頭脳戦
「じゃーん! 見て見て! ちゃんと送れたよー!」
咲夜は、まるで子供のように飛び跳ねてはしゃぎながら、スマホの画面を悠希に向けた。
咲夜が悠希に向けたスマホの画面には、メールに先程撮影した悠希の写真が添付されたものが表示されていた。
「どうやって警察に送ったんだよ」
怪訝な表情で不信感を剥き出しにしながら悠希が尋ねると、
「こんなの簡単だよ。言わないけど」
うきうきしながらその辺をスキップで歩き回る咲夜。
「さらに罪を重ねるつもりか」
「え?」
その場でピタッと止まる咲夜に、腕組みをしながらため息をつきつつ悠希は言った。
「どうせ勝手に奪ったアドレスで不正アクセスしたとかだろ」
「正解! よくわかったね!」
嬉しそうに言う咲夜はふむふむと納得したように何度もうなずいた。
「さっすが高校生」
「そんなの関係ないよ」
悠希を褒め称えるように嘲笑う咲夜に、悠希はぴしゃりと言い放つ。
悠希が咲夜の行動を言い当てることも咲夜の計算上の範囲だということは、とっくに理解している。
それよりも自分を今誘拐、そして監禁しているこの少年がいつボロを出すのかを待っているのだ。
「お兄ちゃんさ、もしかしてボクのこと試してたり……する?」
そんな悠希の思惑が読み取れたのだろうか。
探偵が推理をするときのように人差し指を顎に当てて考えるポーズをしながら咲夜が尋ねてきた。
「何でそんなこと聞くんだ?」
「だってさ、いきなり冷たくなったんだもん、ボクに対して。ちょっと前までこれでも高校生かってくらい純粋に優しくしてくれたのに」
「さ、さりげなくディスらないでくれるかな」
心に何かがグサッと突き刺さったような鈍い痛みを感覚的に感じながら悠希は言った。
自分が純粋なのかはさておき、一応咲夜は年下だからと気を配って優しく接しようとしたことは本当だ。
だが、それをこんなタイミングでさりげなく小馬鹿にされるとは思っていなかった。
それでも、咲夜が本性を現しつつある以上はこちらも態度を改めなければいけない。
悠希が咲夜の手のひらで転がされているのは明確であるため、誘いに乗ってはいけないと受けた傷を流しつつ悠希は思う。
「ボクのこと試そうとしても意味ないよ? ボクは絶対にボロは出さないから」
勝ち誇ったように腰に両手を当ててふんぞりかえる咲夜は、鼻息が出そうな勢いで鼻を鳴らした。
悠希が咲夜のボロが出るのを待っていたのも、とうにお見通しだったというわけだ。
こうもなれば悠希に勝ち目はない。ただ時間が経過するのを、椅子に座って手足を縛られたまま待つことしかできない。
だが幸いにも、咲夜が警察と千里に送ってくれた悠希の写真付き脅迫メールのおかげで、助けが来ないこともなさそうだ。
警察が写真から居場所を探知してくれれば、いずれ自分を救出してくれるはずだ、と悠希は信じることにした。
言い換えれば、警察と千里に送ったメールの写真がボロだと言える。
このまま咲夜が、元父親から許可を得たというこの倉庫の中に居るつもりなら、悠希が助かるのも咲夜が確保されるのも時間の問題だ。
「別に咲夜くんのこと試そうなんて思ってないよ。君が、もう今までの純粋な咲夜くんじゃなくなったから、俺もそれなりに接し方を変えただけ」
これは本当だ。本性を現した相手にいつまでも優しい態度ではいられない。
「ふーん、そっか。ならいいや。ボクの勘違いだったね。ごめんね」
椅子に座ったままの悠希でも見下ろせるほどの高さになるように、咲夜は膝立ちをして謝ってきた。
まるでアイドルが行うファンサービスのようにクリクリとしたつぶらな青い瞳を輝かせ、上目遣いで悠希を見つめる。
「今更そんなことしても意味ないよ」
「ちぇっ、ちょっとは折れてくれるかなって思ったのに」
呆れたように笑う悠希に向かって唇をとがらせる咲夜。でもその表情はどこか楽しげだ。
勿論それは行動にも表れていて、咲夜は鼻歌を歌いながらクルクル回転したりスキップしたり、子供のように遊んでいる。
「そういえば、警察とか母さんへの脅迫はあれだけでいいのか?」
悠希は尋ねた。
誘拐された瞬間は、自らの要求のために悠希をこき使って、警察が困るのを楽しむ意地悪な咲夜の姿を想像していた。
だからこそ、たった一度脅迫じみたメールを送っただけで、咲夜が今の時点では何もしていないことに少し驚いているのである。
「いいのいいの。とりあえず今やりたいことは全部やったし」
咲夜は満足げに笑った後、キョトンと首を傾げて尋ねた。
「犯罪に加担してるみたいな口ぶりだけどどうしたの? ボクに何かしてほしい、とか?」
「変な言いがかりだな。別に俺はそんなつもりなんて一切無いよ。あまりにも行動が少ないからどちらかと言うと怪しんでる」
悠希が言うと咲夜はプッと吹き出した。
「なーんだ、そっちか。アハハ。びっくりしたー」
悠希は、何が面白いのか分からないが、お腹を抱えて笑っている咲夜を見つめた。
ますます咲夜の目的がわからない。
まず初めに何をしたいのか、ということは咲夜の言動から推測はできているが、それにしても回りくどい気がするのだ。
見知らぬ男性を殺害した後、駆けつけた悠希の母・千里と警察署長らの前で悠希に刃を向けた。
その時に、咲夜が放った言葉が悠希の脳裏をよぎる。
『無実を証明したい人がいるし、それまで捕まるわけにはいかないんだよね』
おそらく彼の言う『無実を証明したい人』のために悠希を誘拐、監禁しているのは明確だ。
その相手とは一体誰なのか、悠希は考えを巡らせる。
『お姉ちゃんを探してほしいんだ』
不意に初めて咲夜と会ったときに彼に言われた言葉が浮かんできて、悠希は疑問の答えにたどり着く。
咲夜は、自分の姉を助けるためにこのような悪事を働いているのだ。
すなわち『無実を証明したい人』というのは咲夜の姉ということになる。
同時に、それは過去に咲夜の姉が何かしらの犯罪に手を染めたことを意味する。
疑問が晴れると、また新たな疑問が湧いてくる。
悠希は子供のように動き回る咲夜を見ながら、今度は咲夜の姉について聞き出そうと心に決めた。




