真実
「じゃあやっぱり返さない方が良かったか? 母さんが帰ってきたときに逮捕すれば____」
悠希はそう提案したが、それを途中で遮って千里が言う。
「確かに逮捕できる事自体はラッキーよ。でも何で私達の家に居たかって話になるでしょ?」
「それは……何とか誤魔化せば」
「許されるわけないでしょ」
千里にぴしゃりと言い放たれ、悠希は口をつぐんで俯く。
そんな悠希を見ながら千里は続ける。
「それに警察が取り調べを行えば、嫌でも私達が彼を匿ってたことは明らかになるわよ。誤魔化しは効かないの」
「じゃ、じゃあ俺達も捕まるってことか?」
悠希は思わず千里に詰め寄った。
「犯人蔵匿罪っていうのに当たる可能性はあるわ。懲役が課せれるかあるいは罰金ね」
千里は冷静に告げる。
「で、でもさ、本当に咲夜くんかな?」
頭を掻き、千里から視線を反らして悠希は言葉を紡いだ。
「もしかしたら同姓同名の子がもう一人いて、その子がこの『破壊者』かも……」
悠希は自分で言って絶句した。
咲夜と二人でショッピングに行ったときに、自分達に声をかけてきた新聞記者の事を思い出したのだ。
あの時、彼は『中学生の破壊者』について聞き込みをしていた。千里が持って帰ってきた記事や資料にあるのも同じ文章だ。
「違う。あの人が言ってた」
絞り出すように、悠希は口を開く。
「あの人って?」
悠希はちらりと千里の方を見て、
「新聞記者の人。午前中に咲夜くんと買い物行ったときの帰りに声かけられたんだ。その人が中学生の破壊者っていうのを探して聞き込みしてた」
悠希の脳裏に小太りの中年男性の姿が浮かび上がる。そして同時にあの感覚も。
まるでストーカーにでも遭遇したかのように、咲夜は悠希の背中に隠れてブルブルと震える手で悠希の服の裾を握ってきたのだ。
咲夜が恐怖にうち震えていると勘違いした悠希はその記者を追い払った。
その時わかったのは、破壊者の外見が不明だという事だけだった。
『中学生なんて山程いる』と新聞記者を誤魔化して事なきを得たが、あれも咲夜にとっては好都合だったのだ。
名前さえ伏せていれば殺人をやめる必要はない。それこそ麻薬などのように殺人衝動に駆られていてそれが常だとしたら、咲夜はまた罪を重ねるだろう。
「じゃあ俺はあの時、咲夜くんに騙されたってことか?」
騙されたという言い方は少々大袈裟かもしれないが、あながち間違ってはいないだろう。
あの時、咲夜は目の前の新聞記者の男性が自分について調べているとわかっていて悠希に助けを求めた。言い換えれば悠希を利用したのだ。
良心からの正義感が仇となったことを自覚して、悠希は後悔の念に苛まれた。
「今まで何人もの人を殺してきた子よ。誰かを利用するなんて簡単なことじゃない?」
千里に言われて納得する。
確かにそうだ。犯罪者というのは妙に賢明でずる賢い。その圧倒的な頭脳と経験を駆使して誰かを欺き、自分に有利な方向へと物事を展開させていく。そうやって今まで逃げ切ってきたのだろう。そんなことも彼らからしてみれば朝飯前だ。
「くそっ……!」
悠希は悔しさのあまりダイニングテーブルを拳で叩いた。その衝撃音に千里がビクッと肩をすくめたのにも気付かず。
「待てよ……」
悠希はある可能性を考え付いた。
そもそも、悠希の家に転がり込む事こそが、最初から仕組まれた咲夜の陰謀だったのではないか。
そう考えれば全てに合点がいく。
「咲夜くんが自分のお母さんと喧嘩したっていうのも、俺の家に泊まるための口実だとすれば嘘になる。自分がテレビとか新聞で追われている身だって事も分かってるのに、危険なショッピングモールに買い物に行った……」
もし本当に見つかりたくないと思っているなら、安易に外に出ようとはしないはずだ。だが咲夜はいとも簡単に外に出て、まして人通りの多いショッピングモールにも容易に足を運んだ。
「最初から新聞記者に絡まれるってことも計算済みでショッピングモールに行ったのか……?」
それ以外に考えつかない。もとい、そこまで計画をたてておらず、新聞記者に絡まれる事自体予測できていなかったのだとしたら、咲夜の計算外だったのだろうが。
必死に頭をフル回転させて考え込む息子を見てか、千里は優しく声をかけた。
「ちょっと外の空気吸ってきたら? 頭冷やしておいで」
千里に言われて悠希は頷き、ゆっくりと歩いて外に出た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ああああぁぁぁ‼︎」
外に出て人気のない所に移動するやいなや、悠希は力の限り叫び声をあげた。勿論近所迷惑なのはわかっているが、こうでもしないと腹の虫が収まらない。
「すぅーーー。ふぅーーー」
冷たい空気をいっぱい吸って一気に吐き出す。
それが終わると膝をついて息を整え、気晴らしに辺りをうろうろ歩き回った。
頭を冷やすために外に出たつもりだが、外に出てもやはり浮かんでくるのは咲夜の事だった。
「俺、本当に騙されたのかな」
そうポツリと呟く。そして同時にまだ完全に咲夜を疑いきれずにいる自分に気が付いた。心のどこかではまだ信じたい。そんな思いが溢れてきた。
特に目的地も決めずにただひたすらにふらふらと歩いたせいで、いつの間にか家から大分離れた所に来ていた。
「ヤバい、早く帰らないと」
独りごちて悠希はすぐさま引き返す。自然と早足になっているのにも気付かずに、もと来た道を帰り始めた。
そのときだった。
ドスンと何かが倒れる音がして、悠希は反射的に横を見た。
暗闇でよく見えないが、確かに誰かがいる雰囲気を醸し出している家の間の細道。
そこを、悠希は勇気を振り絞って進む。
もし誰かが倒れていたら救急通報しなければならない。
そう思って進んでいくと、
「____!」
そこには血まみれの男性が倒れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
悠希は急いで駆け寄り男性を抱き起こすが、
「つ、冷たい……」
その体は、まるで氷のように冷たく冷えきっていた。
目の前の悲惨な状況を飲み込められていない悠希が、しかしそれでもどうするべきか必死に考えていると、
「お兄ちゃん」
背後から悠希を呼ぶ声がした。
悠希はゆっくりと振り向く。
「さ……」
そこには赤黒い血液が先端から滴る包丁を片手に、自らも返り血を浴びたのか顔に血がついている少年がいた。
悠希のことを『お兄ちゃん』と呼ぶたった一人の少年。
髪の毛もボサボサであわれなことになっているその姿に、悠希は思わず目を疑ってしまう。
「咲夜くん……」
そして、目の前の人物の名を蚊のような声で呼ぶ事しかできなかった。




