動けない。

 行く手を阻まれていて一歩も動けない状態で、下手に動けば一発で刺されてしまう。


(どうやったらここから出られるの……?)


 茜は振り返って壁に掛けてある時計を見た。

 時計の針は12時を指していた。


(もう12時……。ここから無事に逃げられたとしても入る所がない……)


 茜は必死に考えた。

 一晩ここで過ごすしかなさそうだが、大雅の気分次第で茜の命は終わるのだ。


「こんな時間だし、今日は泊まっていきなよ。僕もそろそろ眠いからさ」


 呑気にあくびをしながら大雅は言った。


「う、うん、出来ればそうしたいんだけど、お母さんたちに心配かけてるから家に帰らなきゃ……」


 床を見つめながら大雅を怒らせないように言葉を選んで考えながら、茜は必死に帰りたいという自分の意志を伝えた。


 バンッ!


 急に鳴り響いた大きな音に茜は思わずビクッとした。

 見ると、大雅の右足が部屋の壁にめり込んでいる。

 茜はハッとした。


(まさか……怒らせちゃったの……?)


 大雅の顔を見上げるのが怖かった。

 もしかしたら刺すどころでは済まされないかもしれない。

 そう思うだけで震えが止まらない。


 あれだけ、怒らせないようにしなければと思っていたのに……。


「まだ言うの?」


 大雅が聞いた。

 その一言でさえも茜はビクッと肩を縮めてしまう。


「ま、まだ言うのって、どういうこと?」


 震えながら蚊の鳴くような声で、おそるおそる茜は尋ねる。

 すると大雅は不意にしゃがんで、座っている茜と同じ目線になると笑顔で言った。


「もうこんな時間なのに帰るって言うんだなって思って」


 大雅の顔が目の前にあった。

 茜は恐怖のあまり思わず目をそらしてしまう。

 大雅は笑いながら言った。


「別にそんな怖がらなくても良いのに。さっきはごめんね。僕もちょっとイライラしちゃってさ。感情を抑えきれなかったんだ」


 口調こそとても優しいが、さっき壁を足で勢いよく蹴った行動から考えると、大雅がまだ怒っているのは明らかだった。

 この言葉も、おそらく嘘だろう。


「そう……なんだ。私こそ、ごめんなさい」


「アハハ、そんなにかしこまらないでよ。何か変な感じ」


「あ、ごめんね」


 大雅はまるで何もなかったかのように楽しそうに茜に話しかけてくる。

 何か思惑があってのことだろうが、茜には恐怖でしかなかった。


(これが、夢だったら良いのに……)


 茜はこれから始まる悪夢に恐怖を感じながら、目の前で楽しそうに笑っている大雅を見ていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 日曜日の早朝。

 明るい朝日が悠希の部屋に差し込んでいる。

 目覚ましの音で起きた悠希ゆうきが目をこすりながらあくびをしていると、急に枕元に置いていたスマホから着信音が鳴った。


(こんな時間に……一体誰だ?)


 悠希は半分寝ぼけ眼で手帳型のスマホケースを開く。

『岸家』と表示されたフォントに不思議に思いながらも、悠希は電話に出た。


「もしもし」


「あ、もしもし、悠希くん? 茜の母です」


 茜の母親からの電話だった。


「あ、おはようございます」


 そう言いながら悠希は目覚まし時計を確認した。

 時計の針は八時を指している。

 悠希にしては遅起きだった。


「どうしたんですか?」


 悠希は茜の母に尋ねた。

 日頃あまり電話をすることもないが、ましてやこんな朝早くにかかってくるなんてもちろん想定外だった。

 何かあったのだろうか。悠希は少し不安になった。


「実はね、茜がまだ帰ってきてなくて」


「え!?」


 悠希は驚きのあまり思わず大声を出してしまった。

 反射的に慌てて口を抑える。


「茜、家にいないんですか?」


「そうなのよ。あの子、一体どこをほっつき歩いてるのかしら」


 母親が心配そうにひとりごちた。


「と、とりあえず、俺も探してみます! 電話繋がりましたか?」


「ううん、繋がらないの。昨日もさっきも何回も電話かけたんだけどね」


「そう……ですか、わかりました。ありがとうございます」


 そう言って悠希は電話を切った。

 家に帰っていないとはどういうことだろうか。

 昨日は学校を終えて部活に行って、何もなければ真っ直ぐにいつも通りに家に帰ることができたはずだ。

 こんな時間まで家を空けるなんて普通ありえない。


「そういえば、昨日の茜、ちょっと様子がおかしかったよな……」


 悠希は昨日の茜を思い出した。

 早絵さえを傷つけられたショックが大きいのは当然のことだが、悠希にはどうもそれだけの理由だとは思えなかった。

 もっと他に何か理由があって、そのことで朝になっても帰れないという事態になってしまっているのでは。


 母親は電話も繋がらないと言った。

 だから悠希が電話をかけるのは無意味だ。

 今悠希に出来るのは茜を探すことだけだった。


「とりあえず、適当にあたってみるか!」


 悠希は家を飛び出した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 悠希が向かった先は、早絵が入院している病院だった。

 早絵のお見舞いに行ったのであれば、一晩病院で過ごしたことにも合点が行く。

 ついでに早絵の様子も見て帰ればいい。


「そうですか……来てないですか……。ありがとうございます」


 受付の女性に言われて、悠希はすごすごと待合席に戻った。

 受付の女性によると、昨日も含めてここ最近は、早絵のお見舞いに来た人はいないという。

 校長先生や月影先生が、担当医の先生に早絵の回復状況を聞きに来ている程度らしい。

 悠希は待ち合い席に座ってしばらく待ってみたが、茜が現れることはなかった。


「違ったか……」


 悠希は帰りのバスに揺られながら、暗いため息をついた。

 茜が一番心配していることは、早絵の回復状況だ。

 だとすれば、病院に行って早絵のお見舞いをしていると考えるのが妥当だった。

 でも受付の女性は来ていないと言っていた。

 それに、いくら待っても茜は病院には来なかった。

 他に何があるのか。


「何だ……。他に、茜が心配してることって……」


 悠希がしばらく考えていると、ある一つの可能性が浮かんできた。


「陰陽寺だ……!」


 ※※※※※※※※※※※※※※※


「おはよ、岸」


 声がして茜が目を開けると、大雅が笑顔で微笑んでいた。


「うわぁ!?」


 思わず驚いて飛びのいてしまう。

 茜はそれと同時に一晩大雅の家で過ごしてしまったことを後悔した。


(あれだけ、早く帰らなきゃって思ってたのに……)


「よく眠れた?」


 大雅は笑顔のまま茜に尋ねる。


「う、うん……」


「そっか。良かった」


 茜は恥ずかしさのあまり、大雅と目を合わせることができなかった。

 昨夜はあれだけ早絵のためだと命を捨てる覚悟で臨んでいたのにもかかわらず、自分はここで寝てしまった。


(ごめんね、早絵)


 心の中で早絵に謝罪しながら茜は笑顔を絶やさずにいる大雅を見つめた。


「岸の寝顔、可愛かったよ」


 唐突に大雅がそんなことを言った。


「え!? 何!? 何が……えぇ!?」


 茜は驚きのあまり上手く喋れずにただただ驚きをそのまま口にするだけだった。

 可愛い、そう言われた。

 こんな、他人を平気で傷つけたような、最低な男に……。

 茜は自分の頬を強く叩いた。


(騙されちゃダメ! こいつは早絵を刺した最低な奴! きっと私のことも殺して早絵を刺した犯人を自分ではないことにしようとしてるに決まってるんだから!)


 茜は大雅を警戒の眼差しで睨みつけた。

 でも大雅は動じない。

 とにかく言葉巧みに色々言われるだろうが、何を言われても動揺してはいけない。

 それから辺りを見回して昨日と変わりがないことかどうかを確かめた。

 誰か他の人間が来た形跡もない。

 とても男子高生の部屋とは思えないくらい、綺麗に整頓されている。

 少し意外だな、と茜は思った。


(大丈夫……。何も変わってない。私も、ちゃんと生きてる……)


 茜はひとまず、自分が殺されなかったことに安堵の溜息をついた。

 寝てしまったら自分が寝ている間に大雅に刺されて殺されると警戒していたのに、大雅は刺さなかった。

 茜の予想は外れた。

 それがせめてもの救いだった。だが油断は禁物だ。

 茜は油断することのないよう腹をくくった。

 そして同時にここから早く逃げないといけないことも思い出したのだ。


(帰りたいなんて口にしたらまた怒るかな……)


 茜は昨日の、壁を足で勢いよく蹴ったり、恐ろしい悪魔のような形相で迫ってきたりした大雅を思い出して身震いした。

 二度とあんなことはしてほしくない。

 でも帰らなければ、家族や周りの友達が心配する。

 何の連絡もなく一晩帰ってこなかったのだから、母親も茜のことをすごく心配してくれているに違いない。

 一刻も早くここから逃げなければならないのは明白だった。


(どうしよう……)


 茜は懸命にここから逃げる方法を考えようと思い、考えを巡らせた。

 するといきなり、ドアが勢いよく開けられ、外の光がカーテンも閉められた暗い部屋に降り注いだ。


「茜!」


 唐突に聞こえた声に茜がバッとドアの方を見ると、息を切らして肩を上下に揺らしている悠希が目に入った。


「悠希!」


 思わず叫んでしまう。すると大雅が茜の前に立ちはだかって言った。


「お前……何でここが分かった」


 大雅に警戒心を剥き出しにされても怯まず、悠希は答えた。


「ただの勘だよ」


「勝手に入ってくるな! 今すぐ出て行け!」


 怒りを爆発させ、大雅は腕を地面と水平に振った。


「もちろんすぐ出て行くぜ。用が済んだらな!」


 そう言うと同時に、悠希は意を決して茜の方へ猛ダッシュした。


「来るな!!」


 そう叫び、身構える大雅を悠希は力強く押しのける。

 大雅は予想していなかった攻撃によろめき、そのままバランスを崩して倒れてしまった。


「茜、行くぞ!」


 悠希は瞬時に茜の手を引こうとした。


「待って! 荷物が!」


 茜の言葉に悠希は部屋を見渡した。

 部屋のあちこちに叩きつけられたスマホの画面の破片が散らばっている。

 足の踏み場がない中を走り抜け、悠希は茜のリュックとバラバラになったスマホを素早く片手に取り、もう一方の手で茜の手を引いて出口へと向かう。


「待て! 早乙女!」


 大雅が起き上がるよりも早く、悠希と茜は大雅の家から出て行った。

 ほんの数秒の出来事だった。

 大雅はしばらく呆然と座り込んでいたが、やがて誰もいなくなり静まり返った部屋を見渡して拳をぎゅっと握りしめた。


「早乙女ぇ!!!!」


 暗い部屋の中に大雅の叫び声が響き渡った。

 その目にはまた怒りの炎が燃えていたのだった。

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