ショッピング
「よし、着いたぞ」
悠希が自転車を漕ぐスピードを緩めて言った。
悠希の後ろで自転車を漕いでいた咲夜は、左側に佇む大きなショッピングモールを見上げた。
「ここなの?」
「ああ。結構大きいだろ? 色んなもの売ってるんだ」
悠希は毎回ここに買いに来ているらしく、得意げに説明してくれた。
「大きい店の中に小店が並んでる、よくあるショッピングモールだけどな。ここなら咲夜くんにぴったりの服も見つかるんじゃないかな」
そうして、咲夜と悠希は駐輪場に自転車を停めて建物の中へ入っていった。
「うわぁ」
ショッピングモールの中に入った途端に、咲夜は思わず驚きの声をあげた。
人がごった返す店の中は休日の週末、そしてセール期間が重なって家族連れなどが多かったのだ。
「やっぱり、いつもより混んでるな」
悠希も、あまりの人混みに驚いていたというか若干引いていた。
これだけイベントが重なれば、こうなるのも無理はないのだが。
「とりあえず服屋に行こっか。こっちだ」
行き交う人、人、人の中。
咲夜は迷子になりそうで不安だったが、悠希が手を引いて案内してくれて少し気が楽になった。
「あ、ありがとう」
咲夜は急いでお礼を言ったが、何せ人だらけのショッピングモール。
ガヤガヤという騒めきのせいで悠希には咲夜の声が届かなかったらしく、悠希は咲夜の手を引いたまま振り返りはしなかった。
それでも不思議と嫌な気はしない。
悠希とこうしてお出かけ出来ていること自体、咲夜にとっては嬉しかったからだろう。
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しばらく歩いていくと、悠希がとある服屋さんの前で止まった。
「ここだったらちょうどいいサイズあるんじゃないか? 俺もよく買いに来るとこなんだよ」
久しぶりの来店なのか悠希も嬉しそうに言う。
「自由に見て回っていいよ」
そう悠希に言われたので、咲夜は言う通りに店内をくるくる回って自分に合う服を探した。
だが、服屋の品揃えが多すぎて、咲夜はどれにしようか迷ってしまう。
咲夜は目移りしながら服を鏡の前で身体に当ててみたりしていたため気付くことはなかったが、そんな咲夜を見て、悠希はホッとしたように微笑んでいたのだった。
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「ありがとうございましたー」
若い女の店員の声に見送られ、咲夜と悠希はその店を後にした。
「何買ったんだ?」
「えっとね、これだよ」
悠希に尋ねられて、咲夜はおもむろに袋の中から服を取り出して広げてみせた。
「おおー! いいじゃないか」
悠希は咲夜が広げた服を大絶賛してくれた。
咲夜が買ったのは、灰色に青色の滴や小さな柄がプリントされているトレーナーだった。
季節は秋。もうすぐ冬も近づくこの時期にもってこいだと思ったのだ。
「でもごめんね。本当にお金払ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。それに言っただろ? 俺が払うって」
「そ、そうだけど……」
実は服代は最初から悠希に払ってもらう約束だった。
しかし咲夜がやはり迷惑だと思い直してレジでも自分のお金を出そうとしたのだが、それを悠希が止めて自分の財布からお金を出してくれたのだ。
前もって約束していたことだが、申し訳ない気持ちが咲夜の胸の中で渦巻いていた。
「しっかし、こんなに混んでるなんて思わなかったな。まぁ、仕方ないか」
店を出て二人で歩きながら、悠希がすれ違う人々を見て言った。
「そうだね」
咲夜も同意する。
母親が面倒なことが嫌いな性格なので、あまりこういう大きなショッピングモールに行った記憶はない咲夜だが、そんな咲夜でも人が多いというのがわかるくらいにモール内はごった返していた。
「さっさと帰ろっか。咲夜くん」
「うん」
悠希の言葉に頷いて、咲夜は出口へ向かった。
その時だった。
「あのーすみません」
背後から声をかけられて二人が振り向くと、そこには見知らぬ小太りの中年男性が立っていた。
「何でしょうか」
相手が見知らぬ男だったからだろうか、悠希が警戒心を剥き出しにしながら尋ねると、その男性はポリポリと頭を掻いて
「いやーちょっとお聞きしたいことがありまして。申し遅れました。私、朝陽新聞の者です」
「はぁ」
満面の笑みを崩さない新聞記者と名乗る男性に、悠希は、不信感を宿らせたように顔をしかめて応対する。咲夜もじっとその人を見つめていた。
「今話題になってる、『破壊者』の中学生についてお伺いしたいんです」
男性の言葉に咲夜はハッとした。
この男は自分を探している。そして咲夜を見つけるために聞き込みをしながら、情報収集をしているのだと瞬時にわかった。
無意識のうちに、咲夜は悠希の服の裾をギュッと掴んでしまう。
悠希はそんな咲夜の恐怖に気づいてくれたのか、そっと自分の手を重ねてくれた。
咲夜が嬉しくなって悠希を見上げたが、悠希は真剣な表情で真っ直ぐ新聞記者を見つめていた。
悠希の警戒心が強い態度にやっと気付いたのか、その記者が慌てて頭を掻いた。
「あ、すいませんね、急に。全然怪しい者じゃないんですよ? ただ、『破壊者』と呼ばれている中学生について、何か知っていることがあれば教えていただきたいんです」
すると何を思ったのか、反対に悠希が記者に質問をした。
「その中学生ってどんな格好してるんですか?」
予想外の悠希の行動に、咲夜は思わず目を見開いた。
悠希が何を言っているのか、一瞬頭に入ってこなかった。
その記者が探している破壊者の中学生というのは間違いなく咲夜の事だ。
おそらく、咲夜が家に帰っていない間にも警察の本格的な調査が続いていたのだろう。
その事を悠希はちゃんとわかっているのだろうか。
咲夜はとても不安だった。
「格好など外見の情報はこちらも入手できていないんです。そういうのを知っている方がいるかな、と思って今聞き込みをしているんですよ」
記者がそう言うと、悠希は目を伏せて考え込むような仕草をした。
悠希が何と答えるかものすごく怖くて、咲夜は息を飲んで悠希の言葉を待った。
数秒後、悠希は顔を上げ、その新聞記者を見つめて言った。
「外見がわからないんじゃ知りません。中学生なんてたくさんいるんですし」
「そ、そうですよねー。すみません」
悠希の言葉を聞いた中年の新聞記者は、また頭を掻いて一礼し、悠希達に背を向けて去っていった。
「お兄ちゃん……」
咲夜が悠希の顔を見上げると、悠希はホッと胸を撫で下ろしたように、
「ふぅ、危なかったな」
と笑った。
悠希の笑顔に、咲夜も顔を輝かせた。
「びっくりした。お兄ちゃんが僕のこと言っちゃうのかと思ったよ」
咲夜は少し怒ったように頬を膨らませて、
「何で外見とか聞いたの?」
と尋ねてみた。実際、悠希のその行動の真意が分からなかったのは事実だし、ここでモヤモヤを晴らしておきたかった。
「だってその方がリアリティあるだろ? 知らないって即答するのは簡単だけど、第一印象をよくしておけば安心だ」
そう言って、悠希はニッコリと微笑んだのだった。




