咲夜の要求
「何だと⁉︎ あいつから要求が来たのか!」
病室で横たわっていた警察署長は、声をあげながら思わずベッドから跳ね上がった。
「し、署長、落ち着いてください。打ち所が悪いと大変ですから」
咲夜の殺人現場に署長と駆けつけた部下が慌ててなだめるが、署長は気にするなと笑った。
「それで、どんな要求だったんだ? 場合によっては叶えられるかもしれん。そうなれば悠希くんの救出も早まると思うが」
署長が尋ねると、要求が来たと伝えに来たベテランの女刑事・早乙女千里が答えた。
「はい。これが届いた要求の動画です」
悠希の母親でもある彼女は、スーツのズボンのポケットからスマホを取り出して署長に見せた。
「な、なるほど……。これは少々困難を極めるな……」
動画を見終えた署長は困ったように唸った。
「はい。流石に難しいですよね」
千里も署長に同意した。
その動画は、今までどんな誘拐犯でも要求したことのなかったもので、署長でさえ実現が不可能に思えるものだったのだ。
仮に実現できたとしても世の批判を浴びかねない。
むしろ、実現できれば奇跡と言える危険と隣り合わせの要求だ。
「ああ。だがこれを聞かなければ悠希くんの命に危険が及ぶことになる。とても無視できない」
「すみません。あの時に私が息子を守れなかったばっかりに」
千里は、咲夜に包丁を向けられて動けない状態にあった実の息子・悠希を意地でも守れなかったことを悔やみ、署長に向かって頭を下げた。
「いいや、そう謝る必要はないぞ、早乙女」
署長は首を横に振って、
「あの時は、わたしがあの子に刺されたことが、そもそもの原因なんだからな。わたしの不注意が招いたことだよ」
申し訳なさそうにベッド上でうなだれる署長の肩に手を置き、千里は労いの言葉をかけた。
「そんな。もし署長が身体を張ってくださらなかったら、私達は咲夜くんを取り逃すところでした。謝罪の言葉は不要です。ありがとうございます」
「そうですよ、署長。僕なんて全然動けなかったんすから」
千里の傍らで、部下が恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あんたはもっと男気見せなさいよ」
千里の部下でもある彼は、千里にぴしゃりと言い放たれて肩をすくめた。
「そうっすよね、すみません」
「まぁ、新米なんだしまだまだこれからだ。わたしが当分行けない分頑張ってくれよ」
そんな部下に署長は明るくエールを送った。
「ありがとうございます!」
「それで、とりあえず咲夜くんの要求をのむ、という方向でいいですか?」
千里が署長に再度確認した。
「ああ、今はそうするしかなさそうだ。悠希くんの救出が間に合えばいいのだが、仮に間に合わなかった場合に、最悪の事態を引き起こすことになってしまう」
「わかりました。では失礼します」
千里は頷いて部下とともに一礼した後、病室を後にした。
「本当にいいんですか? 先輩」
病院の廊下を並んで歩きながら、部下警察官の黒川が不安そうに千里に尋ねた。
病室では、ひとまず先輩二人の会話を立ったまま聞いていただけだったが、いざ決定となると突然心配になるようだ。
「うーん、私もこれが正しい選択なのかは分からないけど息子のこともあるし、なるべく安全に進めたいのよね」
つい先程決定した内容に不安を抱いていたのは千里も同じで、黒川に尋ねられると考え込むように手を顎へやった。
「そっか。早乙女先輩、お子さんのことも考えないといけないんすよね、すみません。自分すっかり忘れてました」
千里の言葉に、黒川は慌てて両手を合わせた。
だが謝られた千里は特に気にする素振りも見せずに手を振った。
「いやいや、気にしないで。息子のこと考えておくのは私だけで十分よ。それより黒川、あんたはもっと鍛えなきゃね」
「えぇっ⁉︎ 自分そんなに弱っちく見えますか?」
黒川は自分の身体を見下ろし、腕を上下に動かしたりして確かめる。
「ああ、ごめんごめん。精神的な面よ。今回みたいな現場に遭遇した時に、もしあんた一人だけだったら、今のままじゃ犯人を取り逃すことも十分に考えられるから」
「そうっすよね。分かりました!」
黒川は意気込むように敬礼してみせた。
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「警察、言う通りにしてくれるかな」
元身内の所有物だという倉庫で、短髪の少年は不安そうに声を漏らした。
「可能性はゼロじゃない。今は信じて待つしかないな」
その横で膝を折り、彼の背中をさする青年が優しく言った。
今回の誘拐及び監禁事件の被害者だ。
「本当にいいの? お兄ちゃんまで巻き込んじゃって」
今までとは打って変わって、最初に会った時のような風貌に戻った咲夜は悠希を見上げた。
同じように膝を折って座っていても、やはり年上の悠希の方が座高が高くなる。
「いいんだって。最初に約束したし。約束はちゃんと守らないとな」
悠希は笑顔で咲夜の頭をポンポンと叩いた。
「……ありがとう」
安心したように咲夜はやっと笑顔を見せた。
「ていうか俺、いつのまにか自由の身なんだけどいいのか?」
悠希は手を広げて尋ねた。
咲夜の要求をスマホに収め、警察署に送ってから何故か急に咲夜は悠希の束縛を解いて今に至る。
とても誘拐犯とは言い切れない咲夜の妙な行動に、悠希は少なからず疑問を抱いていた。
それが自分に対する信頼の証とも感じ取れるのだが、仮に裏があった場合に危険が及ぶことは容易に想像できる。
「うん。大丈夫」
咲夜は笑顔で頷いて続けた。
「要求が難しいのはわかってるし、もし叶えられなかったとしても何かしら変わってくれるかもってボクは思うんだ。それにお兄ちゃん、ボクがこんなひどいことしたのに信じて協力してくれたから」
「そっか」
悠希は満足げに頷いて、
「じゃあ後は答えを待つだけだな」
笑みを浮かべて少年の横顔を見つめた。
今まで不安の色しか感じられなかったそれに、少しだけ希望を見出しているような前向きな色を感じながら。
お読みいただきありがとうございました!
早いもので令和元年もあと少しで終わりですね。年末年始どうお過ごしでしょうか?
大掃除という敵が待ち構えているのでそろそろ取りかからないとですw
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