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百枝咲夜

「これ、咲夜くんがやったの?」


 悠希がおそるおそる尋ねると、咲夜は躊躇しながらも頷いた。


「……本当に?」


 既に咲夜が破壊者だという事は知っているが、どうしても疑いきれず再確認してしまう。


「た、頼まれちゃったんだよ」


 冷や汗をかきながら咲夜は言う。


「頼まれた?」


「自殺したいけど自分でやる勇気がないっていう人の手助けをしてるんだ」


 照れ笑いのような顔で悠希から視線を反らしながら咲夜は続ける。


「あ、勿論許可は取ってるよ。この人の了承も得てやったんだ」


 地面に横たわる無言の男性を指差す咲夜。

 その男性のお腹からは今もなお血が大量に溢れていて、お腹を中心にどんどん広がっていき、まるで小さな丸池のようになっていた。


「だからって重罪だぞ。咲夜くんもそれをわかって、自分の家に戻るの決めたんじゃなかったのか?」


 咲夜の反省の色が全く見られないのに耐えかねて、悠希は思わず口走ってしまう。


 悠希の発言を聞いた咲夜は、一瞬驚いたように目を見開いたがすぐにその口角を上げた。


「なんだ、知ってたの? ボクのこと」


「母さんが調べてた。母さんが警察だっていうのは知ってるよな」


「うん。勿論。教えてくれたでしょ?」


 咲夜の問いかけに、黙って悠希は頷く。


 だが咲夜は、そんな悠希でさえ弄ぶように続けた。


「さっきの話だけど勿論反省はしてたよ。やっぱり逃げ回ってても何も進まないなって思って。それはお兄ちゃんが教えてくれたことだし、ボクの心の中にずっと残ってる」


 咲夜はそこで言葉を切り、目を伏せて地面に横たわる死体を見つめた。


「でも依頼は断れない。どれだけボクが反省してても、こんな状況の人達を放ってはおけないんだ。この人達を一秒でも早く楽にさせてあげることがボクの仕事だから」


 そして男性の遺体に近づき、しゃがみ込む。


「この人も今きっと幸せだよ。苦しみから解放されたんだもん」


 咲夜の言葉に、悠希は怒りが体の芯から湧いてくるのを感じて拳をギュッと力強く握りしめていた。


 人の命を殺めた人間が人生の苦しみを語ることなど許されない。絶対にしてはいけないことだと思った。


 たとえ被害者の方からの依頼だったとは言え、断るべきだ。人の命は簡単に殺めていいものではない。


 それを咲夜もわかっているものだと思っていた。だが今の彼の話し振りから想像するに、まるっきりわかっていない。


 それどころか、依頼に応じて苦しみから解放してあげた自分を偉いと思っている。


「本当にそんなこと思ってるのか?」


 悠希は険しい顔つきで咲夜に尋ねた。

 もうそこには今の今まで向けていた笑顔もないだろう。実際、悠希の胸には、ただただ警戒心と不信感だけが募っていた。


「え?」


 悠希の言葉を、さも当然かのように咲夜は聞き返す。


 悠希はため息をつき、しばらく黙ってからもう一度尋ねた。


「本当に、苦しみからこの人を解放してあげたって思ってるのか?」


「うん」


 悠希の問いかけに、咲夜は何の躊躇いもなく頷き笑顔で続けた。


「だってそうじゃん。生きてること自体が苦しみなんだよ。死ねばそれから解放されて楽になれる。本当はボクが真っ先に死ぬ予定だったんだけど、いざ死ぬってなった時に"ボクと同じ思いをしてる人が世の中にはきっとたくさんいる"って思ってさ。そういう人たちの手伝いをしようって考えついたんだ」


 得意げに話す咲夜に、悠希は呆れて物も言えなかった。

 話し振りを見る限りでは本心のようだった。となると咲夜は相当の闇を抱えていることになる。学校でうまくいっていないのは聞いていたが、それが招いた悲劇がこれだろう。


「ボク間違ってる? 確かに変なことだって思われるかもしれないけど、ボクたちみたいに死にたいって思ってる人たちにとっては、誰かが自分の命を終わらせてくれるってすごく心強いことなんだよ」


 咲夜は必死になって訴えてきた。

 だがそれでも悠希は納得できなかった。

 死を望む人達の気持ちがわからないのは確かだが、同時にどんな理由であれ、人の命を殺めることはあってはならないこともまた事実。


 とても悠希だけでは対応できない。そう考えた悠希は警察官である母・千里をこの場に呼ぶことにした。


「ちょっと待って。母さん呼ぶから。俺だけじゃ無理だ」


 言いながらズボンのポケットに手を突っ込み、黒いカバーのスマホを取り出して千里に電話をかける悠希。


 咲夜は冷や汗をかきつつ、


「ね、ねえ、お願い! 呼ばないで!」


 必死に懇願し、慌てたように悠希からスマホを奪い取ろうと手を伸ばすが、頭一つ分程も違う身長差のせいで上手く掴めないようだ。


「こんな状況を目の前にして見過ごせるわけないだろ」


 今まで咲夜に見せたことのない冷酷な態度。

 おそらく、そのような態度を取った悠希を見て、咲夜は恐れおののいていた。

 咲夜に対して優しい笑顔ばかり向けていた悠希の瞳が冷たく、刃のような鋭い光を放っていたからに違いない。


「あ、もしもし。母さん? ちょっと来てほしいんだ。俺のGPS辿ってくれ」


 それだけ言うと、悠希は通話を終えてスマホをポケットにしまい直した。


 咲夜はその場に座り込んでうなだれた。まさかこんな形で捕まるなんて想定外だったのだろう。


「母さんが来たらとりあえず全部話せ。絶対だぞ。嘘をついても罪に問われるからな」


 千里が来るのを待つ間、悠希は咲夜に念を押して言った。


 咲夜は座り込み地面を見たまま声も発さず全く動かず、まるで石像のように固まっていた。


 ただ一つ石像と違うところといえば、硬直した体から絶望感が溢れ出していたところだった。

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