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不安

「え⁉︎ 早乙女が誘拐された⁉︎ 」


 あの出来事の翌朝。

 校長室の机を両手で思いっきり叩いて立ち上がり、校長は驚きの声を上げた。


「は、はい。早乙女のお母様からご連絡がありました」


 深刻そうな顔で報告しているのは悠希たちの担任である月影だ。春は伸ばしていた黒髪をゴムで一つにまとめ、すっきりしたような風貌だ。だが二人の心は全くすっきりしてはいない。むしろその逆だった。


「その上、相手はあの破壊者の百枝咲夜のようで」


「も、百枝咲夜だと⁉︎」


 またも校長は驚きの声をあげる。その声に少々うるさそうに顔を歪めながらも月影は答えた。


「はい。何かしらで接点があったみたいです。百枝咲夜が早乙女の家に泊まって夜を明かしたということもお母様から聞きました」


「夜を明かした?」


「はい」


 校長の脳内では悠希と咲夜がベッドの中でいろんなことをしている図が展開されていた。

 いろんなことといえばそれはもういろんなことで、校長が知っている知識をフル動員させたものだ。

 そこまで多くはないが少なくもないその知識が自然と脳内再生されていく。

 二人の意外な関係に顔が赤くなってしまっている校長を察したのか、


「あ、校長。違いますよ? そっちじゃないですよ?」


 と、月影が慌てて否定した。


「え? あ、そういうことじゃないのか?」


 妄想がストップされて校長の頭上に?マークが飛んだ。


「当たり前です。そういう事するのも本人たちの勝手ですけど、さすがにそんなことまでお母様が暴露されると思います?」


 呆れたようにため息をつきながら尋ねる月影に校長は急いでブルブルと首を振る。


「ま、ままままさかぁ〜。そんなそんなそんな」


「動揺が見え見えですよ、校長」


 ぴしゃりと言い放たれて校長は真っ白い髭を垂れ下げてうなだれた。


「とにかく!」


 変な空気になってしまった校長室を元に戻すかのように月影が両手をパンと合わせて、


「まずは早乙女の安否を確認するのが先です。警察の前で拉致されたみたいで既に捜査は進んでます」


「え? 警察の前で誘拐されたのか? なんなんだその警察は! ……そういえば早乙女のお母様も警察官ではなかったのか?」


「一気に質問攻めにしないでください」


 鬱陶しそうに言った後で月影は言葉を紡いだ。


「最初は何の問題もなく百枝咲夜の逮捕が進んでいたそうなんです。でもいざ逮捕となった時に現場に居た警察署長に百枝咲夜が切りかかって大変なことになったそうです」


「それでその間に早乙女が誘拐されたってことか」


 校長の言葉に月影が頷いた。


「中学生なのにそんな残虐な事をするとは……。やはりそういう時代なのか?」


 うなだれた時に垂れ下がった髭を指に巻き付けて弄りながら校長は呟いた。


「分かりませんが時代が全てじゃないと思います。陰陽寺(おんみょうじ)に関しては割と小さい頃から放火など行っていたようですし」


 校長はふ〜むと言いながら考え込むように黙って目を伏せたが「よし」と月影の方に目を向けて


「とりあえず細かい捜査の方は警察に任せよう。我々が動いてもどうにもならんし。ひとまず生徒らにちゃんと説明しなければならんな」


「そうですね。こればかりは隠してもいずれわかることですから」


「職員会議と全校朝礼で話をしよう。下がっていいぞ」


 月影は頷いて一歩後退り、深々と礼をした。


「失礼します」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「早乙女やばくね?」


「だよね。あの真面目な早乙女くんが」


「何か結構関わってたとか関わってないとかって話だぞ」


「ていうか中学生なのに誘拐とか怖過ぎでしょ」


 全校朝礼での校長の説明を受けて教室に戻った後、クラス内の話題は咲夜に誘拐された悠希のことで持ちきりだった。


 皆、真面目なイメージがある悠希が犯罪に巻き込まれたことが意外で心底驚いていた。


 確かに常識人なら自ら犯罪者に近づくことなど絶対にしない。


 クラスメイトが抱いていた見解も同様で、あんなに真面目で道に逸れた事は絶対しないであろう悠希がどうして誘拐されたのか不思議でたまらない様子だった。


 そんな彼らを横目で見ながら龍斗、茜、早絵は不安そうな表情を隠せずにいた。


 実はまだ悠希が誘拐されたという事実を受け入れ切れていないのだ。


 心のどこかで「これは夢じゃないのか」「誘拐じゃなくて相手の子と一緒にいるだけなのではないか」という現実逃避の考えがあった。


「マジで悠希、誘拐されたんだよな」


 確認するように小声で龍斗が聞くと、茜も早絵も決まり悪そうに頷く。


「だってまだ見つかってないんでしょ?」


「それにお母さんの前で誘拐されたって聞いたよ」


 茜の問いかけに早絵も言葉を重ねる。龍斗は二人の言葉を聞いてふむふむと頷き


「やっぱりそうだよな。俺、どっかであいつは誘拐されたんじゃないって思ってるみてぇでさ。なんか、おかしいんだよ」


 頭をポリポリとかきながら情けない笑いを浮かべる。


 だがそれは龍斗だけではなく、茜や早絵、そして他のクラスメイトも同様だった。


 突然のことで混乱している部分もあるのだろうがやはりクラス全員がまだ信じられずにいるのは紛れもない事実だ。


「おかしくなんかないよ、龍斗くん」


 早絵は不安でいっぱいの龍斗に優しく声をかける。


「私も同じだから気にすることないよ」


 茜も早絵に賛同する。


「そっか。……ありがとな」


 不安で頭がおかしくなってしまいそうだと思っていたのは自分だけではなかった。


 そう思うだけで龍斗の心は救われた。頭まで壊れる可能性を考えると少々大袈裟に聞こえるかもしれないが、クラスメイトであり友人であり、そして何より龍斗にとっての幼馴染みが誘拐されたと聞かされたのだからそれくらいのことがあっても不思議ではない。


 だがその心配はなくなった。今の茜と早絵の言葉で少し希望が見えたのだ。誰かと気持ちを分かち合えば自然と心も軽くなる。


「とりあえず今は悠希の無事を祈るしかねぇな。何もされてねぇといいけど」


 龍斗は心配そうにそう言い、茜は祈るように両手を組み、早絵は胸に手を当てる。


「そうだね」


 早絵の言葉に茜も力強く頷いた。


「でも相手は中学生でしょ? 悠希だってそこまでへなちょこじゃないし何されても大丈夫でしょ」


 ふと思い立ったように茜が言葉を発した。


「え? 茜ちゃん、もしかして悠希くんを誘拐した子のこと知らないの?」


 余裕そうな笑みを浮かべる茜に早絵が驚いた様子で目を見開いた。


 茜はキョトンとした顔でさも当然かのように頷くと


「そんなにヤバい奴なの?」


 と尋ねた。

 早絵は頷くとスマホをジャケットのポケットから取り出して数秒ほど操作した後、スマホの画面を茜に向けた。


「何これ」


 画面に表示されていたのはネットニュースの記事だった。

 『陰陽寺大雅に次ぐ破壊者⁉︎ 中学生・百枝咲夜‼︎』という見出しが目立つように太字で書かれていた。


「陰陽寺……? 陰陽寺ってあの?」


 茜の頭に浮かんだのは、かつて自分を一晩監禁した時に浮かべていた不吉な気味の悪い大雅の笑顔だった。


「あんな奴と同レベルとかヤバいじゃん!」


 思わず椅子から勢い良く立ち上がり、茜は叫ぶ。


「うん。だから何があってもおかしくないと思うんだ」


 早絵が神妙な顔つきでそう言った。

 改めてクラス中の雰囲気が重苦しいものになった。

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